white minds

第三章 神聖なる武器-2

 五月十三日、午前九時半。約束の時間よりも三十分早くレンカはやってきていた。
 青葉から突然武器の話を聞かされたのは昨日のことである。待ち合わせはゲートのすぐ傍であったが、まだ誰も来ていないようであった。
「案内人って、誰なのかしら」
 ぼやくようにつぶやくと、青々とした空に声は吸い込まれていく。彼女の仲間たちは様子見もかねて、あちらこちらをうろついていた。一人で待つ時間というのは長い。
 武器を手に入れるなどという馬鹿げた話に、当初は誰もが反発を覚えた。だがどうしようもないことを理解してはいた。上に逆らおうとあがいたところで無駄なことが多いのだ。事情を一切知らなければ、どう動けばいいのかもわからない。
「さすがに早すぎたかしらねえ」
 辺りを見回せど他の神技隊の姿も、案内人らしき姿もなかった。そろそろ梅花あたりが来てもいい頃だとは思うのだが、それらしい気配はない。
「お前が神技隊か」
 声は、唐突にした。
 それまで全く気配がなかったところに、何者かの気があった。振り返れば数歩離れたところに、何食わぬ顔で男が立っている。
 奇妙な男だった。
 肩程ある深緑の髪は、神魔世界でも珍しかった。着ている服はどこかの民族衣装のようで、ゆったりとした作りである。生地は絹かなにかなのか、うっすらと光沢がある。それもあまり見かけたことがないものだったが。
「そうだけど。あなたが案内人?」
 訝しげに聞き返すと、男は素直に首を縦に振った。揺れる髪が流れるように肩を滑り落ちて音を立てる。
「名はラウジングという。よろしくな」
 しかし予想に反して彼――ラウジングはすぐにそう名乗った。意外と友好そうな笑顔で、正直レンカはほっとする。
 上が送り込む案内人だから、無愛想なのかと思ってた。
 心の中で苦笑しながら彼女は微笑み返した。見た目こそ妙だが、悪い人ではないのかもしれない。少なくとも一つ心配事が減って彼女は安堵した。
「私はレンカ。まだ三十分も前なのに早いのね」
 彼女がそう言うと、彼は小さく相槌を打っただけだった。不思議に思った彼女が首を傾げると、やや困ったように顔をしかめてゆっくりと唇を動かす。
「それが基本だからな」
 今度はレンカが困る番だった。
 基本、というのは上でのことだろうか? だが彼の複雑そうな顔を見れば聞き返せなくなり、曖昧な微笑みを浮かべて口を閉ざす。
 上は上で色々とあるのかもしれない。
 そんなことを思うと何だか急におかしくなってきた。ひょっとしたら彼もさらに上の者に苦労させられているのかもしれない。『上』と言ってもどの辺りを指すかは人によって違うのだ。
「他の仲間はどうした?」
 ラウジングは周囲を見回した。その長い髪や場違いな服が揺れ動き、さらに違和感を増幅させる。
「一応様子を見に行っているの、忘れてるとは思わないけどね。でも、もうすぐ梅花あたりが来ると思うわ」
 答えて彼女は声をもらして笑った。何故だか確信があった。ラウジングは怪訝そうな視線を向けてくるが、彼が何か言うより早く別の気配がそこに現れる。
「よくわかりましたね」
 レンカの言葉を聞いていたのだろう、足音をさせずに梅花がやってきた。数歩離れたところで立ち止まった彼女は、微苦笑を浮かべている。
「何となく? 気が大分近くに来てたみたいだったしね。まあまさか、こんな風に音もなく現れるとは思っていなかったけれど」
 レンカはおどけたように手をひらひらとさせた。
 気は確かに感じていた。だがあまりにもかすかだったので、なかなか確信へは至らなかった。後押ししてくれたのはラウジングの言葉だ。
 基本。
 ならば梅花も同じではないかと。
 しかし同じように唐突にやってこられると心臓にはよくなかった。仲間であるとはいえ、一瞬レーナのことが頭をよぎるのだ。
「噂に聞くより、神技隊の女には変わった奴がいるようだな」
 すると成り行きを見守っていたラウジングが、軽く笑ってそう言った。聞き捨てならない台詞にレンカは訝しげに彼を見つめる。
「そうですか?」
 だが何も感じなかったのか、無表情で梅花は言い放った。それを怒っていると解釈したのだろうか、ラウジングが慌てた様子で言いつくろう。
「いや、気にしないでくれ。そういう噂があってな。ああ、単なる噂だ」
 彼がそう弁解すると、梅花は小さくうなずいた。彼は知らないのだ、彼女がいつもこのような調子であることを。ラウジングの言い訳を聞いても梅花の表情は全く変わらない。
 レンカが見る梅花の顔は、大抵無表情だった。苦笑することもあったがとにかく表情の変化が乏しかった。感情を見せない淡々とした喋り方も、またそれに拍車をかけている。
 そんなことを考えていると、ふと会話が途切れたことに気がついた。居心地悪そうなラウジングは首の後ろをかいている。レンカは何か喋るべきだろうと思ったが、なかなか言葉が出てこなかった。『普通』ではない二人に通じる話題というのがどうも想像できない。緩やかに吹く風の音まで聞こえてきた。
 その時――
「あ、やっぱりいた!」
 助け船とも言うべき声が、背後からかかった。レンカが振り返ると、慌てて駆けてくる青葉の姿が見える。
「少しぐらい待っててくれてもいいじゃねえか。何でそこで先に行くんだよ」
 立ち止まるなり、青葉はふてくされたような声音で梅花に文句を言った。どうやら出てくる時は一緒だったらしい。置いていかれたということか。
「集合場所がわからないわけじゃないんでしょう? 別に一緒にいる必要ないじゃない」
「なっ、普通一緒にするだろう! 仲間なんだから」
 醒めた梅花と、苛立つ青葉の視線が交差した。今までも何度かみかけたことがあるやりとりだ。その原因が何なのか、レンカは気がついていたが。
「私がいるとサイゾウが居心地悪いでしょう? そのフォローでアサキも大変だわ」
「何でそこでサイゾウが出てくるんだよ!」
 しかしその様を見て、ラウジングは困惑していた。叫んだ青葉が梅花の肩をがっちりと掴み、今にも揺さぶらん勢いになる。収まる気配のない言い合いに仕方なくレンカは口を挟む決意をした。
「まあまあそこまで。ほら、お仲間さんもやってきたわよ?」
 微笑みながらそう言うと、サイゾウたちの駆けてくる足音が聞こえてきた。青葉は三人の方を振り返り、挨拶するよう手をひらりと振る。
「神技隊も複雑だな」
 哀愁漂うラウジングのつぶやきに、レンカは相槌を打った。
 重いため息が、こぼれそうだった。

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