white minds

第六章 魔族-4

 何をするわけでもなく、しかしいても立ってもいられず、各々が気を揉み続けて約一時間。草原の向こうにようやく梅花の姿が見えた時、青葉は安堵の息をもらした。そのまま駆け寄りたい気分だったがそれは滝の咳払いで遮られる。青葉は彼を一瞥し、不満げに顔を曇らせた。
「滝にい」
「お前が行っても梅花が急ぐことになるだけだろう」
 だがもっともな言葉に青葉は黙り込んだ。彼女が無理をするたちなのは彼もよく知っている。倒れたという事実などまるでなかったかのように振る舞うのは目に見えていた。自分のことは気にかけない性格なのだ。
「すいません、遅くなりました」
 案の定、小走りで寄ってきた彼女は開口一番そう述べた。先ほどあった今にも消え入りそうな気配はもうない。無表情という仮面をつけた彼女からは、痛みも苦しみも感じることはできなかった。
「いや、それは別にいいんだが。大丈夫なのか?」
 何も言い出せない青葉の代わりにか、反応した滝がそう聞き返す。すると彼女はほんの少し首を傾げてからうなずいた。心外といった風な様子だ。
「ええ、大丈夫です。それより私に話があると聞いたのですが」
 自分のことは述べるつもりはないらしい。彼女の瞳からそのことを感じ取り、青葉は胸中でため息をついた。これだけ心配させておいてと愚痴りたくなる。もっとも他の仲間は異変について知りたくて仕方がないようだから、彼女の対応は正しいのだろうが。
「ああ、ちょっと気になること耳に挟んでな、それで青葉に行ってもらったんだ。あちこちの町で聞いたことなんだが、どうやら新たな神技隊が既に招集されてるらしい。しかも人数は五人を超えてるみたいなんだ。それで梅花なら何か知ってるんじゃないかと思って」
 滝は青葉を一瞥してからそう話題を切り出した。梅花は何度か相槌を打つと、今度は大きく首を縦に振る。束ねられた黒い髪の先が軽く揺れた。
「やっぱりそのことですか。私も宮殿でその話を耳にして、どうなってるのか問いただしてたところなんです。もっとも大した情報は得られませんでしたけどね」
 彼女は苦笑混じりにそう言うと他の仲間たちをぐるりと見回した。だが誰とも視線を合わせてはいない。もちろん青葉ともだ。
 やはり調子はよくないのだろうかと、青葉の中で不安が頭をもたげた。あの時の動揺を思い返せば、倒れる姿など二度と見たくない。寿命が縮まりそうだった。今にもその場から消えてしまいそうなくらい弱々しかったから。
「どうやら魔光弾の情報が入ると同時に急所選抜、招集されたようです。念のための部隊といったところでしょうか。上が主導なのでリュー長官も関与はしていないようです。聞くところによると部隊は三つあるようですが」
 だがそんな彼の心配など知らぬように、梅花は説明を続けた。部隊が三つ。彼は胸中で繰り返す。
 それだけ上は魔光弾を危険視しているということだろうか? 恐れているのだろうか? だがそんな者を相手に神技隊に何かできるのだろうか?
 疑問は尽きることなくわいてきた。いつだってそう、謎ばかり増えていて答えは得られないのだ。一つ得られたと思ったらまた別の問題が生じてくる。
「それと今日の夜のことですが」
 しかしすぐに梅花は話題を変えてきた。複雑そうな囁きが一瞬で止み、誰もがその続きへと耳を澄ます。
「どうやら上が用意してくれてるみたいです。基地……とでも言うんですかね。あまり広くはないようですが、しばらくはそこに滞在して欲しいということです」
 皆が落ち着いたのを確認して、何でもないことのように彼女はさらりと告げた。青葉は瞳を瞬かせ、それから妙な響きに違和感を覚えて首を傾げる。
「基地?」
「ええ、基地。そうラウジングさんは言ってたわ」
 端的に尋ねれば彼女は素っ気ない口調で答えてきた。それから背後を振り返ってその先を指さす。青葉はその方へと目を向けた。一面に広がる草原の中、煌びやかな宮殿がその存在を主張している。そのさらに向こうには山々がうっすらと、白い雲に隠れながらもそびえ立っていた。だがそれ以外は空ぐらいしか見えない。
「宮殿の横に、目を凝らせばわかるくらいの白い建物が見えるでしょう? あれがそうらしいの」
 言われた通りに彼は目を凝らしてみた。すると確かにそれらしい物が見えてくる。風に揺れる草から白っぽい屋根が顔を出し、日の光を反射していた。気づかなかったのは宮殿のせいだ。色といいどうしてもその一部のように思えてしまう。
「上も手際が良いな」
 そこで滝が感嘆のため息をもらした。その建物が実際どのくらいの規模なのか定かではないが、急遽作り上げたのだとしたら見事なものだ。準備が良すぎて怪しく思う程に。青葉が相槌を打つと梅花は苦笑した。
「ではとりあえず行きましょうか。話はまたそれからで」



 飛ぶか歩くか迷った彼らは、結局目立つからという理由で徒歩を選択した。実際はこの周囲に町はなく、一番近い建物と言えば宮殿くらいだ。だがそれでも誰の心にも魔光弾のことがあって、空を飛ぶという精神を消費する技を行使する気にはなれなかった。そのせいか足取りも重い。
 一時間程だろうか。ゆっくりと歩き続けた彼らがその基地は目にしたのは、風がやや冷たくなった頃だった。それは予想していたよりもずっと大きく、また妙な形の建物だった。優美な曲線を描く屋根に、ややくすんだ白い壁。直線が限りなく少ない建物だった。神魔世界はもちろん無世界でもあまり見かけない。もっとも内装まで変わっているかどうかはわからなかったが。
「ここが」
「ええ、基地と呼ばれてるものですね」
 誰もが尻込みする中、梅花が率先して入り口へと近づいた。宮殿に近い側に人が二人通る程の扉がついている。彼女はそれをそっと押し開けた。
 入り口からは、一直線に廊下が続いていた。左右には扉が幾つも並んでおり、壁も扉も外装よりは黄色みがかった色に統一されている。だがどことなく宮殿内部を彷彿とさせる作りだった。さっぱりしたというより殺風景な光景だ。
「これは全部部屋みたいですね。中は……まあきっと予想通り簡素でしょうが」
 梅花はそう言いながら廊下を突き進んだ。その後をぞろぞろと神技隊らがついていく。並んだ扉の間に階段が見られ、二階建て以上だと推測できた。とりあえず神技隊らが全員寝られるくらいはあるということか。
廊下を進めば、他のよりもやや大きめの扉が見えてきた。無機質な印象は変わらないが、高さも幅もそれなりにある。梅花はその扉に向かって足を踏み出した。と同時に空気の抜けたような音を発して扉が開く。自動のようだ。神魔世界ではあまり見かけないものだが、無世界で慣れた彼らには違和感がない。
「これは……」
 誰かのつぶやきが静まった室内に溶け込んでいった。そこは奇妙な部屋だった。真正面には大きなモニターがあり、その下には幾つものパネルがついたコンピューターらしき物が設置されている。無世界では似たような光景を目にしたことがあるが、神魔世界では皆無だった。いや、無世界で見たものよりも人がいるという感覚のしない部屋だ。だからだろう、さらに足を進めるのに勇気が必要となる。
「上と連絡を取るための機械、といったところですかね」
 けれども梅花は平然とモニターへ近づいていった。知っているといった風な態度に、ほんの少しだけ皆の緊張がほぐれていく。これでこの機械の使い方に困るといったことはなさそうだ。
「このコンソールも、まあ宮殿にあるものと似てますしね。簡易版のようですが」
 そうつぶやいてから彼女は不思議そうに顔を上げた。近づいてこない仲間たちを不審に思ったのだろうか? 彼女が小首を傾げるとその長い髪がふわりと揺れる。
「どうかしましたか?」
「いや……お前がいてくれて助かるな、と思って」
 返答に窮する皆を代表して、苦笑したのは滝だった。梅花はさらに怪訝そうにし、それでも追及を諦めてまた彼らへと近づいてくる。
「とにかくまず部屋を決めましょうか。ここには二十七部屋あるそうですので、一人ずつ入れますね。確か一階と二階が十部屋ずつ、三階が七部屋だったと思いますが、どうしますか?」
 彼女は滝へ向かって尋ねた。滝は小さくうなってから後方にいる仲間たちを軽く一瞥する。だが彼らは何も言う気がないようだった。この部屋に圧倒されているのか、それとも単に発言するのが面倒なのか。
「やっぱり神技隊ごとに固まっておいた方がいいんじゃない? この間の連係のことを考えても、できるだけ一緒に行動できる方がいいでしょうし」
 しかしレンカは違った。柔らかな微笑を浮かべてままの発言に、誰もが納得の表情を浮かべてうなずいた。滝も相槌を打ってまた梅花へと視線を移す。
「ええ、私もその方がいいと思います。ただ三階の部屋はやや大きめなんですが」
「じゃあくじ引きにでもしましょう?」
 するとレンカは楽しそうに声をもらして笑った。その余裕ある態度に皆の緊張はさらにほぐれていく。周囲の空気がやや軽くなった。不思議な力だ。
 結局一階はスピリットとシークレット、二階はストロングとピークス。そして三階はくじ運の持ち主であるヒメワが当たりを引き、フライングが陣取ることとなった。

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