white minds

第三章 神聖なる武器-7

 ラフトはまじまじと二人を見つめた。穴を開ける勢いで見つめた。
 目を凝らしてみるが間違いはない。そこにいるのは同じ顔の二人で、そして同じようなことをしている。
「やっぱり似てる……」
 思わずつぶやきがもれた。
 初めて見た時はすぐに戦闘へ突入したため、見比べる余裕なんてなかった。だからこそなお、今になってあらためて思う。二人は似ていると。
 ラフト、ヒメワ、よう、たくたち四人のところには、イレイがやってきていた。丁度たくを見つけて少し歩いたところで、空から降り立ってきたのである。
 どうしてこんな所まで追っかけてきているのかはわからなかった。だが本当に突然のことで、尋ねる気にもなれなかった。呆然とするばかりである。
「うーん、お腹空いたなあ」
 だが彼には戦う気がないようだった。寂しげな顔でお腹をさすり、時折空を見上げてはため息をついている。森の中に立つそんな姿は微笑ましくも思えた。これで相手が謎の五人組の一人でなければ、肩の力が抜けていたところだろう。
 戦わなくていいなら、隙を見てやり過ごすのがいいんだけど。
 ラフトはどちらかと言えば喧嘩は好きな方だったが、今回ばかりは状況が違った。こんな薄気味悪い世界は早く脱出したい。だからこそラフトは必死に、この場を難なく乗り切る方法を考えていた。
 イレイがそれなりの強さを持っていることは、この間の戦闘でよくわかっている。
「あっ! でも戦わなくちゃ、アースたちが怒るよね」
 だが不幸にも、ぽんと手を打ちながらイレイが大きく口を開けた。その隣では不思議そうな顔をしたようが首を傾げている。側にいるのが敵であるのにまるでそれを理解していないような表情だ。いや、実際理解していないのだろう。
「お腹すいてるのに戦うの?」
「うん、だって怒られるの嫌だし」
 ようの問いにイレイが答える。まるで双子の会話のようだった。ついこの間まで互いの存在を知らなかったとは思えない調子である。
「じゃあ、行っくよー!」
 妙に嬉しそうにイレイが叫んだ。
 そんな彼を、ラフトはにらみつけた。
 戦闘が、容赦なく始まった。



 四人は戦闘開始したようだな。
 心の中でつぶやいて、レーナは微笑みを浮かべた。木の上に腰掛けた彼女の髪を、ゆるやかな風が運んでいく。
 戦闘を告げる音が、臭いが現状を告げていた。何より増幅した気が、そのぶつかり合いが全てを告げていた。四方八方から感じられるそれらが、足を運ばなくとも現状を教えてくれるのだ。
 世界を見下ろすように彼女は視線を巡らせる。だが視界に移るのは生い茂った木々しかない。それでもその瞳にはありありと皆の状況が映っているかのようだった。実際、ほぼそれに近かった。
 気は全てを物語る。誰がどこにいるのか何をしているのか、手に取るように彼女にはわかった。だから戦う相手がいないわけではないのだ。ただ今は戦わないだけで。
「少し様子を見てからじゃないとなあ」
 手をかざしながら曇り空を見上げると、今にも雨が降りだしてきそうだった。やっかいな天気だな、と彼女は独りごちる。実際は降りなどしないのだが。
「焦りたくはないのだがな」
 ぼやきのような言葉が唇からもれた。
 焦ってはいけない。無理をしてもいけない。自分がどうしてもしなければならないこと、それを見極める必要がある。
 彼女は自らに言い聞かせた。そうしなければ焦ってしまうとわかっているかのように。
 しかし一人、ネオンが心配だった。
「アースやカイキは加勢になんぞ行きそうにないしなあ。このままじゃぼろ負けかな。仕方ない、われが行くしかないかな」
 困ったような表情を彼女は浮かべた。だが本当に困っているかどうかは怪しく、どことなくそれらしく装った印象がある。だとしても見ている者などいないのだから無意味ではあるが。それでも小首を傾げてため息をつくと、彼女は軽い身のこなしで枝の上に立ち上がった。そしてそこから一気に跳躍する。
「世話がかかるな」
 その黒い影はすぐさま森の中へと溶け込んだ。
 後にはかすかに揺れる枝だけが、残されていた。



「どうわっ! ちょっと待て」
 情けない声を出してネオンは立ち止まった。体勢を立て直しながらも額に汗を浮かべている。そんな姿を目に捉えてレンカはほんの少し微笑んだ。勝機が見えた。これなら武器を取りにすぐ行けるだろう。
「待たせてどうするの? そのまま帰ってくれるの?」
 彼女は彼を真正面から見つめてそう言った。脅すわけではないが凛とした声が、木々のささやきを打ち消す。その迫力に負けてかネオンは答えなかった。彼はじりじりと後退しながら、唇を強く噛んでいる。
 できるならば帰って欲しい。その願いの込められた言葉だった。さっさとこの場を離れて頂上を目指したいところなのだ。どこまで歩いても変わらない風景は精神的にもよくない。一刻も早く、この空間を抜け出したい。
「どうするんだ?」
 シンもそう追い打ちをかけた。ネオンはさらに一歩後退する。
 勝利はそう遠くない。確信がレンカたちにはあった。問題はそれがどのタイミングで実現するかだ。それが早ければ早いだけよいわけで。
 だがその形勢は、たった一人の存在によってひっくり返された。
「どうした、ネオン?」
 後ずさるネオンの隣に、一人の少女が降り立った。梅花と瓜二つの少女、レーナだ。彼女はふわりと音もなく着地すると、優雅な微笑みを浮かべてネオンを一瞥する。
「レ、レーナ!?」
「あまりにも情けないのでな、助けに来てやったぞ」
「おおっ! さっすがレーナ、やっさしい!」
 ネオンは笑顔で手を叩いて喜びを露わにした。そんな二人の様子を、息を呑んでレンカたちはうかがう。
 このレーナともう一人、青葉そっくりのアースは前回の戦闘に参加していない。故にその戦闘力は未知数だった。しかしネオンの表情を見れば、彼女がそれなりの実力を持っていることは明白だ。今にも小躍りしそうな笑顔。少なくともネオンよりは遙かに強いのだろう。
「まったく、大夫やられたようだな」
「まあ、ちょっとな。あのさレーナ、このことはアースたちには――」
「ああー言わないから安心しろ。ほら、戦闘の続きだろう?」
 ネオンとレーナ、二人の視線がレンカたちへと向けられた。先ほどまで弱気だったのが嘘のように、彼の顔には生気が戻っている。レーナはというと、感情の掴みにくい強気な微笑みを浮かべたままだった。
 どうやらそう簡単に頂上へは行けないようだ。
 レンカたちは構えながら、不敵に立つ二人をにらみつける。自然と鼓動が高まっていくのはレーナの放つ気のためか。
「相手が多い時のな、見本を見せてやろうか?」
「あ、マジ? 見たい見たい、レーナ先生お願いしまーす」
 レーナの問いに、ネオンはおどけた言葉を返した。刹那、レーナの姿がかき消えた。
 早い!?
 彼女の気を求めて精神を集中させるも、その姿を捉えることはできない。だがすぐそこにいる予感があった。レンカは強く地を蹴り、後方へと飛ぶ。
「残念」
 しかし声は耳元で聞こえた。同時に背中に強い打撃が加わったのがわかった。受け身をとりながら地を転がり、彼女は目の前に立つレーナを凝視する。
「ほらな?」
 視線はレンカに固定したまま、レーナは青葉の足蹴りを難なくかわした。そして彼の勢いを利用して、左の拳をその脇腹に打ち付ける。
「お前たち五人で、はたしてわれに当てられるかな?」
 不敵な微笑みを、レンカは苦々しく見つめた。

◆前のページ◆  目次  ◆次のページ◆

このページにしおりを挟む