white minds

第三章 神聖なる武器-3

 十時には皆が時間通り集まっていた。やはり上からの案内人が来るというのが、それなりに効いていたのだろう。誰もが上のよこす者ということで若干緊張していたのだ。
「これで全員か?」
 神技隊が落ち着くのを待って、ラウジングが口を開いた。彼を中心に皆は集まっているが、その瞳は好奇心に満ちあふれている。深緑の髪と服装がそうさせるのだろう。上の者というからもう少し堅苦しい人を想像していたのだ。
 そんな中、彼は居心地悪そうにしながらもレンカへと双眸を向ける。
「ええ、これで全員よ」
 辺りを見回して彼女は柔らかく微笑んだ。人を安堵させる笑顔に、ラウジングの表情も少し和らぐ。
「私が案内を任せられたラウジングだ。そこで時間も時間だから早速出発したいのだが、問題はないな?」
 すると決めつけるような口調で彼はそう尋ねた。先ほどの表情とは打って変わった様子に、誰もが口を開くのを忘れる。それを異論がないと判断したのか彼はまた唇を動かした。
「武器のある空間はそれほど特別なところではない。お前たちが一瞬目をつぶっていてくれれば、私はそこへ連れていくことができる」
 説明する彼を見つめて、神技隊は黙って聞いた。これから行く場所については全く情報がない。だから一言でも聞き漏らすまいと必至だった。ラウジングはそれぞれを一瞥すると、深く息を吸い込む。
「だが注意しろ。その空間はとても広く、しかも全員が同じ場所に辿り着けるとは限らない。とにかく中心にある頂上を目指すのが先決だ。ひたすら頂上を目指せ」
 ラウジングの説明は、予想通りと言うべきか予想外と言うべきか簡素なものだった。上の説明としてはよくあるパターンだが、友好そうな笑顔を考えれば意外である。それ以上口を開くつもりはないらしい彼の様子を感じ取り、レンカたちは困惑した。今の話だけではさすがに心許ない。
「ええっと、説明ってそれだけ?」
 思いきって彼女が尋ねてみると、彼は素直にうなずいた。だが何かを感じ取ったのだろう、眉根を寄せるとゆっくりと口を動かす。
「すまないが、私も詳しいことは知らないのだ。私の役目は、お前たちをその空間へ連れていくことだけなのでな」
 心底申し訳なさそうな彼の言いぐさに、なるほどとレンカは相槌を打った。やはりそうか。上の者だからといって全てを知っているわけではないのだ。さらにその上が存在する限り、情報はどこかで途切れてしまう。
「わかったわ、その後は何とかする。そこへ連れていって」
 彼女がそう告げると、彼は安堵したように息をもらした。まだ不安そうな者も何人かいるが、口を挟むつもりはないようだ。彼を問いつめたって仕方ないのは今のでわかったのだろう。
「じゃあ皆目を瞑って」
 レンカがそう言うと、皆はおとなしくその通りにした。彼女もならい、瞼をそっと落とす。
「幸運を、祈っている」
 ラウジングの言葉は次第に小さくなっていった。あらゆる音が、気配が、遠ざかっていく。近くに感じていた気でさえもおぼろげになった。
 そして唐突に、重力が消えた。



 全ての感覚が暗転した後、風の匂いを感じてローラインは瞼を持ち上げた。目に映るのは空、木々の葉。それは今まで彼らがいた場所とは明らかに違う。
「ついたのでしょうか?」
 つぶやきながら彼は上体を起こした。同時に背中がずきずき痛み、顔が歪む。
「どこかぶつけたのでしょうか? 美しくない」
 腰を押さえながら彼はうめいた。気のせいか、地面も妙にでこぼこしているように思える。痛みを堪えながら、周囲がどうなってるのか彼は視線を巡らした。辺りに人気はなく、どうやら森の中のようだ。ちょっとした小道に倒れていたというところか。
 だが突然動かないはずの地面が動いて、彼は前のめりに倒れた。背後からは荒い息が聞こえてくる。
「いつまでそうしてる気だーっ!」
 頭揺さぶる怒りの声に、ローラインは瞬きをした。恐る恐る振り返ってみれば、彼のもといた場所に見知った青年がいる。
「えーっと……ダン先輩でしょうか?」
「名前ぐらいすぐに覚えろっ! っていうか誰の上にいるかぐらい気づけ! オレを窒息死させる気かっ」
 赤い顔でぜえぜえしながら、ダンはわめいた。痛む背中に顔を歪めながら移動すれば、ダンはむすりとしてその場に膝を立てる。ローラインは土を払いながらそんな彼を見つめた。
「すいません、乗っかっていましたか?」
「思いっきりなっ! えーとあー、ろー何とか……」
「ローラインです、覚えてください。美しくない」
 言い合った二人の間に剣呑とした空気が流れた。踏みつぶされたダンと、名前を忘れられていたローライン。今まで会話すらしたことなかった二人だ。
 相手が一体どんな性格なのか、頼りになるのか。
 お互いをにらみながら二人はそれを推し量ろうとしていた。
 武器を取りに行くには頂上を目指さなければならない。一人よりも二人、二人よりも三人の方が心強いのは言うまでもないだろう。だが気が合わなければむしろ互いに足手まといだ。見知った相手ならどれだけ嬉しかったか、二人の胸中は複雑だ。
「と、とにかく歩くか」
「そうですね、座り込んでいても仕方ないですし」
 まるで探り合うかのような言葉を交わし、二人は立ち上がった。会話がなくなれば、木々のささやきがやけに大きく感じられる。周囲一帯が森のようだ。
 しかしそこへ、救世主は突然現れた。
「あ、人発見ー!」
 そんな陽気で高らかな声が、二人の耳に入った。その方を振り向けば、飛ぶように走ってくる少女の姿が視界に移る。
「カエリ先輩?」
 ダンがその名をつぶやいた。前髪だけ染めるという、当人曰くこだわりのファッションがその決めてとなった。手を振りながら駆けてくる彼女へ、とりあえず二人も手を挙げる。
「起きたら誰もいないんだもん、どうしようかと思ったわよ」
 意気揚々と喋り出すカエリに、二人は複雑そうな笑みを向けた。
 誰かいたとしても、幸運とは限らない。喉元まで出かかった言葉を、彼らは飲み干す。
「まあ三人いれば迷う心配も少ないわよね。とにかく頂上目指して歩きましょうか」
 それでも彼女のカラッとした笑顔は、人の心を明るくするものだった。一番先輩のフライングだからなのだろうか、頼もしくさえ感じられる。
「そうっすね、じゃあ行きましょうか」
「そうですね、行きましょう」
 ダンとローラインの声が重なったが、しかし二人は視線は合わせないままだった。カエリは気づいていないのか意気揚々と拳を振り上げている。
「いざ頂上へ!」
 不思議な緊張感をたたえたまま、三人は歩き出した。

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