white minds
第三章 神聖なる武器-6
そこは深い森の中だった。ほとんど光が差さないため進むべく道を探すのも困難だ。気をつけなければ足を取られかねない。また視覚だけではなく嗅覚も聴覚も役には立たなかった。木と土の匂いしかしないし、音もない。加えて頼りになるはずの気さえまともに感じることができなかった。
「困ったな……」
朽ちた木に座り込み、ゲイニがつぶやく。どちらが頂上の方なのか、どちらへ進めば森から抜け出せるのか、それさえ全く予想できない。
しかもともにいる仲間も問題だった。
「そうですねえ」
「暗ーい」
ゲイニに同意するように、サイゾウとコスミが口を開く。
人数はいるにはいるのだが、頼りになりそうな者がほとんどいなかった。
他には同じフライングであるミンヤ、ストロングのミツバがいる。ミンヤに主体性を求めても意味がないのは、長年一緒にいてよくわかっていた。だがそれはサイゾウ、コスミも同じようだ。少なくともこの人数をまとめる気はないらしい。
「一応頑張って他の人の気を捜してるんだけど……これがなかなか見つからないんだよねえ」
皆が沈んだ顔をする中、悔しそうな顔でミツバがそう言う。
この中でも最も積極的なのは彼だ。何とかしてくれるならミツバだけだなと、ゲイニは思う。もっともそのミツバもこの事態には困っている様だが。
「あ、諦めちゃだめだんべ」
気を落として俯くミツバの肩を、ミンヤが目を細めて軽く叩いた。ミツバは顔を上げてミンヤを真っ直ぐと見上げる。ミンヤは穏やかにそんなミツバを見つめていた。
気が抜けているといえばそれまでだが、ミンヤの笑顔は癒し効果抜群だった。場を和ませる力がある。ミツバは小さくうなずくと、そうだね、と答えた。諦めてはいけないと自分に言い聞かせるように。
だが、そこで事態は一変した。
「確かに、諦めるにはまだ早いだろうな」
和みかけた彼らの頭上から、鋭い声が降りかかった。
ゲイニは慌てて立ち上がり、上を見上げる。同じように他の四人も上を見上げていた。だが声の主とおぼしき影は見あたらない。
「どこ見てるんだ、お前ら」
しかし今度は後ろから声が聞こえ――――
「ぐぇっ!」
くぐもった悲鳴が、辺りに満ちた。これはサイゾウの声だ。ゲイニは慌てて振り返り、そこにいるのが何者なのかと目を凝らす。
「ゲホッ、ガホッ、お、ゴホッ、ま……」
振り返った先にはあのアースが立っていた。薄闇の中浮き立つようにたたずんだ彼が、口の端をあげている。遊園地以来だが、顔が青葉と同じなので見間違うことがない。まるで暗い世界に溶け込むような黒い服装。そんな中でも瞳の輝きが、まるで強さを物語っているようだ。
その足下にはサイゾウが倒れ込んでいた。よく見れば腹を押さえてうめいている。悲鳴と音から考えてもどうやらアースに蹴られたのだろう。息が苦しそうだ。
本当ならサイゾウに駆けよるべきところだが、その側にアースがいるためゲイニたちは動けない。仕方なくアースをにらみつけることしかできなかった。彼の強さは未知数だが、ネオンたちのことを考えればそれなりの実力だと考えていいだろう。
「油断などしているからやられるのだ。しかしまったく、ようやく見つけた神技隊がお前らのような雑魚だったとは……残念だな」
全員を一瞥した後、アースはそう言い放った。雑魚などと言われて正直頭にくるが、そこは堪えてゲイニは奥歯を噛みしめる。
「どうしてここに!?」
その怒りを吐き出すようにゲイニは問いかけた。確かに標的にするとは言っていたが、こんな所までやってくるとは信じられなかった。あの案内人ラウジングがいなければ入れないのではないか? 疑問が胸を埋めていく。
「さあ、どうしてだろうな。まあいいさ、相手をしてやる」
アースは口角を上げたが、答えてはくれなかった。
それでも戦闘は、否応なく始まった。
森の中、カイキの剣が空を薙いだ。後ろへ飛ぶことでそれをやり過ごしたホシワは、間合いを取りながらカイキをにらみつける。
どうして彼がここにいるのだろう? 何故こんな所までやってきたのだろうか?
疑問は尽きないが、だからといって立ち止まっている暇はなかった。問答無用で攻撃してくる者へ、問いかける暇はない。
汗のにじんだ額を、ホシワは腕でこすった。すると彼の横を擦り抜けるように、サツバが勢いよく飛び出していく。
「おうりゃ!」
気合いの入ったかけ声とともに、サツバは拳を突きだした。だがそれをカイキは難なくよけて、右足を大きく横へ蹴り上げる。
そこにはサツバに続けて駆けていたコブシがいた。思い切り腹に食らったコブシは、よろめいて地面に膝をつく。
ホシワは慌てて走り出すと、不敵に笑うカイキをにらみつけた。
アサキと同じ顔のはずなのに、何だか子憎たらしく感じるのは表情のせいだろうか?
右手を前へ掲げ、ホシワは技を放った。そこらにある岩石が一斉にカイキへと向かう。
だがカイキがそれをくらうことはなかった。コブシの肩を踏み出しにして、彼は大きく飛び上がる。岩石はことごとくその足下を通り過ぎていった。
「ははっ! お前ら三人ぐらいじゃオレには勝てないぜ」
カイキは三人を見下ろして、うっすらと笑みを浮かべた。
歯を食いしばりながら、そんな彼をホシワは見上げた。
「くっそー運わりぃーなー、オレ」
無造作に頭をかきながらネオンがそうつぶやいた。そんな彼を滝たちはじっと見据える。気楽な様子ではあるが、前回の戦いを思い返せば油断できないことはわかりきっていた。あの大人数相手に戦っていたのだ。あれが全てではないと思うが、十分な実力は持っているのだろう。
突然彼は空から降りてきた。それこそ前触れもなく唐突だった。しかしその顔がサイゾウそっくりなので、すぐにあの五人組の一人だとすぐに気づく。髪の長さと服装くらいしか違わなかった。ここまで、それこそ体格まで似ている者がいるのだろうかと滝は疑問に思う。
「あーあ、本当まいった」
ぶつぶつつぶやくネオンを見据えながら、滝たちは固唾を飲み込んだ。辺りの気配をうかがいながらも、視線ははずさずにじっとたたずむ。
どうして彼がここに? どうやってここに?
胸をよぎるのはそのことだけだった。幸いなのはネオンがあまり戦いたくなさそうに嘆息していることくらいだ。
どうやら自分たちははずれに当たるらしい。
うめくネオンの言葉でそれだけは読みとれた。何故はずれなのかは知らないが、苦手としてくれているなら利用しない手はない。
「アースと似てやりにくいんだって。それでなくとも強そうなのに。分が悪いっての」
愚痴の一部がかすかにだが聞き取れた。
なるほど、青葉がアースそっくりなのがやりにくいらしい。もっとも彼らとしてはアースが青葉にそっくりなのだが、この際はどうでもよかった。そんなことを気にしている場合ではない。
早く武器を手に入れなければならない。ここは何とかネオンをやり過ごして、早々と抜け出すしかあるまい。
「まあでもさぼったら怒られるしなあ。しゃあない、やりますか」
ネオンが構えるのを苦々しい気持ちで滝は見据えた。相手は一人だが、軽々と勝てるとは思えない。場所も場所なため大人数での戦いには適していないのだ。
「さくっとやられてくれよ」
小さくつぶやいて、滝も精神を集中させた。
何かの焦げた臭いを、どこかから風が運んできていた。