white minds

第二章 標的-7

 空は晴れていた。風はやや強く吹いていたが気温は高めだった。突き抜けるような青空が心地よさを誘い、鼻歌まで出そうになる。
「ほんと久しぶりだな、フライング、ストロング。それと初めまして、スピリット、シークレット、ピークスの皆さん」
 そんな中、微笑みながら一人の青年が明るい声で挨拶した。壁を背にして立つ彼はさっぱりとした身なりをしている。背丈もなかなかあるし、何より浮かべる笑顔が爽やかだった。好青年という表現がぴったりだろう。この青空に似つかわしい。
 彼――天馬てんまが所属していたハイストの信用が高かったおかげで、滝たち神技隊は何事もなく遊園地に入場することができた。お金はできるだけ使いたくない彼らにとっては嬉しい限りだ。もちろんただより怖いものはないといった言葉が頭をよぎったのも事実ではあるが。
「オレは天馬。ここで働いてるのはもう二人いるんだが、今はちょっと手が離せなくてな」
 彼はそう言うと、すぐ側にいる滝へと苦笑を浮かべた。
 忙しいのはそれはおそらく今回の件のせいなのであろう。やはりそれなりの働きは必要というわけだ。彼と同じく滝も微苦笑を浮かべ、こくりと小さくうなずく。だが開きかけた口が言葉を紡ぎ出すことはなく、滝は言いよどんだ。何と返事をすべきか迷った顔だ。天馬たちへしわ寄せがいったことに後ろめたさがあるのだ。
「いえ、それはかまいませんが。それで今日のことですけど」
 そこで滝が言葉に詰まっているのを見て、レンカがおもむろに口を開いた。彼女へと視線を向けた天馬は微笑みながら相槌を打つ。
「大丈夫だ、一応オレたちもいるからな。詳しいことはわからないが、いざというときは何とかするから。まあ現役じゃないのは痛いけどなあ」
 彼女の言葉に天馬はそう続けた。あまり巻き込みたくはないという気持ちもあるが、心強い申し出ではある。一般人を巻き込むのが最も避けるべき事態なのだから。
「じゃあ、今日一日ここにいさせてもらいます。本当すいませんが」
 彼女は一礼すると、ちらりと後方へと目線を向けた。それにつられて後ろにいた他の神技隊の面々も、次々と頭を下げていく。
「んな大げさな。大丈夫、気にするなよ。一応もと神技隊だし、これくらいのことはさせてくれよな」
 天馬は右手をひらひらとさせた。そんな彼にレンカは微笑みかけると、滝へと目で合図をする。
「じゃあ今日一日」
「おう、頑張れよな。一応自由にしていいから。この通り大して客いないからなあ」
 いたずらっぽい天馬の声は、清々しい空に吸い込まれていった。
 滝たちはその好意に、うなずくことしかできなかった。



 遊園地に着いてから二時間程が過ぎた。何事もなく過ぎ去る時間というのは、とてつもなく長い。
「暇です、隊長」
 つまらなそうな声でコスミがつぶやいた。ベンチの背にぐったりともたれかかり、短い髪をしきりにいじっている。
 彼女の隣にはよつきが座っていた。さすがの彼も待ち疲れているのか、浮かない顔で遠くを見つめている。コスミの声は聞こえているはずだが返事をする気力もないようだ。
「そりゃそうだよな。ようやく夢にまで見た『遊園地』に来たっていうのに、ベンチで仲良くお喋りだなんて」
 その代わりに、彼女のぼやきに答えたのはダンだった。ベンチの後ろに立ちながら彼は大きくため息をつく。だがその瞳は予想外の動きをし続ける機械へと向けられていた。そこには憧れの色が満ちあふれていて、好奇心を隠そうともしていない
「仕方がないですよ、一般人を巻き込まないようにしなければならないんですから。その奥の広場みたいなのがなくなっちゃったていうのは仕方ないですけど。できるだけ離れていた方がいいのは確かですし。そもそもそんなお金の余裕がありませんからねえ」
 そうよつきは諭すように言ったが、声の調子は重かった。
 神魔世界には遊園地に相当するものがない。いや、それどころか娯楽施設と呼べるようなものは存在していなかった。彼らはこういった施設を見るのも初めてなのである。無論これまで視界の端に入れたことがある者もいるかもしれないが、間近でというのはないだろう。
 彼らにとってそういった娯楽施設は、異世界の象徴なのである。
「あれ、他の人は?」
 するとそこで気がついたように、コスミが辺りを見回した。どうやら相当ぼーっとしていたらしい。苦笑したダンが手をひらひらとさせる。
「スピリットは偵察を理由に乗り物見物に行ったぜ。梅花と青葉とジュリはすぐ近くのベンチで、滝たちはそこで何か話してる。他の奴らなんかは水を飲みに行ったっきり戻ってきてない」
 ベンチの背を飛び越えるようにして、ダンは無理矢理そこに座り込んだ。驚いたコスミは目を見開くが、よつきは動じた気配すらない。
 コスミは文句を言おうとしたが、その言葉はすんでのところで飲み干された。
 代わりに鼓膜を叩いたのは、若い女性の悲鳴だった。
「いや――! あ、あんなところ人がっ!?」
 三人ははっとして顔を見合わせた。
 まさか。
 頭を一つの可能性がよぎる。慌てた彼らは一目散に声の方へと走り出した。急いだため躓きそうになりながらも、真っ直ぐ目的の方へと目指す。
 全速力で駆けていけば、既に到着していたシンとリンがの姿がそこにはあった。三人の双眸は上へと向けられている。その横顔は真剣その物だ。
「あ、あそこに」
 ひきつった声で言う女性の指さす方向には、確かに人が立っていた。それにならってよつきたちも上へと眼差しを向ける。そして、息を呑んだ。
 視線の先には数十メートルの高さにもなる建物があった。その上に、微苦笑を浮かべながら悠然とカイキが立っている。
 今にも落ちるのではないか。
 そう思える程端に彼は立っていた。もちろんそんなことはないだろうと、直感的によつきたちにはわかるのだが。
「よっ! ええーと、ピークスとかスピリットとかその辺? できれば五人揃っててくれるとわかりやすいのになー、名前覚えらんねーよ」
 よつきたちの姿を見つけると、カイキはそこから躊躇せずに飛び降りてにやりと口の端を上げた。驚きに唇を振るわせる女性を、コスミが手を引いて下がらせる。
「コスミ、その人をお願いします」
「は、はい隊長」
 よつきはもう一度目の前の男をまじまじと見た。
 やはりカイキはアサキにそっくりだった。先ほどまでずっと一緒だったのだから間違いない。それは隣にいるシンやリン、ダンが驚いているところからも確かであろう。
 ちらりと視線を後方へやれば、他の神技隊が駆けてくるのが見える。
「おうおう、集まってる集まってる」
 それをカイキも確認したのだろう、嬉しげな声が上がった。しかしやってきたのは全員ではないようである。おそらく他の客の避難にでもあたっているのだろう、何人かの姿は見えない。
「……本当にそっくりでぇーす」
 だがしかし、駆けつけてきた中にアサキは入っていた。彼は自分と瓜二つの男に、どう反応すべきか困っているようだった。もれた声がその困惑を表している。しかし予想外なことにそれはカイキも同じらしく、複雑そうな顔でアサキを凝視していた。
「ったく。本当にそっくりだぜ」
 そううめくようにカイキは言った。強い風が吹き、一瞬静まりかえったその場に砂ぼこりを立てていく。
「テストとやらを受けにきてやったぞ」
 話が進まない気配を感じて、立ちつくしていた滝が口を開いた。するとカイキは彼の方を見て、感情の読みとりにくい微苦笑を浮かべる。
「そりゃあご苦労なこった。お前らが集まってくれたおかげで捜す手間が省けたぜ」
 カイキは乱暴に首の後ろをかいた。
「神技隊集めはオレの仕事だったんでね」
 その言葉が彼の口をつくと同時に、別の気配が突然その場に現れた。彼の頭上から降り立ったのは、二人の青年だった。
「本当よかったねー、時間がかからなくて」
「そうだぜ。神技隊の皆様に感謝しなくちゃな」
 一人は気の抜けた声。
 もう一人はからかうような声。
 その場に乱入してきた二人は底の知れない笑顔でカイキの肩を何度も叩いていた。
 呆気にとられた神技隊は、全く動くことができない。だがそれは二人の出現が唐突だったからではなかった。それは、二人の容姿が原因だった。
「こ、今度はサイゾウとようでぇーすか……?」
 立ち直りの早かったアサキが、呆然とした声音でつぶやく。
 乱入してきた二人は、サイゾウとようにそっくりだった。違いはやはり髪の長さくらいだろう。話し方も雰囲気さえも似通った存在は、神技隊の言葉を閉ざすのに十分な効果を持っていた。
 動けない神技隊の方へ、二人は笑顔を向け一礼する。
「僕の名前はイレイだよ。今日はよろしくねー」
「オレはネオンだ。ちょっとは楽しませてくれるよな?」
 一見すれば友好的な態度で、イレイとネオンは次々と名乗る。だが二人の瞳には既に戦える喜びが満ちあふれていた。彼らの気が、それを如実に物語っている。
「じゃあ、カイキ。もう始めていいんだよね?」
「んー、いいんじゃねえのか? いっつもアースたち遅いし」
「やったー! じゃあ、行っくよー!」
 そのイレイの一言で、戦闘は始まった。
 平和だったはずの空間に、轟音が鳴り響いた。

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