white minds

第六章 魔族-7

 魔光弾が蘇ってから丸一日以上が経った。だが神技隊らはどうすることもできず基地に待機していた。上から何か報告があるわけでもなく、命令があるわけでもなく。仕方なく宮殿へと足を運んだ梅花に下されたのも、待機しろという素っ気ない言葉だけだ。
「いい加減にして欲しいよなあ」
 だから基地の出入り口傍でラフトがこうふてくされても、誰も咎めようとはしなかった。誰も何も口にしない状況の方がかえって息苦しい。しかしその言葉をこのまま拾わなければそれはそれで、ラフトの機嫌がさらに悪くなるという問題もはらんでいた。だから彼へと顔を向けたよつきは、宥めるような笑顔を浮かべる。
「まあ先輩、苛立っていても仕方ないですよ。梅花先輩の帰りを待ちましょう」
 よつきはそう言うと彼方の宮殿を一瞥した。皆の苛立ち様を見かねた梅花が、先ほど再び宮殿へと出向いたところだった。あまり無世界を放っておくわけにもいかないしと誰もが気をもんでいる。もっとも聞きに行っただけで事態が動き出すとも思えないのだが。
「いっつもそうだよなあ、上って」
 しかしそれでもラフトの愚痴は止まらなかった。モニタールームから持ってきた椅子に寄りかかって、頬を膨らませながらぶつぶつと文句を言い続けている。よつきはその背中に向かってただ弱々しく微笑んだ。この状況でのため息は禁忌だ、さらにラフトを刺激してしまう。それで仕方なくもう一度宮殿を眺めれば、視界に小さな黒い影が映った。彼ははっとする。
 この気は梅花のものだ。
 慌てて立ち上がれば、飛ぶように走る――否、走るように飛んできた梅花と視線が合った。こんなに急いで来たとなれば下されたのは待機命令ではないはずだ。地に降り立った彼女へ、よつきは急いで駆け寄る。
「みんなは?」
「いや、他の人はまだ部屋で待機してますが。あ、たぶんちゃんと起きてると思いますよ」
「そう、よかった。次の指示を受けてきたの」
 梅花は言葉少なにそう告げると、扉へと向かった歩き出した。すると次の指示という言葉に反応してか、勢いよくラフトが席を立つ。ガタリと音を立てて、回転した椅子が他の椅子にぶつかった。
「ほ、本当か!?」
 彼の視線に一度梅花は大きくうなずいた。よつきは梅花の後を追いながら辺りを見回す。この時間はラフトとよつき、そして今は水飲みに行っているコブシが出入り口の見張りを勤めていた。あまりに上の待機命令が続くので交代制にしたのだ。けれどもコブシが戻ってくる様子はまだない。
「はい、妙な命令ですけどね。補助系か精神系が得意な神技隊をリシヤの森、その南西の入り口に集めて欲しいとのことです」
 扉の前で一度立ち止まった梅花は、今にも詰め寄らんばかりのラフトへそう説明した。彼女の言う通り確かに妙な命令だ。よつきは首を傾げて眉根を寄せる。しかしラフトは大して疑問を感じなかったのか、嬉しそうに首を縦に振ると拳を振り上げた。張りのある声が空を突き抜ける。
「よし! じゃあ、早速モニタールームに伝えようぜ!」
 ラフトはそう言うと、梅花の横を擦り抜けて一人基地の中へと入っていった。半ば突き飛ばされるような格好になった彼女は、肩をすくめてよつきの方を振り返る。よつきはゆっくり首を横に振った。
「コブシが戻ってきてないのでわたくしはここに残ります。誰もいないとなったらまずいでしょう」
 そう告げれば、微苦笑しながら彼女はうなずいた。そして扉へと一歩を踏み出す。その後ろ姿が基地の中へと消えるのを、彼は見守った。溜め込んでいた吐息が、どっと唇からもれた。



 梅花がモニタールームに辿り着いた時は、既にラフトが意気揚々とわめいているところだった。見張りの番だったミンヤ、レンカ、ダンが、突然入り込んできた彼に訝しげな視線を向けている。
「あの、落ち着いてくださいラフト先輩。聞き取れません」
 眉をひそめてそう言うレンカの視線が、扉を開けた梅花へと注がれた。それで何かが起こったのだと察知したのだろう。それまで呆れかけていた瞳が真剣な色を呈する。梅花は首を縦に振りながら前へと歩を進めた。
「上からの指示が出たの?」
「はい、そうです」
「だからオレがさっきからそう言ってるだろう!?」
「すいません、聞き取れなかったものですから」
 レンカの言葉に、あからさまにラフトは不機嫌な表情を浮かべた。だが内容を知っている梅花でさえ、ラフトが何を伝えようとしていたのか声だけではわからなかった。興奮しすぎだ。レンカの言うことももっともだろう。
「落ち着くべ、ラフト」
 しかし幸いかな、同じフライングのミンヤがいたことで、とりあえずラフトの気持ちはやや沈んだ様だった。むっとはしたもののそれ以上言葉を続けることはなく、ミンヤの隣に並ぶ。その様を一瞥して梅花は口を開いた。
「補助系か精神系の使い手をリシヤの森、南西の入り口に集めたいんだそうです」
「え、補助系か精神系?」
 用件を告げれば、レンカは訝しげに頭を傾けた。梅花はうなずき、同じく不思議そうにしているダンやミンヤへと目を走らせる。選ばれた系統に疑問を抱いているのだろう。この組み合わせが口にされるのはかなり珍しかった。否、精神系を指定してくることが珍しいのだ。あまり知られていない技の系統のため、そもそも使える人が少ないのだから。
「何をするのか、とは聞いてないんですが。ただおそらく結界の修理か何かそんな感じだとは思います。この注文を考えれば」
 梅花は続けてそう説明した。上は詳しい内容については教えてくれなかったが、それはいつものことだった。そして限られた情報から事態を推測するのもいつものこと。梅花はもう一度レンカを見て、微苦笑を浮かべる。
「ちなみに精神系の使い手は私とレンカ先輩だけです。あと補助系を得意とするのは……ヒメワ先輩、ミツバ先輩、ジュリくらいですね」
「え?」
「本当は放送でもかけてもらおうかと思ってたんですが、呼び出すのが三人なら直接行った方が早いかもしれません」
 するとその言葉に反応したのか、勢いよくダンが扉へと駆けた。呼んでくるわ、という軽い一言を残して、その背中が扉の向こうへと消えていく。続けてラフトも追うように飛び出していった。取り残されたミンヤはあたふたとした様子で、扉と梅花たちとを見比べている。梅花は大丈夫だと告げるように、軽く相槌を打った。
「意外に少ないんですよね、補助系を得意とする人って。ありふれていても、使いこなすのは難しいですから」
 そしてつぶやくように囁いた。補助系の使い手は多いがそれを専門としてかつ戦える人材というのは稀だ。選ぶのに苦労した側だから、彼女はよくわかっている。
「リシヤの森、ね」
「ええ、またそこなんです。これ以上妙なことが起こらないといいんですけどね」
 彼女の祈るような言葉は、静かなモニタールームに吸い込まれていった。複数の足音が近づいてくるのを、彼女たちはただひたすら待った。

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