white minds

第七章 鍵を握る者-2

 作戦実行まで後二時間。緊張した仲間たちを尻目に、ラウジングは重い息を吐き出した。うつむくと同時に肩程ある髪が頬へとかかり、それを軽く右手で払いのける。
「後少しか」
 彼はつぶやいた。多くの者が駆り出されることになったこの作戦は、アルティードが発案したものではない。アルティードを慕う彼としてはそれが気がかりだった。アルティードはどう思っているのか。賛成なのかそれとも仕方なく承諾しているのか。詳しい事情も知らないラウジングにはそのどちらとも判断がつかなかった。準備が既に始まってしまっては直接聞きに行くわけにもいかない。故に心は決まらなかった。
「いや、ここまで来たらやるしかないんだがな」
 そう言い聞かせて彼は首を横に振った。アルティードの心中がどうあれ決定したことには逆らえないのだ。その権利は彼にはない。
「やるしかないんだ」
 それでも落ち着かないのは弱いためだと彼は自らを戒める。そして気を紛らわそうと視線を周囲へと向けた。すると不安そうな青年の姿が何人か目に入った。ほとんど見かけたことがないが、おそらく戦闘経験の少ない者なのだろう。ラウジングは眉根を寄せて嘆息した。
 大丈夫なのだろうか?
 それが先ほどから彼が感じていることだった。周りにいる者たちは大概戦闘経験に乏しそうな者たちばかりなのだ。数人頼りになりそうだと思う者はいるが、しかし他はまともに戦場へ出たことさえなさそうだ。
 準備に時間がかかっているわりには舐めきった人員構成。それがラウジングには解せなかった。相手は未知数な実力の持ち主であるのに、痛いしっぺ返しを食らったらどうする気なのだろうと。
「ラウジング殿」
 そこで突然声をかけられ、ラウジングは振り返った。白いゆったりとした衣服を纏った青年がそこにはたたずんでいた。彼は鞘に収められた短剣を手の平に載せている。ラウジングは片眉を跳ね上げた。武器を渡される理由がわからなかったからだ。技で戦うのが特異な彼らが、武器を手にすることは滅多にない。
「これは?」
「ラウジング殿に使って欲しいと、ケイル殿が」
「ケイル殿が?」
「はい、是非ともと」
 ラウジングは顔をしかめた。アルティードとよく対立するケイルは、ラウジングからすれば気にくわない『上』の一人だった。そのケイルがわざわざ武器を渡してくるとはどうにも腑に落ちない。しかしこのままでは青年がかわいそうなので、仕方なく彼はそれを受け取った。思ったよりも軽い短剣だ。鞘から抜いてみれば鈍く光り、あまり切れ味が良さそうではない。彼は目の前の青年へと視線を戻した。疑問を双眸に宿して。
「これはエメラルド鉱石から作られた剣です。これならば彼女にも引けを取らないかと」
 だが返ってきた答えは信じがたいものだった。ラウジングは目を見開き、再度手にした剣を凝視する。
「これが、エメラルド鉱石?」
「から作られたものです」
 丁寧に訂正する青年は無視して、ラウジングは息を呑んだ。じっと見つめてもその剣がかの有名なエメラルド鉱石だとは思えなかった。今まで実物を見たことはないのだから断言はできないが、しかし希少価値があるものとは信じられない。
 エメラルド鉱石は、正確に言えば鉱石でも何でもない。またエメラルドとも関係がなかった。見た目はただの黒い石のようで、そこらに転がっていても知らなければ素通りするくらいのものだという。だがその『石ころ』に精神を込めると、あらゆる武器を作ることができると言われていた。作られた武器は他のどの金蔵よりも固く、力を発揮する時はエメラルド色に光るらしい。名の由来はそれだった。
「では確かに渡しました」
 すると青年はすぐさま踵を返し、周囲の者たちの間へと消えていった。その衣服はすぐに周りの白い空間に溶け込む。彼は唖然としてもう一度短剣を見下ろした。
「もしこれが本物なら、ケイル殿は本気ということか?」
 他の者が頼りにならないから、せめて武器だけでもということだろうか?
 ラウジングは立ちつくしたまま、疑問と責任とをひたすらに感じていた。



「来たか」
 立ち上がったレーナは洞窟の入り口を見やった。長い黒髪が風になびき、一部が頬へとかかる。だが彼女の瞳は真っ直ぐ外へと向けられたままだった。結ばれら唇からそれ以上言葉がもれることはなく、ただ風の音だけが洞窟内を満たしていく。
「何が来たんだ?」
 アースがそう問いかけてきたが、彼女は何も答えなかった。張りつめた空気のせいだろうか、彼はそれ以上追及せずに黙り込む。しかしその空気にもめげなかったのはイレイだった。立ち上がったイレイは一歩彼女へと近づいてくる。
「ねえねえ、どうしたのレーナ?」
 イレイの問いかける声は、いつも通りのんびりとした調子だった。そこでようやく彼女は振り返りほんの少し頭を傾ける。
「奴らが、『神』がやってきた。どうやら我々に戦いを挑るつもりらしい。まったく困ったものだな」
「え?」
 彼女の答えに、イレイは素っ頓狂な声を上げた。同時にアース、カイキ、ネオンが立ち上がり、慌てた様子で駆け寄ってくる。彼女はもう一度洞窟の外を見た。
「そ、それってどういうことだよっ?」
「神? 何だよそいつらは!?」
 ネオンとカイキの叫びが背後から降りかかってくる。慌てた口調だった。その動揺した問いかけさえも無視して彼女は外へと歩き出す。体中に突き刺さる鋭い気や感情を読みとって自然と口角が上がった。いつからか癖になった不敵な笑みだ。
「こそこそと隠れていないでそろそろ出てきたらどうだ? 神よ」
 彼女の凛とした声は岩壁に軽く反響した。鋭い双眸は目の前の茂みを捉えたまま、しかし口元だけは不思議な笑みをたたえている。するとがさりと音がし、茂みの一つが揺れた。
「何だ、こいつら」
 近づいてきたカイキの口から疑問がもれた。緑の奥から姿を現したのは、ゆったりした白い衣服を纏った男たちだった。いや、真っ白というわけではない。光によって色を変えるその様は真珠を思わせる服だった。どちらにしろこの場には似つかわしくないのだが。
「お前がレーナだな?」
 一旦間をおいてから、男の中の一人がそう尋ねてきた。確信を持ったその問いかけにレーナは微笑むだけで肯定を示す。すると男は無愛想な面もちのまま、右足を一歩引いた。
「わかってはいるだろうが」
「そうだな」
「我々はお前たちを――」
「殺しに来たのだろう?」
 レーナの言葉が空気を震わせるのとほぼ同時に、男は空へ大きく飛び上がった。その足下を黄色い光の束が通り抜け、彼女めがけて真っ直ぐ突き進んでくる。
「レーナ!?」
 イレイの声が響き渡った。だが彼女は慌てた様子もなく右手を前に掲げた。その華奢な手の平を中心に生み出された結界は、防御壁となって光の束を跳ね返す。バチバチッという耳障りな音が周囲に弾け飛んだ。雷系の技だ。
「まだまだ!」
 男たちの攻撃はさらに続く。赤い光弾が、水色の筋が何度も彼女へ向かってきた。しかし数に任せた単調な攻撃は彼女の結界を破ることさえできない。近づくことのない男たちへと、彼女は肩をすくめてみせた。
「様子見はそろそろ終わりにした方がいいと思うのだが? われ必要のない者まで手にかけたくはないし」
「ちっ、この……舐めおって」
 攻撃がぴたりと止み、周囲を静寂が包み込んだ。彼女は結界を解き声のした方を向く。一度空へ飛び上がった男は、集団の端へと移動していた。彼は舌打ちすると彼女をねめつけ、悔しそうに唇を震わせている。
 彼らは弱すぎた。彼女らの実力をはかるにしても弱すぎて話にならなかった。その場を一歩も動いていない彼女へと、近づいてくることさえないのだから。相手の実力を計るためだけの部隊だとしても、弱すぎる。
「だが仕方あるまいっ!」
 すると男は手の平を空へ向けて大きく掲げた。そこから溢れ出した白い光が、雲を突き抜けて彼方へと消えていく。
「何だ!?」
「応援要請ってとこだろう。これからが本番だぞ」
 疑問の声を上げるネオンへと、レーナはそう言って苦笑した。
 実際注意するべきなのはこれからだろう。一対一で彼らに負ける気はしなかったが、数では圧倒的に不利だった。長期戦に持ち込まれるとやっかいだ。応援部隊がどの程度の規模かはわからないが、精神や体力はできる限り温存すべきだろう。
「準備は万全らしいな」
 彼女はため息混じりにそうつぶやいた。現状も理解しているしその後の戦況も予想できるのに、自分でも不思議な程落ち着いていた。向かってくる気の数が多くても動揺はしない。ただちらりと、近づいてきたアースたちを彼女は一瞥した。
 逃げるという選択肢はない。どこにいてもそのうち嗅ぎつけて襲ってくるだろうし、アースたちを連れてここを脱出するのは至難の業だった。今は攻撃を止めてたたずんでいるあの男たちを含め、あらゆる場所に足止めの隊が存在しているのだ。いずれ応援部隊と戦う羽目になる。
 そう、一人ではないのだから逃げるわけにはいかない。またここは地球なのだから逃げることに意味はなかった。何のためにここへ来たのかを考えれば、いつかはこうなることが定めなのだ。
「もう分かれ道はないってことだな」
 囁いて彼女は苦笑した。その意味が飲み込めず怪訝そうなアースたちを横目に、彼女はそれ以上説明することなく男たちを見据える。
「おおっ、来たぞ!」
 刹那、安堵のこもった叫びが男たちから上がった。片足を引いたレーナは、やってくる者の中で誰が主力かを見極めようと目を細める。部隊の主力となる者を地道に叩いていくしか、切り抜ける道はなかった。生き残る道は。
「来たぞ」
 まずやってきたのは、数十人の男たちだった。一人一人が武器を携え、地面に着地するやいなやこちらへと向けて走ってくる。いつの間にかそれまでたたずんでいた白の男たちは脇へ避け、道をあけていた。ネオンが肩を軽く叩いてくる。
「どうするんだ?」
「そうだな、どうしたものか。まあ本気になって戦わねばならないようだな」
「何だよそれ」
 聞かれて彼女は振り向かずに適当に答えた。横目で確認すれば向かってくる者たち以外にも、援護のためか待機している者たちが見える。準備は整ったというところか。彼女はアースたちの方を一瞥した。
「長期戦になりそうだ。すまないが力を貸してくれるか?」
「何言ってんだよ水くさいぜレーナ。当たり前だろう!」
「もちろんっ」
「僕も僕も!」
「異論はないな」
 彼女の問いかけに四人は大きくうなずいた。刹那、彼らの周りを白い光が包み込み、そこから気が溢れ出した。すぐそこまで来ていた神たちはその光の強さにうろたえ立ち止まる。否、目標としていた者を見失ってうろたえた。
「な、何だあの男は!?」
 彼らが目にしたのは、鮮やかな青い髪を持つ青年だった。神技隊らが出会ったその『青い髪の男』のことを、彼らは全く見聞きしていなかった。

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