white minds

第三章 神聖なる武器-10

 ダン、カエリ、ローラインは戦っていた。三人は背をあわせながら油断なく、辺りに目を光らせている。
「くそーっ、ぞろぞろ出て来やがって。これじゃあキリがない」
 ダンが舌打ち混じりにうめいた。彼らの相手はあの謎の獣だった。先ほどリンが戦ったのと同じタイプだが、そんなことは彼らは知らない。ただこの空間で妙なことが起きている、というのだけがかろうじてわかっていた。
「数が多すぎるわね、今ので何匹目?」
 額の汗を拳でぬぐってカエリが尋ねる。瞳に闘志は宿っているものの息は荒かった。すると彼女に答えるよう、視線だけは敵を見据えたままローラインが口を開く。
「たぶん、十八匹目です。まだまだやってくるみたいですね、美しくない」
 彼の顔色も優れなかった。おそらく精神力の使いすぎが原因だろう。それでも彼は迫り来る獣を、紙一重のところでかわす。獣はそのままの勢いで通りすぎていった。地に降り立つ音と威嚇するうめき声が、辺りに響く。
「やっぱ元締めを倒すしかないってか」
 ダンがそう言うと同時に再び獣は襲いかかってきた。今度はカエリの左手が空を薙ぎ、その動きにあわせて水色の矢が獣めがけて突き進む。直撃したらしく、獣の動きが鈍り低いうめき声が上がった。
「さっさとくたばれ!」
 ひるんだ獣へダンは一歩跳躍した。彼の持つ透明な槍がその体を突き刺す。すると獣は大きく体を震わせ、四肢を激しく痙攣させながら消えていった。その光の名残を一瞥してローラインはつぶやく。
「わたくしに何か得意な技があればよかったのですが……」
 ローラインは通称武器系――技も使えるがどちらかと言えば武器の扱いの方が得意――の者だった。ダンとカエリは水系。その名の通り、水の技が得意な者のことだ。
 つまりどう考えてもこの三人では技のバランスが悪い。それは戦いを長引かせる原因の一つともなっていた。
「仕方ねえよ。オレたちだって、水系の攻撃がよく効けばな」
 そんな彼を慰めるようにダンが口を開く。実際彼の言う通りだった。通常獣相手なら技一発で仕留められる。それなのにこの獣はちょっとした攻撃ならびくともしなかった。直接体を突き刺すか切り裂くかしなければならないとなると、疲労も溜まりやすくなる。広範囲を狙った技で倒せないのが痛い。
「武器さえあれば」
 そう、武器さえあれば。これがこの三人の今の願いであった。



 よつきたちは歩いていた。
 実は一番頂上に近かったのは彼らなのだが、そんなことを彼らは無論知らない。
 メンバーは、北斗、アサキ、よつき。性というのか一番後輩のピークスであるにも関わらず、この三人の中心はよつきであった。先頭を行きながら彼は空を見上げる。
「一体、今どの辺にいるのでしょうね」
 独り言とも語りかけるとも取れないような口調で、よつきは言った。どんよりとした雲からは案じたように雨が降ることはなかった。それでも気分を鬱々とさせるには十分な効果があった。先の見えない道中はただでさえ辛いのだ。
「さっきから戦闘音が聞こえるな」
 彼の言葉につられたように、北斗が辺りを見回した。だがその音がどちらから聞こえてくるのかわからない。強いて言うなら四方八方から聞こえてくるようだった。もっとも、このメンバー以外は戦闘を行っているのだから無理もないのだが。
「とにかく歩きましょーう! 場所がわからないんだったら、頂上を目指す方が先でぇーす! 行くでぇーす!」
 すると沈んだ二人を励ますよう、アサキは独特の口調で促した。不安に押しつぶされてもおかしくない状況でも、アサキは元気だ。
 短気な者ならふざけるなと言うかもしれない。もっと緊迫感を持てと怒鳴るかもしれない。だが幸い北斗もよつきもその類の人ではなかった。二人は顔を見合わせて苦笑する。
「ええ、そうですね」
「だな」
 ともかく頂上を目指すしかないのだ。そう自らに言い聞かせてよつきはまた歩き出そうとする。だが彼は踏み出しかけた足を止めて空を仰いだ。
「えっ?」
 何者かの走る音、いや、気配を彼の耳は拾った。
 地を蹴る音でもない。それは尋常じゃない速さで気が通り過ぎる時の、空気の震えのように思えた。その気配は次第に彼らの方へと近づいてくる。
「だ、誰ですか!?」
 構えながらよつきは叫んだ。仲間ならいいが、周囲を埋め尽くす戦闘音を考えれば油断はできない。何と言っても速すぎるのだ。まるで人間じゃないみたいに。彼の背中を一筋の汗が落ちていく。
「よつき?」
 気配が止まった。しかし鼓膜を震わせたのは聞き覚えのある声だった。よつきがゆっくりとその方を振り返ると同時に、アサキの歓声が辺りに響く。
「おー! 梅花じゃなぁーいでぇーすか!」
 そこにいたのは梅花だった。感情の灯らない無表情な瞳だが、彼女から放たれる気は張りつめたように研ぎ澄まされている。敵ではないとわかってよつきは安堵した。が、梅花の表情は緩まない。
「アサキ、それに北斗先輩も」
 彼女はそう名前を口にした後、はっとしたように空を仰いだ。そして後ろを一瞥すると、近づいてきたアサキの肩を軽く叩く。
「これから滝先輩、リン先輩、それにレーナたちが来るわ。私は先を急ぐから、後をよろしく」
 早口で用件を述べると、彼女はすぐにそこから走り出した。まるで風のように地を蹴ると、気づけばその後ろ姿は見えなくなる。遠ざかるのは先ほどと同じ気配だけだった。よつきは唖然としながら彼女の来た方向を見やる。
「邪魔するなっ!」
「しつこい!」
 それと同時に声が聞こえた。茂みの中から見覚えのある姿が飛び出してくるのを、慌てたよつきたちの瞳は捉える。
「ネオン!?」
 北斗の叫びに飛び出してきた青年――ネオンが振り向いた。彼の後ろからは苦い顔の滝とリンが姿を現す。ネオンの右手には細身の剣が握られていた。
「滝先輩!」
「リン!」
 よつきと北斗はその名を呼んだ。二人はわかってると手で合図しながら、ひょうひょうとするネオンをねめつける。ネオンは一歩ずつ二人へと近づいていた。
 追いかけたれていたのか?
 梅花の言葉に偽りはなかったわけだ。だが何か大切なことを忘れている気がすると、よつきは訝しげに眉根を寄せた。何か、誰か、重要なことが欠けている気がする。梅花は確か別の名前を口にしていなかっただろうか、と。
「ああ、オリジナルには逃げられたか」
 その予感が的中したのはすぐのことだった。突然右手から声が聞こえて、慌ててよつきたちは左へと飛び退く。
 レーナだ。
 低い木の枝に腰掛けながら、彼女は頬に手を当てていた。先ほど見た梅花と同じ顔なのに、この威圧感は何故だろう。よつきはじりじりと後退しながら、レーナとネオンとを見比べる。汗が一筋背中を伝っていった。
 気配はなかった。少なくとも感じなかった。だが彼女はいつの間にかそこに存在していた。
 ただ者ではないと、頭の中で警鐘が鳴り響く。高鳴る鼓動を抑えるように、よつきは胸に手を当てた。
「ネオン、ここは任せる。われはオリジナルを追う」
 そんな彼の様子など知らぬ顔で、レーナは淡々とした口調で言った。そして枝から飛び降りるとすぐさま走り出した。いや、走っているのかどうか確認できないほどのスピードだ。消えた、と表現した方が適切かもしれない。
「リン、オレも行く。後は任せる!」
 すると慌てたようにそう叫び、滝は彼女の後を追わんと走り出した。ネオンにそれを止める気はないらしく、へらへらとした顔のままリンとよつきたちとを交互に見ている。
 滝はネオンの横を、さらによつきたちの横を擦り抜けて坂の上へと駆けていった。その後ろ姿を横目にして、よつきたちはかばうようにと立ちはだかる。そしてネオンを真っ向から見据えた。
「汚名返上といきますかね!」
 ネオンの高揚した声が、辺りに染み込んだ。

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