white minds

第四章 青き武人ぶじん-7

 日が昇る頃、神技隊の一部は集まっていた。昨日と同じくシークレットの特別車の前だが、早朝のためか人通りはまだほとんどない。
 澄んだ空気は清々しく、風も緩やかで心地よかった。散歩には絶好の日だろう。もっとも特訓に適しているかどうかは定かではなかったが。
「結局昨日の話の通り、来たのはこれだけか」
 そうつぶやく滝へ、シンは苦笑を向けた。集まったのはストロングとシークレットの五人、そしてシンとリンだけだ。半分程といったところか。それでもこんな公園では目立つ集団とはなるのだが。
「仕方ないっすよ滝にい、普通は仕事あるんすから」
「朝早くからピークスは忙しそうですもんねえ。住み込みでの働きでしたっけ」
 すると滝の言葉にすぐさま青葉とリンがそう続けた。日頃何しているのかよくわからないストロングはともかく、皆それなりに忙しいのだ。シークレットは一日くらい休んでも食事が貧しくなるだけらしいが、職に就いている者はそうもいかない。だから北斗もサツバもローラインも来られなかった。ただフライングが来られない理由はよくわからなかったが。
「じゃあ仕方ないか。早速特訓――といきたいところだが」
「場所っすね」
「そうだな」
 滝の一声に、青葉がまた口を挟んだ。昔の調子に戻りつつあるなと、シンはぼんやりと思う。青葉の気安さが原因だろう。まるで離れていた時間などなかったかのようだ。ほっとすると同時に羨ましくも感じた。いつもそうだ、二人をただ彼は少し離れたところから眺めていることが多い。
「ここで皆さんに技を披露するわけにもいかないしなあ」
 そこで笑顔を絶やさず、いつものからかい口調でダンが肩をすくめた。今はまだ人通りはないが、もうそろそろすれば早朝ランニングで誰かが来る可能性もある。さらに時間が経てば通勤通学の人々も現れるだろう。
「やっぱり結界っていうことになりますよね」
 するとそれまで黙っていた梅花が口を開いた。話が進まないとでも思ったのだろうか。黒い瞳からは感情は読みとれないが、何かを危惧する気配が見え隠れしているようにシンには思えた。
「そうだな。まあ人数の関係もあるし、結界についてはミツバに頼もうと思う」
 滝はそう言いながら後ろにいるミツバへと視線をやった。人数の関係とは、奇数だからという意味だろうか? ミツバを見やれば、皆の視線を受けた彼は任せてと言わんばかりに拳を上げている。彼はどうやら結界などの補助系が得意らしい。
「それじゃあ残る問題は誰と組むか、ってことですね」
 そこで意気揚々とリンが声を上げた。何故そんなに嬉しそうなのかと疑問になるが、シンはあえて黙っておく。こういう時口を挟むべきではないという直感があった。彼女の機嫌を損ねると後々大変だ。
「同じ神技隊の方がいいっすよね」
「そうでぇーす。一緒にあいつと出くわす確立も高いでぇーす」
 青葉とアサキは口々にそう提案した。彼らの声まで嬉しげに聞こえるのは、気のせいだろうか。滝は二人を見てうなずきながら、シンたちの方へと振り返る。
「じゃあシンたちは」
「ああ、オレたちは自動ですね」
 シンはうなずいた。ちらりとリンの方を見れば朗らかに微笑んで軽く手を挙げている。嫌ではなさそうだと、正直シンはほっとした。微妙な顔をされたらさすがにショックだ。しばらく立ち直れないかもしれない。
「じゃあオレたちも決まったようなものだよな。滝とレンカは組で決まりだろう? じゃあ俺とミツバとホシワがセットで終わりじゃないか」
 するとダンがにやけながら声を張り上げた。実際、結界担当のミツバはあまり特訓に参加できないので、特に問題もなさそうだ。だが滝もレンカもホシワもミツバも何も言わないところをみると、ひょっとしたら昨日のうちに決めてあったのかもしれない。
「残るは」
「シークレットだよなあ」
 そこで皆の視線が今度はシークレットに集まった。決まってるようなものなのだが、話が進まなくなる予感がある。それは経験による予感だった。こういう時、決まって青葉はとんでもないことを口走り始めるのだ。シンはつばを飲み込みながら話の行方を見守る。
「やっぱりこういうことは梅花に聞いた方が早いと思いまぁーす」
「そうそう、僕もそう思う。ねえねえ梅花、どうしたらいい?」
 けれどもすぐにアサキとようが梅花に意見を求めた。一応シークレットのリーダーではあるが、その役目は青葉には回ってこない。彼はやや不機嫌そうだった。梅花は困ったように小首を傾げると、ゆっくりと口を開く。
「そうね……たぶん青葉と私、それにサイゾウとアサキとようの二組に分けるしかないと思うんだけど」
 確かに、昨日の戦闘を思い出せばそれが適当だろう。シンは相槌を打った。しかし彼女の言葉には引っかかるところがあった。分けるしかない、というところだ。
「何で?」
 そして悲しいかな、眉をひそめたサイゾウがそう聞き返す。梅花は彼を一瞥すると即答した。
「青葉に合わせられるの、たぶん私だけだから」
 彼女の言葉を聞いた途端、シンはもう少しで吹き出すところだった。それを堪えるのに必死だった。ちらりと横を見れば、滝も同じような心境なのか笑いを堪えようと顔を背けている。
 そうだ、確かに青葉に合わせられる奴なんてそういない。小さい頃から予想外、いや、奇想天外な動きをする彼の相手をするのはなかなか骨が折れた。だがまだ戦う相手ならいい。それが仲間となれば、むしろそれは懐に爆弾を抱えたようなものだった。
 しかしシンははっとする。そんなことを言われて青葉が黙っているわけがない、と。
「そりゃどういう意味だっ!」
 案の定、険悪な目つきで青葉が怒鳴った。彼のにらみつけるその先には、顔色一つ変えない梅花がいる。
「自覚がないのが何よりの証拠だわ。特に戦いにおいては、相手に合わせる気が全くないもの」
 彼女は淡々と言った。もう少し言い方を考えてくれたらいいものの、これではますます青葉が憤慨するばかりだ。刺々しい空気を感じ取って、傍にいたようがおろおろし出す。
「困ぁーりましたねぇー。どぉーうしまぁーす?」
 アサキの困惑した声が辺りに染み渡った。
 梅花がもう少し優しく言ってくれれば、青葉がもう少し冷静になってくれれば。そうすれば事態はすんなりと収まるかもしれないのに。
 だがそう思ってももう遅い。むっとした青葉の機嫌を取るのは難しいし、正論を口にする梅花を止めるのもまた難題だった。シンは頭を抱えたい気分になる。
「それじゃあ、一回組んでみて試してみれば?」
 しかし、ようの何気ない提案がその空気を一変させた。青葉のポンと手を叩く音が、澄んだ空気の中よく響く。
「なるほど! よーし、やってやろうじゃねえの」
 気合いを入れる青葉の横顔をシンは見守った。真面目な特訓開始までは、もうしばらくかかりそうだった。



「くそーっ、もう一回!」
 膝をついたままで青葉は声を張り上げた。目の前には呆れ顔の梅花が立っているが、疲れた様子すら感じられない。
「また?」
 彼女は腕組みをしたまま眉をひそめ、小首を傾げた。その動きにあわせて後ろでまとめていた髪が軽く揺れる。それは妙に爽やかな印象だった。いや、可愛らしいと言うべきか。
「もういいでしょう? 時間もないんだし、先輩方はとっくに特訓始めてるんだから」
 梅花は淡々といいながら肩をすくめた。
 冷たい。とことん冷たいと青葉は思う。もう少し、ほんのもう少しでも優しく言ってくれれば気分も違うのに。そうすれば意地にも近いこの妙なわだかまりを消し去ることができるのに。
 だが現実は冷たく、この有様だった。寂しさとも憤りとも何とも言えない気持ちが渦巻き、青葉は小さく息を吐き出す。
「私はあなたと違ってそんなに体力ないんだから、長時間は持たないのよ」
 彼女はやや顔を歪めて組んでいた腕を解いた。
 結局青葉は他の三人とそれぞれ組んでみたものの、梅花チームに全敗していた。
 悔しくないと言えば嘘になる。彼は自分の実力には自身があった。彼女だって強いとわかってはいたが、負けるとは思ってもいなかった。それが全敗だなんて、信じがたい。けれども認めざるを得なかった。彼女の言葉が正しいと、証明されたようなものだ。
「そうでぇーす! あのときはあんなにうまくいってたんだから、その方がいいでぇーす!」
 すると背後からアサキの声が降りかかってきた。必死な声がやや哀れだ。
 いや、オレだって別にいいんだけどさ、って言うかその方がいいんだけどさ。
 俯きながら青葉はぶつぶつとつぶやいた。別に彼女と組むことに文句があるわけではない。ただ理由が気にくわないのだ。まるで仕方ないから組んだみたいな言い方が、胸に痛いのだ。痛くて仕方がないのだ。
「ようやく納得したか?」
 そこへ横から滝が顔を突っ込み、楽しそうに聞いてきた。こんなに楽しそうな彼は久しぶりに見る。だがそれが自分をからかってるからなのだから、青葉は苦い顔をするしかなかった。彼は青葉やシンのこととなると容赦ないのだ。みんなのリーダーとしての顔はそこにはない。幼い頃から知っている技使い滝としての顔だ。
「それじゃあ、始めましょう」
 けれども突然、声とともにするりと細い手が青葉の視界に滑り込んできた。ふと見上げれば梅花が手を差し伸べてきている。白くて細くて今にも折れそうな手が、目の前にあった。
 珍しい。
 背を向けてさっさと来いとでも言うのかと思っていたが、今日は別のようだった。その分嬉しさも増して、彼はすぐにその手を握る。
 小さくて華奢な手だった。これであの強さは反則だなと思うくらいだ。しかも温かい。このまま引き寄せたい衝動に駆られたが、彼はそれをぐっと堪えた。ここで彼女を怒らせたらまた振り出しに戻ってしまう。
「はぁーい、これで仲直りでぇーす!」
 やたらとうれしそうなアサキの声が響いた。今にも小躍りしそうな雰囲気だ。心配かけたのだろうと思うと、少し悪い気になってくる。青葉は音も立てずに立ち上がった。そしてあいた方の手で土埃を払う。
「じゃあ、二人は仲良くがんばってくださぁーい! サイゾウ、ミーたちも頑張りましょう!」
 手を振りながら遠ざかるアサキたちへ、青葉は視線をやった。その隣ではサイゾウとようがじゃれ合うように交戦している。準備運動といったところか。
「あれ?」
 だが気づけば手のひらから温かな感触が消えていた。空っぽになった手のひらへと彼は目を落とす。先ほどよりもずっと冷たく感じられるのは気のせいだろうか? 曲げたまま固まったような指先が妙に虚しく感じられた。
「さあ、始めましょう」
 背を向けて歩き出す彼女へ、彼は苦笑を向けた。遠ざかる足音が、ほんの少しだけ胸に痛かった。

◆前のページ◆  目次  ◆次のページ◆

このページにしおりを挟む