white minds

「眼差しの向かう先」

 木々の合間から見える薄青い空は、どこまでも広がっているようだった。のどかな光が青々とした草原を照らし、耳を澄ませば小川のせせらぎも聞こえてくる。
「いくら戦闘が終わったからといって……ダークはどこへ行ったんだ?」
 そんな中を一人の青年が小走りに駆けていた。果てしなく広がる森の中をひたすらさまよい歩くのは、上位の魔族である彼であってもなかなか疲れることである。彼は額の汗をぬぐいながら辺りに視線をまた巡らせた。
「あれは」
 少し切り開けた草原に、彼は見知った姿を発見した。残念ながら目的の人物ではないが、彼は一目散に駆けていく。その気配に気づいたのか、切り株に浅く腰掛けたまま、緩く髪を垂らした青年が大げさな動作で振り返った。エメラルド色の瞳が彼に向けられる。
「ゲンレイじゃん、なになにそんなに急いでー何かあったわけ?」
 煌めかんばかりの笑顔で尋ねた青年は、いつものことながら気の抜けるような口調だった。だが彼はかまわずすぐに本題に入ろうとし、その肩に手を置く。
「ヨウクウ、協力してくれ。ダークが見つからないんだ」
「ダーク? ダークだったらあそこにいるけど?」
 長い髪をふわりと舞わせて、ヨウクウは草原の向こうを真っ直ぐ指さした。そこには木によりかかるようにしてどこかを見つめる、銀髪の青年の姿がある。
「こんな所にいたのか! 早く連れ戻さなくては」
「だめだめ、ゲンレイ。今ダークは愛しい彼女を見つめてる所なんだから、邪魔しちゃまずいって」
「愛しい彼女? リティか?」
「そう、まあ今は別の男とお喋り中だけどねえ」
 二人はダークと、その視線の先にいるであろう一人の少女の姿を求めて森の先へと眼差しを向けた。ダークの視線はただ一点に注がれ、そこから動いてはいないようだ。そしてその先には、木々の合間からかすかにだが、薄紫色の何かが見える。
「またダークは彼女を見つめているのか」
「見つめているだけなんだけどね」
「ではしばらくは――」
「このままだろうねえ」
 まぶしさに目を細めるよう、切なげな双眸を森の奥へと向けるダークからは、言い得ぬ哀愁が漂っていた。二人は一度大きく嘆息し、どうしたものかと苦笑しながら顔を見合わせる。
「どうするゲンレイ? このまま待つの?」
「放っておいてもいいのだが……またどこかへ行ってしまわれては困るからなあ」
「見張るのも大変だねえ。いいよ、手伝うよ。一人じゃ暇でしょ?」
 ヨウクウはくるくると周りながら笑い声をかみ殺しているようだった。ゲンレイも微笑み、深い深い森へと一瞥をくれる。
 思いを告げられない二人の主は、何も言わずにただ一人の少女を目で追っていた。そう、二人の思いなど夢にも思わずに。


 そして同じ頃――――

「ゲンレイ殿とヨウクウ殿はまたダーク様の盗み見をしているのか?」
「そうなんだよ、ウィザレンダ。部下の心配なんてきっと全く気にしてないんだろうね。困ったものだよ」
 切り開けた草原を見つめるその部下の姿が、あったとかなかったとか。
 このとき世界は、まだまだ平和だった。

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