white minds

第三章 神聖なる武器-13

 目の前には平らな道が広がっていた。緩やかな坂ではなく、平らな道だ。
 ここがこの妙な世界の頂上なのか?
 息を整えながら滝は辺りを見回した。数歩進んでみてもやはり道は平らで、これ以上の高みは望めそうもない。ということはラウジングの言う頂上とはここなのだろうか。もう一度滝は周囲を見回す。
「ようやく辿り着いたな。思っていたよりは近かったが……」
 つぶやきながら周囲を確認したが、しかし何もないに等しかった。今までと同じで森が続き、その間に細い道が通っているだけだ。目印となりそうなものすらない。
「まいったな。ラウジングとかいう奴、本当に何も教えなかったんだな」
 つまりそれぐらい自分たちで探せ、ということだろうか。不親切にも程がある。つくづく『上』の者たちは説明不足だと毒づきたくなった。
 埋まっているのか、はたまた結界でも張ってあるのか。どちらかといえば後者の確率が高いか。
 滝はうなった。詳しいことは何も聞いていないが、神技隊用の武器というのだから数はかなりあるのだろう。そんなものが埋まっているとは考えにくい。加えてこの世界には結界が多用されていた。ならば同じように武器も隠されていると考えるのが妥当だろう。
「結界か。オレの得意分野じゃないんだけどなあ」
 そこらを歩き回りながら、滝はため息をついた。ストロングの中ではその手のことはレンカやミツバがやってくれていた。見つけられるかどうか不安が残る。
「しかし早くしないと梅花の方が危ないな。たぶん、他の奴らが駆けつけてると思うが、万が一ってこともあるし」
 常に危険性は考えるべきだ。それこそ最悪の可能性まで。
 彼は立ち止まると、知らぬ間に握っていた拳を開いた。汗がにじんでいて気持ちが悪い。
 あのとき見た正体不明の人物、いや、人かどうかも判別できない男。その存在も気にかかっていた。何が起こっているのかさっぱりわからない。レーナが何故梅花をかばっていたのかも、何もかもがわからない。
「くそっ、集中するんだ! 精神を集中させれば必ず何かが見えるはずだ」
 彼はかぶりを振った。雑念を振り払わねば見つけられるものも見つけられなくなる。自分が何とかしなければここを抜け出せないのだと、彼は自らに言い聞かせた。
 そっと目を閉じて、辺りの気配に五感を研ぎ澄ます。淀んだ空気、否、気の流れの中から小さな異変を探し出そうとする。
 何かあるはずだ。
 言い聞かせるように彼は念じた。自分でもできると信じなければ結果はついてこない。それを知っているからこそ、彼はひたすらつぶやいた。
「何かあるはずだ」
 視線を巡らすように辺りから気配をたぐり寄せる。するとふと、妙な気の渦を感覚が捉えた。
 これか!
 瞼をあけても、集中が途切れることはなかった。ほんの小さなその渦は右方に存在している。
 滝はゆっくりと、それを目指して進んでいった。近づけば、その渦は大木の中にあることがわかる。何の変哲もない大木は、大地に深く根を下ろしているようだった。
「でもどうすればいいんだ?」
 ぼやきながら彼はその大木へと手を伸ばした。すると驚くことに、木の膚を擦り抜けて手のひらが吸い込まれていく。
「なっ!?」
 慌てて手を引っ込めれば、それは傷もなくちゃんと体に繋がっていた。どうやらこの大木が別の空間への入り口となってるらしい。心臓に悪い仕掛けだ。もっともその方が見つかりにくいのは確かだが。
 行くか。
 覚悟を決めると、彼は思いきってその中に飛び込んだ。いくら大木でも通れるかどうか不安だったが、難なく体はその間へと吸い込まれていく。
 体にかかる重力が、一瞬弱まったように感じられた。高いところから突き落とされたような感覚に、思わず鼓動が跳ねる。視界が黒に覆われて、下がどうなってるのか全くわからなかった。落ちているのか浮いているのか立っているのかすら判断できずに、何度も瞬きを繰り返す。
 しかし幸いにも徐々に視界が戻ってきた。真っ暗な空間の中、彼の立つ周囲だけが白に覆われている。まるでぽっかりと空いた穴のようだ。しかしよく見ればその穴は周りへと広がっているようだった。最初はゆっくりと、徐々に速度を増して黒い空間を飲み込むように広がっていく。
 そして気づいた時には、視界にあるもの全てが白い空間となっていた。
 けれども彼を驚かしたのはそのことではなかった。
「どうなって、るんだ?」
 呆然と彼は見渡す。白い空間の中には黒い影がぽつぽつと存在していた。顔までは見えないが、人間だと言うことはわかる。いや、その『気』から彼らの仲間であることは明らかだった。
「どうなってるんだ?」
 もう一度彼はつぶやいた。皆も同じなのか、身じろぎ一つせずにその場に立ちつくしている。
 皆。
 そう、おそらく神技隊全員の姿がそこにはあるようだった。停止しそうになる思考を無理矢理働かせて、滝はとにかく歩き出す。
「滝、よね……?」
 声がかかったので振り返れば、そこにはレンカが立っていた。おそるおそる放った声は、白い空間の中でかすかに反響している。
「ああ、そうだ。みんな、いるのか? 一体どうなってるんだ?」
 彼女に尋ねても仕方ないとは思いつつ、問いかけずにはいられなかった。彼女は首を傾げながら、辺りを見回す。彼もそれにならって視線を巡らしてみた。そこで一人の少女を発見し、目を見開く。
 そうだ、梅花が倒れているんだ。
 あまりのことに動揺していて、そのことがすっかり念頭から抜けていた。目を凝らしてみれば、梅花の傍には青葉とリンがついている。どうやら梅花は気を失っているようだが、青葉に慌てた様子がないところを見ると命に別状はないのだろう。
 よかった。
 滝は大きく息を吐き出した。先に行けと言われたものの、やはり心苦しかったのだ。彼女が助かったとなればあとは武器の問題に専念できる。
 そう、残る問題は武器だ。
 彼は再び辺りを見回した。頂上にたどり着くことでこの空間に入ってきたのだから、ここに武器はあるはずだった。だが真っ白な空間には神技隊の姿しかなく、武器らしきものは見あたらない。彼はまたもやラウジングを責めたい気分になった。
 神技隊らは皆、この事態にはついていけずに突っ立っている者がほとんどだ。おそらく突然周りが白い空間になったのだろう。だとすればそれも仕方ない反応だが。
「滝、あそこに」
 するとレンカが不意に声を上げた。振り向けば彼女はとある方向を指さしているのがわかる。まるで地平線の彼方にも見えるような前方の端、そこにかすかだが何か光る物が見えた。
「何かの気配があるの。人間……ではないみたい」
「武器か?」
「わからないわ」
「そうか、とにかく確かめに行ってこよう」
 気の察知能力はレンカの方がはるかに上だった。彼には光があることしかわからないが、彼女によれば気配があるらしい。
 確かめるしかないか。
 どのくらいの距離があるかはわからないが、滝はとりあえず走り始めた。レンカには残るよう目で合図して、一直線に光の方へと向かう。
 その彼の動きが、時を止めていた皆の時間を動かした。
 現状把握を諦めたのか、立ちつくしていた者たちがのろのろと歩き始める。向かう先は梅花のもとか滝を追ってくるかのどちらかだが。
「滝さん。ひょっとしてあれって武器ですか?」
 そのうち追いかけた者の中で、最初に追いついてきたのはシンだった。彼は目を細めながら光を見据え、もっともな質問をぶつけてくる。
「ああ、たぶん。単なる光にしか見えないけどな」
 走りながら滝はうなずいた。近づけば近づく程光は強くなり、そこに何かがあるとわかっても形まで確認できない。しかも距離感がわからなかった。最初見た時は途方もなく遠い気がしたのに、走ってみれば恐ろしい早さで近づいている気がする。
 この白い空間のせいか?
 自問したが答えは無論わからなかった。徐々に光との距離が縮まってくる。この分なら案外早く辿り着けそうだと、彼は安堵した。
「滝さん、やっぱり武器です!」
 シンの嬉しそうな声が上がった。時間感覚さえおかしくなってるのではないかと思い始めた頃、ようやくその光は武器としての形を現し始めた。どれだけ眩しいのかと恐れていたが、目を灼く程ではない。
「確かに武器だが」
「すごい数ですね。ええと、全部剣でしょうか?」
 シンの言う通り、それらは全て剣に見えた。控えめに見ても、短い槍、もしくはバトンといったところだろう。
 よく考えてみれば、武器とは聞いていたが具体的に何かとは聞かされていなかった。それぞれ得意とする武器は違うし、そもそも武器を使わない者もいるというのに。
 神技隊は本来戦うための部隊ではない。いざというとき違法者をねじ伏せられるだけの実力はあるが、それでも皆が訓練を受けているとは限らなかった。技さえ扱えればそれだけで十分だからだ。
 今さらながら何故『上』が武器などと言い出したのか不思議になる。
 だがそんなことを考え込んでいるうちに、滝たちは武器の前へと辿り着いていた。否、それは武器と呼べるものではなかった。ただの金属にしか見えない棒が散在している。
「ええっと」
 シンは何を口にしようか迷っているようだった。滝も同じ気持ちだった。武器がこの短い棒とは予想だにしていない。
「おいおい、これが武器かあ?」
 そこへ追いついてきたダンが軽い調子で口を開いた。苦労して手に入ったのが短い棒では、いくら何でも悲しすぎる。
「どーれ、実力拝見」
 そうつぶやきながらダンは棒へと手を伸ばした。しかしそこで変化は起きた。しゃがみ込んだ彼がそれを持ち上げようと握った瞬間、白い光がそれを包み込む。
「うぇぇっ!?」
 間の抜けた悲鳴を上げながらダンは自分の手を見つめた。彼の手には、棒ではなくて剣が握られていた。柄だけが黒い細身の剣だ。声すら出せずに滝はその剣を凝視する。
「棒が、剣に」
「へ、変形? にしてもただ光っただけだよな?」
 シンとダンは訝しげに顔を見合わせた。これなら確かに武器だ。どうやって形を変えているのかはさっぱりわからないが、棒よりは安心できる。
 まさか他のもそうなのか?
 疑問に思った滝はその場に膝をつき、試しにと傍にあった棒を一つ手に取ってみた。すると案の定、その短い棒を白い光が瞬時に包み込む。
「こっちは、弓か」
 それは別の武器――今度は弓へと姿を変えていた。銀色の縁取りがされてある弓には、何やら紋様が刻み込まれている。棒によって何に変わるかは違うらしい。安堵した滝は細く息を吐き出した。
「ようやく、手に入れたようだな」
 すると不意に聞き覚えのある声が上方から響いた。慌てて背後を見れば、足音を立ててどこからかラウジングが降り立つ。
『ラウジング!?』
 名を呼ぶ声が重なった。どうやら追いついた者たちも加わったらしい。驚きと非難を交えた空気が辺りに広がっていった。皆ラウジングを見る目が険しくなっている。
「こんな時にやってくるなんて、一体今までどこにいたんですか?」
 追いついてきた者の一人、カエリがややきつい調子で尋ねた。だが滝にもその気持ちは理解できた。アースたちが現れたり謎の男がいたりと、予想外なことばかりだったのだ。
「わけのわからない獣の相手で私たち大変だったんですからね。途中で急に消えちゃったけど」
 続くカエリの言葉に、ラウジングは目を細めた。何かいいあぐねているようだ。珍しい深緑の髪が揺れて、服と擦れ合い音を立てる。
「いや、私も忙しいのだ。ちょっとした仕事をな」
 結局彼は適当な言葉を返し、カエリから視線をはずした。カエリは口を結んで彼をじっとにらみつけている。気からも怒りが滲み出ていた。ごまかされたのは明白だからそれも仕方あるまい。だがこのままでは話が進まないと、滝は意を決して口を開いた。
「ラウジング、話を続けてくれ。一応怪我人がいるからな」
 彼はそう言った。早くこの場を立ち去りたいという思いが強かったせいもある。あの謎の男がどうなったかも、レーナたちがどこへ行ったかも滝は知らない。あまり長く立ち話をすべきではないように思えた。
「そうか。では武器の説明をしよう」
 すると追及されないことに安堵したのか肩の力を抜き、ラウジングは一番手前にあった棒を手に取った。それは一瞬光った後、棒から槍へと姿を変える。槍もあるようだ。一体何種類あるのかと滝は頭の隅で考える。
「今のを見てもわかると思うが、この武器は通常短い棒の形をとっている。それが、手に取る――つまり精神を感じた瞬間それぞれの形に変わる」
 なるほど、変化は精神によるものらしい。ラウジングの説明に滝は納得した。となると何かで包めば安全に運べるわけだ。相槌を打ちながら滝は転がった棒へと目を移す。
「昔はもっとあったらしいが、今では三十程だ。どうやら破壊されたらしい。だがお前たち分くらいはあるだろう」
 続けて放たれたラウジングの言葉に、滝は内心で苦笑した。昔とはいつのことだと聞き返したかったが、それは胸にしまっておいた。あまり聞きたくない数字が飛び出してきそうだ。それに話がややこしくなるとさらに長引いてしまう。今はとりあえず早急にここを去るべきだ。
「そうそう、この空間のことだが、実はこの白い空間が元々の空間なのだ。今までお前たちがいた森のようなところは全て結界の中で、それらが複雑に組み合わさっている。誰がそんなやっかいなことをしたかは知らないがな」
 そこで付け足すようにラウジングが言った。なるほど、どうりで道の途中に結界が張ってあったり、気が感じられなかったり、距離感覚がおかしかったりしたのだ。 たぶん、誰かが中心である本物の空間に入ることで、それら全ての技が解かれるようになっていたのだろう。何とも面倒な仕掛けだ。それほどこの武器を守りたかったのかと疑問になる。そのわりにはレーナたちに侵入されていたが。
「それでは元の世界に戻るぞ。来たときとは別の場所に着くが、人通りはないはずだ」
 すると今まで通り、一方的に言い放つ形でラウジングが告げた。それ以上説明する気はないようだと判断して、滝は口の端をあげる。『上』とはいつもこうなのだ。肝心なところを説明せずに、有耶無耶にしてしまう。言いたいことだけしか言わないのだ。
「ああ、わかった。親切なのか親切じゃないのか」
 投げやりな気持ちで彼はうなずいたが、しかしそれが事態をさらに悪化させた。ラウジングは首を縦に振ると、右腕を軽く上へと掲げる。
「じゃあ行くぞ」
「って、おいっ! 待てよ! 聞こえてない奴らは知らない――」
 慌てて制止しようとしたが、その言葉は間に合わなかった。ラウジングの右手が輝き、同時に体が自身のものとしての感覚を失っていく。
 白い空間が徐々に黒ずんでいくように見えた。
 諦めて、彼は瞼を閉じた。

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