white minds

第四章 青き武人ぶじん-2

「いらっしゃいませー」
「何にしまぁーすか?」
 サイゾウとアサキは口々に笑顔で声をかけた。青い空の下車から顔を出せば、カウンターの前では小さな女の子が眉根を寄せながら口を尖らせている。髪を両脇で結んだひょろりとした子どもだ。
「ええーっとね、ソフトクリーム! バニラのっ」
 だがその表情も長くは続かなかった。ようやく決心したのかメニューから顔を上げ、声を上げながら笑顔で相槌を打つ。まだ小学校に入ったばかりというところか。親らしき女性がやや離れたベンチで、赤ん坊を抱えているのがちらりと見える。
「青葉ー、バニラソフトクリーム一つ」
「おー」
 サイゾウが車の奥へ向かって叫ぶと、気のないかけ声が返ってきた。本当にわかっているのかと聞き返したくなるが、客がいるので我慢だ。仕方なくちらりと奥の方を見るだけにする。彼が接客をやるのは珍しいことだった。普段は青葉ががやっているのだが、その当人が最近は裏方がいい、と主張するので仕方なく代理しているのだ。
「ったくなんだよ。いきなり接客任せたくせに、このやる気のなさは」
 少女に聞こえないように愚痴をもらすと、サイゾウは額にしわを寄せた。彼も実は元々接客係だった。しかし以前、そっちのかっこいいお兄ちゃんがいいと小さな女の子に拒絶されてからは、断固としてやろうとしなかったのである。それきり青葉に任せきりだ。その相棒はアサキだったり梅花だったりして、簡単に言えば見た目重視である。
「仕方ないでぇーす。青葉は今、少しでも梅花の傍にいたいんでぇーす」
 彼のぼやきを聞いていたのか、アサキが苦笑しながらそう言った。見た目こそ問題のないアサキだが、喋り方は独特である。もっとも子ども相手の場合は面白がって人気が出たりするのだが。
「だーっ、そんなのわかってるって! そういう時の青葉って、むっちゃくちゃ恐いんだ。逆らえねえよ」
 最初は小声だったはずだが、だんだんサイゾウの口調は荒々しくなっていった。はっと気づけば前にいる少女が小首を傾げている。彼はへらへらと取り繕った笑みを浮かべると、背後に立つ気配に気づいて振り返った。
「客の前で何文句言ってんだよ」
 気配の主は青葉だった。目を据わらせた彼からソフトクリームを受け取り、サイゾウは少女の方へと向く。そして笑顔で渡しながらお金を受け取れば、お仕事完了だ。機嫌の悪い青葉の傍に近寄らせるわけにはいかない。手を振りながら、その背中が小さくなるのをサイゾウは黙って見送った。
「何でもないでぇーす。青葉、ようはどこですかぁー?」
 けれども幸いなことに、彼が何か言う前にアサキが話を逸らそうと口を開いた。こんな時には気の利くアサキが神様のように思えてくる。
「ああ、ようなら買い出し。たぶんもうすぐ帰ってくると思う」
「そうですかぁー、わぁーかりました」
 青葉の返答に、アサキは微笑んでうなずいた。
 ようは大抵買い出し係である。彼の食べ物に対する目は誰よりも鋭い。値段の上限を決めてさえやれば、その中で上等な物を買って帰ってくるのだ。接客も料理も苦手だったが、それにかけては誰にも負けない。
「梅花の方は?」
 だが気を許したサイゾウはその名を口にしてしまった。口にしてしまってから、しまったと気づき焦った。つい無意識に尋ねてしまったのだが、今は禁句だった。案の定顔をしかめた青葉は、素っ気なく返事をする。
「あー、いつも通りだ」
 つまり、無表情で淡々としていてつれないというわけだ。青葉がそれ以上何も言わないのをいいことに、サイゾウは彼から視線を外して肩をすくめる。
 梅花は最近外を見ながら何か考え事をしているようだった。働けないとなると、することがなくて退屈なのだろう。怪我の調子ももう良くなり、痛みはないらしかった。もっとも怪我したその数時間後には痛みなど感じていないような無表情だったのだが。
 本当、何考えてるかわからないんだよ。
 サイゾウは胸中で毒づく。
 彼女は一人でいるのを好んだ。いくら青葉が話しかけても、他人と関わるのは面倒だとでも言いたげに素っ気ない返事をした。人との関わり方を知らないんじゃないのかと思うくらいだ。だから彼女が普段何を思っているのかはさっぱりわからない。
 それでもいつもなら仕事という理由があるからそれなりに会話は成立する。つまり青葉もそれなりに満足し、よってサイゾウがその不機嫌の被害を受けることもない。だが怪我をしていてはそうもいかなかった。露骨に煙たがられては、青葉が腹を立てるのも仕方のないことだ。もっとも、彼女をかまおうとする彼の気持ちはさっぱりわからなかったが。
「おーまた客来そうだな」
 しかしそんなとりとめのない思考を近づいてくる足音が打ち消した。サイゾウは嬉しげに声を上げ、軽く口の端を上げる。
「今日は調子いいでぇーす」
 同調し喜ぶアサキの純粋な言葉が、耳に心地よかった。



 そこに、男は悠然と立っていた。海のような深い青色の髪の男が、一人静かにただたたずんでいる。
 断崖絶壁。
 その上に立つ彼の姿には、一種の威厳のようなものがあった。遠く、遥か遠くの空。いや、遙か彼方の宇宙を見つめているようだ。風に揺れる青い髪が空に溶け込んでいく。
「さあ、行くか……」
 聞き取れないほど小さな声で、男はつぶやいた。
 声はすぐに荒い波に飲み込まれる。激しい鼓動のように渦巻く海の音が、辺りを埋め尽くしていた。
 しかし、彼はそんなことには意に介した様子もなく目を細めた。しぶきを振り払うこともせず、薄い唇がゆっくりと動く。
 待っていろ。
 言葉にはならなかったが、唇の動きからそう読みとれた。
 一段と強い風が吹く。それと同時に、彼は大きな一歩を踏み出した。
 その大きな空に向かって、ただ、強く。

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