white minds

第二章 標的-9

 その後の処理は、天馬たちハイストが全てやってくれた。彼らのおかげで、幸いにも警察への通報などはなかったようだ。
 安堵した滝たちは遊園地でただことが終わるのを待っていた。
 気が抜けた、というよりは衝撃で思考はうまく働かなかったのだ。
 神技隊を標的とする。
 そう言って現れた謎の五人組。しかも彼らはシークレットと瓜二つだ。
 しかし何より、彼らの心を揺るがせたのはあの少女の不思議な微笑みだった。得体の知れない予感とも言える何かが、胸の奥で震える。
 何が狙いなのか?
 どうしてこんなことをするのか?
 疑問は尽きず、ただ不安だけが胸中に巣くっていく。もれるのはため息ばかりで、皆の表情は暗かった。



 全ての処理が終了したのは、夕方のことだった。遊園地から出た神技隊は、ゆっくりとした足取りで帰路につこうとしていた。
 そんな中、梅花は小さく息をこぼす。
「やっぱりこのこと、上に伝えなきゃだめですよね」
 立ち止まった彼女は、もう一度遊園地を仰ぎ見た。紅く染められた名も知れぬ乗り物が、哀愁を漂わせている。
 できればあそこに、自分が、こんなことを伝えたくはない。しかもこの前ストロングのことで一戦交えたばかりである。どういう形でそのつけを払わされるかわからない。
 心は重くなるばかりだった。
「だろうな」
「そうでしょうねえ」
 だが答えはわかりきっていた。うなずく青葉とレンカが、彼女の方へと顔を向ける。
 神技隊に喧嘩を売ってくる者たちが現れた。
 しかも彼らはシークレットの五人と瓜二つなのだ。
 こんなことを隠していては、それこそ後で何と言われるかわからない。むしろ速やかに報告するべきだろう。そんなことはよくわかっている。
 神魔世界ではクローン技術は相当な理由がない限り禁止されていた。その理由は定かではなかったが、ずいぶんと昔からである。
 それに、たとえ彼らがそうだったとしても、同じように技を使うということは考えられなかった。技使いになるかどうかは遺伝子とは何の関係もないのだから、少し考えればすぐわかることである。
 これはとてつもない大事だ。そう大事。
 そこまで彼女が考えるのと、レンカがぽんと手を叩くのは同時だった。思いついたと言わんばかりに嬉しげな顔をするレンカへ、梅花は不思議そうに視線を向ける。
「ねえ、梅花。確か大きな問題があれば、神技隊は宮殿に入れるんじゃない?」
 そう口を開きながら、レンカは温かな笑顔を向けてきた。その理由がわからず顔をしかめた梅花は、それでも素直にうなずく。
「はい。神技隊なら一応許されています。前例はあまりありませんが」
 すると今度は青葉が突然手を打った。爛漫な笑顔を浮かべた彼は、梅花の肩に手を軽くのせる。
「じゃあオレが代わりに行ってくる。それなら問題ないだろう?」
「え?」
 予想外な彼の言葉に彼女はただ驚いた。そしてうろたえた。意味がわからなかった。
 どうしてそんなことを言うのだろう?
 眉をひそめた彼女は断ろうとするが、それより早くレンカが賛同の声を上げる。
「それなら確かに大丈夫よね。私はこの前手配されてたばっかりだから、まさか行くわけにもいかないし」
「でしょう? オレ実は何度かあそこに入ったことありますし。もうさすがに迷いませんから」
 青葉は意気揚々としていた。いや、二人とも意気揚々としていた。もう決まったことのように報告の内容を考え出す彼を、梅花は不思議そうに見上げる。
「でも青葉、あそこは苦手だって――」
「またお前拘束されたら困るだろう? どうせ報告だけなんだから大丈夫だって。梅花はゲート開いてくれればいいの。わかったか? 駄目だとか仕事だとかそういうの言うなよな?」
 彼はそう言い切ると彼女の頭をポンポンと叩いてきた。嫌そうに目を細めた彼女は、身を引いてそこからすぐに逃れる。それでも青葉の口は止まらなかった。
「これはもう決まったことだからつべこべ言うなよ。いつあいつらが来るかわからないんだし、お前がいなくなると困るんだよ」
「わ、わかったわよ」
 強引に進めようとする青葉に、梅花は渋々うなずいた。そしてそのまま彼の横を擦り抜け、呼び止める声を無視して歩き出す。意味がわからなくて混乱してきた。ただでさえあのレーナの存在に困惑しているというのに。
「どこもかしこも大変ねえ」
 レンカのつぶやきが、かすかにだが聞こえた。
 夕暮れ時の匂いが、辺りには満ちていた。


 五月十二日。
 一つの歯車がかみ合った。

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