white minds
第十章 魔なる科学者‐1
「神?」
「はい、そうです」
滝はその言葉を心の中で繰り返した。カミ。かみ。神。
「うそだろ? ってことはラウジングも神?」
「はい、そうです」
今度はサツバが尋ねた。同じ調子で梅花は答える。
「そりゃなあ、確かに魔光弾とかはそういう風に言ってたけど……やっぱり信じられねえよ」
ラフトも半信半疑といった口調だ。
「神といってもあちらの世界で言われている、全知全能の神とは違います。生まれた頃から技が使えて、人間とは全く違う者。それらの者たちのことを古文書では『神』と表現しています」
梅花は至って冷静だ。
「でも何で急にそんなこと言おうと思ったんだ?」
彼女の顔をのぞき込んで青葉が問いかける。
「前から言おうかなとは思っていたんだけど……タイミングがつかめなくて。でもそろそろ言わなきゃならないなって思ったから」
ボソボソつぶやくように梅花は答えた。
「それって思いこみとかじゃないの? 誰もが知ってんの?」
ダンがちょっとからかうように彼女に尋ねる。彼女が気にするとも思えないが。
「たぶん、上位で働いている人は知っていると思います。ただ知らない振りをしているだけ。そうは思っても口には出せない。恐いから」
彼女の声の大きさは次第に小さくなっていった。困ってダンは頭をかく。
「古文書を読んだことのある人なら嫌でも目にします。それらによると、以前はこの星には無数とも言える神が住んでいたようです。彼ら神は、魔族と呼ばれる者と長い間戦闘していた。そのようなことはあらゆる古文書に書かれていました」
声は小さいがあくまで彼女の口調は淡々としている。
「おそらく誰もが、何となくこれらのことは契約のようなものだと感じていると思います。『神』のことは口外しない。その代わりに、自分たちは魔族から守ってもらっているのだと……」
梅花は天を仰ぐようにして――もっとも、そうしても見えるのはモニタールームの天井だが――息を吐いた。
「よし、それじゃあ一度梅花の話をもとにして整理してみよう」
滝がそう言って白い紙を取り出す。
「ええと、まずラウジングを含む『上』は神。あのアルティードとかいう人もだな?」
確認するように滝が梅花の方を見ると、彼女はコクリとうなずいた。
「そしてそれと敵対してる『魔族』だけど……自分たちが言ってるぐらいだから魔光弾たちだろうな」
滝がそう判断するとリンが異議を唱える。
「でも滝先輩。魔獣弾は『魔族の誇り』とか言ってたけど、魔光弾はそんな風じゃなかったですよ。それにレーナも魔族は一枚岩じゃないみたいなことを言っていましたし、半魔族とか言ってたし」
「そうか、それなら魔光弾と魔獣弾はわけておこう」
滝は魔光弾と魔獣弾をわけて書き、括弧書きで半魔族と付け加えておく。そして魔神弾も別にして保留しておく。
「それなら神の方もわけておいた方がいいんじゃない? アルティードとかいう人と……あれ? あの人名乗ってたっけ?」
レンカはそう提案した後、首をかしげる。
「確かケイルとかいう名前だったと思います」
そこへ梅花が助け船を出す。
「よし、わかった」
滝はアルティードの横にラウジングを書き直し、アルティードと並べてケイルと書く。
「次はビート軍団か。確か腐れ魔族が作ったとか言われてたな」
その時の状況を思い出しながら滝はつぶやいた。
「そうですね。シークレットをもとにしてだから魔族じゃないし……確かミセイセイブツブッタイとか呼ばれてたような」
シンも同じように考え込みながらそう付け足す。
「じゃあ、こうだ」
滝はしばらく考え込んだ後、白い紙に書き込み始めた。魔神弾と並べて科学者と書き、括弧で腐れ魔族と付け足しておく。そこから線を延ばしてそのビート軍団と書き、括弧書きでミセイセイブツブッタイ・青髪の男と付け足す。
「後は……?」
記憶を振り絞りながら彼が考えていると、梅花がポツリと言った。
「ラビュエダ」
その言葉を聞いて青葉がポンと手を打つ。
「ああ、レーナが倒した奴ね。確か武器を取りに行った時、梅花にケガさせた奴。やっぱりあいつも魔族なのか?」
自分で言っておきながら思い出して機嫌が悪くなったのか、青葉は次第に表情を険しくした。
「そうか。ま、一応付け足しておこう」
小さくうなずいただけで滝はさっとその名を書き込む。場所は科学者の隣。
「後、一応カールも書いておこうよ」
ミツバが発した意見に滝は眉をひそめた。
「あ、滝は会ってないんだっけ? 僕たち精神系と補助系の使い手が呼ばれたときにラウジングと一緒にいた人。本名はカルマラ」
ミツバが説明を付け足す。滝はラウジングと同じようにカルマラを加えた。
神 アルティード ラウジング カルマラ
ケイル
魔族 魔光弾(半魔族)
魔獣弾(半魔族)
魔神弾
科学者(腐れ魔族)――ビート軍団(ミセイセイブツブッタイ・青髪の男)
ラビュエダ
「こんなところじゃねえの?」
ゲイニが暇そうにあくびをかみ殺す。
「ま、こんなところですね」
紙を広げてじーっと見てから滝も同意した。
「じゃあとりあえず緊急の会議は終了?」
ダンがうれしそうに滝に尋ねる。彼は大きくうなずいた。
「緊急会議は終了! みんな解散だって!」
大声でダンは皆にそう伝えた。緊急以外の会議が行われることは滅多にないことのように思うが……まあ、そんなことは関係ないだろう。
「終了終了!」
何故かやたらと張り切ったダンの声は、彼がモニタールームを出て廊下を歩いている時も、なお皆の耳に響いていた。
魔神弾を追い返した時から約十日がたった。上――神は魔光弾、魔獣弾の行方を懸命に捜しているようである。神技隊はというと、いつもと同じに見張りを付けている他、連係攻撃を主としたトレーニングを行っていた。レーナからの接触はない。
そしてこの日も平和な朝から始まった。
「リン先輩の?」
シンに向かって青葉は素っ頓狂な声を上げた。
「そう、あいつの誕生日」
シンはコクリとうなずく。二人がいるのは青葉の部屋だ。
「で、プレゼントっすか? そんなの買えるわけないじゃん。そんなこと言ったらオレだってサイゾウの誕生日は十二日だったけど何もプレゼントしてないし祝ってもいないし。そういや、陸も同じ日だっけ……」
最初はからかい調子だった青葉も、次第にテンションが下がっていく。
「そりゃあさ、祝えないのは悪かったって思ってるけど……でも今すっごく緊張した時期でしょ? 町に買い物にも行けないし」
ぼそぼそっと青葉は言い訳がましくつぶやく。
わかってる。今年はずっと忙しい。何が起こるかわからない。だから今までのようにはいかない。けれども、それが悲しいことだって嫌なぐらいわかってる。
「じゃあ、お前はどうしたんだ?」
シンは尋ねた。
「どうしたって?」
「梅花の誕生日」
青葉がとぼけたように聞くと、シンは真顔で即答した。
「いや、それは、その……丁度あっちの世界に戻ってる時だったから……一応プレゼントはしたけど」
視線をそらしながら青葉が答えると、シンは大きくため息をついた。
「じゃあもしも梅花の誕生日が今日だったら、お前はどうしてた?」
そう聞かれると青葉はうっと言葉に詰まった。しばらく視線が宙を泳ぐ。
「ええと、そりゃあ……黙って抜け出して町に出かける。たぶん、それであげても説教くらうだけだと思うけど」
急に真顔で青葉が結論を出すと、もう一度シンは嘆息した。
「お前はいいよな。どんな決断でもできるんだから」
うなだれているシンを見つめながら青葉はフッと気がついた。
「もしかしてシンにい……ああ、ははん、そうだったんすか。早く言ってくださいよ! 応援するんすから!」
ニタニタしながらシンの背中をバンバン叩く青葉。ムクリと顔を上げてシンは彼をにらみつけた。
「何が言いたい?」
シンの鋭い視線をものともせず、青葉は笑顔を浮かべている。
「好きなんでしょ? リン先輩のこと。ようやくシンにいも――」
そう青葉が言い終わらない内に彼の後頭部にシンの一撃が決まる。
「な、なななな何するんすか!?」
青葉は後頭部を押さえたままガバッと起きあがる。かなりいい音がしたのだが、大したダメージはないようである。
「オレは何も言ってない」
シンは憤慨したような顔をしているが、青葉は譲らなかった。
「んなこと言ってもオレにはわかるからな。シンにいは嘘つけないから」
ぱたぱたと手を振りながら青葉は断言する。シンが再び下を向いたので青葉は彼が観念したのかと思った。が――――
「まあ、お前ほどわかりやすくはないな」
開き直ったのか、シンの痛いしっぺ返しを食らって青葉はグッと息をのむ。
「はいー? 何がですか?」
「とぼけようとしてもそれこそ無駄。お前が梅花を好きなことぐらい、神技隊誰もが知っている!」
ごまかそうとしている青葉にビシッとシンが止めを刺す。
「神技隊全員!? それはないでしょ?」
さすがにそこまで言われると青葉も黙ってはいない。一応反撃に出る。
「うーん、そうだな。当人だけは気づいてないかもしれない」
シンの譲歩に青葉はガクッとうなだれた。
「何もそこまで……」
ブツブツ文句を言い続ける青葉をとがめようとしてからシンはハッと気がついた。
「そうじゃない。本題からはずれてる。結局何も方法はないのか?」
あれこれ考えながら悩んでいるシンに、ムクリと起きあがって青葉は言い放った。
「夕食の自分の分をわけてあげるくらいっすかね」
さわやかに微笑んでいる青葉の後頭部に、またもやシンの一撃が気持ちいいほど決まった。
と、まあこんな感じにこの日――九月十八日は、平和な朝から始まった。
彼女はこの日も落ち着きなかった。あの日以来ずっとそうだ。
あいつが来る。もうすぐやってくる。この星に……。
レーナは天を仰いでは小さくため息をつく。こんなことを何度繰り返しているのだろう?
この星――神が最も勢力を誇る星、地球――そんな所に何故こうも早くやってくるのだろう?
そう疑問に思ってから彼女は心の中で苦笑した。
いや、違う。この星だからだ。ここにわれが来たから彼は焦っているのだ。
彼女は今度はうなだれたように下を向いた。
今から約一週間前、あいつの気を感じた。間違えることなんてない。例え彼が死んだとしても自分は彼の気を忘れることはないだろう。
あいつが来る。彼のもとを離れてからもう二億と七千だ。こんなに時がたってしまった。今までどうしていたのだろうか?
レーナは外を眺めた。曇り空。自分の心と同じ。しかし天気には晴れもあるし雨もある。けれども自分の心は常に曇りで、晴れることはない。雨も降らない。降っているとしたら……冷たく重い冬空から落ちる真っ白な雪だけだろう。
彼女は願った。もっと時間をくださいと。彼に会う前に全てを明らかにできるように。彼とあの人が会う前に、全てを解決できるように。
レーナはフッと視線を感じて横を振り返った。アースと目が合う。彼の心配そうな表情から、自分はかなり思い詰めた顔をしているのだろうと思われる。
「何でもないよ、アース」
彼女はいつものように優しく微笑んでそう言った。
緊急の通信が入ったのはほとんどの者が昼食を終えた頃だった。丁度モニタールームで待機していたよつきが通信回線を開く。
「魔獣弾が現れた! すぐにミリカの町へ向かってくれ!」
映像が入るのと同時にラウジングが叫ぶ。
「魔獣弾がミリカの町に!?」
よつきも驚きの声を上げる。今まで彼らはリシヤの森にしか現れなかった。それが何故急にミリカの町に――――!?
ミリカは彼らの住む基地から宮殿と大河を挟んで向かい側にある。技使いのあまりいない、静かな町だ。
「わかりました。すぐに向かいます!」
よつきはそう答えるとすぐに放送をかけるようにコブシに指示した。
「先にシークレット先輩を向かわせてください! 一刻も早く!」
よつきの迫力に圧倒されて慌ててコブシが基地内放送をかける。
「魔獣弾が現れました。至急、シークレット先輩はミリカの町に向かってください。繰り返します。ミリカの町に向かってください」
コブシの声が基地の中に響きわたる。シークレットはすぐさま反応した。
「行くぞ! よう、もたもたすんな!」
青葉がようの服を引っ張る。梅花はそんな二人を追い抜かして先頭に立った。
「先行くわよ!」
梅花は振り向きざまにそう言い残す。彼女のスピードはかなりのものだから、それこそもたもたしていたら追いつけないだろう。
「行きましょーう! このままじゃあ、梅花一人で魔獣弾の相手でぇーす!」
「そうそう! ぐだぐだしてたら、よう、置いてくぞ!」
二人に発破をかけられてようも奮起する。
「みんな僕が遅いと思ってバカにして! 足手まといにはならないよ!」
そんなやり取りを交わしながら、シークレットはミリカの町へと向かった。