white minds

第一章 異変-2

 アパートに帰ってきても二人の内にある違和感は消えなかった。だからだろう、口数も少なくなり、外から聞こえる喧騒だけが耳に残っていく。
「おかしいわよね」
 座卓の前に座り込んで、リンはそうつぶやいた。視線をさまよわせても解決するわけでもなく、彼女は床を指で叩きながら瞼を伏せる。
「ああ」
 同じように腰を下ろして、シンはうなずいた。
 拭いきれない違和感、妙な感覚。それがどうにも気持ち悪くて仕方がない。
「どうしてあの違法者はあんな目立つことなんかしたのか」
 彼女は窓へと視線を向けた。爆発に怯えた住民たちも、そろそろ外に出てくる頃だ。現場では警察が調査をしていることだろう。もっとも何か爆弾のようなものがぶつかった、としか断定できないだろうが。
「おかしいよな。実際ああやってあっさりと捕まってたわけだし」
 二人は公園の様子を思い出した。彼らピークスはたまたま近くにいたのだろうか? 何にしてもあれだけ派手にやらなければそんなに早く捕まることもなかっただろうに。
「それに」
「ん?」
「彼らも彼らよ。公で技使うなんて、無謀だわ」
 彼女は眉をひそめて唇を強く噛んだ。今までその制限によりどれだけ苦労してきたことか。そう考えれば苦い顔にもなる。
「そう言えばそうだよな。あっちが派手だったからってこっちも派手にいけるってものでもないし」
「でしょう?」
 彼も相槌を打った。彼女はそれに気をよくしてほんの少し笑顔になると、安っぽい時計へと目線を向ける。
 もうそろそろ夕方だ。またご飯という別の悩みも解決しなくてはいけない。北斗とローラインが帰ってくるかどうか考えながら、彼女はため息をついた。
「そうだ、試してみたか?」
 すると不意に何か思いだしたように、彼が尋ねてきた。彼女は瞬きをし、小首を傾げる。
「試すって何を?」
「他の神技隊の居場所。探してみるとか言ってたじゃないか」
「あー、近くにいるならできるかもしれないものね。そういえば帰りにそんなこと話してたっけ」
 どこにいても気さえ感じることができればそれも不可能ではなかった。だがもちろん万能でもない。隠されれば難しくなるし、人間が多いところではさらに厳しくなる。気は普通の人間も持っているのだ。その強さが技使いに比べてはるかに弱いというだけで。
「ちょっと待ってね、じゃあ探ってみる」
 彼女はそう言うと、精神を集中させた。こういった気の探索には人によって得手不得手があるが、彼女はどちらかというと得意な方だった。
 押し黙った彼女を、彼はじっと見つめてくる。
 しばらく静寂が辺りを包み込んだ。
「あ、あった!」
 けれども数分もしない内に、彼女は歓喜の声を上げた。嬉しげに頬をゆるめた後、しかし怪訝そうに首を傾げ、瞳を瞬かせる。
「どうかしたのか?」
「それなりの気が集まってる場所、四つくらいあるのよ。何か一部には見知った気もあるようだし」
 彼女はうーんとうなった。彼は座卓にひじをついて呆れたように目を丸くしている。その表情の変化に気づき、彼女は首を傾げた。
「何?」
「今日会ったばかりでもう気の判別ができるのか、と思って。すごいな」
「いや、思い違いかもしれないけれど。でもね、数は確かに四つくらいあるの。他の神技隊も近くにいるのかしら? それとも違法者さんたちが集まってるのかなあ」
 何でもないと言うように彼女は手をひらひらとさせた。だが自分の放った言葉を反芻して不穏な気持ちになる。前者ならともかく後者だとしたら問題だ。違法者が集まってる場合大体ろくなことがない。
「まあこの辺違法者が多いからな。神技隊が四ついても……ってオレたちを含め全部ってことか。おかしくないんじゃないか?」
 今度は彼がいなすように手をひらひらとさせた。するとそれもそうかと考え直し、彼女はとりあえず相槌を打つ。まだどこか違和感は残っていたが。
「確かにゲートの傍だからね。おかしくはないんだけど」
 神魔世界から無世界へ行くには、ゲートを通る必要があった。実際は結界――技による壁――に開いた穴らしい。ほんの少しの隙間だが、それを無理矢理こじ開けて出入りするのだ。
 穴の数は数個らしいが、その中でもこの近くには割と大きめのものが存在していた。それ故この辺には違法者が出入りする可能性が高い。だから彼らスピリットもここに住居をかまえているわけだが。
「だろう?」
 彼はにこりと微笑んだ。
 穴を塞いでしまえばいいじゃないかと何度も思ったものだが、それもそう簡単にできることではないようである。
 ならば穴の周りに張り込んでいるのが手っ取り早い。他の神技隊がそう思っても何ら不思議はなかった。
「じゃあそれはいいとして……でも問題は残ってるわよね」
「話、の内容か?」
「そう。今までそんなことなかったじゃない」
 彼女はゆっくりと立ち上がった。さすがにそろそろ夕飯の支度をしなくてはならない。帰ってきた北斗たちに文句を言われると癪だ。
「でもそれは悩んでも仕方ないことだろう? 明後日を待たなくちゃ」
 彼女の方へと首を回し、彼は答えた。彼女はほんの少し苦笑してかすかにうなずく。こみ上げてくるのはいつも感じる、妙な気分だった。神技隊に選ばれてから感じている、苦い気持ち。
「結局待つしかないのよね、いつもいつも」
 そのぼやきに、彼は何も答えなかった。彼女は真っ直ぐ台所へと向かった。

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