white minds 第一部 ―邂逅到達―

第八章「薄黒い病」2

 何もないただの草原には、剣が無造作に置かれていた。鈍く光る刀身は剥き出しのままで、鞘はその辺りに放られている。どう控えめに見ても何ら手入れされていない物のように思えて、青葉は眉根を寄せた。戦闘用着衣を身につけて集合して欲しいというから何かと思えば、待っていたのはこの光景だ。通称『裏庭』と呼ばれているらしい殺風景な場所に、いかにも古そうな剣が転がっているだけ。
「えーっと」
 青葉と同じ心境なのか、隣に立つシンが戸惑った声を発した。こういう時に率先して状況を確認してくれる滝はいない。ヤマトにあるという戦闘用着衣を取りに宮殿を離れていた。そのせいもあり、集まった神技隊はただひたすらこの状況に黙している。動いているのは、木箱を片付けている梅花だけだ。
「……うーん」
 青葉は思わずシンと顔を見合わせた。後ろにいる仲間たちが口を開く可能性も低いだろうか。何をどう問うたらいいのかと悩んでいると、シンの横から誰かが顔を出す。――リンだ。
「これって剣よね。ここに置いてあるってことは使えってこと?」
 不思議そうに首を捻ったリンは、梅花の背中へと視線を向けた。大きな木箱を脇へ退けた梅花は、問われたことに気づいたらしく、肩越しに振り返る。珍しくも細身のズボンをはいているのはこうした作業があることを見越していたからなのか。手を払って土を落とした彼女は、小さく頷いた。
「そうです。どうにか無理を言ってミケルダさんから借りてきました。ここに置き去りにされてるって聞いたので集まってもらったんですが。予想通りのひどい扱いですね」
 今朝から走り回っていると思ったらそんなことをしていたのか。青葉は眉間に皺を寄せながらじっと剣を見下ろした。錆び付いているようにしか見えないこの武器がそんなに高価なものなのだろうか? もちろん、何であれ貸してくれるのであればありがたいことだが。
「見た目はこんな感じですが、普通は手に入らない物だそうです」
 梅花はそのままゆっくり近づいてくる。そう言われてもう一度剣を凝視してみたが、貴重な物の扱いのようには思えなかった。さすがに裏庭に放置はしないだろう。
「あの魔族と呼ばれている者たちに、普通の技が効かないのはわかりますよね?」
 傍までやってきた梅花は、剣の横で膝をついた。柄へと伸ばされた手の先を見つめつつ、青葉は首を縦に振る。魔獣弾たちは、どうも人間とは根本的に違う存在らしい。火を浴びれば熱い、雷の技なら痺れるといった効果はありそうだが、どうもそれで根本的な傷を与えられたようには思えない。何より、魔獣弾たちの行動がそれを証明している。彼らが避けたがるのは精神系の技のみだ。
「ミケルダさんにも確認してみたんですが、やはりそうみたいです。少なくとも私たちが使うような普通の水の技とかでは負傷させられないようなんです」
「あーやっぱりね」
「効果があるのは精神系と破壊系。あとは、特殊な武器です」
 大振りな剣を手にしたまま、梅花は立ち上がる。まさか、これらがその特殊な武器だというのか? 青葉はまじまじと剣を見つめた。剥き出しになっている刀身は錆びているように見えるし、装飾の乏しい柄は使い込まれた形跡もない。どう好意的に解釈したところで、そんなに素晴らしい物とは思えなかった。
「これがそうなの?」
「はい。もちろん、上が貸してくれるくらいですから未調整のものです」
「……未調整?」
 武器に対して『調整』という響きがどうも似つかわしくなかった。不思議そうに聞き返すリンの心境は、青葉にも想像できる。ちらと横目で見遣れば、シンも怪訝そうな顔をしていた。後ろにいる仲間たちの気もそう訴えている。それでも戸惑う様子もなく、梅花は相槌を打った。
「精神を込めることで威力を発揮する武器だそうです。ですが、調整しないと本来の力を発揮することはできないと言ってました。ただ、その調整というのはどうも面倒なものらしくて……。ここにあるのは、それが特に難しい武器です」
「だからオレたちに貸してくれるってか?」
「はい。たぶん、上の方たちからすると普通に精神系でも使った方が意味があるのでしょう」
 梅花は抱えた剣をシンへと差し出した。半信半疑な様子で受け取ったシンは、何か言いたげに口を動かしている。なるほど、上の者たちにとっては無用の長物に等しいが、精神系が使えない青葉たちになら意味があるというところか。そう思って見下ろしてみても、やはりこれで何かが斬れるとも思えないが。
「ただ、すぐに見つかったのがここにある四本だけでして。――誰が使うのかが問題ですね」
 そう言いながら梅花は仲間たちの顔を見回した。精神系が使える梅花、レンカには不要だが、他の者たちはあるに越したことがない。どうやって選ぶのかは厄介な問題だった。長剣が得意な者を優先するしかないか。
「……滝さんには渡した方がいいと思うんだが」
 そこで最初に発言したのはシンだった。ここにはいない、しかも滝の名前を出すとはさすがとしか言いようがない。滝が使用することに反対する者などいるわけがなかった。元ヤマトの若長は剣技に関しても有名だ。
「そうですね、一本は滝先輩に使ってもらいましょう」
「あと、剣技に長けていて前線に出るとしたら――」
 そこでリンがすかさず口を挟む。あからさまな視線が向けられて、青葉は口ごもった。武器の中でどれがと問われたら長剣を選ぶのが常だし、先日の戦闘といい前に飛び出すのが得意なのは自覚していた。魔族と交戦する可能性は比較的高いはずだ。
「まあ、順当に考えたら青葉やシン先輩には持っていて欲しいですね。滝先輩からも声がかかりやすそうですし。リン先輩は短剣の方が得意ですもんね?」
「よく知ってるわね。そもそも、武器を使うのがあまり得意じゃないのよ。長物は特に駄目ね」
「……一応、神技隊を選抜する側でしたから」
 感心するリンに、梅花は苦い笑みを向けた。選んだと言っても数年前の話なのに、すんなりとその知識を引き出すことができるのはさすがだ。まさか彼女は神技隊全員の特徴を把握しているのだろうか?
「だったら梅花が選ぶのが一番早いじゃない」
「はあ……でもそういうわけには」
 梅花は困ったように周囲へと視線を巡らした。全員の了解も得ずに勝手に決めるのはさすがにまずいという判断か。もっとも、普段ならいざ知らず、命の危険まで考えなければならないこの状況で、我が儘を言い出す者がいるとも思えない。先日の戦闘は皆の記憶にこびりついていることだろう。
 いや、一歩間違えれば死ぬような境遇だからこそ、慎重になるのか。
「他に長剣が得意な人はいないの?」
「えーとそうですね、記録上そうなっていたのはミツバ先輩くらいでしょうか。本当は短剣の方が得意とも聞きましたが、他に該当者はいませんね……」
「だったらそれでもう決まりじゃない。これしかないんだし」
 周りを気にする素振りもなく、リンはあっさりそう結論づける。彼女にそう断言されると誰も異を唱えるような空気にならないのが面白いところだ。それは旋風だからとでも言うべきなのか。
「オレたちだけで決めていいのか?」
「意見があれば声が上がるんじゃない? 気になるなら、皆戻ってきてから確認しましょ」
 それでもまだ躊躇った様子のシンに、リンは手をひらひらと振ってみせる。「それまではいいでしょ。サツバもいないし」と笑う声は実に朗らかだ。よく突っかかってくるサツバは、戦闘用着衣を取りに実家のあるバインに向かっている。
 戦闘用着衣を持っているのは、滝だけではなかった。実は神技隊にはそれなりに金持ちな人間がいることを、青葉はこの件で知った。フライングではミンヤが数着持っているとのことだし、ピークスではよつきやコスミも一着あるという。ヤマトでは慎ましやかに生活している人間が多いという印象を持っていたのだが、そうではなかったのか。――それともあれは、奇病のせいだったのか。
 するとこのままでは話が進まないと判断したらしく、梅花も首を縦に振った。
「そうですね。これを渡すためだけにここに集まってもらったわけじゃあありませんし。全員揃ったらもう一度確認しましょう」
「あ、そうなんだ。ひょっとして例の訓練の話?」
「訓練ってほど本格的なことはできませんが。準備運動くらいはできますかね。この剣にも慣れる必要があります」
 その話については青葉も滝から聞いていた。この裏庭を利用して少しでも実際の戦闘を意識した訓練をするという目的だ。人間相手ではなく、魔獣弾のような魔族と対峙することを想定したもの。本番でいきなり大人数が動くのは無謀にも等しい。
「魔獣弾みたいな相手に対してのよね?」
「そうですね。あの魔神弾と呼ばれていた人も忘れてはいけないと思いますが。……情報不足なのが困りましたね。なんというか、行動が読めません」
「あーあの理性が感じ取れない奴ね」
 魔神弾と言われて、青葉も思い返す。声は聞こえているのだろうが、それが言語として認識されているのかどうか怪しい、獣じみた青年だった。その点が魔獣弾とは明らかに異なっている。
「私は魔獣弾の方ばかり見ていたので、レーナが魔神弾とどんな風に戦っていたのかわからないんですが、誰か見てませんかね……」
 梅花の視線を追うように、青葉は振り返った。しかし皆頭を振るばかりだ。やはり誰もが魔獣弾の行動に集中していたらしい。もしかすると、後方にいた者たちは前方の状況さえ飲み込めていないのかもしれない。
「それがわかれば少しは対策がとれるかなと思ったんですが、駄目ですかね」
「あーそうか、魔獣弾の戦い方は何となく予想できても、魔神弾の得意な技はわからないんだな」
 シンが深々と相槌を打つ。魔獣弾は今まで精神系の青い風、その他は破壊系の技をよく使ってきていた。破壊系も大体が黒い針をひたすら放ち続けて追いつめる戦法だ。つまり、遠距離、広範囲向きの技が得意と考えることができる。
「魔獣弾とやり合うなら接近戦だな」
「そうだな。でも青葉、あんまり無茶するなよ?」
 青葉が独りごちると、すかさずシンが釘を刺してくる。前回の戦闘のことを言いたいのか。いつもの青葉と言えば青葉だったが、危うく滝を巻き込むところだったのは問題だったかもしれない。後でかなり怒鳴られた。
「あー、あれは側にいたのが滝にいだったから、何とかなるかなって」
「その気持ちはわかるが」
「わかるんだ。わかっちゃうのね。滝先輩ってやっぱりすごい。普通あれ、避けるの無理だから」
 青葉とシンが目と目を見交わせていると、視界の隅でリンが半眼になった。リンにそう言わしめるとは、どうやら青葉が思っていた以上に大変な状況だったらしい。さらに心外なことに、梅花も首を縦に振った。
「青葉が前線に出る時は、周囲は注意しないといけませんね。まあ、それはどうにもならないとして」
「おい、それ何だよ。どういう意味だよ」
「問題は援護です。人数がいても動けないし、かといって少人数で行くわけにもいきませんし。せめて役割分担くらい決めておかないと」
 まるで野獣扱いだと青葉は抗議の声を上げたが、梅花はそれをさらりと無視した。何だか釈然としないが、青葉の味方になってくれそうな者はいない。シンもリンも、後ろにいるサイゾウたちも、梅花の話に耳を傾けている。
「武器がある人はこれでいいとして。広範囲の技はリン先輩じゃないと対応できませんので、そちらは任せたいんですが」
「もちろん」
「あとは結界ですね。これ、私でもいいんですが、でもたぶん私とレンカ先輩は精神系の技に集中できた方が本当はいいと思うんです」
 梅花の言うことはもっともだった。敵に打撃を与えられるのがこの錆び付いて見える武器と精神系の技しかないとなれば、梅花には攻撃に回ってもらうべきだ。彼女の結界は精度もあるし、何より攻撃への察知力が人一倍なので、そうなると心許なくはあるが。
 と、頷いたレンカがちらと後方へ一瞥をくれた。
「結界ならヒメワ先輩に任せた方がいいんじゃないかしら。ミツバには剣を使ってもらうことになるし。ジュリは治癒を使う余裕があった方がいいでしょう?」
 レンカの言葉を受けて、ミツバが何とも言い難い顔をする。一方、その隣にいたヒメワはおっとり微笑んでいた。フライングのヒメワとはほとんど面識がないに等しい接触の仕方だが、補助系の使い手だったのか。そう言われたら、そんな話を聞いたことがあるような気がする。
「そうですね」
「あとはまあ、臨機応変?」
「余裕がある人は結界組に回ってもらった方がいいでしょうか。今まで通りだと、何か起こるとすればリシヤの森になりますから」
 リシヤの森という響きが、空気を一変させた。視界の悪い森では大技も使えないし、炎系の技なども使いづらい。後方からの援護が仇となる可能性もある。最も厄介なのは、あそこでの戦闘がまた魔獣弾の仲間を蘇らせることに繋がりかねない点だ。それがわかっているから魔獣弾はあそこに現れるのだろう。そう考えると、青葉たちは圧倒的に不利だった。今まで何とかなってきたのは、レーナたちがいたからだ。
「まあ、考えて込んでも仕方ないですね。まずはその剣、使ってみましょう」
 梅花の提案に、異を唱える者はいなかった。荒涼とした裏庭へと視線を転じて、青葉は瞳をすがめた。



 多世界戦局専門長官――リューと二人きりで会議室にこもるのは、別段珍しいものでもなかった。しかしこの沈黙が今の梅花には苦痛だった。書き物をする音だけが室内に満ちる。賑やかな環境に慣れてしまったのだろうかと考えながら、彼女はひっそり視線を上げた。
 机を挟んで向かいにいるリューは、あらかたの判を押し終えたらしく肩をほぐすよう首を回していた。きっちりと結い上げられているはずの髪は所々ほつれている。もしかするとまた徹夜だったのだろうか。明らかに疲れ切った顔を見ていると、尋ねるべきことを口にするのが躊躇われた。梅花を呼び出したのもぎりぎりの選択だったに違いない。本来なら、もう梅花はリューの補佐をする必要がない。
「……どうかしたの?」
 視線に気がついたらしく、リューは眉をひそめた。「終わったのなら帰ってよい」とでも言いたげな目をしていたが、問われてしまったとなると梅花も黙っているわけにはいかない。意を決して言葉を選びつつ、梅花は口を開いた。 
「バインで奇病が流行ってるって本当ですか?」
 端的に問うと、リューの眼が大きく見開かれた。その気に含まれた感情から、噂が真実であったことを悟る。一般の人間が技使いに隠し事をするというのは、こういう点でも難しい。いや、そもそも隠すつもりはなかったのか。リューは額を押さえるようにして頭を傾けた。
「一体、誰から聞いたの?」
「昨日、バインに行っていた神技隊からです。リューさんがそういう反応するってことは本当なんですね。もう調査は入ってるんですか?」
 リューの顔に苦笑が滲んだ。本来なら内密にするべき情報だと思うが、それが無理であることは悟っていたのだろう。つまり、芳しくはない状況ということだ。慌ただしいのもそのせいなのか。
 そのままリューは押し黙った。それが答えだった。やはりかなり深刻な事態になっているらしい。梅花は頬に落ちてきた髪を耳に掛けると、書類の上で指を滑らせつつ嘆息する。
「黙ってるってことは調査も入ってるんですね」
「……あなたには敵わないわね」
 バインで妙な病が流行っているというのは、サツバが教えてくれた。バインの長の息子である彼のもとに飛び込んできたのは、「技が使いにくくなる病気」の噂だった。体のだるさ、微熱程度であればただの風邪だろうですませるのだが。技使いが罹った場合、何故だか技が使えなくなる。全く使えないわけではないが、精神を集中させるのが難しくて大技が使えないし、気を感じるのも鈍くなるという話だ。普通の人間ならいざ知らず、技使いにとっては大問題だった。
「もちろん、すぐに調査は入ってるわ。ただ、何も掴めないのよ。それどころか、調査に入った技使いも感染して戻ってくるのを繰り返してるんだから、困りものね」
 リューは大きくため息を吐いた。想定以上の返答に、梅花は絶句した。それほどの感染力とはにわかには信じがたかった。宮殿にいる技使いが調査の度にそんな奇妙な病に冒されるとなると、宮殿内の仕事も滞ってしまうだろう。技使いでなければできない業務も存在しているし、『外』で起きた技に関する騒動には宮殿の技使いが駆り出されるのが通常だ。道理で最近宮殿内が騒がしいわけだった。おそらく、技使いでなくともできる仕事がリューのような者に回されているのだろう。
「それは、本当に困りますね……」
「そうなのよ。だからといって、まさか神技隊に行ってもらうわけにはいかないし」
 途方に暮れたリューの嘆きに、梅花は曖昧な相槌を打つ。神技隊の利用まで考えるほど人手不足が深刻だったとは。どう考えたところで本来は宮殿にいるジナルの者が担当する業務であり、神技隊が動くようなものではない。――もっとも、本来は魔獣弾のことについてもそうだが。あれは無世界にも現れたレーナたちとの関わりもあるので仕方がないと、無理やり納得させることもできたが。しかしバインの件は違う。
「万が一誰かが感染したら大変だものね」
 続くリューの言葉を聞き、梅花は別の意味で閉口した。リューが懸念しているのはそのことだったのか。その心配がなければ神技隊を派遣してもよいと思っていたのか。梅花は顔をしかめたくなるのをどうにか堪える。まるで便利屋だ。自分がそのように思われていたのは知っているし、それに関しては仕方ないと諦めていた。しかし仲間たちまで同じような扱いを受けるとなると話は別だった。
「それもそうですが。そういった仕事は本来、神技隊に回されるものではないはずです」
 早めに釘を刺さなければまずい。梅花は淡々と言い放った。嘆息しかけていたリューが顔を上げ目を丸くしたところを見ると、彼女にとっては意外な指摘だったようだ。それがますます梅花の心に重い石を落とす。
「上がどう考えているのかはわかりません。しかし、形式上でも、私たちの仕事は無世界への悪影響を最小限に食い止めることのはずです。後は結界の穴を広げないよう警戒する程度でしょうか。ここにいるからといって、都合よく使われては困ります」
 リューは瞬きを繰り返している。本当に何も感じていなかったのか。梅花はきつく唇を引き結んだ。何も知らされず、わからず、それでも巻き込まれ、命を危険にさらさなければならない神技隊の状況について、思いを馳せたことなどなかったのだろう。命じられれば動かなければならない宮殿の人間とは違うのだと、考えたこともなかったのか。
 宮殿の人間とて、そうした命令を快く引き受けているわけでもないのに。ただ彼らは自分の居場所、生活を守るため仕方なくそうしているだけだ。失えないものがあるからだ。しかし神技隊は違う。そもそも選ばれた際に、それぞれの故郷や平穏な暮らしから既に引き離されている。
「仲間たちを、私と同じように扱わないでください。納得できない任務のために命を懸けることなんて、普通はできません」
 そこまで告げたところで、梅花は書類へ視線を落とした。レーナの言葉が不意に脳裏をよぎる。――このままでは死ぬ。だから強くならなければいけない。その通りだと梅花も思う。だが不安定な気持ちのままでは強くはなれないだろう。そういった心境は、精神の回復にも影響する。
「……梅花、あなた変わったわね」
 リューの呟きが静かな部屋に染み入った。返す言葉に逡巡し、梅花はただ目を伏せるだけにとどめた。

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