white minds

第三章 神聖なる武器-1

「というわけなんですけれども」
 他世界戦局専門長官ことリューを前にして、気楽な声で青葉は述べた。彼の言葉が途切れると、殺風景な室内に静寂が満ちる。
「そ、そう。まさかそんなことが……」
 だが彼とは逆に、リューは緊張した面もちだった。立場を考えれば本来は逆のはずである。言葉を濁した彼女は視線を落としてあごに手をやる。
 だがそれも、仕方がないと言えば仕方がなかった。彼の報告が想像を超えていたため、動揺を抑えきれないのだ。
 シークレットの瓜二つの者たち。標的という言葉。
 今までの常識が無惨にも打ち壊されたというところだろう。異変が続いているからといっても、その範囲を遙かに逸脱していた。
「ちょ、ちょっと待っていなさい。今すぐ上の方へ報告してきます」
 それでもかろうじて言いつけて、リューはそそくさと部屋から走り去っていった。青葉はその背中を黙って見送る。大きな音を立てて扉が閉まると、さらなる静寂が彼を襲った。それは息苦しささえ感じさせるもので、だから彼はそれをごまかそうとぼんやりととりとめのないことを考えた。
 彼女の名前は確かリューとかいったか。まともに会ったことは数度しかないが、その度に苦労をオーラとして纏っている女性だった。こんな堅苦しい場所に住んでいるのだから仕方がないとは思うが。だが梅花の話だとまだ三十歳ぐらいのはずだった。そんな年でもう中間管理職だなんて、これからの人生もさらに大変そうだ。
 二十三――といっても、もう年は取らなくなってしまったからだが――の青葉に心配されては彼女の立つ瀬はないだろう。しかしそう思わせるほど、彼女の立場は複雑そうだった。
 オレはこの宮殿に何度かしか来たことがないけど、梅花が来たくないのもわかるな。何度来たって、ここの空気はオレにはなじまない。すごく、ギスギスしてる。
 そう胸中でつぶやいて苦笑しながら、彼は窓の外を見た。同じ神魔世界の中なのに、ここはまるで別世界だった。他のどの『族』にもこの空気はないだろう。この宮殿は完全に隔離されているのだ。
 その隔離された空気は、この会議室にも表れていた。何もない殺風景な部屋。とりあえず置いてある机と椅子が、その中で浮いて見える。
 上の奴らはどうするんだろうな。
 彼は吐息をこぼした。
 神技隊に喧嘩を売ってくる者たちなど、今まではいなかっただろう。違法者にだって見つかってやけを起こす者たちはいるが、普通最初は逃げようとするものなのだ。
第一、彼らの正体もわかっていない。クローンではないとすると一体何なのか。さっぱり予想がつかなかった。
 するとドアの向こうから足音が響くのを、彼の耳は捉えた。音も立てずにドアが開くと、少しは落ち着いたらしいリューがそこには立っている。
「これからの方針が決まりました」
 彼女は部屋に入るなり、凛とした声音でそう言った。その決断の早さに彼は目を丸くする。彼女が誰に相談しに行ったのかは知らないが、会いに行くまでも時間はかかるはずだ。なのにまるでこの報告を事前に察知していたかのような早さだった。だが疑問に思いつつも口にはできなくて、彼は困惑気味に眉根を寄せる。
「そう、ですか。で、方針とは?」
 ゆっくりと歩み寄ってくる彼女へ、彼は問いかけた。しかし何故かリューは視線を逸らし、どう言うべき考えているようだった。方針が決まっているわりにはおかしな反応だ。
「とりあえず、あなたたちの戦力を整えます」
「せ、戦力ですか?」
 だがすぐに決意したのか、彼女はそう言い放った。その予想外の言葉に彼は気の抜けた声を発する。先ほどの戦闘のことを思い返せば、少なくとも戦力不足とは感じられない。第一まず彼らの正体を調べる方が先のはずだった。
「あなたたちには強力な武器がありません。それらを手に入れてもらいます」
「ぶ、武器?」
 続けて彼女がそう告げると、さらに青葉は閉口した。
 武器? 神技隊に武器?
 あまりに唐突すぎて頭が痛くなりそうだった。確かに神技隊は武器など持っていない。必要ないからだ。違法者を取り締まるのには技があれば十分である。無世界でそんなものを持つのは管理が面倒だということもあるが。
「て、手に入れてもらうって、一体どこで?」
 けれども青葉はその疑問を胸にしまい、別の質問を投げかけた。聞いたところで答えが返ってこないのは経験上わかっていた。きっとリューは顔をしかめるだけで話を進めるだろう。それが『上』のやり方だった。
「とある空間です」
 しかしさらに曖昧な返答が放たれて、さすがの青葉も呆気にとられた。空間。反芻してみても何だか嫌案響きだ。少なくとも神魔世界や無世界のことを指してはいないだろう。亜空間の一つ、というわけでもなさそうだ。
「武器を手に入れた後は、彼ら五人だけを目標としてください」
「……は?」
「彼ら五人の相手を優先してください」
 だがさらなる衝撃が彼を襲った。
 それはつまり他の違法者を放っておけということか? 普段の業務は無視しておけと。それだけあの五人は危険なのだろうか?
「い、いいんすか、それで?」
 青葉は驚きのあまり、砕けた言葉でそう問いかけた。リューが意に介さなかったのは幸いと言うべきだろう。
「はい、かまいません」
 彼女はそう言い切り、うなずいた。それはそれ以上質問を許さないという言いぐさで、彼は口元を歪めたまま言葉を失う。
 ますます異変が起こっている。そんな気がしてならなかった。




 青葉が部屋を出た後で、一人取り残されたリューは大きくため息をついた。
 彼は確か、青葉とかいったかしら。
 記憶の中から名前をひねり出し、彼女は窓の外を見る。空には鬱蒼とした雲がたれ込め、さらに気分を重くしていた。今にも雨が降りそうですらある。
 彼、驚いてたみたいよね。当たり前だわ。私も納得していないもの。
 帰り際の彼の顔を思い出せば、口の端に自嘲気味な笑みが浮かんだ。腑に落ちなくても伝えなければならないのは、彼女は苦手だった。だがそれでも仕事はこなさなければならない。伝えるべきことは伝えなければ。
 ここ最近はわけのわからないこと続きね。
 彼女は胸中で愚痴をこぼした。だからいつも以上に苦しいことが多かったし、ため息の数も増えてきていた。さらに老けてきたかもしれないと思うと鏡を見るのも嫌だった。
 そう、そしてわからないことと言えば――――
「どうして梅花は来なかったのかしら?」
 彼女はぽつりとつぶやいた。
 何かあったのだろうか?
 ここ最近、無謀にも上層部に申し立てをしているみたいだった。そんなことばかりしているから目をつけられるのだと、次会ったら言おうと思っていたのだ。それなのに今日やってきたのは青葉で、言う機会を失ってしまった。
「仕方ない、今度ね」
 彼女はもう一度大きなため息をつき、
「そろそろ仕事に戻らなくちゃね。今度は私が怒られてしまうわ」
 そうつぶやくよう言って歩き出した。
 声に疲れがにじんでいることを、彼女は自覚していた。

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