white minds

第二章 標的-6

「な、何ですかこれは!?」
 ピークスの五人は、ただそう叫ぶことしかできなかった。
 買い物などと理由をつけてとりあえず五人で公園にやってきた。だがそこには予想だにしない光景が広がっていた。
「みんな眠っている」
 コブシのつぶやきは事実だった。
 砂場で遊んでいたのだろう、小さな子は砂を背に横たわり、お喋りでもしていたのか数人の母親らしき女性はベンチに腰掛けている。他ベンチには本を手にした学生らしい姿もある。
 だが、皆が皆眠っていた。
 まるで突然抗いがたい睡魔が襲ってきたかのように。
「一体どうなってるんでしょう?」
 よつきは辺りを見回した。この公園だけまるで他の世界とは隔絶されているように感じる。得体の知れない悪寒が生じて彼は身震いした。
「た、隊長。あそこに……」
 すると呆然とする彼の袖を、隣にいたジュリが引っ張った。目をやれば彼女はある方向を指さしていた。その先には木にもたれかかった一人の男がいて、頭の上で腕を組んでいる。
 よく見なければ違和感のない男だった。だが彼は他の者と決定的に違っていた。
 ただ一人、この公園で眠っていない男。口元に浮かんでいるのはかすかなる笑み。
「ようこそ、ピークス諸君」
 彼らの方を振り向くと、その男はおどけた口調でそう言った。距離を感じさせない、よく通る声だ。その表情はどこかひょうひょうとしていて、軽薄な印象がある。
「オレの名はカイキ。お前らをここへ呼んだのはオレさ」
 あっさりと自己紹介をし、その男――カイキはにんまりと微笑んだ。肩程で揃えられた髪が風に揺れる。よく見れば割と整った顔立ちをしていた。
 じゃあ、この光景は彼がやったことなのか?
 よつきは内心でそうつぶやいた。するとそれを見透かしたかのように、カイキは口の端を上げる。
「この公園にいる奴らを眠らせたのはオレさ。もっとも、ちょいとある薬をまいただけなんだけどな」
 彼はさもおかしそうに笑っていた。悪戯を自慢する子どものように瞳が爛々と輝いている。
 やはり彼の仕業だったのだ。だが全く意味がないとも思えるこの行為の意図がわからない。何かの余興のつもりだろうか?
 顔をしかめたよつきは、どう答えるべきか考えた。
 けれどもその時突然、ジュリが強くその袖を掴んできた。彼は目だけを彼女に向けて、何があったのかと問いかける。
「隊長。あのカイキとかいう人、アサキ先輩に似てません?」
 その言葉に、よつきはまじまじとカイキを見つめた。顔立ちから瞳の色、髪の色、全てをじっと観察する。
「言われてみれば、確かに……」
 そう、カイキはアサキにそっくりだった。口調と髪の長さをのぞけば、ほとんど同じと言っていいくらいだった。
 会ったのが数回ほどだったので、すぐには気がつかなかったのだ。しかし一度そう思って見てみれば、間違いのないくらい瓜二つである。もう見落とすことはないだろう。
「今日はあることを言いにきただけなんだ。一番居場所がわかりやすかったのがお前らだったからな」
 しかしそこでカイキは表情を変え、不意にそう言ってきた。その目には鋭い光が宿っている。先ほどまでのひょうひょうとした笑いはどこにもない。
「オレたちは戦う相手、つまり標的を探してるんだ。一応、候補にお前ら神技隊が挙がったんだが、いまいち実力が信用できねえ。それで、テストとして明日お前らと戦いに行くんで、そこんとこよろしく!」
 んじゃ、と言ってカイキはそのまま去ろうとした。慌てたよつきは一歩踏みだし、声を上げる。
「オレたちって一体!?」
 すると、カイキはうっすらと笑みを浮かべ――
「ここにいる人間は、すぐ元に戻るぜ」
 そう言い放ち、あっと言う間に姿を消した。
 残されたピークス五人は、唖然として立ちつくすしかなかった。



「標的?」
 間の抜けた声で、サイゾウは聞き返した。
 ピークスが慌てて仲間を集め、今は話し合いの真っ最中である。わざわざ異空間の中で行っているのは念のためだ。相手が何者かわからない以上、下手な場所では聞かれている可能性も否めない。
「はい、標的と確かに言っていました。戦う相手を探しているのだと」
 暗い顔でよつきはそう説明した。あの時のカイキの表情が、頭に浮かんでくる。
 神技隊の存在を知る、謎の男。かといって通常の違法者とは明らかに違う。今までだっておかしな違法者は何人もいたが、彼らから接触を試みてくることはなかった。
 疑問は膨らむばかりである。
「他には何か言ってたか? ヒントになるようなこととか」
 沈みがちな面々の中、滝が神妙な顔で問いかけてきた。よつきは顔を上げて隣にいるジュリへと目配せする。
「気の様子からすると、その人はかなりの強者だと思います。それに、複数だと」
 するとジュリは真っ直ぐ滝を見据え、そう言った。彼女の言葉が周囲にざわめきをもたらす。強者、複数。どれも心穏やかではいられない単語だ。
「複数? そいつがそう言ったのか?」
「明言はしてません。ただ『オレたち』と言っていました」
 驚く滝に、ジュリは声を低くして答えた。彼はそれ以上何も言えずに重いため息をつく。
 一体どうなってるのだろう?
 それが皆の率直な気持ちだった。
 わからないことが次から次へと押し寄せ、自分たちを飲み込もうとしている。何も解決されていないというのに謎ばかりが増えていく。それは彼らの心に深い影を落としていた。
「それに、あいつ、アサキ先輩にそっくりなんですよ」
 そこでふと思い出したように、後方にいたたくがやや怒り気味の口調で声を上げた。
「え?」
 突然名前を出された当人――アサキは目を丸くしている。彼の視線はゆっくりとたくの方へ注がれた。震えそうになる唇がかろうじて動き出す。
「ほ、本当でぇーすかぁ?」
 半信半疑の声音にたくはこくこくとうなずいた。そして助けを乞うかのようによつきを見つめてくる。その眼差しに気がついて、よつきは相槌を打った。
「はい、気づいたのはジュリですけれど。口調や髪の長さ以外はほとんど同じだと思います。まあ、放つ気は少し違ったかもしれませんけど」
 よつきはその状況を思い浮かべながらそう説明した。たくやコブシから助けを求められるのはいつものことなので、慣れているのだ。アサキは怪訝そうな顔のまま口を閉じ、うなる。
 突然自分と同じ顔の者が現れた、そんな話を聞けば当然の反応だ。だがあれだけ似ていると他人のそら似と片づけられない。紫の瞳というのも神魔世界ではそう多いものではなかった。
「そうか。しかし考えていても全てがわかるわけじゃないしな。どれだけ似てるかは会ってみないとわからないわけだし。とにかく明日は警戒しておこう」
 すると騒然とするその場をまとめるために、滝がそう声を上げた。ざわついていた皆が少し静まり、やや落ち着いてくる。
「でもばらばらのままじゃあまずいんじゃない? 滝。接触したのはピークスだけだし、万が一妙なところで戦闘になったら問題よ」
 そこへ滝の隣にいたレンカが、付け足すようにそう言った。滝はうなずいて苦笑を浮かべる。それもそうなんだがな、と彼は困ったようにつぶやいた。
「確かに、何か起きたとしても対処しやすい場所に集まっておくのが最善の策ってところだな。どうやらあっちはオレたちの居場所を探し当てられるみたいだし」
 それはいつ狙われてもおかしくないことを意味するのだが、律儀に宣言してくるところをみると奇襲はないように思えた。妙なところで礼儀正しいのだ。それとも単に『余興』がやりたかっただけなのかもしれないが。
「じゃあ、明日の朝はどこかで集合ね?」
 滝の同意を聞き、レンカは微笑んだ。
 よくよく考えると、話をまとめてるのが一番上でもない二人というあたりがおかしかった。しかし人には向き不向きがある。今も一番上であるフライングのメンバーは、隅の方で黙り込んでいた。もっとも、この人数をまとめたいなどと思う変わり者は、なかなかいないだろうが。
「そうなるな。でもどこかあるか? この大人数が集まる場所なんて」
 だがそこが問題だと言いたげに嘆息し、滝は辺りを見回した。その言葉に皆が顔をしかめ、小声で相談しあう。
 戦闘が起きるかもしれないとなるとかなりの場所がいる。レンカがいるから異空間への移動もできるが、相手が強いとなればそれもうまくはいかないかもしれない。
 何よりこの人数が問題だった。
 神技隊だけでも二十五人である。しかもじっと座っていればいいわけではないのだ。
「あ、それなら私いいとこ知ってる!」
 皆が閉口する中、突然手を挙げてカエリが口を開いた。自然と皆の眼差しが彼女へと集まる。小柄な彼女は皆に埋もれまいとして背伸びしていた。
「ハイスト先輩のところ、遊園地で働いてるでしょ? あそこの奥の辺りは何にもなくて人もほとんど来ないし。きっと話せば入れてくれるわよ」
 彼女は短い髪を揺らして得意げに提案した。聞き慣れない名前に、スピリット、シークレット、ピークスのメンバーはきょとんとする。だがラフトやダンなどは知っているのか顔を輝かせた。
「なるほど、ハイスト先輩のところかあ」
「ハイスト先輩かあ、久しぶりだな」
「元気かな?」
 彼らは口々にそう言い始める。
 話についていけないよつきは、怪訝そうにしながらジュリを顔を見合わせた。彼女も聞き覚えがないようで小首を傾げている。
「あ、そうか。オレたちやフライング先輩以外は知らないんだよな」
 そんな様子に気づき、滝が軽く手を叩いた。説明してくれる気配を感じ取って、よつきはほっと息を吐く。
「ハイスト先輩はな、フライング先輩の前の前の先輩だ。オレたちとフライング先輩は、ある仕事で知り合ったんだ。もちろん今は活動停止してるわけだが」
 滝の説明に、なるほどとよつきは首を縦に振った。ついこの間まで活動していた神技隊なら協力してくれる可能性は高い。知り合いがいるとなればなおさらである。
「ちょっと待ってろよ、今、ハイスト先輩に連絡とってみっから」
 そこでそう言って駆け出したのはラフトだった。少し離れたところまで移動すると、懐から連絡機を取り出す。
「うまくいくといいですね」
 そんな彼の様子を横目にしながら、よつきはささやくように言った。だが滝はどこか浮かない表情をしている。思うところがあるようだ。
 その数分後、ラフトは戻ってきた。笑顔の彼は得意げに連絡機を掲げて口を開いた。
「許可とれたぜ。明日はどこに集合する? 何時頃がいい?」
 駆けてくるなり彼はそう尋ねた。皆が顔を見合わせる中、また滝がすぐに提案する。
「そうですね……時間は九時頃でいいと思います」
「場所はシークレットのところの公園がいいんじゃない? ハイスト先輩たちの遊園地にも近いわよ」
 すると彼に続いてレンカも声を上げる。彼女はやや離れたところにいる梅花へと双眸を向けた。梅花は目だけで了承の意を伝える。
「じゃあそういうことで。明日はよろしくな」
 滝の声に、皆はうなずいた。


 そして彼らはその日を迎える。
 今後を握りし者と、出会う日を。

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