white minds

第二章 標的-4

 神技隊はシークレットのもとに集まっていた。
 皆が連絡を取れるようになってから、二度目の連絡機の活躍である。ちなみに一度目は先ほどの補助金の話だ。つまり今日二度目の活躍でもあった。夕暮れ時の公園に、二十五人もの若者が集う姿は異様である。
「みんなも揃ったことだし、話って何だ? 梅花」
 皆に聞く体勢ができたことを確認して、滝がそう話を切りだした。彼へと視線を移して、車の傍にいた梅花がゆっくりとうなずく。
「何度もすいません。つい先ほど、他世界戦局専門長官から連絡がありました。彼女の話によると、その……この前ストロング先輩から聞いた情報提供者が、この世界に来ているらしいんです」
 彼女は重々しく口を開いた。リューが話した時と同じく、頭に染み入るように言葉を句切りながら事実を紡ぎ出した。一瞬の間をおいて、周囲に衝撃が走る。
「あの、梅花先輩、この世界って」
 そんな中、よつきがこわごわと問いかけた。自らの中で答えは出ているのだろう、それでも尋ねずにはいられないのだ。
「この世界、つまり今私たちがいる――無世界のことよ」
 彼女は信じたくない事実を口にした。
 驚くのも当たり前だった。
 情報提供者が現れるだけならまだしも、神魔世界現ではなく何の関係もないはずの無世界にやってくる理由など思い当たらなかった。
 やはりその人物も、異常な違法者たちと何か関係しているのだろうか?
 それとも別の理由なのだろうか?
 不安だけが増していき、皆の瞳に影を落とす。それを振り払う術は今の彼らにはなかった。
「それで長官からは、厳重に警戒するように言われています」
 言いながら、しかしどう警戒するのだろうかと梅花は内心苦笑した。『いる』ことしかわからない相手に、何をしろというのか。
「おい、レンカ。どう思う?」
 皆が押し黙る中、滝は少し考えてからレンカに問いかけた。レンカは重々しい表情で、その茶色く長い髪に触れる。
「うーん、そうね。今の段階じゃ情報が少なすぎて、何とも言えないんだけど……。嫌な予感がするわ、ものすごく」
 だがその言葉に、滝はぴくりと反応した。眉をひそめて大きく息を吐き出すと、考え込むように腕組みをする。珍しいことだった。いつだってそれなりに落ち着いていた彼から、動揺の気配が漂ってくる。
「あの、レンカ先輩。嫌な予感って、先輩は占い師か何かなんですか?」
 そんな滝を不思議そうに見やり、青葉がそう不意に尋ねた。この無世界にはそういう職業の人もいるらしいが、神魔世界では聞いたことがなかった。梅花だって知らない。
 レンカは何と答えるべきか迷ったらしく、その綺麗な顔を曇らせる。
「別に、そういうわけじゃないんだけれど……」
「でも、レンカの嫌な予感は百発百中なんだぜ。特に、今回みたいに強力なときは」
 そこへひきつった顔のダンが、口を挟んだ。普段はへらへら笑っていることが多いだけに、その差は明確である。
 そしてそれは彼だけではなかった。ストロングの五人の顔は、他の神技隊と比べても明らかに重かった。
 レンカの嫌な予感とやらに、思い当たるできごとがあるのだろう。ストロングの表情に、青葉は怪訝そうに首を傾げている。
 しかし嫌な予感は梅花自身も感じていることだったので、特別不思議には思わなかった。たださらにその気配が強まっただけである。確信に近い予感へと。
「ええと、報告はこれだけです」
 あまりにも深刻な雰囲気の中、梅花は一言でその場を締めくくった。
 しかしどんよりとした空気は、依然として一帯を覆っていた。



 すべての時が駆け足で進んでいた。そう、ものすごいスピードで。
 一度動き出した歯車は止まらない。いや、遙か昔からそれはもう動き出していたのだ。ただ誰もそれに気づかなかっただけだ。
 時は、決して止まってはくれない。
 何もかもが遅すぎたのか? いや、それはわからない。まだわからない。まだ決まったわけではない。
 だから成し遂げるべきことを、成し遂げなければならなかった。たとえそれがどんなに些細なことでも、無論大きなことでも。
 それなのに、背負った『負』の重さがこんな時にも邪魔をする。ためらわせる。
 急がなければならないというのに、この手が止まる。
 本能が叫ぶのだ。嫌だと。
 しかしやり遂げなければならない。それは自分のため。やらなければならない、望みのために。
 それがたとえどんなことでも、どんな手を使ってでも。傷つき、そして壊れる日が来るのだとしても……。
 歯車はもう回り始めている。



「この星だ……」
 一人の女がそうつぶやいた。
 永遠に続くかと思われる黒い空間の中で。小さく、そして静かに。
 時折瞬く光が、その背後で揺れていた。世界を飲み込まんとする黒は、今はただ何かを待ち続けるようにひっそりとしている。
「本当に、この星なのか?」
 もう一人、男が口を開いた。
 彼の目には青く美しい星が映っていた。
 青く輝く星。見つめれば見つめるほど吸い込まれそうになるような、不思議な輝きを秘めた星。
 それは今まで見た何よりも心に焼き付くものだった。身震いしそうになる程、胸の奥がざわりとする。
 こんな星に――。
「行くぞ」
 女が促した。
 それは大きな誓いをたてているような、ひどく落ち着いた声音だった。
 張りつめた糸の奏でる、切なげな音。
 眼差しの先には、全ての集う星が蒼然と輝いていた。

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