white minds

第一章 異変-6

 路地裏へと向かう五人の様子はまちまちだった。
 黙ったまま先頭を行く梅花に、その後に笑顔で続くアサキ。その後ろには騒ぎながらついていくサイゾウとようの姿があった。最後尾を行く青葉は、梅花へと時折視線をやるものの無言である。
「あら、やっぱり早かったわね」
 路地裏の奥には、壁を背にしたレンカが微笑んで立っていた。彼女は現れた五人に向かって穏やかな眼差しを向けると、さらに奥にいる仲間たちに手をひらひらとさせる。
「やっぱり?」
 梅花が小首を傾げた。その可愛らしい仕草とは裏腹に、瞳には疑念と醒めた色がある。
 約束の時間まではあと十五分あった。確かに早いことは事実だが。
「いいえ、何でもないわ。そちらがお仲間さん?」
 するとレンカは苦笑しながら後ろにいる四人へと視線を移した。それにはアサキがすぐさま反応して、前へと躍り出る。
「はーい、そうでぇーす。ストロング先輩でぇーすよね? ミーはアサキでぇーす」
 最初に聞けば誰もが驚く口調で、アサキはそう言った。レンカは一瞬きょとりとし、それからまた笑顔を浮かべる。変だなとは思わなかったようだ。いや、思っても隠したのかもしれないが。
「そう、私はレンカ。待ってね、すぐこっちも仲間が来ると思うから」
 すると彼女がそう言った時だった。まるでその言葉を待っていたかのごとく、乾いた足音が響く。
「あ、ほらね」
 彼女が振り返った方から、四人の男性がやってきた。体つきがしっかりとした長身の男性に、長めの髪の青年、そして金髪の少年。最後に現れたのは整った顔の青年だ。皆それぞれ特徴のある笑顔を浮かべている。
「悪いな、レンカ」
「ううん。見張りはスピード命ですもんね。まあ上がシークレット派遣してるくらいなんだから、他の追っ手はいないと思うんだけど」
 彼女にまず話しかけたのは、ともに路地裏にいた男性――たきだった。彼は視線を前に向けると、シークレットのメンバーを見つめる。
 きちんと五人来ていることを確認したかったらしい。前回ダンの失態があったので、警戒されていてもおかしくないからだ。
 しかし彼は、別の理由で顔をしかめて黙り込んだ。訝しげというよりは、まいったなとでも言いたげな表情だ。その予想外な反応に、傍にいるレンカが首を傾げる。
「滝?」
「あー想定してなかったな。知り合いがいるってのを」
 彼はうめくようにそう言うと、後ろ髪をかいた。その言葉にアサキが目を見開いて、後ろの仲間の方を振り返る。滝の言葉から推測するに、その知り合いがこの中にいるはずであるが。
「悪かったっすね、想定外で」
「何で最初から拗ね気味なのかはあえて聞かないが、久しぶりだな、青葉」
 皆の目線を受けて渋々と反応したのは、隠れるようにして立っていた青葉だった。前へ出ろとサイゾウに押し出されて、彼はアサキの傍までやってくる。しかし青葉と滝の視線は一瞬触れ合っただけで、互いにそれは逸らされた。その後妙な沈黙がやってくる。不思議そうな皆の間で、二人はただ向かい合ったまま立ちつくしていた。
「滝、知り合いなの?」
「青葉、知り合いでぇーすか?」
 焦れたのかレンカとアサキの声が重なった。神魔世界にいる技使いの数を考えれば、知り合いのいる確率など低いはずだ。だが二人はうなずいただけで、その関係を述べようとはしない。一瞬の静寂が辺りを覆い、困惑が広がった。
「青葉、話が進まないから」
 そんな状況で、梅花が青葉へと醒めた言葉を浴びせた。彼女を一瞥して、やや寂しげに彼は小さなため息をつく。そしてどこか諦めたような目で冷たい壁を見ながら口を開いた。
「兄弟のような腐れ縁のような関係」
 彼はそう言ってまた黙り込んだ。兄弟というくらいなのだから幼い頃から一緒だったのだろう。それにしては妙な空気が漂っているが。
 そして一方の滝はというと、その説明に特に反論も何もしなかった。ただ俯き気味に苦笑しているだけだ。その場を丸く収めるためかもしれないが、とりあえず話が進まないので誰もが追及しないことにする。
「で、この間来てた彼女が梅花だよな」
 その空気を読みとったのか、話を進ませようと滝は確認するようにそう言った。梅花は静かに首を縦に振り、仲間たちの方を一瞥する。
「はぁーい、ミーはアサキでぇーす!」
「え? 名乗る雰囲気? オレはサイゾウです」
「僕はようだよ」
 梅花の視線に反応してか、三人が次々と名乗り出た。アサキの意気揚々とした言葉につられたとも言えるが。とにかく滝の意図することは伝わったようだ。
「そうか。オレは滝、ストロングのリーダーだ」
 それに答えるように滝も名乗った。穏やかな笑顔は人好きのするもので、身なりもさっぱりとしている。彼は後方へと手を伸ばし、続けて口を開いた。
「で、そっちにいる背の高いのがホシワ。中くらいのがダンで、小さいのがミツバ」
「ちょっと滝ー! 身長で説明ってひどくない!?」
 彼は悪戯っぽくそう仲間を紹介した。一番背の低い――おそらくレンカよりも小さいだろうミツバが、すぐに抗議の声を上げる。しかし滝は笑ったままなだけで訂正する気配はなさそうだった。
「わかりやすさ優先だ。えーとそうそう、事情説明だったよな」
 そう言ってさらりと流した滝は、もう一度シークレットのメンバーを見回した。早く本題に入らなければ、さらに剣呑な空気が深まりそうだ。わだかまりを取り払うのは後にしようと彼は決意し、何から話すべきか頭の中を整理し始める。
 だがそんな彼の思考は、次の瞬間前触れもなく遮られた。
「なっ……!?」
 突然膨れあがった巨大な気に、彼らの中に戦慄が走った。
「な、何だ? このでっけー気は……?」
 それはまるで嫌な空気のようだった。背筋をぞくぞくとさせる、悪意に満ちた気だ。顔をしかめたダンが思わずそうつぶやく。いや、顔をしかめているのは彼だけではなかった。皆この異様な気に眉をひそめている。
「やっかいなだな、悪い気配だ。仕方がない、行くしかないか」
 だから滝の言葉に反論する者は誰一人いなかった。それが神技隊の役目でもある。この気を野放しにするわけにはいかない。
「そうね、行きましょう」
 レンカがうなずくと同時に、皆も首を縦に振った。
 何かとんでもないことが起こっていると、誰もが理解していた。普通違法者は自らの居場所を知られないよう、気を隠しているものだ。それがこれだけ膨らむとなると、何か妙なことが起こっているに違いない。今まで予想だにしなかった何かが。
 彼らは一斉に、走り出した。

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