white minds

第三章 神聖なる武器-5

 ひっそりとした小道を彼ら――滝、シン、青葉の三人は歩いていた。周囲に広がるのは鬱蒼とした森ばかりで、鳥の鳴き声も虫の音も聞こえない。一応頂上を目指して上っているはずだったが、あまりにも坂がなだらかなので確信はなかった。迷子のようだと漠然と感じつつ、三人は黙ったまま進む。
「それにしてもまさかこのメンバーが揃うとは思わなかったな」
 心地よくない沈黙が続く中、ぽつりと滝がそうもらした。彼のつぶやきに青葉は思わず苦笑する。
 確かにその通りだ。都合良く神技隊のリーダー三人が、いや、この三人が揃うというのは予想外だった。飛ばされた人数は二十五人で、そのうち三人である。どうしても腐れ縁という言葉が浮かんできた。
 彼ら三人はともに、ヤマト族の出身だった。ただそれだけではない、幼馴染みと呼んでもいい関係だった。少なくとも青葉はいまだに『滝にい』『シンにい』と呼び続けている。幼い頃からそうだったから、体に染みついているのだ。
 三人がそれぞれの道を歩み始めたのが、いつの頃からだったか定かではない。少なくとも青葉ははっきりと覚えてはいなかった。
 滝が神技隊として招集された時、青葉はあちこちの町を放浪していた。長候補――『若長わかおさ』であった彼がいなくなったと聞いて驚きはしたものの、その理由を聞く機会もなかった。シンが招集された時も青葉は何も知らなかった。二度と会わないかもしれないと、その時は漠然と思ったものだ。
 それが今こうして再び揃っている。それは不思議な感じだった。こうして三人連れ立っていると何だか突然昔に戻ったような気がする。
 すると傍で歩いていたシンも相槌を打った。
「本当ですね。ついこの間までは、もう一生会わないんじゃないかと思ってましたから」
 だが放たれたのは自嘲気味な声だった。何と答えたらよいかわからずに青葉もただうなずく。昔に戻ったような気になるが昔とは違う。三人の間にある距離が、今の彼らにはわからなかった。 
「それにしても頂上だなんて、あんなに遠く見えるのに本当に着くんでしょうか?」
 そこで話題を変えるためか、シンは顔を上げて遠くを見やった。小道の先は徐々に高くなっており、緑の合間にかすかにその先が見え隠れしている。しかしそれも遙か遠くだった。どれだけ歩けばいいのかと考えるとげんなりしてくる。技さえ使えれば早いのだが、この妙な空間ではどんな効果が現れるか怪しかった。
「ここでの距離感が確かかはわからないからな。とにかく目指して進むしかない」
 先頭を歩いていた滝が振り返らずにそう答える。すると軽く口笛を吹いて青葉はにやりと口の端を上げた。
「さすが滝にいはしっかりしてるよなあ」
「何言ってるんだ青葉、お前だってリーダーだろ」
「え、だってオレのとこには梅花がいるし」
「どういう理屈だ、それは」
 しかし青葉がへらへら笑いながら答えれば、今度は滝も振り返った。怪訝そうな瞳が向けられて彼は口をつぐむ。
 どうって、そのまんまだけど。
 青葉はその言葉を飲み込んだ。梅花のことを話していいものなのかどうかよくわからなかった。ジナル族のことをよく思ってない人は結構多い。二人がそんな偏見を持っているとは思わなかったが、梅花の態度が態度なのでどんな反応が返ってくるか予想できなかった。結局口ごもって視線を逸らす青葉へ、シンが一瞥をくれる。
「何だが天気が悪くなってきたなあ……」
 だがシンはそのことについては何も言わず、空を見上げた。聞かないでいてくれるらしいと判断し、青葉もつられて顔を上げる。木々の隙間からでも灰色の雲が広がっているのが見えた。鬱蒼とした森の中なので空のことなど全く意識していなかったが、こんなところで濡れるのはごめんだ。雨宿りをしている余裕もない。
「ここって雨とか降るんすかねえ」
 青葉はぼやきながらため息をついた。シンへと視線を向けると、彼は首を傾げながら肩をすくめている。
「それもわからん。あのラウジングとかいう奴、何一つ説明しなかったからな」
 前を行く滝はぶっきらぼうに言い放った。その背中を見て青葉はまた嘆息して俯く。滝との距離がまた開いた気がした。が、物理的には近かったらしい。突然彼が立ち止まったためぶつかりそうになり、青葉は体をのけぞらせた。文句を言おうと口を開きかけるが、言葉を放つより早く、近づいてくる二つの気を捉える。
 滝が立ち止まった理由もそれだろう。その気がやってくる方向へと、青葉は顔を向けた。
「あ、いたいた!」
 風のような声は、森の中から聞こえてきた。緑が広がる中目を凝らせば、突然レンカが視界の中へと姿を現す。彼女は木々の間を走り抜けてきたとは思えない颯爽な笑顔を浮かべていた。 「レンカ先輩。なんでそんなとこから……」
 髪についた葉を落とすと彼女へ、青葉は疑問をそのまま口にした。しかし彼女は答えることなく、後ろを振り返って手招きする。
「ジュリ、こっちよ!」
 そうレンカが叫ぶやいなや、木々の間から突然ジュリが顔を出した。青葉たちを確認すると安堵の表情を浮かべ、ゆっくりとそこから小道へと出てくる。
「もう、レンカ先輩は速すぎますよ。全然追いつけません」
 息を整えながらジュリはそうこぼした。どうやらここまで走ってきたらしい。それにしては唐突な現れ方のようにも思うが、今度は疑問を口にはしなかった。無視されたら虚しくなるだけだ。
「あら、ちゃんとついてきてるじゃない」
 胸を手で押さえるジュリへと、レンカは笑顔でさらりと言いのけた。レンカ自身には全く疲れた様子がない。実はかなりの強者なのだろうと青葉は推測する。考えてみれば滝と同じストロングなのだ。実力はあるはずだ。
「まあそうですけど……いや、いいです。無事合流できてよかったですねえ」
 ジュリは言っても無駄だと思ったのか、言葉を濁しながら穏やかに微笑んだ。服に付いた葉を払い落として近づいてくれば、それにあわせてかさかさと草が音を立てる。
「レンカ先輩、どうしてここがわかったんですか?」
 二人の会話が収まったのを見計らい、シンがそう問いかけた。レンカは彼の方を振り返って、得意げに人差し指を立てる。
「滝の気が近くにあればすぐわかるわよ。ここはちょっと特殊だから苦労したけどね」
 彼女は心底嬉しそうに微笑んだ。子どもっぽさを感じさせる仕草なのに、その笑顔には艶があって不思議とそうは感じさせない。
 それだけよく知っているということだろうか? 青葉は無意識にシンと顔を見合わせた。
 ここは無世界や神魔世界よりも、何故だか気の感覚が希薄だった。その武器とやらが関係しているのだろうか、気を捜そうにもなかなか見つからないのだ。そんな中探し当てるなど尋常なことではない。
「そうか、ジュリと一緒だったんだな」
 だが滝自身は違和感を感じないらしく、安堵した声音でそう言った。青葉はそんな彼の横顔を盗み見る。
 ――滝にいのあんな顔、久しぶりだ。
 少なからず青葉は驚愕した。若長になってからか両親が死んでからか、とにかく滝のあんな表情は見たことがなかった。どこかでいつも無理をしていたからか、柔らかい顔をすることは稀だった。いつもどこか張りつめているのだ。
 滝にいにも、そんな場所ができたんだな。
 寂しいような嬉しいような、複雑な感情がわいて出てくる。しかし青葉はそれを振り払うように、唇を強く噛んだ。出してはならない感情だと思った。
 今と昔は違う、ただそれだけなのだ。だから気にしてはいけないと言い聞かせる。
「それでね、何だかどこかで戦闘があったみたいなの」
 そこで唐突にレンカが言った。予想外の発言に、青葉たちは一瞬言葉を詰まらせる。
「戦闘? それはオレたちは気がつかなかったな」
 シンと青葉の顔を一瞥して、滝が驚きの声を上げた。気をほとんど感じないのである。戦闘らしき気配などわかるわけがない。それらしき音も全く聞こえなかった。
「そう。滝ならわかるかなって思ったんだけど」
 残念そうに微笑んでレンカはつぶやいた。なるほど、彼女たちが慌てていた理由がようやくわかった。戦闘が必要な事態など完全に想定外である。ならばことを急ぎたくなるはずだ。
「何かあるのかもな」
「そうね、気をつけなくちゃ」
 沈んだ声が、辺りに飲み込まれた。
 広がった重苦しい雲を、青葉はそっと見上げた。



 会話のない道のり、その居心地の悪さは言いようがなかった。時折聞こえるのはカエリのため息くらいで、風に揺れる葉の囁きが常に耳に残っている。
 オレは不運だ。
 ダンは心中でつぶやく。
 滝がいれば楽なのに。いや、レンカでもホシワでもミツバでもいい。とにかく普通に喋られる人が傍に欲しかった。
 ダンの苦手なもの、その上位に沈黙はある。しかも今のような苛立った雰囲気での静寂は一番嫌いだった。武器をさっさと手に入れてしまわねばと、強く思う。そのためにはとにかく歩き続けて頂上を目指すしかない。
「え?」
 だが歩みを止めてダンは顔を上げ、辺りをぐるりと見回した。信じがたい。だがこの感覚は間違いようがない。彼は恐る恐る確かめるように口を開く。
「今、戦闘音らしきものしたよな?」
 カエリとローラインの方へ振り返りながらダンは尋ねた。ダンにつられてか立ち止まっていた二人はうなずき、聞き間違いではないことを伝えてくる。
「はい、それらしきものを」
「聞いたわよ」
 答える二人の声には緊張感が漂っていた。
 この世界に戦うべき相手がいるとは聞いていない。だが今確かにどこかで戦闘が行われていた。それも耳で聞こえる範囲でのことだ。
「敵となるものがいるってことでしょうか? 美しくない」
 つぶやくローラインの顔が曇った。これは予想以上にまずい状況かもしれない。沈黙がどうのこうのと考えている場合ではなくなった。
「急いだ方がよさそうだな」
「そうね、行きましょう」
 三人は歩調を早めた。

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