white minds

第四章 青き武人ぶじん-1

「よし! 今日もいい天気だ!」
 五月も半ばとなり、青々とした空が広がっていた。満面の笑みを浮かべながら天を仰ぐサイゾウを、梅花はちらりと見る。風も心地よく、揺れる木の葉のささやきが耳に優しかった。もうすぐこの公園にもたくさんの人々が訪れるだろう。今日の商売は問題なさそうだ。
「だってよ、梅花」
「そう……よかったわね」
 梅花は客用にと出した椅子の一つに腰掛けていた。本当はその傍にあるテーブルを拭こうと思ったのだが、青葉に止められてしまった。そして半強制的に座らせられたのだ。
 もう大丈夫なのに。
 何度ももれそうになるその言葉を彼女は飲み込む。正体不明の人物――いや、人かどうかもわからないが――である『ラビゥエダ』にやられた傷は、もうほとんど完治していた。それなのに青葉はまだ休めといつも口うるさく言ってくる。正直彼女はそろそろ動きたかった。彼ら四人ではどうも心許ないのだ。
「でもなあ、あれからたったの三日しかたってないのに。お前の自然治癒能力って、馬鹿にならないよな」
「違うわ、ジュリの腕前がすごいのよ」
 青葉はテーブルを拭きながら半ばあきれ顔でそう言ったが、梅花はすぐにさらりと言い返した。彼の顔がさらに曇るのが、気配でわかる。だが彼女はそれをあえて無視した。
「でも、これでようやく仕事ができるわね。歩き回らなければいいんでしょう?」
 そして努めて明るい声音でそう口にした。彼女が動けない間は四人で頑張るしかないのだが、しかしその様がどうにも頼りにならないのが情けない。もう二十歳を超える大人なのだからもう少しちゃんとしていてもいいはずなのだが。
「何言ってんだ! お前はもう少し休んでろ、これをいい機会に」
 すると案の定、白いテーブルに手をついて青葉が身を乗り出してきた。まだ休ませたいらしい。その理由がわからず梅花は顔をしかめたが、不幸にも背後から同意の声が降りかかってくる。
「そうでぇーす! 梅花はいつも働きすぎでぇーす!」
 頭だけで振り返れば、食材を抱え込んだアサキがたたずんでいた。話を聞いていたらしい。梅花はため息をつくと、右手を軽く挙げてひらひらとさせた。降参の合図だ。二人にそう言われれば逆らえるわけがない。少なくとも上手い言い訳が見つからなければ無理な話だろう。
「はいはい、わかりました。休んでればいいんでしょう」
 彼女は首をすぼめた。この程度なら全然問題のに、大丈夫なのに。そう独りごちたくなるが、口には出さずに仕方なくおとなしくしている。すると満足したのか青葉はテーブル拭きを再開し、アサキは食材を仕舞いに車の中へと入っていった。彼女は小さくため息をつく。
 もしもここがあの宮殿ならば、即、仕事に駆り出されていたのだろう。怪我が治って動けるようになれば十分なのだ。
 でもあそこが特別なのよね、何もかも。
 胸中でつぶやけば苦い笑みが浮かんだ。何もかもがあの宮殿とその外では違う。頭ではわかっていても、実際こういう場面に直面すると戸惑ってしまう。自分はあの宮殿の中の人間なのだと思い知らされてしまう。
 そうだ、宮殿と言えば、『上』はこれからどうするつもりなのだろう?
 彼女はふとテーブルへと視線を落とした。
 ラビゥエダという謎の男、それにレーナたち。予想を超える事態が進んでいる気がする。それにオリジナルと呼ばれる自分たちをどうするのかも疑問だ。彼女たちと自分たちにはどのような関係があるのだろうか。
 話によると、イレイは自分たちを殺してはいけないと言われていたらしい。それもレーナに、だ。いつもそう、彼女だけがまるで何かを知っているような振る舞いをする。
 ふっと、梅花は口元をゆるめた。
 よくよく考えてみると、彼ら四人とレーナには何か違いがあるように思われる。その間に決定的な線が引かれているのだ。そう、自分と青葉たちのように。
「ん?」
 だがそこで視線に気がつき、梅花は顔を上げた。布巾を手にした青葉が、心配そうな瞳で彼女を見つめている。
「どうかした?」
「それはこっちの台詞だ。梅花、本当に大丈夫か?」
 どうやら俯きながら考え込んだのがまずかったらしい。具合でも悪いと思ったのだろうか? 何にしろ心配かけたことは確かだった。いつも一人でいたから心配されることなどなかったが、普通はそうなのだろう。梅花はゆるゆると首を横に振るとかすかに微笑んだ。
「ええ、大丈夫よ」
 これくらいは、という言葉を彼女は飲み込んだ。今はそれも、言ってはいけない気がした。



 座卓に向かいながら、リンはコップの縁を指でなぞった。違法者の情報がない時は暇だ。家事をこなして気の気配を探るくらいしか仕事はない。だから時折ぼんやりと考え事をしてしまう。
「ねえ、シン」
 リン座卓の木の目を見つめながら呼びかけた。コップを手にしていたシンが、それを一気に飲み干すのが視界の端に映る。
「何だ?」
「前から気になってたんだけど、ストロング先輩って普段何してるんだと思う?」
「は? ……そう言われてみれば」
 彼女の問いかけに、彼は黙り込んだ。考えているようだ。
 ストロング以外の神技隊ならばすぐに思い出すことができる。
 フライングは――実は賭事で稼いでいるらしい。どうやってだかわからないが、この世界にやってきた初日に宝くじを当てたという話だ。それで五、六年は優に暮らせるようだ。ヒメワの運がいいんだよな、とラフトは言っていた。だから彼らは普段、適当なバイトと気ままな違法者探ししかしていない。
「オレたちはローラインやサツバたちが稼いでくれてるだろ?」
 スピリットでは北斗、サツバ、ローラインが生活費を稼ぎ、シンとリンは『本職』をすることになっている。色々な方法を試した結果、その方が効率がいいと結論が出たからだ。
「うん。で、シークレットは例のワゴン車だか何だかで、走り回りながらお仕事でしょ?」
 彼らは特別任務のため、上から『特別車』を用意されている。それが彼らの住みかであり、仕事のための道具ともなっている。彼らの仕事は一定の場所では行えないらしい。だから普段から走り回りながらあちこちの公園を渡っている。
「そして、最後にピークスがお屋敷か」
 幸運なピークスは山田家で住み込みの仕事をしている。時間に融通が利くらしく、違法者探しにも今のところ困っていないようだ。悩みはないのかとジュリに聞いたところ、コブシさんたち三人が隊長信者で悩んでるんです、というわけのわからない答えが返ってきた。
「ね、ストロング先輩はわからないでしょ?」
 リンは確認するように言った。シンはうなずき、コップを座卓にそっと置く。
「確かにな。大体、上はもう諦めたらしいけど最初は逃げ回ってたんだろ?」
「そうそう、逃げ回ってるなら定住できるわけないしね。じゃあどうやって稼いでいたのか気になるし」
 ストロングはいつも唐突に、どこからともなく現れる。よくよく考えてみると不思議な先輩だった。謎はこんな身近にも存在していたのだ。
「まあ、今度聞いてみればいいんじゃないか?」
「はぐらかされないといいんだけど」
 二人は顔を見合わせて苦笑した。その可能性が高いという予感が、何故だかあった。
 だが聞かないよりは聞いてみた方がいいだろう。少しでも可能性があるなら、一つでも疑問を減らすことができるならやってみた方がいい。
「一応協力しあってるんだからねえ」
 しかしそうつぶやくリンの声は、どことなく弱々しかった。

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