white minds

第一章 異変-5

 約束の『明後日』はすぐに訪れた。
 シンはまだ寝ると言い張るサツバの首根っこを捕まえながら、仲間とともに爆発のあった公園へと向かう。
 もう調べは終わったらしい。立ち入り禁止でさえなくなったそこは、しかしまだ爆発の形跡を残している。えぐれた地面も壊れた遊具もそのままだ。ただ焦げついた臭いだけが消え去っている。
「ここがそうなのか?」
 北斗がそう尋ねて辺りを見回した。まだピークスの姿は見えていない。時計を見ればまだあと十分はあるのだから、それも無理はないだろう。
「あの人……ええっと、よつきとかいったっけ? あんな感じだったから早く来てるかなあと思ったんだけど」
 そうつぶやくように言いながらリンは髪をかき上げた。確かにそんなイメージだなと賛同したシンは、くすりと笑い声をもらす。
「まあ、遠いのかもしれないしな」
「そうね。気は近づいてきてるみたいだし」
 二人はそう言いながら顔を見合わせた。朝の匂いを含んだ空気が、心地よい風となって頬をかすめていく。
 のどかだ。先日の妙な違法者のことさえなければ笑顔が浮かぶところだ。けれども胸の奥には妙な感覚が残っていて、それが時折顔を覗かせては警鐘を鳴らしていく。
 ピークスがやってきたのは、それから五分後のことだった。道の先から五人の姿が現れたのを、シンは視界の端に捉える。
 先頭にはあのよつきがいた。こちらにはまだ気がついていないのか、隣にいる長身の女性と話をしている。二日前には見なかった顔だ。神技隊は五人で一組だから最後の一人なのだろう。
「あーようやく来たか」
 眠そうな声でサツバがつぶやいた。昨日、いや今日か、帰ってきたのはもう一時を回った頃だった。寝不足なのは仕方がない。もっとも眠そうな顔のままなのはどうかと思うが。
「あっ」
 そこで小さく、リンが声をもらした。彼女の方へと視線を向ければ、歩いてくるピークスを見つめたまま立ちつくしている。まるで見てはいけないものを見たような、否、信じがたいものを目にしたような瞳だった。シンは訝しげに首を傾げる。
「どうかしたのか? リン」
 彼は不思議に思って尋ねた。が、彼女の眼差しはただ一点に注がれたままで、彼の方へ向けられる様子はなかった。彼はもう一度ピークスを見やる。この間と変わったところと言えば、一人増えたことくらいだ。それ以外にこれといって驚くところは見あたらない。
「ジュリー!」
 すると突然、リンは声を上げた。満面の笑みで手を大きく振る姿からは、わかりやすいくらいに嬉しさが溢れ出している。先ほどの様子との違いにシンは目を白黒とさせた。しかしすぐに今が朝だということを思い出して、慌てて周りの様子を確認する。
「お、おいリンっ」
「リンさんっ」
 彼が名を呼ぶと同時に、ピークスの方からも声が上がった。振り返れば先ほどよつきと話していた長身の女性が、走り寄ってくるのが見える。
「やっぱりそうだったのね。似てる気だなーとは思ってたんだけど、まさか神技隊になってるとは思わなくて」
 走り寄ってきた女性――ジュリの手を取って、リンはまくし立てるようにそう言った。近くで見れば身長は百七十センチはあるだろう、穏やかな顔をした女性だ。
「はい、ついこの間からですが。リンさんがお元気そうで何よりです」
「それはこっちの台詞よ。ずっとどうしてるか気になってたから」
 会話から二人が知り合いだということは明白だった。シンは話に入るタイミングをうかがいながら、やってくるピークスへと目を移す。
「おはようございます、スピリット先輩」
 やや足早に歩いてきたよつきが、そんな彼らへと声をかけてきた。この間と変わらない穏やかな笑顔、丁寧な口調。シンは適当に挨拶を返しながら、リンたちを見た。
「いやあ、まさか知り合いがいるとは思いませんでしたねー。世界は狭いですねえ。でもこれで何だかほっとしました。ジュリの知り合いなら頼りになりそうです」
 首の後ろをかきながらよつきはにこにことそう言った。神技隊といえどもただ技使いから選ばれた五人、というくらいの条件しかない。不安になるのも当然だ。
「そうだな」
 相槌を打ちながらシンも考えた。
 ジュリの知り合いなら、ということは彼女は相当信頼されているのだろう。技使いとしての能力もなかなかであるに違いない。
「えーと、ジュリ、そろそろいいですか?」
 リンたちの会話が落ち着いたのを見計らって、よつきがそう声をかけた。慌てたジュリは振り返り、軽く頭を下げる。
「すいません、隊長。あまりの嬉しさにちょっと浮き足立ちました」
「いや、それくらいいいんですが。えーと、お知り合いですか?」
 よつきの問いかけに、ジュリは笑顔でうなずいた。彼女はリンをちらりと見て、何と言おうか一瞬迷う。
「神魔世界で非常にお世話になった人です。私の、私たちの救世主です」
「ちょっとジュリ、何よそれ。私たちは同志でしょう?」
 そう言う彼女の腕をリンは小突いた。そんなやりとりがおかしくて、シンは笑いそうになるのを必死に堪える。
「同志、ですか?」
「そう。まあ強い技使い保護活動、みたいな感じ?」
「はあ……」
 よつきの疑問にリンは意気揚々と首を縦に振った。だがまだ彼は釈然としないようだ。シンだって意味不明で首を傾げざるを得ない。
「リンさんは、あの『旋風』ですからね。強い技使い……特に女性はそこに集まるんです。私はその最初の一人といったところでしょうか」
 そんなよつきへと説明しながら、ジュリは微笑みを向けた。彼の動きが一瞬止まり、会話に間が生まれた。
「それは、本当に心強いですね」
 彼の口から感嘆のため息がもれた。
 リンは何も言わずに、やや困ったように笑っただけだった。 



 第十五隊フライングのメンバーは、約束の時間を三十分程遅れてやってきた。
 既にあらかた自己紹介を終えたスピリット、ピークスは適当な会話を楽しんでいたところだ。
「わりい。ちょっと遅れた?」
 そう言いながら歩いてきたラフトが、からっとした笑いを浮かべる。子どもっぽいその笑顔には悪気も何も感じられなかった。何を言おうか考えていたシンは、その言葉を全て失ってしまう。
「いえ、大丈夫ですよ」
 誰も何も言わない中、同じく微笑みながらジュリが答えた。だが彼女が浮かべているのは、彼とは対照的に大人の笑顔だ。皆を穏やかにさせる微笑み。
「じゃっ、さっさと自己紹介済ませちまおうぜ」
 するとそれに気をよくしたのか意気揚々とラフトが言った。遅れてきたにもかかわらずさっさとなど言っているあたりに、彼の性格がうかがえる。それにいささかむっとしたのか、サツバがそっぽを向いた。シンは胃の辺りに痛みを感じる。
 サツバの風体は若干派手なので、その様子は周囲の者の目を引くのだ。だがそれでも気にせずラフトは楽しそうにしていたが。
「オレたちフライングは、オレ、ラフトと、ゲイニ。あ、背が高い方な。それと、ちょっと太……じゃなくて、とにかくそっちがミンヤ。オレの右がこの前もいたヒメワ。最後のそのちっこいのがカエリだ」
 ラフトはざっくばらんに仲間たちを紹介した。奥の方にいたミンヤと呼ばれた青年とカエリと呼ばれた女性が、そんな彼の背中をじとりとにらみつけている。それでも仲間からの非難など意に介した様子もなく、ラフトは頭を傾けた。
「で、お前らは?」
 問いかけるラフトの視線は、真っ直ぐシンへと向けられた。困った彼は軽く口角を上げながら、手をひらひらとさせる。
「えーと、オレたち紹介はもうすませてしまったんですが」
「マジっ!? うがっ、それはオレらが遅れてきたせいということかっ」
 ラフトは大仰にのけぞって声を上げた。遅れてきたという自覚はあったようだ。ただそれを大したこととは考えていないようだが。
「では先に本題へ入りますか? あまり時間かかると通勤、通学時間に入ってしまいますし」
 そこへすかさず放たれたよつきの提案に、皆は一同にうなずいた。
 緊張のこもった沈黙が、辺りを覆った。

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