white minds

「ばかっぷる対策委員会」

「ばかっぷる対策委員会を発足したいと思う」
 大仰な顔をしてダンはそう言い放った。横長の机で手を組んだ彼は、その場にいる者たちをぐるりと見回している。
 基地の四階にある会議室は普段は全く利用されていなかった。そこへ突然呼び出しがあるから何事かと行ってみれば、開口一番これである。
「何それ?」
 とりあえずミツバにはそう返すことしかできなかった。軽口をたたける関係なのが幸いである。気が狂ってなければいいなあと思いながら、ミツバは額にしわを寄せた。いつも通りダンの黒い瞳は生き生きと輝いてるし、これといって妙なところは見あたらない。それだけにむしろ不安でもあった。
 ピークス、ゲット、バランスが宇宙へ行っているため、集められたメンバーは少なかった。今この大きな会議室にいるのはダンとミツバ、ホシワ、あとはサツバ、北斗、サイゾウくらいである。今の発言からすると『ばかっぷる』は除かれているのだろう。アサキやようなんかが呼ばれてないのは、おそらく話をややこしくしないためだ。
「馬鹿かミツバ、そのまんまだ。日々この基地の中にはびこるばかっぷるにいかに対処するか、それを考える委員会に決まってるだろう」
 言い切るダンの眼差しは真剣だった。だからこそミツバは不安になり、隣にいるホシワへと目を向ける。
「大丈夫だミツバ、あいつは正気だ」
「むしろその方が怖いよお」
「日々あてられている男の嘆きだと思って見守るといい」
 だがホシワは落ち着いていた。いつもの穏やかな微笑みを浮かべながら、拳を振るわせるダンを見守っている。やはり年の功だろうかと思ったが、口にはしないでおいた。
「賛成です」
「ええっ、サツバも!?」
「オレも協力します」
「って北斗まで!?」
 次々と賛同の声が上がり、ミツバはうろたえた。視界の端ではダンが満足そうにうなずいている。まずい展開だという警告音が頭の中を鳴り響いた。
「オレも参加します」
「サイゾウも!?」
「聞いたかミツバ、これが皆の意思だ」
 胸を張るダンへ、ミツバはうろんげな視線を向けた。どうでもいいという気分だが、逆らうとうるさそうなので黙っておく。この基地内では強い者に流される方が平和だ。とりあえずでも参加しておいた方がいいだろう。
「じゃあ具体的には何するの?」
「日々起こりうるケースを想定し、それをどう乗り切るかを考えるんだ」
 ふーんとミツバは気のない返事をした。だがのりにのっているダンはそんなことすら気づかぬようで、拳をあさっての方へ力強く掲げている。
「では早速現場視察へ行こう」
 意気込むダンに続き皆は立ち上がった。渋々と席を立ち、ミツバも彼らに続いた。




 ダン曰く『ばかっぷる』は恐ろしくも司令室に集合していた。中へ入れば、レンカが振り返って微笑みを向けてくる。
「あら珍しいメンバーが揃ってるわね」
 彼女の言葉にミツバは苦笑するしかなかった。ダンとミツバが一緒にいるのはともかく、サツバやサイゾウなんかが加わってることは滅多にない。まさか妙な計画に巻き込まれてるとは思わないだろう。ミツバはこっそりと辺りをうかがう。
 彼女の隣にはいつも通り滝がいた。大きめの椅子に腰掛けた彼は、頭だけで振り返り不思議そうな顔をしている。奥には梅花と青葉の姿があり、上からはリンとシンの気配があった。神技隊で中核を担うメンバーだ。それがよりによって揃っているとは。
「何だよ。い、いいだろ別に」
「悪いだなんて言ってないじゃない。ねえ? 滝」
「そうだな。珍しいって言ってるだけだからな」
「ダンはすぐそうやって拗ねるんだから」
 口を尖らせるダンに、レンカと滝の微苦笑が向けられた。この二人が揃うと敵はなかった。二人が笑顔でうなずき合えば、たとえダンといえども太刀打ちできない。すごすごとその横を通り過ぎるダンへ、ミツバは呆れた眼差しを向ける。
 対策法は逃げること、と心中で付け足しながら。
「ダン先輩どうしたんですか?」
 背中を丸めるダンに声をかけたのは梅花だった。脇の席に腰掛けて彼女は何かの書類を整理しているらしい。小首を傾げてきょとりとする様は一見普通の少女だ。
「いや、何でもない」
 そう答えるダンの視線が彼女の隣へ注がれた。そこには至極満足そうな顔の青葉がいた。無造作に流した彼女の髪をいじりながら、至福の笑みを浮かべている。
「って仕事中の奴邪魔するなんて馬鹿かお前はーっ!」
 するとダンは青葉に向かって突然足蹴りを食らわせた。受け身を取りつつ転がった青葉は、すぐさま上体を起こして脇腹をさする。相変わらず対応が早いとミツバは思うが、戦闘での経験が日常にも身に付いてしまったのだろう。ある意味悲しいことかもしれないと、ぼんやりと考えたりする。
「何するんすかダン先輩!」
「梅花の邪魔する奴には喝だ、喝」
 人足し指を突きつけるダンを、青葉はにらみつけた。なるほど、この二人への対処法は青葉を蹴り飛ばすことらしい。見れば隣にいるサツバが必死にメモを取っている。熱心だなと妙なところで感動した。
「ダン先輩、私は別に平気ですから。青葉大丈夫?」
「おう、大丈夫大丈夫。梅花がいるから大丈夫」
 慌てた梅花が青葉の隣へ座り込んだ。以前の彼女なら一瞥をくれるだけだが今は違う。本気で心配している風の彼女に、青葉は心底嬉しそうに答えた。以前を知っているミツバとしてはよかったねと言いたいところだが、どうやらダンは違うようだ。頭を抱えてふらふらしながら二人の側を離れていく。
「あれー、ダン先輩あてられたんですか?」
 すると図星を突く発言が頭上から降り注いだ。声の方を見上げてみれば、二階の手摺りにもたれかかるようにしてリンが顔を出している。
「うるさいっ!」
「大人げないですねえ。他人の幸せをねたむのは心の狭い人のすることですよ?」
「黙らっしゃい。純粋な青年の心を傷つける方が悪い」
「へえ、純粋ですか。すいません、知らなかったものですから」
 ダンとリンの言い合いが続く。だが位置だけでなく情勢でもリンの方が上だった。彼女の隣にひょっこりと顔を出したシンが、何事かと言わんばかりに首を傾げている。その腕をこれ見よがしに取って、彼女はにこりと微笑んだ。
「じゃあこれ以上傷つけないように後ろに引っ込みますね」
「あーったく、くえない奴だ」
 うなるダンを見下ろしながら、彼女はふふふと笑って奥へ引っ込んでいく。額を抑えるダンを、ミツバは見やった。対処法は下手に反撃しないことかな、とつぶやきながら。
「何の騒ぎだ?」
 そこへ扉の開く音がして慌ててミツバは振り返った。怪訝そうな顔で辺りを見回しているのはレーナである。まさか『ばかっぷる対策委員』の下見だなどと言えず、彼は言葉を詰まらせた。それはサツバたちも同じらしく、皆困惑気味の顔で目を合わせている。
「ダンがリンにいじめられてたみたいよ?」
 疑問に答えらしきものをつけたのはレンカだった。ふふっと軽く笑って彼女は瞳を柔らかく細める。
「ああ、いつものことか」
「独り身は寂しいって駄々をこねてるんですって」
「って勝手なこと言うなレンカ! オレがいつ――」
「言ってるでしょう? 顔も気も全部」
 吠えようと意気込むダンを、レンカは一蹴した。遠慮も何もないレンカの言い様は、全てを見通してるかのようだ。まさか妙な企画のことがばれてるのではとミツバは息を呑む。だが彼女は彼らの方は気にもせず、声を失ったダンを見てくすくすと笑っていた。
 ほっとしたミツバは胸に手を当てて、ごめんねダン、と小さくつぶやいた。この場の犠牲者は彼だけで十分だ。言い出したのだから仕方あるまい。
「そうかあてられてるのか。じゃあよかったな、アースがいなくて」
「誰がいなくてよかっただって?」
 しかし次の瞬間、室内が一瞬で凍り付いた。レーナの言葉に続いて冷え冷えとした声が、司令室に響き渡る。
「ア、アース?」
 恐る恐る入り口の方を見れば、固まりきったレーナをアースが背後から抱きしめていた。いや、むしろ捕らえていると言うべきか。腕の力のこもり具合からすれば相当力強く抱きしめてるらしい。レーナは彼の方をうかがおうとしていたが、その状態では無理のようだった。だがミツバたちにはわかる。アースがいかに不機嫌かは、その半眼が証明していた。
「何か妙な気配があると突然飛び出したと思えば」
「あ、あのなアース。いや、今のはちょっとした代弁であって」
「誰の代弁だ?」
 アースの問いかけに、レーナは黙りこくった。ここで名前を出せばまず間違いなく犠牲者になるだろう。だから言えずに眉根を寄せて目線をさまよわせている。
 だがそんな彼女の心配とは裏腹に、無情にもその他の者の視線がダンへと注がれていた。反射的に皆が、彼を見つめていたのである。
「ダン、お前か」
「あ、いや、別に、その、いちゃ駄目とかそういうわけではなくて」
「じゃあどういう意味だ?」
「いや、その、それは、その……」
 ダンの悲鳴とアースの怒号が司令室を満たした。耳にも目にも痛いその光景から遠ざかりたいと、ミツバたちはそそくさと部屋を出る。
「ばかっぷる対策委員会は解散かな」
「だな」
「時には諦めと妥協も必要だよね。僕らの方が弱いんだから」
 ミツバとホシワののほほんとした声が、廊下の中に染み込んでいった。
 その後しばらくダンは誰とも口を利かなかったという。

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