white minds

第四章 青き武人ぶじん-6

 謎の男に襲われたその日の夕方、神技隊はシークレットの特別車の前に集まっていた。
 あまり目立たないよう、車は林の傍に置いてある。もっとも雨が降りそうな雲行きになったためか、通り過ぎる人がいても皆足早だった。それでも神技隊全員でないとはいえかなりの人数なので、時折一瞥されるのは仕方なかったが。
「梅花遅いなあ」
 苛立った声でつぶやくラフトを、シンは見やった。梅花が戻ってくるだろう時間を見計らって集まったのだが、彼女はまだ帰ってきていなかった。その時間を利用して、事情を知らなかったフライングに今し方状況を説明したところだ。だが半信半疑なためか気乗りしないらしい。顔にはその場に座り込みたいとでも書いてあるようだ。
「行って戻ってくるんだから、時間かかりますよ。しかも妙な報告しに行かなきゃならないんですし」
 そんな彼をなだめるように、リンが手をひらひらとさせた。快活な彼女の言葉はその場を明るくする力がある。それだけで気怠かった空気が瞬く間に暖かくなった。不思議な力だとシンはいつも思っている。
「妙な報告、そうだよなあ。変な青い男が襲ってきたっていうんだろう? 普通信じられないよな。しかも無世界でだし」
 ラフトは何度も首を縦に振った。
 確かに、聞いただけでは信じがたいことだった。シンもそれには賛同する。ただ彼自身はこの目ではっきり見たから疑いようがないわけだ。あの妙な男は確かに無世界に存在していた。
「あいつ強かったしなあ。大体滝にい、何で剣で戦わなかったんだよ」
 するとやや声を尖らせた青葉が、後方にいる滝へとそう問いかけた。不機嫌なのは梅花の帰りが遅いためだろう。昔からだがわかりやすい態度だ。わかりやすすぎて心配になるくらいだと、シンはひそかに口角を上げる。
「使いたかったさ。でも武器がやってくる前に攻撃されたんだから仕方ないだろ。あんな金属の多い狭いところで雷系なんて危険だしな」
 皆にあわせて視線を後ろへやれば、車に寄りかかりながら滝は苦笑していた。滝の剣の腕前はシンもわかっている。少なくとも彼の知る中で剣で滝に勝てる者は誰もいなかった。もちろん青葉やシンだって滝には敵わない。技使いとしては滝の強さは相当上位なのだ。
 なのにあの謎の男に負けたのは、単純に言えば得意な武器が手にできなかったからだ。そう、すぐに武器が取れないこと。また狭い場所では戦闘方法に限りがあることが問題だった。
 技使いは普通一つか二つ得意な技の系統を持っているが、それがその場に適した系統であるとは限らない。滝の雷系は少なくとも町中には向かなかった。神魔世界では気にせず使っていたものも、無世界では危険なのである。
 かといってそれ以外の系統を実戦で使うのは、これまた問題があった。全く使えないわけではないがそれなりに集中力がいる。戦闘中気を散らすことなどできないから、やはり得意な系統の技でなければ駄目なのだ。
「あ、梅花が戻ってきたよ!」
 するとそれまで黙っていたようが、突然嬉しそうに声を上げた。彼の指さす方を見ると、無表情な梅花が小走りしてくるのが見える。
「梅花!」
 青葉がその名を呼んだ。先ほどの苛立ちがまるで嘘のような声音だ。思わず笑いそうになるのをシンは堪え、口元を抑えた。後で知られたら青葉に何を言われるかわからない。けれども青葉の意識は既に梅花へと向いていて、気づかれてはいないようだった。
「すいません、お待たせしまして」
 しかし青葉を一瞥しただけで、梅花はすぐにそう告げた。無視された格好となった彼は眉根を寄せる。一転して不機嫌モードだ。
「気にしない気にしない。で、梅花、上は何て言ってたの?」
 また険悪ムードかと気構えた時、リンの率直な言葉がその場を瞬時に真剣な空気へと変えた。考えてやってるのか何も考えずにやっているのか。だがどっちにしろこの場ではありがたかった。文句を言うタイミングを逃した青葉は、口をもごもごとさせている。
「神技隊に任せる、ということでした。つまり好きにしろってことらしいです」
 梅花はそう言いながら肩をすくめた。
 その意味を飲み込むのには、時間を要した。皆も同じだったのだろう、辺りが一瞬静まりかえった。それから驚きの息がもれて、毒舌やらぼやきやらが放たれ始める。
「そ、それって放置ってことよね」
「みたいなものですね。まあ無茶苦茶な命令受けるよりはましですけど」
 けれども梅花はいたって冷静だった。リンの問いかけにも無表情のままうなずいている。彼女が動揺することなどあるのかと、シンは疑いたくなった。一度くらいはあった気もするが記憶の彼方だ。彼女はさらに言葉を続ける。
「少なくとも今日は現れないと思うので、今のうちに対策を練りたいんですけどね」
「え、今日は現れない? あの男が?」
 そこで尋ねるリンに、梅花はもう一度首を縦に振った。迷いのない肯定だった。彼女は指先を頬に当てると、言葉を選んでいるのか小さくうなる。
「何か気になるものに動きがあった、みたいな感じの逃げ方だったので」
 彼女は付け加えるようそう説明した。が、リンはまだ目を丸くしていた。シンも同じような気分だった。あの唐突な去り方からはそんな風には読みとれなかった。拍子抜けしただけだ。あまりに突然のことで、一瞬何が起こったのかわからなかったぐらいなのだから。
「本当にそんな感じだった?」
「私はその時真正面でしたからね。彼、一瞬空を一瞥したんです。それが何かを感じ取った時の様子に似ていましたから」
 リンが首を傾げると、再びうなずいて梅花は口を開いた。なるほどとシンは相槌を打った。確かに彼女と向き合った時、あの青い髪の男は一瞬立ち止まった。その時のことを言っているのだろう。シンからはその様は見えなかったが、目の前にいたのなら気づいてもおかしくない。
 しかし、そんな些細なところから推測するとはさすがとも言えた。シンがその立場でも、わけのわからないまま立ちつくすだけだったはずだ。
「じゃあ今のうちに特訓ね!」
 そこで唐突に、リンは手を叩いた。
 特訓。
 予想もしなかった単語が飛び出し、周囲の視線が一気に彼女に集まった。あの戦いを見ていた者なら彼女の言わんとすることがわかるが、いなかった者には意味不明だろう。ちらりと見てみれば、ラフトなどはぽかんと口を開けている。状況についていけていないようだ。梅花がその様を一瞥する。
「特訓ですか?」
「狭い場所でいかに連係を取るか、その特訓。梅花や青葉はいいかもしれないけど、私たちあんな状況じゃ手も足も出ないでしょう? 次いつ来るかわからないんだから、今のうちに考えなくちゃ」
 聞き返されたリンは名案とでも言いたげに笑顔を浮かべた。彼女の言葉に何人かは首を縦に振っている。ラフトたちもようやく特訓の理由を飲み込んだのか、瞳に理解の色が宿った。
「それは重要かもな」
 後ろにいた滝もそう口を挟んだ。
 これでもう特訓は決定事項のようなものだ。彼が動き出せばまずほとんど話は決まる。それが今の神技隊の流れとなっていた。
 滝さんとリンがいれば、まず話がまとまらないってことはないな。梅花が加勢すれば怖いものなしだし。
 心中でシンはつぶやいた。やはりどこにでもまとめるのが得意な者というのはいるのだ。特に滝は小さい頃からヤマトの若長として行動していたから、身に染みついているのだろう。こんな人数、しかも主張の激しい者たちをまとめるのは大変なはずだ。おそらく他の者には無理だ。
「特訓はいいんですが、もうこんな時間ですからね。仕事とかありますから、全員でってわけにもいきませんし」
 しかしそこで梅花は言葉を濁した。滝も相槌を打つ。
 また一つ加えるとすれば実は場所もなかった。結界を張るという手はもちろんあるのだが、そのための場所も結局は必要なのだ。
「まずは時間の確保だな。さすがに夜中というわけにはいかないから、明日の早朝がいいだろう。というより、連係だなんてそうすぐにできるものなのか?」
 すると滝は根本的なことを口にした。確かに、青葉たちのように簡単に連係ができるものとは思えない。動きの癖を読みとるなど早々できるものではないのだ。時間をかけたってできるかどうか怪しい。
 シンは青葉と梅花を見た。考えてみれば、何故この二人が連係取れてるのか疑問だった。おそらく二人が会ったのはシークレットに選ばれてからだろうし、ともに戦う機会があったとは思えない。
 同じことを考えたのか、皆の視線も二人に集まっていた。それに気づいたのか、自分を指さしながら青葉は首を傾げる。
「え? オレ? 何でオレに聞くんすか」
「お前たち連係できてただろう。前にそんな機会あったのか?」
 慌てる青葉へ、滝は率直に尋ねた。だが青葉は驚いた顔でぶんぶんと首を横に振るばかりだ。
「もちろんそんな機会なんてありませんよ。青葉がちゃんと戦ってるの見たの、私初めてですから」
 すると慌てる彼の代わりに答えたのは梅花だった。場の空気がひんやりとしたものが混じり始める。
 見たのすら初めて。
 その事実は皆を打ちのめすには十分な力を持っていた。誰も何も口にできない状況の中で、驚いたリンが勢いよく彼女の肩を掴み揺さぶる。
「ちょっと嘘でしょう!? だって初めてであんなにうまくいくわけないじゃないのっ」
「嘘じゃないですよ。ああ、でも私青葉の戦法の特徴は覚えてましたから、それを頭の隅には置いておきましたね」
 リンに揺さぶられながらも梅花は淡々とそう答えた。若干気持ち悪そうなのは気のせいではないだろう。顔をしかめた青葉がそんな二人を見つめている。
「戦法の特徴って、そんなのどこで覚えたの?」
 梅花を解放し、リンは息を整えながら再度そう尋ねた。相変わらずリンはすごい。この状況で次々と尋ねられる度胸や強さをシンも見習いたかった。もっとも強引さはもう少し抑えてもよいと思うのだが。
 首の後ろを押さえながら梅花はちらりと青葉の方を見る。
「そういえば言ってませんでしたね。私はジナル族出身で、宮殿にいた頃に他世界戦局専門長官の補佐みたいなことやっていたんです。そこには一応詳しい資料とかありましたから、実は先輩たちのこともそれなりに知ってます」
 梅花の説明でさらに周囲に動揺が走った。自分たちのことが知られている、という衝撃もある。だがもう一つ予想外なことがあった。
 自分たちについての資料が存在するという事実だ。彼女の言い方ではそこに戦法の特徴なども載っているらしい。だがそんな話は今まで聞いたこともなかった。いつどこで情報を集めていたかも全くわからない。
「資料って、そんなものがあるのか?」
 シンは思わず尋ねた。梅花は彼の方を振り返り、こくりと小さくうなずく。
「はい。それぞれの族の長に当たる人が、二年に一度資料を出してきます。神技隊を招集するようになってからの義務ですね。だから昔のはありません」
「あーなるほどねえ」
 間髪入れずにリンが首を縦に振った。シンは心の中だけでなるほどとつぶやく。
 考えてみれば、そういったものがなければ神技隊の人員を選ぶこともできないはずだ。思い返せば長が修行の様子を見ていたことは何度もあった。よくわからない試験と称して度々戦わせられことも、実はこのためだったのだろう。
「でも特徴がわかるからって普通合わせられるものなの? 梅花がすごいだけじゃない? もしかして、誰とでもコンビく組めたりして」
 リンは苦笑しながら梅花の頭を軽く撫でた。予想外の行動だったのか、梅花はきょとりとして小首を傾げる。
「そういうわけにはいかないと思いますが。少なくとも、青葉とは少しはうまくいきましたけど」
 困惑しながらも答えた梅花は、やんわりとした動作でリンの手をのけた。今度はリンが首を傾げる。だがすぐに気を取り直したのか、ぽんと手を軽く叩いた。
「あれだけできたら十分よ。ひょっとして他の人の特徴も覚えてたりするの? それわかると、私たちも連係しやすいんじゃないかしら」
 リンはさらりと言ったが、もし全員分の資料を覚えてるなら驚きだ。けれども信じがたいことに、梅花は何事もないような顔で首を縦に振った。シンは息を呑んで梅花を凝視する。
「ええ、まあ。じゃあそれを目安に何とか考えてみましょうか。少なくとも何もしないよりはましだと思います」
 まるで当たり前といった風の声音。彼女の記憶力は尋常じゃないのだろうか? だが今疑問を口にしても話を混乱させるだけだ。リンもそう思ったのかは知らないが、嬉しげに拳を胸元で握っていた。
「そうそう! 何もしないと不安だけが膨らんじゃうからね」
 話はとりあえずまとまりそうだった。努力しないよりはいい、の精神で特訓が始まるようだ。しばらくあの謎の男が現れないならば、その間に何とかなるかもしれない。
「じゃあ明日の早朝に集まれる奴らで特訓、ってことでいいんだな」
 滝の言葉に、皆はうなずいた。少しだけだが、希望が見えてきた気がする。
 たぶん、早朝って相当早いと思うけど。サツバたちには悪いけど、今日は早く寝た方がいいな。
 シンは胸中でこっそりつぶやいた。
 話し合いは、それからしばらくの間続いた。

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