white minds

第二章 標的-8

「やっちゃえー!」
 黄色の光弾――たぶん雷系の技だろう――が、シンに向かって突き進んだ。シンが軽い身のこなしでそれをかわすと、後ろにいたジュリが防御結界を張る。
 光弾は彼女の結界に阻まれ、あっさりと霧散した。これで遊園地への被害はゼロだ。しかし間をおかずに、今度はネオンが彼らの方へと突っ込んでくる。
「油断するなよ! どんどん行くぜっ」
 彼の手から放たれた水の矢がまたシンたちを狙った。だがこれもジュリの結界で防がれて耳障りな音を立てる。嫌な響きに目を細めると、視界の端でネオンが小さく舌打ちしているのが見えた。しかし彼は止まることなくそのまま大きく地を蹴る。体当たりとも見えるその姿勢に、思わずシンは横へ大きく飛んだ。
「ジュリ!」
 シンは叫んだ。結界を張っていたため反応が遅れたジュリへ、ネオンはそのままの勢いで拳を振るおうとする。しかしそうはさせないとリンの足蹴りがその狙いを狂わせ、ジュリは難を逃れた。
「ネオン、一人で突っ込んでずるーい!」
 けれども安堵する暇はなかった。そんなイレイの叫びと同時に、再び光弾が神技隊を襲う。今度は一つではない、数え切れない程だ。慌てたリンは広範囲の結界を張ろうと右手を掲げた。
「リン!」
「わかってる!」
 シンの呼び声にリンは答えた。横から迫るネオンが彼女へ向かって刃を放つ。だが今度はジュリの結界が彼の攻撃を防いだ。遊園地への被害を抑えようと思えば結界が一番だ。
「くっそー、近距離は面倒だなあ」
「ネオン一人で突っ込むからだよ! あ、それよりカイキ、カイキもちゃんと動いてよね」
 どうやらこのままではまずいと判断したらしく、イレイとネオンは一旦後退した。不満そうな二人の方へと、頭を掻いたカイキが走り寄っていく。
 いや、まずいのはこっちだ。
 何となくシンは焦りを感じ取っていた。戦うにしてはこの場所は狭すぎる。いや、この人数にしては狭すぎるのだ。数人が動けば他の者は何もできなくなる。仲間にあてる危険性が高すぎて攻撃に転じられなかった。相手の攻撃を避けるのが、弾くのが精一杯で受け身ばかりである。
「一般市民はみんな逃げたわ!」
 そこへ軽やかな声が彼らの耳へと入ってきた。視界の端で確認すれば、レンカたちが走ってくる姿が見えてくる。
「んじゃあオレはあっちに」
 だが合流させまいというのか、カイキは強く地を蹴り彼女らの方へと向かっていった。レンカは立ち止まるが、その背後にいた青葉が彼女の前へとすぐに飛び出す。カイキの右手が掲げられ、その手のひらに光が宿った。
「その顔うざいんだよっ!」
 カイキの放つ光弾を、青葉は紙一重のところでかわした。それはどこからともなく現れた梅花が、結界を張って霧散させる。あちらには梅花がいるから結界役も心配なさそうだ。そうシンは安堵した。
「んなこと言われる筋合いはないっ!」
 梅花の横から飛び出して、表情を険した青葉がカイキへと斬りかかった。彼の手にする炎の剣を見て、カイキは舌打ちする。そして一旦後退しようとした。
 だがしかし、彼はそう簡単に逃げることはできなかった。
 梅花が放った白い光弾が、青葉の横を通り抜けていく。避けきれずにカイキはまともにそれを食らった。よろめいた彼はうめきながら、それでも顔をしかめてさらに大きく後ろへ下がる。
「くっそー結構痛いじゃねーかっ」
 悔しげな顔で彼は彼女をにらみつけた。その瞳には妙な光が宿っている。ぞくりとさせる光が。
「やっぱり、あいつのオリジナルだぜ」
 水を払い落とすように手をひらひらとさせて、彼は一歩ずつ後退していった。
 体勢を立て直すつもりだろう。だがそうはさせまいと青葉は右手を前へつきだした。その手のひらから赤い光弾が生み出される。
「わけわかんないこと言うなっ!」
 これもよろけるカイキにはかわせそうになかったが、上空から割り込んできたイレイが結界で防いだ。イレイはカイキの横に立つと、口を尖らせながらその肩を何度も叩く。
「しっかりやってよー!」
「わーってる」
「相手人数多いんだからね」
 二人の声が、緊張感漂う空気へと響き渡った。相手をうかがいながらの攻防が、始まった。



 それから何十分か経過した。
 被害を最小限に食い止めようとするため、神技隊は思うように攻撃ができなかった。遠距離の技が使えないだけでなく頻繁に結界を張るため、消耗も激しかった。
 カイキたちも、さすがの大人数に苦戦しているようだった。三人で二十五人はさすがにきついだろう。直接戦える人数が限られているとはいえ、その不利は響く。
 しかしどちらも体力は落ちてはいたが、戦えない程ではなかった。
 時折間をおいてはにらみ合い、そして戦闘と再開する。
 こんなことがいつまで続くのかと神技隊は不安に駆られた。万が一、一般人に通報でもされれば別の問題が生じる。
 そしてどうするべきかと焦りだした時、しかし事態は一変した。
「お前ら、何故もう戦っている?」
 その声は、唐突に現れた。
 大きく後ろへ下がったカイキ、その隣に彼は立っていた。全身黒ずくめに近い格好で、瞳には鋭い光が宿っている。
「え!? ア、アース!?」
 驚きのあまり立ち止まったカイキは、その場で手をバタバタとさせた。言い訳でも考えているのだろうか、青い顔で口をぱくぱくとさせている。あちこち見回す顔も手足の動きも意味なく大げさだ。そんなカイキをその男――アースは呆れた顔で見ていた。
「いや、これはその……」
 瞳の奥にある鋭い光に、カイキはたじたじとなっているようだった。驚きようが尋常ではない。だが彼の出現に驚いていたのは、神技隊も同じだった。
「今度はオレかよ」
 戦闘する構えを崩さずに、青葉は半眼で小さくうめいた。何となく予感はあった。だが信じたくはなかった。自分そっくりな男が現れても動揺しないようにと覚悟していたが、それでも衝撃はすさまじかった。
「そうね」
 彼の隣に立ち、梅花がつぶやくように言う。彼女が今何を思っているのか、青葉にはわからなかった。だが先ほどの彼と似たような予感を抱いているには違いない。はずれればいいと思いながらも半分諦めた、何とも言い難い気持ちだ。
 そこへ対照的な二人のもとへ、ネオンとイレイが空から降りてくる。
「あーわりいアース」
「戦っていいのーってカイキに聞いたら、いいんじゃないかって言うからさー」
 ネオンとイレイは降り立つなり口々にそう言った。二人の指先はカイキへ真っ直ぐ向けられていて、自分たちは無実とばかりの笑顔が浮かんでいる。
「ってオレのせい!? オレだけのせい!?」
 カイキは二人の顔を見比べながら泣きそうな顔声を上げた。それも目の前にいるアースが明らかに不機嫌だからであろう。彼の放つ気の凄みは、青葉たちにもはっきりとわかった。
「別にいいではないか」
 そこへ今度は、朗らかで高らかな声が降り注いだ。どこから聞こえてくるのかと振り仰げども、それらしき姿はない。
「あ」
 だが眼差しを元に戻した時、彼女はそこにいた。カイキの前に、一人の少女が悠然と立っていた。
「それよりも自己紹介せねばならんだろう? これからお付き合いしていかなければならんのだから」
 彼女はそう言うと、神技隊らの方へと顔を向けた。どこか悪戯っぽい微笑みをたたえて小首を傾げている。
 予想を裏切らず、彼女は梅花とよく似ていた。黒く長い髪に白く透けるような肌。強い意思を宿した瞳は、不思議な輝きを持って彼らを見つめていた。
「まあそうだな。神技隊、われがアースだ」
 彼女に一度視線をやると、やや棘のある声でアースはそう名乗った。怒りの矛先が自分へ向かなくなったことを感じ取り、その後ろではカイキがひそかに喜んでいる。
「そしてわれがレーナだ。会えて光栄だ、神技隊。そしてオリジナル」
 続けて少女も名乗った。彼女は立ちつくす梅花を見つけると、柔らかく口の端を上げる。
 その途端、まるで全ての時間が止まったようになった。誰もが動けなかった。
 彼女がまとう何かが、彼らの思考を凍らせてしまった。
 これは、何?
 特に梅花は得体の知れない感覚に囚われていた。
 何かが広がるような、包まれるような。自分の中で何か、決定的なものが変わっていくような、言葉にできない感覚。まるで世界が変わったような感覚だった。
 自分が立っているのかどうかすらわからなくなり、彼女はふらつきそうになる。だがそれは、レーナの放つ次の言葉で終わりを迎えた。
「さあアース、戻ろうか。この三人を見ればこいつらの強さはわかっただろう? お楽しみはとっておかねば」
 彼女はアースの方を振り向いて、笑い声をもらしながらそう言った。彼は渋々うなずくと、神技隊らの方を一瞥する。
「ああ」
 何か言いたげな彼を余所に、彼女は手をひらりと挙げた。浮かんでいるのはやはり笑顔で、黒い瞳が悪戯っぽく輝いている。
「じゃあな、神技隊」
 彼女はそう告げ、音もなく姿を消した。その後を追うように、カイキやネオン、イレイの姿も一瞬でかき消える。
「神技隊、明日からお前らが標的だ。まあ楽しみに待っていることだな」
 アースはそう言い残すと、音も出さずに踵を返した。神技隊が制止の声を上げる間もなく、彼の姿も消えてしまう。
「一体、何だったんだ?」
 残された神技隊は、ただ呆然とすることしかできなかった。
 吹き抜けていく風が、時が動き出したことを告げていた。

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