white minds 第一部 ―邂逅到達―

第七章「受容と瓦解と」2

 どうしてこうなったのだろう。青葉はその言葉を何度も胸中で繰り返した。原因がわかったところで現状が変わるわけでもないのだが、それでもつい考えてしまう。
 入り口を覗き込んだこともないお洒落なカフェの中は、適度な涼しさが保たれている。会話の邪魔にならない程度に流れている音楽も、どこか上品な印象だ。若干薄暗い店内は明かり一つ取っても凝っているし、艶のある黒いテーブルも椅子も趣深い。居心地の良さが追求されているようだ。
「今日は暑いね」
 青葉の斜め前の席で、乱雲が柔らかく微笑んだ。水の入ったグラスを手にする姿には慣れが見える。一方の青葉たちは注文を決めるのにも一苦労だった。こちらの珈琲は何故こんなに種類が多いのか。違いもわかりにくい。ただ冷たい飲み物を口にしたいという欲求を満たすのが、こんなに面倒だとは思わなかった。
 もっとも、躊躇ったのはその値段を見たせいもある。「奢るから」という乱雲の一言を断れなかった時点で気づくべきだったのだ。まさかこんなに高いとは思わなかった。普段の弁当代の方が圧倒的に安い。……本当に、どうしてこうなってしまったのか。涼しい場所で休憩できるというありがたみを噛み締めるべきところなのに、ちっとも安らげない。注文を終えた時点で、青葉はすっかりくたびれていた。
「人も多いし」
「そうですね……。お父様は、何か用事があって?」
「先日注文した本が取り寄せになってしまったから、受け取りにきたんだよ」
 この何とも言い難い空気の中、乱雲と梅花は当たり障りのない会話を交わしている。まるで何かを探り合っているかのようだ。青葉は隣にいる梅花をちらと横目に見た。彼女が淡々と話すのはいつもと変わりないが、それでも気を遣っているのはそこはかとなく感じ取れる。言葉を選んでいる。一方の乱雲は、朗らかに話すよう努めている様子だった。もっとも、いつも通りの乱雲というのを青葉は知らないのだが。
「そうだったんですか」
 話が途切れそうになったところで、幸いなことに飲み物が運ばれてきた。笑顔でアイスコーヒーを受け取った青葉は、一気に飲み干したいのをぐっと堪える。胃の奥がきりきり痛むような気がするのは錯覚だろうか。このぎこちなさが気にも表れないよう、彼は店内の観察を再開した 。だが他の客を凝視するわけにもいかないので、長くは続かない。
 仕方なく、彼はじっとグラスを見下ろした。ずしりと手にくる重みも、葉の形を模したコースターも、全てにおいて世界が違う。いい値段がするわけだと内心で納得しながら、彼は一瞬だけ梅花を見遣った。彼女は琥珀色のアイスティーをじっと見下ろしていた。そしてしばらく何かを考え込んでから、おずおずとストローを口にする。
 そんな彼女を、乱雲がじっと見守っていることにも気がついた。自身が頼んだアイスカフェラテなる飲み物には手を付けず、柔らかな微笑をたたえたまま。青葉の方がくすぐったさを覚える表情だ。この二人が親子だと気づく人間などいないだろう。
「あ、美味しい」
 するとぽつりと、梅花がそうこぼした。聞かれていることを意識していない、本音がこぼれたといった調子だった。思わずまじまじとグラスを見つめる顔は、普段の醒めた色ではなく年齢相応な可愛さを滲ませている。
「それはよかった」
 堪えきれなくなったように、乱雲が笑い声を漏らした。梅花ははっとした様子で顔を上げ、決まりが悪そうに視線を逸らす。うっすら染まった頬というのは見慣れなくて、青葉まで動揺してしまいそうだった。妙なことを口走らないために、慌ててアイスコーヒーに口を付ける。
「す、すみません。あの、こういうお店に来ることってなくて」
 言い訳めいた口調で梅花はそう続けた。確かにそうだと、青葉は内心で相槌を打つ。こういう店の出す物は、やはり安物とは別らしい。アイスコーヒーというとただ苦いだけのものだと思っていたが、そうではなかったようだ。切れの良い苦みに芳ばしい香り。今までのものが偽物だったと思うような衝撃を受ける。同時に得体の知れないもの悲しさを覚えて、彼はストローから口を離した。
「そうか。――忙しいのか?」
「ま、まあ、そうですね。神魔世界への呼び出しも多くて」
「じゃあ安定した職に就くのは難しそうだな」
「……そうですね」
「生活も苦しいんじゃないか?」
 乱雲の声がやや陰りを帯びる。痛いところを指摘され、梅花は返答に窮したようだ。今、まさにそのただ中にいるような状態だった。何をするにもお金の問題はつきまとう。あらゆる悩みがそこに帰着し、「仕方ない」の言葉で締めくくられる。
「ええっと、楽とは言えませんね」
 言葉を濁した梅花は、もう一度アイスティーを口にした。「心配」を受け取れるようになったがために、居たたまれなくなったのか。乱雲の懸念がひしひしと感じ取れるのだろう。困り切った彼女を助けたいという気持ちはあるが、青葉が何をどう口にしても墓穴を掘る気がしてならない。それに、普段は見られないこの様をもう少し眺めていたいという気持ちも湧き出てきた。
「そうなのか」
 考え込むような気配を纏った乱雲の眼差しが、青葉たちの買い物袋を捉えた。かさばるのでどうしても目立つ。買い物途中であったことはもう伝えてあったのだが、今の話の流れから疑問に思ったのだろう。青葉は「ああ」と頷いて愛想笑いを浮かべる。
「服はどうしても、すぐに駄目になってしまうので」
 青葉は首の後ろを掻いた。無世界の夏は暑いし湿度も高いので、洗濯の回数がどうしても増える。ただでさえ痛みやすい安い服だ。予想していたよりも早くくたびれてしまうところが悩みだった。そこに最近の神魔世界での戦闘が最後の一押しとなっている。
「ああ、服か」
「戦ったりもしますしね……」
「なるほどなぁ」
 乱雲は小さく唸りながら顎に手を当てた。沈黙が針となって突き刺さってくるかのような感覚に、つい青葉はまたアイスコーヒーを口にする。コクのある苦味がじわりと広がり、カランと氷の鳴る音が妙に意識された。遠くから、かすかに誰かの笑いあう声が聞こえる。
「確か、こっちに来る時に持ってきた戦闘用着衣が残ってたはずだ」
 沈黙は長くは続かなかった。乱雲の呟きを耳にし、青葉ははたと顔を上げる。視界の隅では、梅花も喫驚している様子だった。先ほど苦し紛れに出したその名前が、まさかここで登場するとは予想外だ。
「処分するのはもったいないと思って取ってあったんだが、あれば便利だろう? オレたちが持っていても使うことはないし。よかったら、もらってくれないか?」
 柔和に微笑む乱雲の眼差しが、青葉と梅花の間を往復する。咄嗟に返事はできなかった。ありがたい言葉であると理解できても、どうしても躊躇いが生まれる。それは梅花が避けたがっていた『繋がり』を再び強固にするようなものだ。「どうする?」と彼女に問いかけるのも憚られる。
「まだ着られるはずだし、このまましまわれているよりはいいと思うんだ」
 乱雲はテーブルの上で手を組んだ。彼が何を思ってそんなことを言い出したのかは、勝手に想像するしかない。心配だからか、それ以上の思いがあるのか。害意がないのは気からわかるが、梅花にとって負担になるかどうかは別の話だ。すると、ゆっくりと彼女は首を縦に振った。
「――わかりました。それではお言葉に甘えます」
 軽く頭を下げ目蓋を伏せ、「ありがとうございます」と続ける。即座の判断に、青葉は内心で驚嘆した。もっと躊躇すると思っていたのに、あっさり答えてしまった。しかも、彼女の気には苦い色が一切混じっていない。横顔も普段通りの無表情だ。
「役立ててもらえるならこちらも嬉しいよ」
 にこりと微笑む乱雲を凝視もできずに、青葉はつと視線を逸らした。店内を流れる音楽が終わりに近づいたのか、にわかに騒がしさを増した。



「よかったのか?」
 そろそろ仲間たちのいる公園が見えてくるという頃。意を決した青葉はそう問いかけた。強い日差しは相変わらずで、荷物を抱えた梅花は俯きがちに歩いている。彼女がちらと視線を寄越したのを見て、彼はわずかに眉根を寄せた。「何が?」と聞き返さないのは、何について問われているのかわかっているからだろう。それでも口を開かないのは、答えたくないからか。
「両親の家に行くってことになるだろ? 大丈夫なのかよ」
 戦闘用着衣を譲ってもらうことになって、一番気がかりだったのはその点だった。あの妹がいるかもしれない空間に梅花が足を踏み入れるというのは、どう考えても望ましいことじゃあない。乱雲がその辺りも取り計らってくれるかもしれないが、保証はなかった。
「そうね……」
 ぎゅっと買い物袋を抱きしめて、梅花は考え込む。そして困ったように微笑みながら頭を傾けた。その顔を真正面から見ずにすんだことに、青葉はほっとする。彼女の気は複雑な色を纏っていた。胸の奥を鷲づかみされたような、こちらまで息苦しくなるような色合いだ。懸念と躊躇いに、決意と鼓舞が入り交じっているとでも言うべきか。
「でも、手遅れになったら、困るもの。その時になってから、やっぱりもらっておけばよかったって後悔するのは嫌なの」
 ついでこぼれ落ちたのはしみじみとした言葉だった。その向こう側にレーナの顔がちらついたような気がして、青葉は唇を引き結ぶ。たった数ヶ月のことなのに色々とあった。それは確実に、彼らに変化をもたらしている。
「死ぬとか、殺されるとか、そういう実感はなかったんだけど。次に神魔世界に呼び出される時は、その可能性もちゃんと考えなければいけないのよね」
 重々しい内容をさらりと告げられると、気楽には頷けない。それでも梅花の言っていることが概ね正しいと、頭では理解できた。状況はいまだ掴めていないが、とんでもないことが起きているのは事実だ。リシヤでの戦闘のようなものがもう一度生じたら、今度こそ手に負えない事態となるかもしれない。以前のように、レーナたちが何故か助けてくれるということは期待できない。
「次、か……」
「あの魔獣弾は、傷が癒えたらきっと戻ってくるわ。そうなれば――呼び戻されることになるでしょうね」
 梅花が空へ一瞥をくれると、結ばれた長い髪が風に乗って揺れた。先ほどの返答は、そこまで考えてのものだったのか。それでも、きっと不安に思うことはあるはずなのに。
「だから戦闘用着衣が必要ってか」
「ないよりはあった方がいいでしょう? 神魔世界に行く時だけでも着ていけばいいんだし」
 それは自らに言い聞かせるような言葉なのか。青葉は小さく頷いて、梅花の頭に手を乗せた。ぽんぽんと軽く叩くようにすると、怪訝そうな視線を向けられる。彼女の歩調が緩んだせいで追い越しそうになり、彼は一瞬だけ足を止めた。
「無理するなよ。もらいに行く時、オレも一緒に行くか?」
「青葉が? 何かややこしい事にならない?」
「ならない……と思うんだが。でも他の奴らは連れて行けないだろう? 事情知らないし」
「それは、そうだけど」
 梅花は逡巡しながら小さく唸る。即座に断られないだけずいぶん変わった、と思ってしまうのは期待値が下がっているのだろうか。彼女に傷ついて欲しくないという思いが、少しでも伝わっているといいのだが。
「もしかしたら、結構な量があるかもしれないだろ?」
 その一言が最後の一押しになったのか。渋々と首を縦に振った梅花は、わずかに肩をすくめた。仕方がないと言っているようだ。彼女のいつもの諦めだった。もう少し素直に頼ってくれてもいいのにと思ってしまうのは、青葉の傲慢だろうか。
「わかったわ。お願いする」
「おう」
 彼女の母親とも顔を合わせることになるのだろうか。そう考えると奇妙な心地になる。敵対心を向けずにいられるだろうか。ぎこちない表情をせずにいられるだろうか。自信があるわけでもなかった。それでも彼女一人を行かせるよりはましだと思う。
 そんな会話を交わしているうちに、仲間たちのいる公園が近づいてきた。気でわかったのだろう。歩道へと駆けてきたようがこちらを見て大きく手を振るのが見える。
「お帰りー!」
 そんなに叫ばなくてもと苦笑するところだが、今日ばかりは助かった。朗らかなようの声には、重々しい空気を払拭するだけの力がある。顔を上げた梅花がかすかに顔をほころばせたのが視界の隅に映った。見慣れた無表情が、ほんのわずかだけ柔らかさを纏う。
 やっぱり思い違いではない。彼女は変わってきている。ごくたまにだが、こうした表情をすることも増えた。そういう顔が向けられる人物の範囲も広がっているような印象を受ける。喜ばしい一方で胸にチクリと刺さる痛みを無視し、青葉も片手を上げた。
「ちゃんと買ってきたぞー」
「ずいぶん時間掛かったね!」
 ぱたぱたと走り寄ってくるように向かって、青葉は首をすくめてみせた。乱雲と顔を合わせたことはあえて言う必要はないだろう。戦闘用着衣をもらったらある程度の話をせざるを得ないが、今はまだ伏せておいた方がいい気がする。せめてもう少し、気持ちの整理ができるまで。
「まあ、人がいっぱいだったからなぁ」
 梅花がこちらを一瞥したのには気がついた。だが青葉は何も言わずに、嬉しげな顔をするようの肩をぽんと叩いた。



 柱にもたれかかっているカルマラを見つけ出し、ミケルダは歩調を速めた。白い回廊に乾いた靴音が響く。彼女がここにいるのは気でわかっていたが、実際にその顔を見るとほっとした。いつになく気怠そうな目をして、片足をぶらぶらと揺らしていた。手持ち無沙汰な時の癖であることは彼も知っている。
「カール!」
 語気を強めて呼びかけると、わかっていると言いたげな視線が向けられた。今日のミケルダは気を隠しているわけではないから、気づかれていることは承知の上だ。それでもカルマラが顔を上げないから声を掛けたわけだが。彼はそのまま彼女に駆け寄った。
「魔獣弾が現れたんだって?」
 噂を耳にしたのは先ほどのことだった。珍しく睡眠を取っていたからだ。あちこち出歩きすぎて種々の疲労が溜まっていたので、たまには眠ってみようと思ったのだが。まさか目覚めてすぐこんな報告が飛び込んでくるとは予想もしなかった。また神技隊を呼び寄せなければならないのかと考えると、早くも気が重い。
「もう知ってるの? さすがはミケね。そうなのよ。でもねー、ちょっと姿を見せたと思ったら何もせずにいなくなっちゃうの。わけがわかんなくて」
 右の踵で床をコツコツと叩きながら、カルマラはそう説明する。その気には不満と疑念が滲んでいた。短い髪を手で掻き上げる仕草にも若干の苛立ちが見て取れる。彼女としては珍しいことだ。
「そうなのか。――誰が調べてるんだ?」
 魔獣弾が姿を見せたのなら、こちらも動き出さなければならない。それでも彼女が暇そうにしているところを見ると、その役目はこちらには回ってきていないのだろう。いつもならまず真っ先に話が振られるはずだが、ラウジングのことがあったからなのか。ミケルダも回復途中だったので免除されたのかもしれない。
「どうもケイル様側みたい。でもあれじゃあ足取りは掴めないわねー」
 じれったいという感情を隠しもせず、カルマラは頬を膨らませる。不機嫌なのはそのせいか。ケイルが従えているのは「力を失った者たち」――産の神ばかりだった。人数こそ多いが、相手が魔族となると心許ないのは否定できない。
「オレたちには声が掛からないんだな」
「ラウがまだまだだからじゃない?」
 頭の後ろで腕を組み、カルマラは苦笑を漏らす。呆れの滲んだ表情だが、気には不安が表れている。レーナから受けたラウジングの傷は、思っていた以上に深かったようだ。いや、後を引くと言った方が正しいか。一生残るような傷ではないが、回復に時間が掛かる。やはり破壊系が混じると影響が大きいのかもしれない。もっとも、治りが悪いのはそのせいだけではないだろうとミケルダは推測していた。
「核は大分回復してるはずなのにねー。やっぱりあんな美少女を刺しちゃったから」
 そう独りごちて、カルマラは深々と嘆息した。その口調に「仕方ないな」という響きを感じて、ミケルダは眉をひそめる。影響が長引いているのはラウジングの精神が不安定だからだ、というのは想像できた。精神が回復するには休息だけではなく正の感情が重要だ。しかし、おそらく今のラウジングにはそれが欠けている。
「いやいやカール、それは違うでしょ」
 だが精神が不安定な理由を、相手が美少女だったからで片付けられてはラウジングが不憫だった。そう単純な話ではない。ミケルダが首を横に振ると、カルマラは片眉を跳ね上げてからびしりと人差し指を突き付けてきた。
「何も違わないわよ! 私もさー、相手が魔物っていうか、よくわからない姿をしてる時は躊躇わずに全力出せるんだけど。でも人間に近い容姿だとやっぱり抵抗感があるのよね。関係ない人間巻き込んで後味悪かった経験があるせいかもしれないけど。そういうのって響くのよ」
 いつになく真顔なカルマラの言葉に、ミケルダは曖昧な相槌を打った。その経験が、彼にもないわけではない。関係のない人間を巻き添えにした時のあの虚無感は言葉にならない。いくら言い訳を並べてみても、自分を納得させられるだけの力には乏しかった。
 他の動物とは何が違うのか。考えてみた結果、ひどく単純な結論に行き着いた。――気によるものだ。彼らの絶望、嘆き、憎悪が突き刺さる瞬間というのは、何度経験しても慣れるものではない。
「カールでもそうなんだ」
 細かいことは気にしないように見えるカルマラでさえ辛いというなら、ラウジングはなおさらだろう。生死に直結するような「何か」が起きた時、一番厄介なのは周囲の者の気だ。「お前のせいだ」という明確な悪意、憎悪。それは精神の深いところを抉る。
「人間に恨まれるのってきついよね……。魔族が向けてくる憎しみとは違うのよねぇ。私たちが割り切れないだけなんだろうけどさ」
 突き付けていた指を下ろして、カルマラは髪をがしがしと掻いた。そして自分で乱してしまったことに気づいたのか、慌てて整え始める。その横顔を尻目に、ミケルダは口をつぐんだ。彼女の言う通りだ。相手が魔族なら簡単に割り切れる。しかも今回に限って言えば一番問題なのは、ラウジングにとっては初めての経験というところだ。
 だから止めたかったのだ。どうしても止められないのならば――代わりたかった。
「ま、そういうわけだから、しばらく私たちには仕事は回ってこないと思う。もどかしいけどねー。何かあって後悔しても知らないんだから」
「おいおいカール。それで苛立ってるのか?」
「当たり前でしょ。尻拭いするの私たちよ? だったら最初からやらせて欲しいんだけどっ」
 自分もよく引っかき回しているくせに、という一言をミケルダは飲み込んだ。間違ってはいなかった。もし戦闘になったら……ケイルの下の産の神たちでは手に負えない。こちらに要請が来るのはわかりきったことだ。
「まあまあ、カールも今のうちに回復しておいたらってことでしょう? ほら、どう? 下に降りて何か面白いことでも探してみない?」
 こういう時は機嫌を取るに限る。ミケルダが手をひらひらさせると、カルマラはぱっと顔を輝かせた。この提案は正解だったようだ。神界にいるとどうしても気が滅入る。ラウジングだけでなく自分たちまで精神をすり減らすようなことは、どう考えても得策ではなかった。
「賛成!」
 笑顔で頷くカルマラの肩を掴み、ミケルダはちらと周囲へ視線を走らせた。真っ白な回廊には、相変わらず光だけが満ちていた。

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