white minds 第一部 ―邂逅到達―

第七章「受容と瓦解と」11

「ここに入るのも久しぶりだな」
 ケイルの声には苦笑が滲んでいる。彼が進んだ先には、白いのっぺりとした扉があった。銀の取っ手とささやかな飾り枠が付いているのみの、取り立てるところのない扉だ。それでもそこを中心に幾重にも結界が張り巡らされているのがわかる。繊細で几帳面で、それでいて大胆な結界だ。
 アルティードはケイルの後ろ姿を眺めつつ、重いため息を飲み込んだ。鍵を弄る音が痛々しい静寂を強調しているように思える。後ろに控えているラウジングが落ち着かない様子なのは、振り返らなくとも手に取るようにわかった。回復したばかりの彼に悪影響がなければいいと願うばかりだ。
 しばらくすると、ようやく鍵の開く音がした。取っ手を掴んだケイルはゆっくりとそれを押し開いていく。不思議と冷たく感じられる空気が狭い回廊へ流れ込んできた。ちらと振り返るケイルに、アルティードは頷いてみせる。ここで怖じ気づいていても仕方がない。
「行こう」
 アルティードに促されるよう、ケイルはゆっくり一歩を踏み出した。乾いた靴音が真珠色の床で反響する。その後に続きながら、アルティードは精神を集中させた。これで結界の内側に入りこんだことになる。何者かがいた形跡があれば感じ取れるはずだが。
「誰かいるな」
 ケイルの低い声がアルティードのもとにも届く。彼の言う通り、気配はあった。気を隠してはいるが、それでも明らかに伝わってくる何か。これはこの部屋特有のものだ。ある種の歪みの終点とでも言うべき場所にあたるため、それは空気を伝わるようにしてこちらへと届く。存在そのものが空間に影響を与えるのだろう。無論、こちらの気配もあちらに伝わっているはずだった。
「奥の方だな」
 息を呑んだケイルの横をすり抜けて、アルティードは前へ進む。背の高い本棚に挟まれた細い通路には、静謐な空気が満ちていた。その間を真っ直ぐ歩きながら、アルティードは顔をしかめる。不思議なことに、その何者かが動く気配はなかった。そこにいるのが神でないのなら、普通は逃げようとすると思うのだが。まさか、利用申請をし忘れた神の一人でもあるまい。大体、そうだとしてもケイルの手を借りなければここには入れないはずだ。
 徐々に気配が濃厚になっていく。自然と喉が鳴る。もう少しだ。――棚が一度途切れたところで、アルティードは足を止めた。そして恐る恐る右手を振り向いた。
「ああ、来たのか」
 視線を向けた先に、侵入者はいた。分厚い本を手にした小柄な少女だった。白い上着に薄紫のスカート、白いブーツ。一本に括られた髪が、小首を傾げるのにあわせて優雅に揺れる。
「レーナ……?」
 報告にあった容姿と同じだった。その名と思われるものを口にすると、少女――レーナは嬉しげに破顔する。正解だったらしい。背後でたたずんでいるケイルとラウジングの絶句する気配が感じられた。それは侵入者がいたことに対してか、はたまたその正体が彼女であったことに対してか。
「すまない、勝手にお邪魔していた」
 レーナはこともなげにそう告げ、手にしている本を軽く掲げて見せる。ここにいるのが当たり前といった様相に、さすがのアルティードも継ぐ言葉が見当たらなかった。「どうしてここに」だの「何をしている」だの問いかけたいことは山ほどあるが、そのどれもが声にならない。
 ようやく、今までラウジングたちが何に困っていたのか理解したような心地になる。想定の上をいく言動は、こちらの冷静な判断力を奪ってしまう。彼女を相手取って必要な情報を得ようとするのは難しいだろう。
「ここの気はずいぶんと濃厚だな。よく管理されているわけだ」
 どうすることもできずアルティードたちが黙していると、瞳を細めたレーナはぱたりと本を閉じた。深紅の表紙が目立つ一冊だが、遠目からでは内容まではわからない。
 レーナは分厚い本の表紙をそっと指先で撫でた。愛おしげにさえ見える仕草と眼差しがこの奇妙な状況とは不釣り合いで、まるで絵画でも眺めているような境地になる。これが空想の中の出来事ならどれほどよかったか。しかし残酷なことに、顔を上げたレーナはさらに喫驚する一言を放った。
「アルティード、だろう?」
 さしものアルティードも一瞬思考が止まった。何を言われているのかわからなかった。カルマラあたりが名前を漏らしたことがあるのかもしれないが、だからといっていきなり名指ししてくるなどあり得ない。アルティードは彼女の容姿について詳しく聞いていたからすぐにわかったが、逆は成り立たないはずだ。
 無論、驚いたのはアルティードだけではない。背後ではラウジングとケイルがますます声を失っている。こちら側の驚嘆は気から伝わってしまっていることだろう。それはつまり、肯定しているのと同義だ。そこまで考えると幾分か気持ちが落ち着いてきた。できる限り平静でいようと努めながら、アルティードは首を縦に振る。
「そうだ。しかし、その名を一体どこで聞いた?」
 よく思い返してみると、以前にも彼女はアルティード宛てのわざとらしい手紙を置き去りにしていた。信じがたいことだが、どこかでアルティードの存在を知ったのだ。
「私を知っているのか?」
 端的に問いかけてみるが、答えが返ってくることは期待してはいなかった。今までの報告から推測するに、おそらくはぐらかされる。もしくは無視して別の話を展開されるか。
「ああ。ユズから聞いている」
 けれども予想は大きく外れた。想像だにしない方向へと外れた。突然飛び出してきた名前に、再度アルティードは息を呑む。ごく自然と、当たり前のように出された名。心当たりがないわけではなかった。彼の知り合いの中に一人だけ、ユズという名の女性がいた。そして彼女の存在が、全ての答えだった。
「……そうか、彼女か」
 声を張り上げなかったのはかろうじて理性が働いたおかげだ。全てが腑に落ちたような心地になり、つい表情が緩みそうになる。ケイルとラウジングが怪訝な気を放っているのはわかったが、今すぐこの場で説明するのは困難に思えた。アルティードはやおら瞳を細める。
 ユズは、『未来』から来た女神だ。
 まだまだ大戦が混乱を極めていた頃、アルティードがただの神であった頃、知り合った風変わりな女性だった。一人でどんな戦場にも駆けつけることができる実力者だった。その力が折り紙付きなのは、彼女が『転生神の妹』だからだ。精神容量も知識も豊富な彼女は、姉の代理人として何故か『この世界』にやってきていた。アルティードが彼女と出会ったのは偶然だったが、それからは度々顔を合わせていたから話には聞いている。
「ユズ……?」
 混乱の滲んだケイルの声が書庫の静寂に染みる。それでもアルティードはじっとレーナを見つめていた。目を逸らすことはできなかった。考えてみれば、彼女の態度はどことなくユズと繋がる部分があった。不敵な笑みや余裕の態度、対峙した時のこの眼差し。その全てがかつてよく彼を振り回してくれた女神を彷彿とさせる。
「君はユズを知っているんだな」
 だが、一体どういう繋がりがあるというのか。ユズについて彼が知っていることと言えば、転生神の妹であること、その意志を継ごうとしていること、そして――とある魔族と懇意な間柄であることだけだ。
「ああ、そうだ」
「どういう関係だ?」
「関係……うーん、そうだなぁ。家族みたいなものかな」
 単刀直入に尋ねてみれば、ずいぶんあっさりした返答が放たれた。家族という響きに違和感を覚えてアルティードは眉をひそめる。それが意味するところがわからない。理解されないのがわかっていてあえて選ばれた単語のように思えた。なるほど、これが肝心なところをはぐらかす彼女の手法かと、変なところで納得する。
「どういうことだ? アルティード。そのユズとかいう者に会ったことがあるのか?」
 すると痺れを切らしたらしく、一歩進み出てきたケイルに横から睨まれた。揺れたマントがアルティードの足に絡みついてくる。アルティードは曖昧に頷いた。彼女をどう説明したらよいのか判断しかねる。どこをどう切り取ってもその存在は特殊だ。
「一体何者なんだ?」
「ユズは『未来』から来た神だ」
 逡巡するアルティードが言葉を選び出す前に、レーナが口を開いた。明確な感情のこもらぬ淡々とした口調だった。まさか彼女の方が答えてくれるとは思わず、アルティードは閉口する。ケイルとラウジングが瞠目したのが視界の端に映った。それは一体何に対する驚きだったのか。
「アルティードは知っているよな?」
 レーナが口にしたのは否定しようのない事実だった。それでも素直に相槌を打つのは憚られ、アルティードは唇を引き結ぶ。すると、赤い背表紙を撫でた彼女の指先がつと天井を指さした。
「ユズは、いわゆる心の神と呼ばれる強者の一人だ。リシヤの生まれ変わりである転生神キキョウの妹で、『世界』を超える穴を幾つか知っている。その一つを使って、ユズはこの世界にやってきた」
 悠然と語られる内容はアルティードも知っているものだった。つまり、レーナは本当にユズの知り合いに間違いないらしい。道理で神についても詳しいわけだ。神という存在について、その力について、魔族との違いについて、誰よりも正確に把握しているといっても過言ではない存在。『記憶保持者』である姉からの言葉と、魔族からの情報、普通の者には知ることも叶わないものを容易く手に入れることができるのがユズという女神だった。
「転生神……キキョウ?」
「未来――と簡便に表現するが――に生まれた転生神だ。ユズは彼女を補う働きをしている」
「それが何故貴様に繋がる?」
 転生神という言葉はアルティードたちの心を大いに揺さぶる。ケイルでさえも同様だ。上ずるのを無理に抑え込んだケイルの冷たい声が、威圧的に響く。それでもレーナは全く動じなかった。ふわりと微笑んだまま頭を傾ける様を見ているだけでも、ラウジングたちでは太刀打ちできないわけだと悟る。ずいぶんと酷な役目を押しつけていたのだと、今さらながら感じ入った。
「だから、先ほど言ったように彼女は家族みたいな存在だ」
「意味がわからないな」
「彼女がとある魔族のところに出入りしていた話は、一部の者しか知らないのかな?」
 今にも笑い出しそうなレーナの口調。その問いかけはおそらくアルティードに向かって放たれたものだろう。ケイルやラウジングが驚嘆する気配を感じながら、アルティードは「一部の者だけだろうな」と控えめな返答をした。
 それが理由でユズは異端扱いされていたから、アルティードもあえて話をしてこなかった。別に彼女は魔族に味方しているわけでもなかったし、それどころか誰よりも率先して仲間たちを助けていた。彼女の力は、彼らには必要だった。しかし魔族の知り合いがいるなどという事実を、普通の神が容易く受け入れられるとは思えない。
「そんな、まさか。そんなことがあるはずが……」
「あるんだよ、それが。その魔族の名は、アスファルトという。まあ彼も異端者だな」
 こともなげに説明されていく事実は、全てアルティードの知るものと一致していた。これでまた一つ疑問が解けた。カルマラから受けていた報告にある「腐れ魔族」の正体についても、ようやく明らかになった。何故そのような蔑称なのかと訝しんでいたが、今はっきりした。――ユズと繋がっていたからだ。そんなことを、魔族たちが許すはずもない。
「……まさか」
「彼らが生み出した存在に、魔族たちは未成生物物体という意味不明な呼称を付けている」
 声は朗らかなのに言葉はどこか辛辣だ。だが、それはおそらく彼女自身を指す名称なのだろうと予測できる。アルティードはどうにかため息を飲み込んだ。数々の疑念が一本の線で繋がった。
「そうか、それが君たちなのか」
「そういうことになるな」
 本を抱きしめたレーナはふわりと微笑んだ。「生み出した」というのがどういうことなのか定かではないが、ようやく彼女の立場が理解できた気がする。ユズがかの魔族と何をしていたのか、アルティードは知らない。そこまで踏み込むことはしなかった。しかし彼女は常に神の――否、転生神キキョウのために動いていた。時にアルティードの目には奇異に映ることもあったが、それでも彼女の信念に揺るぎはなかった。その結果が、今目の前にいる少女ということだ。
「――なるほど、わかった。しかしそんな君がどうしてここにいる?」
 彼女の背景はわかった。だがまだまだ問題は山積みだ。そもそも、どうやってこの書庫に入り込むことができたのか。さすがのユズも勝手に書庫に入るような真似はしていなかったはずだが。……それとも、単にアルティードが知らなかっただけなのか。
「書庫ですることと言えば、本を読むことだろう?」
 くつくつと響く悪戯っぽい笑い声が、張り詰めた空気を軽やかに揺らす。ラウジングの気に苛立ちが滲んだことに気づき、アルティードは片眉を跳ね上げた。レーナのこの態度はラウジングが最も苦手としているものだ。彼の家族を葬った者を彷彿とさせるからだとは思うのだが。冷静でいることが重要な局面では、いささか心配となる。
「まあ、ちょっとした調べ物だな。しかし見つかってしまってはこの辺までかな」
 不意に声の調子が変わった。レーナは抱きしめていた本を片手に持つと、そのまま手近な棚へとしまいこむ。何を調べていたのかまでは話すつもりはないらしい。むしろ、今まではぐらかしてきたものをあっさり口にしてきたことの方がおかしいのか。彼女にも何か心境の変化があったのだろうか。それとも、そうせざるを得ない事態になったのか。
「まさかこのまま帰れると思っているのか?」
 と、それまで黙り込んでいたケイルが高圧的な声を発した。一歩足を踏み出しただけなのに、その靴音は妙に強く床に反響する。もっともレーナにはまるで効果がない。「ん?」と小首を傾げて振り返った顔は余裕しか纏っていなかった。
「帰るよ。お前たちも、ここで暴れられたら困るだろう?」
 尋ねながら天井を見上げたレーナは、アルティードたちの事情も全てわかっていると言いたげだ。確かに、この結界の中で何かを成し遂げようとするのはひどく骨が折れる。そもそも転生神アユリの結界は強固で、複雑で、他の者においそれと手出しができるものではない。この書庫を中心に構成されているものが一体どういう役目を担っているのかも、アルティードは知らない。
「それは……」
「大丈夫、別に悪さはしてないよ。ああ、そうだ一つ報告がある」
 背を向けようとしたレーナは、そこで何か思い出したように肩越しに振り向いた。尾のごとき髪がひらりと揺れて、白い世界に影を生む。ひたと見据えてくる黒い眼差しを、アルティードは息を呑みつつ受け止めた。
「魔神弾復活に乗じて、何者かが巨大結界内に侵入した」
 空気が一変した。淡々と告げられた内容は、最悪のものだった。聞き間違いだと思いたかったが、レーナの表情がそれを否定する。ぞっとするくらいに落ち着いた、冷たいわけでもないのに張り詰めた憂慮が垣間見える顔。それは先ほどと同じようでいて、明らかに違う何かを伝えてくる。眉根を寄せたアルティードには、「本当なのか」と問いかけることしかできなかった。
「何者なのか確かめたかったが魔神弾の動きがあったので、突き止め損ねた。これはわれの落ち度だな」
「そんな、まさか……」
「そんなことが可能な魔族となると、それなりの実力者だ。また、魔神弾復活にあわせてきたのも偶然とは考えにくい。魔獣弾と何かやりとりがあるのかもしれないな」
 レーナの言葉が本当ならば、状況はますます深刻だった。巨大結界は彼らにとって最後の砦だ。転生神アユリが築いた籠城のための武器の一つ。決して破られてはならぬものだった。だからこそレーナたちがここにいることを問題視していたのだが――魔族が侵入したとなれば、崩壊は時間の問題かもしれない。
「そんな馬鹿なっ!」
 刹那、耐えきれずにラウジングが声を張り上げた。否定して欲しいという願望と、それを諦めている者の吐き出す絶叫のようだった。アルティードは諫める言葉を探したが、すぐには見当たらない。そうしたくなる気持ちはよく理解できた。無論、怒鳴っても何も解決しないこともわかっている。
「われも信じたくはないが、しかしあの気配はおそらくそうだろう。……亜空間を通じてだな。どうもこのところ亜空間との境が怪しくなっているな」
 その通りだ。宇宙とこの星を区切る結界はいまだ強固だが、他世界との境に綻びが生じ始めている。もっとも、『境』の存在すらろくに感じ取れないアルティードたちからすれば、そこに結界を張ってしまったアユリがそもそも化け物じみていたのだ。おそらく、そこが一番不安定だったのだろう。リシヤの封印結界が弱まっていることを考えても、そろそろ限界を迎える時期が来ているのかもしれない。
「君はどうするつもりなんだ?」
 巨大結界の崩壊は、第二次地球大戦の勃発を意味している。それはおそらくレーナも理解しているはずだ。それなのにこうも冷静でいられるとは不思議だった。アルティードが端的に尋ねれば、彼女はふわりと顔をほころばせる。
「もちろん、見つけ次第退場してもらう」
「……そんなことが、可能なのか?」
「可能かどうかは問題ではない。やらなければならない。こんなところで力のある魔族に暴れられたら、オリジナルたちが危ないだろう?」
 それでもレーナの決心に揺るぎはないようだった。彼女はあくまで神技隊を守るつもりらしい。そこまでする意味は、やはり理解できなかった。ユズとの繋がりも彼女たちの立場もおおよそ掴めたが、それでも何故今こんなことをしているのかは判然としない。やはり、そこにはユズの意志が関与しているのか?
「まあそういうわけだから、異変には気をつけておいてくれ」
 レーナはひらりと手を振った。そして軽く白い床を蹴り、本棚の向こう側へと颯爽と駆け出す。アルティードがはっとして手を伸ばすも、間に合うはずもなかった。揺れる髪の軌跡だけがやけに目に焼きつく。
 気配は、忽然と消えた。一瞬何かの歪みを感じた途端に、彼女がいることによって生まれていた違和感は消え失せてしまった。世界は唐突に平穏を取り戻した。気はそもそも隠していたから感じ取れないが、それにしても一体どういう芸当だったのか――。
「彼女の言葉……信じていいのか?」
 アルティードが口をつぐんでいると、隣にたたずむケイルが視線を向けてくる。鼻眼鏡越しに見える眼差しは半信半疑な様子だ。信じたくないという気持ちもあるのだろう。アルティードは静かに首を縦に振った。
「ああ。彼女の言うユズの話は、私が知っているものと同じだ」
「そのユズというのは何者なのだ?」
「彼女が言っていた通りだ」
 かつて戦場で見た後ろ姿を思い出す。朱に近い茶色い髪、波打つ青い布。颯爽と現れては敵を葬り去るその様は、誰よりも勇ましかった。豊富な精神量と鋭敏な感覚を活かしたあの戦い方は、普通の者が真似できるようなものではない。ただし彼女はレーナと比べるとはるかに感情を揺さぶられやすい性質を持っていた。
 ユズの激昂は世界を揺るがす。涙は世界を震わせる。喜びは世界を沸き立たせる。鮮やかな彩りを持った彼女の感情は、容易く周囲を巻き込む。大量の精神を背景とした強烈な感情の波。その影響力は多大だ。あれだけの熱量を持ったままなお一心に戦い続けることができる神が存在しているとは信じがたかった。ただ一点だけを目指していたから、可能だったのだろう。
 アルティードはふと肩の力を抜く。レーナの横顔に、ユズの背中が重なったように思えた。
「ユズは転生神キキョウの代弁者だった。彼女は――歴史を変えるためにこの世界に来た」

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