white minds

第三章 神聖なる武器-9

 アースは強かった。数では圧倒的に神技隊の方が有利なのに、それを感じさせない強さだった。瞳から感じられる覇気にともすれば威圧されそうになる。
 構えながらシンは息を整えた。
 このままでは負ける。
 その実感が胸の内にあった。繰り出した技は、ことごとく彼の剣に叩き落とされる。反応が早かった。そしてそれ以上に彼には自信がみなぎっていた。この場を余裕で切り抜けられる自信が、溢れ出していた。
 だが――
 何か、違和感がある。
 剣の切っ先をシンは紙一重のところでかわした。咄嗟のことで無意識にだが、それがシンの体をかすることはない。
 ずっとそうだった。
 レンカもジュリも青葉だってくらっているのに、シンがその攻撃を受けることはなかった。いつもそれは咄嗟の、それこそ慣れで行う無意識の動きでかわすことができるのだ。
 何故?
 自分が特別強いとは思えなかった。少なくともレーナとの戦いの時にはそんな差はなかった。それなのに相手がアースに変わっただけでそうなるのだ。アースの攻撃はシンには当たらない。
「ちっ!」
 アースの剣が、滝の放った雷系の光弾を弾き返した。背後から迫るそれに向かって、彼は無茶な体勢で剣を振るう。
 この動き、どこかで……?
 その様に見覚えがあった。普通では考えられない動き、反応。それをやってのけてしまう柔軟性と瞬発力。記憶を探ればすぐに一つの答えに行き着いた。
 この動きは、青葉と同じ?
 シンは驚愕した。たとえクローンだったとしても戦い方まで同じということは考えられない。それまで生きてきた環境が全く違うのだ。積んだ戦闘経験だって違うはずだ。こんな妙な点が同じであるわけがない。
「ジュリ!」
 視界の端に、突き飛ばされるジュリの姿が映った。刀の柄を腹に受けたようだ。腹部を押さえながら咳き込む彼女はすぐには立ち上がれそうにない。
「一人!」
 アースが叫んだ。
 六対一。こうやって一人ずつつぶしていくつもりだろうか。数があっても劣勢なのに欠ければさらに不利になる。
「レンカ、当てられるか?」
「やってみる!」
 今度は右から滝とレンカの声がした。同時に滝が前に踏み込み、技による不定の剣を繰り出す。黄色い光が弧を描き、残像を目に焼き付けた。
 しかしアースは全くひるまなかった。さすがにレーナの時のようにあっさりとかわされることはなかったが、彼はその勢いを刀で殺しながら逆に隙をついて反撃してくる。剣が交わるたびに耳障りな音が響き渡った。技同士の干渉によるものだ。横凪にした剣をかわされて、滝は低い体勢のまま一旦横へ大きく跳ぶ。
「今!」
 そこで構えたレンカが矢を放った。青白く、それでいて透けている矢がアースへと向かう。
「ちいっ」
 振り返りざまによけようとした彼は、しかし結局避けきれず左手で払い落とした。手の甲に突き刺さった矢は一瞬で消える。それを一瞥して顔をしかめて、彼は一旦後ろへ下がった。
「精神系か、面倒だな」
 そうつぶやくと、彼は剣に炎をまとわせた。技によるものだろう。本気でいくということか? シンは奥歯を噛みしめて、立ちつくすレンカを盗み見た。
「うそっ、直撃したのに全く効かないなんて」
 凍り付いたように動かないレンカは、青い顔をしてそうつぶやいた。そこでシンもはたと気がつく。
 精神系の技は相手の精神を一時的ではあるが麻痺させることができる。つまり技が出しにくくなるはずなのだ。それなのにアースにはそんなそぶりもなく炎を生み出した。
 どんな体してるんだ!?
 シンは驚愕する。が、同時に納得もした。青葉が類い希なる体力と回復力を持っていることはよく知っている。それがもしもとになっているなら、同じならば、確かに超人な体を持っていてもおかしくはない。
「くそっ!」
 シンは炎の剣を生み出した。
 反撃できるのは自分しかいない。幼い頃から青葉とはずっと剣を交え続けてきたので、体が既にその動きを覚えてしまっている。だから咄嗟の動きで剣を避けられたのだろう。
 ならばさらに思い出せばいい。動きを、癖を、弱点を。
 地を蹴ったシンはアースの前に躍り出て対峙した。そしてすぐさま攻撃に出てくるアースの剣を、炎の刃でもって受け止める。立て続けに繰り出してくるのも全て跳ね返した。
「ほとんど防がれたか」
 体勢を立て直すためか、またもや一旦アースは引いた。苦い顔をしているのは明らかだ。息を整えながら、シンはアースをにらみつける。
「アース、あいつはお前のオリジナル、青葉の動きを利用しているんだ。スピードを上げれば問題ない」
 するとやや離れたところで待機していたレーナが、ぽつりとアースにそう言った。
 何故わかったんだ!?
 先ほどと同じ微笑みを浮かべるレーナをシンは一瞥する。二人の動きが同じだと彼女も気づいていたのだろうか? だがそれにしたっておかしい。シンが青葉のことをよく知っているなんて、彼女の知識にはないはずだ。
「なるほど、ここではそういうハンデが付くか」
 アースは皮肉げに口の端を上げながら、再び刀を構える。彼の放つ気がさらに鋭くなった。今までのは遊びのようなものだったのだろうか? 考えるだけで背筋が冷たくなる。シンは震えそうになる手で炎の剣を構えた。
「滝、リン、梅花! 先に武器を取りに行って! ここは残りで何とかするわ!」
 すると突然レンカがそう叫んだ。
 驚いた顔の三人が彼女の方を振り返る。また仲間を置いていく宣言には、さすがのアースも不思議そうな顔をしていた。レンカを一瞥する視線が訝しげだ。彼をにらみつけながらシンは彼女の意図を考える。
 武器さえ手に入ればこの場を抜けられる。皆と合流できれば勝機はある。
 このまま戦い続けても負けると判断したのだろう。ならばとにかく目的である武器を探し出すしかない。もしかしたら、その武器を使えば勝てるかもしれない。ともかくこのままでは七人とも共倒れだ。
「わかった、すぐ取ってくる! それまで耐えろよ!」
「わかりました。シン、後よろしくね!」
「はい!」
 同じく意図を理解したのか三人はそう同時に返事した。しかし先に動き出したのは梅花だった。重力を感じさせない身のこなしで、頂上へと走り出す。
「……オリジナルとご対面か。まあ、それも仕方のないことか」
 レーナのつぶやきをシンの耳は捉えた。わざとらしさと本気が半々に入り混じった声は、その胸中をたやすく隠してしまう。
「ネオン、来い」
「お、おおっ!」
 そして次の瞬間、レーナとネオンの気がその場から遠ざかった。足音はしない。だが走り出したのは確かで、二人の姿はどこにも見あたらなかった。梅花たちを追ったのだろう。
 こっちも何とか乗り切るしかないな。
 目の前にいるアースをねめつけながら、シンは唇を強く結んだ。



「ったく! 何でこういうことになるんだ!?」
 呆れながらもラフトは叫んだ。そよ風に揺れる草の音が、怒りとは逆に心地よく胸にしみる。
「本当ですわ。これではハイキングみたいですわね」
 同意はするものの、大して困った様子もないヒメワが言う。スカートの裾を抑えて彼女は座り込んでいた。のほほんとした笑顔が、彼女の心境を表しているようだ。
「ああーおいしいー」
「こっちもおいしいよ」
「本当ー!」
 その横ではようとイレイが座り込んでいた。どちらが何を喋っているのかわからないが、のんきに果物を貪っている。同じ顔に同じ体格、仲良くとなれば違和感はぬぐえなかった。いっそ双子だと思った方が納得できる様子ではある。
「どうするんですか? このままじゃ、オレたち奴隷かなんかですよ。しかも、よう先輩とイレイの……」
 泣きそうな声でたくがつぶやいた。その言葉ももっともだった。彼ら四人はイレイに敗北し、彼が発した『お腹空いたー』の一言で果物をかき集めたのである。
 そして、何故か復活したようも加わり、二人仲良くお食事タイムというわけだ。
「ねえーもうないのー? 食べ物」
 イレイが馴れ馴れしく話しかけるが――
「だから言っただろ、もうないって。これだけ集めんのに一体どれだけ歩き回ったか……」
 ラフトはもう勘弁してくれとばかりにそう答えた。散々歩き回って足はもう棒のようである。そもそもこの妙な空間で食べ物を探すという話が無謀なのだ。かろうじて見つかっただけでもありがたいと思って欲しいくらいだ。
「食べ物ないんだったら、僕今度は本気でやっつけちゃうぞ!」
「そうだー!」
「おい、よう……。お前はやられるほうだろ」
 だがこんな調子で、とても敵同士とは思えない二人にラフトたちは困り果てていた。とどめを刺されないだけましかもしれないが、それにしてもやるせない気分になってしまうのは仕方ない。
「大丈夫だよ。だってイレイは僕たち倒しちゃ駄目って言われてるんだって」
 そこでようは聞き捨てならない言葉を発した。それまで漂っていた気の抜けた空気が、一瞬でその性質を変える。皆の視線が一斉に彼へと降り注いだ。
「おい、よう。それは本当か?」
 ラフトはゆっくりと聞き返した。ようは大きくうなずき、隣のイレイへと目を向ける。
「だよね? イレイ」
「うん! よくわからないけど、レーナが駄目だって言うんだ」
 イレイは『僕ウソつかないよ』とばかりに胸を張って答えた。その様子を呆然とラフトは見つめる。
「ラフト先輩、これって――」
「ああ、重要なことだよな」
「どうしますの?」
 三人は目を見開いたまま、イレイとようとを見比べた。

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