エッセンシャル技使い

第七話 「流れの技使いの鉄則」

「いやあ、無事に解決してよかったなー!」
 陽気なサンテイスじいさんの声が、食堂内に響き渡った。僕は椅子に座りながら足をぶらぶらとさせ、サンテイスじいさんの笑顔を一瞥して嘆息する。赤ら顔でふんぞり返っている姿は、ただの飲み過ぎたじいさんにしか見えない。
 町の食堂に集まっているのは町長さんと僕、カイキ、サンテイスじいさん、そしてヤーシャンを含めたこの町の技使い数人だけだった。町長さんの一声で、今日は貸し切り状態なのだ。それでも文句を言う人がいなかったところを見ると、憩いの場として機能しているわけでもないんだろうか。それとも『救世主』効果か。
 サンテイスじいさんは店の真ん中の席に着き、夕方から楽しく酒を飲んでいる。町長さんもその隣で少しだけ付き合っている。町長さんの向かいの席にいるヤーシャンが飲んでいるのは、ただのお茶だ。
 僕は隅の方の席で、適当にシチューを頼んでいた。今日は町長さんが奢ってくれるって言うし、遠慮はいらない。そんな僕の隣で次々と注文を続けていたカイキは、今は熱々のスープに手を付けていた。僕と同じ魂胆だとしても食べ過ぎだ。どういう体をしてるんだろう。
「本当に無事で何よりです。これもあなたたちのおかげです。感謝しております」
「いやいや、これくらい大したことはない」
「ちょっとなに、その言い方。サンテイスじいさんは何もやってないだろう? これは僕とカイキ、それにヤーシャンの手柄だから!」
 深々と頭を下げる町長さんに向かって、サンテイスじいさんは胸を張りながら首を横に振った。シチューをスプーンでかき回していた僕は、つい顔をしかめながら声を張り上げる。僕らの苦労も知らず、それなのに悪びれたところがないのは、さすがサンテイスじいさんってところか。
 魔物を倒した後、僕とカイキはどうにかこうにかヤーシャンを引きずって、町長さんのところへと報告に行った。魔物が滅んだと知り、急いで町長さんは技使い回収班を結成した。眠っている技使いが町はずれの病院へと運ばれ、怪しい訓練所が打ち壊され、騒ぎが一段落したのはつい先日のことだった。それまで僕らは町長さんの勧めに従って、しばらくこの町で療養していた。
 精神が奪われるというのは、予想していた以上に辛いものだった。いくら寝ても寝たりないし、すぐに疲れてしまうし。もちろんろくに技も使えない。それでもしばらくのんびり休んでいると、普通の技が使える程度には回復した。吸い取られた量が少なかったのも幸いしているのだと思う。
「なになに、固いことを言うな坊ちゃん。みんなの力あってこそだ」
「そりゃあ、そうだけど」
「喜びは分かち合うものだ」
 笑うサンテイスじいさんから視線をはずして、僕は瞼を伏せる。確かにサンテイスじいさんがいなかったら、最初の戦闘でやられていただろう。それは認める。でも、さも自分が大手柄みたいな顔をされるといい気分はしない。釘を刺したくなるってものだ。
 驚いたのは、サンテイスじいさんの回復力だ。たぶん僕よりも精神を吸い取られていたはずなのに、数日後にはもういつも通りに戻っていたと聞く。とんでもないじいさんだった。訓練所の建物を壊したのもサンテイスじいさん。だから町の人々は、サンテイスじいさんを『救世主』みたいに思っているらしい。これがまた腹が立つ。
「トロンカ、そう突っかかるなって。全部解決したんだからいいだろう? それにお前の活躍はオレたちがちゃんと見てたんだし」
 僕がテーブルに頬杖をつくと、それまでスープに夢中になっていたカイキがけらけらと笑った。サンテイスじいさんに手柄を横取りされかけているのはカイキも同じなのに、心が広いというか、何も考えていないというか。実に気楽な様子だ。僕はため息を吐く。
「解決と言い切るのは早いだろう? あいつに小瓶を渡してた奴のことは、何もわかってないんだから」
 僕は窓の外へと一瞥をくれた。ヤーシャンの話が本当なら、精神を吸い取る小瓶をあの魔物に手渡した奴がいるはずだった。だがそいつは建物を打ち壊した今でも、何の反応も示していない。諦めたんだろうか? もしかしてあの訓練所自体、あいつらにとっては実験場だったのか? ちょうどよい具合に精神を吸い取るのには苦労していたみたいだし。
「これだけ待っても出てこないなら、もう関わる気はないんじゃないか? なーに、心配ないって」
 そう答えてカイキはまた脳天気に笑う。そして僕の肩を軽く叩いた。一緒に危機を乗り越えた仲間だからといって、気安く触らないで欲しい。僕はカイキの手を除けると、またスプーンでシチューをかき回し始めた。このシチュー熱すぎなんだけど。
「まあ、そうだね。僕らは依頼をこなしたんだし。これ以上心配しても仕方ないよね」
 談笑している町長さんを横目に見てから、僕は口の端を上げた。訓練所を調査して戻ってくるという任務は成功した。いや、それ以上のことを僕らは成し遂げた。だから町長さんは気前よく、僕らに予定以上の報酬を支払ってくれた。まだ町長さんの娘は眠ったままなのに。
 技使いは、皆が目覚めたわけではないらしい。精神の吸い取られた量や回復力が関係しているんだろう。それと、元々の精神の量。ヤーシャンのように精神容量が大きい人間はともかくとして、もう目覚めないかもしれない人たちもいる。万事がうまくいっているわけじゃあなかった。
 町長さんがしていたことについて、問い詰めるべきか否か僕らは迷った。結局は、何も言わないことにした。そうしたとしてもこの町に混乱が広まるばかりだし、それはいずれここを去る僕らが決めていいことじゃあない。深入りしないのが流れの技使いの鉄則だ。その地のことはその地の人間に任せるしかない。だから全てはヤーシャンに委ねることにした。
「そうそう、オレらは余所者だからな」
 カイキはうんうんと首を縦に振る。僕はちらりとヤーシャンの横顔を盗み見た。町長さんたちの会話には参加せずに、ヤーシャンはカップに唇を寄せている。顔色が元に戻ったヤーシャンは、訓練所で見た時よりも綺麗だった。それにその後の立ち回りを見る限りでも、頭のいい人間だ。ヤーシャンがいれば、この町はもう大丈夫だろう。たとえ魔物が現れたとしても何とかなる。
 ヤーシャンは「狭い世界」と表現したけれど、それはどこに行っても同じだと僕は感じていた。町を飛び出し、星々を渡り歩いたって、何も変わらない。この町に心を残しすぎたヤーシャンは、単に流れの技使いには向かなかっただけだ。
「そう言えば、サンテイスさんはもう少しこの町に残るんだって?」
 ずずっと湯気の立つスープを啜ってから、カイキが尋ねてきた。僕は肩をすくめて頷く。そう、何を考えているのかサンテイスじいさんは、もう少しこの町に残ると宣言した。救世主扱いにいい気になったんだろうか? 町長さんの娘を目覚めさせる方法を、しばらく探すらしい。
 まあ、あの金髪色白美少女が目覚めて元気になったら、きっとサンテイスじいさんの理想通りなんだろうし。その点については僕らに文句を言う資格はなかった。他の流れの技使いに口出ししないのも、僕らの流儀だ。
「金髪美少女さんのためなら頑張っちゃうんじゃない? サンテイスじいさん」
「金より女か。さすがだなサンテイスさん」
「カイキこそ残らないの? ヤーシャンのために」
「何でそうなるんだよ」
 口角を上げてカイキを見やったら、何故だか思い切り睨まれた。ヤーシャンはカイキの好みじゃなかったんだろうか? それともカイキは女よりも金重視? あれだけサンテイスじいさんと語り合っていたのに。
「あれ? 好みじゃないんだ」
「そういう問題じゃあないって」
「じゃあ好みなんだ。あ、仲間がいるから?」
 僕は少しは冷めただろうシチューを口へと運んだ。先日のよりもさらに美味しい。まだ少し熱いけど、食べられないほどじゃあない。料理長さんも少しは気合いを入れてくれたんだろうか? これが『救世主』効果なら、サンテイスじいさんにもこっそり感謝しておこう。
「そう。オレはここに残るわけにはいかないんだって」 
 うんうんと首を縦に振った後、突然カイキはポンと両手を叩いた。スプーンを咥えたまま、僕はカイキを見て首を傾げる。
「どうしたの?」
「そうだトロンカ、短剣! オレまだ返してもらってないぞ!」
 予想もしなかった話題の出現に、僕は思わず咳き込みそうになった。気づかれてしまったか。事件後のごたごたでカイキも忘れているみたいだから、このまま有耶無耶にしようと思ってマントの内側に隠しておいたっていうのに。
 仲間のことを口にしたのが失敗だったか。今のは軽率だったと内心で反省しながら、僕は「あれ、そうだったっけ?」と答えつつ、ごそごそとマントの中を探る。惜しかった。僕が持つにしては大きいけれど、魔物にも対抗できる武器だ。きっとさぞいいお値段がするんだろう。
 久しぶりに取り出してみた短剣を、僕は改めて観察する。黒い柄には使い込んだ形跡がない。きっと買ってからそんなに時間が経っていないんだろう。カイキのお金で買ったんだろうか。そんな余裕があるようには思えないけど。まさか仲間が買ってくれたとか?
「あ、やっぱり止めた」
 そこまで考えたところで、いい案が思いついた。僕は短剣をすぐさま抱きかかえる。受け取ろうと手を差し出していたカイキが、「え?」と間の抜けた声を漏らした。僕はとびきりの笑顔を意識しながら、カイキの方へと向き直る。
「思い出した。カイキ、これ僕にくれるんだったよね? そうだ、くれたんだった」
「おいトロンカ、ちょっと待て。あげるなんて一言も口にしてないぞ!? 使えとは言ったけどっ」
「貸す、とも言ってなかったよね? つまり、もらったんだ」
「そんな理屈ありか!?」
 慌てたカイキが手を伸ばしてくる。けれども僕はさらに強く短剣を抱きしめ、満面の笑みを浮かべた。無理やり奪い取ることまではしたくないのか、それとも僕が女だと知ったから腕力に任せにくいのか、カイキは難しい顔をして呻いている。よし、これはもう一押しだ。
「そっか、前言撤回するんだ。そうなんだー。へえ。それじゃあ僕、これから行く先々で喋っちゃおうかなー」
「だからあげるなんて言ってないって。って、な、何を喋るんだよ?」
「カイキが仲間を当てにして、魔物に捕まろうとしていた話」
 僕の切り札に、カイキはわかりやすくその場で固まった。そう、訓練所であの時、この話を理由に何かせびろうと思ったんだった。もらうなら短剣がいい。お金よりも今の僕に必要なのはこういう武器だ。攻撃力の乏しい僕に一番必要な物だ。
「相手が魔物だしね、無茶な提案だったよね。きっといい笑い話になるよな」
「おい、トロンカ……」
「あちこちで話してたら、そのうちお仲間さんの耳にも入るかも? いつになるかはわからないけどさー」
「トロンカ、落ち着け、冷静になるんだ」
「たまにはカイキの名前もぽろっとこぼしちゃうかもねぇ」
「わかった! わかったから!」
 カイキはパンと手のひらを合わせた。小気味よい音が響いた。青白い顔をしたカイキを見ていると、そのお仲間とやらがどんな人なのか気になってくる。何でも脳天気にやり過ごしていてもおかしくないカイキがこんなに恐れるなんて……。いや、知らない方がいいこともあるか。知識は大事でも世の中には限度がある。
「トロンカ、それはお前にやる。だから噂話は止めろ。面白くないぞ、それは。受けないと思うぞ」
「そう? だったら止めるよ」
 僕はふふふと笑って「助言ありがとう」と囁いた。「脅しに屈しただけだ」とカイキはぼやいたけれど、それは無視した。もう二度と会わないかもしれない流れの技使い同士、こうしたささやかな交渉は大事なのだ。そう、交渉。脅したわけじゃあない。弱い流れの技使いが生き抜くための知恵みたいなものだ。
「若造に坊ちゃん。いつの間にそんなに仲良くなってるんだ? ん? できたのかー?」
 するとサンテイスじいさんが陽気な顔で席を立ち、僕らの方へ近づいてきた。歩き方が心許ない。ふらついている。僕は短剣を抱いたまま首を横に振った。長旅を続けていた時よりも少しだけ元気になった髪が、耳の横で揺れる。
「まさかっ。僕はカイキみたいなの趣味じゃないし。それにカイキの好みは凛とした黒髪の美女でしょう?」
「おい、トロンカ。その決めつけはなんだ。技使いなら強いて言えばという限定付きだ。オレの心はもっと広い」
「え、そうだったの? 僕はてっきり……」
「オレは金髪色白美少女も黒髪美人も、赤毛の素朴な少女も茶髪の色っぽい姉さんも好みだっ!」
「うわ、節操ない」
「いいぞ若造。それでこそ健全な若者だ」
 カイキの肩を叩いて、サンテイスじいさんが大笑いした。僕は呆れながら、椅子をずらしてカイキと少し距離を取る。それでも視界の隅に入ったヤーシャンが笑っていたから、よいことにしようか。今後二度と会わない人たちとの気まぐれな会話を楽しむのも、流れの技使いの息抜きってことで。
 もう二度と魔物と戦うのはごめんだけど。そう胸の内で呟き、僕は短剣を見下ろした。黒い柄も鞘も、食堂の薄明かりの下で鈍く輝いていた。

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