white minds

第十章 魔なる科学者‐2

 ミリカの町は大混乱の中にあった。今まででは考えられないことが起きている。
「技使いの反乱か!?」
「とにかく逃げろ! オレたちじゃどうにもならねえ!」
 人々は口々に叫びながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。『一番恐れていたことが起きた!』と彼らは皆そう思っている。
 そんな中、梅花は現場に到着した。
「魔獣弾!」
 彼女は叫んだ。とりあえず彼の意識を自分に集中させた方がいいだろうと判断したのだ。人々の混乱が続けば立て直すのが難しくなる。
「レーナ? いや、違いますね。彼女はもっと憎たらしいくらい素晴らしい気を放ちます。あなたの方が弱い。でもそこら辺の神よりはずっと強い精神をお持ちだ」
 魔獣弾は振り返って品定めするように彼女をねめ回した。
「私の名前を知っているということは、あのとき神と一緒にいた人間たちの一人ですね? もしかして……魔神弾が最初に狙ったのはあなたですか?」
 低めの声で魔獣弾はクククク……と笑った。
「まず最初の獲物はあなたです! あなたの精神をいただきます!」
 冷たい笑みのまま魔獣弾はそう叫ぶと、無数の光弾を生み出した。
 来るっ!
 反射的に梅花は結界を張った。ごく簡単なものだがダメージは軽減できる。後は何とかして避けた方がいい。
 それにしても、何で私って狙われやすいんだろう?
 魔獣弾の放った光弾を避けながら、頭の片隅で梅花は思った。レーナと似ている外見のせいだろうか? いや、魔獣弾も言っていたが、どうやら自分の『精神』が原因らしい。
「まだまだ行きますよ!」
 魔獣弾の攻撃は次第にエスカレートしていく。そんなときに残りのシークレットがようやく到着した。
「梅花!」
 青葉が叫ぶ。四人が来たことを視界の端で梅花は確認した。
 気でわかるんだけどね。
 他にも何人か『気』を感じた。おそらくフライングのメンバー。
「させるかっ!」
 梅花の前に割り込んで青葉が光弾を次々と跳ね返す。そのほとんどが魔獣弾の張った防護壁で防がれたが。
「ありがと、青葉」
 小さく梅花は礼を言う。そんな彼女に青葉は剣を差し出した。例の武器。
「お前の分」
 ぶっきらぼうに青葉は言った。
「仲間が集まってしまいましたね」
 魔獣弾がさほど困った様子でもなくそうぼやく。
「ではもう少し本気を出しましょうか?」
 彼は楽しそうに笑って再び無数の光弾を生み出した。生み出された光弾は彼の周りで宙に浮いている。
「こういうのはどうでしょう?」
 彼のその言葉と同時にそれらの光弾は一斉に四方八方へと散らばった。光弾の向かう先には幾つもの家々や草木がある。
『何――!?』
 皆の声が重なった。家の外壁に着弾したものはそれらを崩し、草木にぶつかったものは炎を上げる。
「魔神弾からいいヒントをもらいましたから。有効に使わせてもらいます」
 魔獣弾の冷笑は絶えない。神技隊は歯を食いしばった。
「ずいぶんと楽しそうだな、魔獣弾」
 突然声が降りかかり、魔獣弾は目つきを険しくしてその方角を向いた。ハッとして神技隊もその方を振り向く。
「いつもいつも芸のない登場の仕方ですね。ええ、楽しいですよ」
 魔獣弾は皮肉たっぷりに言い放った。屋根の上に立つ少女へ向けて。
「別にしたくてそうしているわけじゃないんだが、われにそうさせるような言動をするものが多くてね。われも困っているのだ」
 これまた困った様子でもなくレーナはにこりと笑った。そしてヒョッと屋根の上から飛び降りる。
「またまたお着き人は来ているのですか? あなたの親衛隊」
 さらに目つきを鋭くする魔獣弾にもレーナは怖じけない。
「ああ来ている。すぐ側にいるよ」
 レーナの微笑みもまた絶えることがない。それがさらに彼の気に障った。
「予定変更です。まずあなたから始末します」
 魔獣弾はそう言い放って、瞬時に生み出した全ての光弾を彼女に向かって放つ。
「ビート! 広範囲の結界だ!」
 レーナが叫んで後ろへ飛ぶといつもの白い光が生まれる。
 白い光がなくなると同時に、ビートブルーが張った結界で全ての光弾が弾かれる。
「それはお見通しです! これはどうですか!?」
 魔獣弾は今度は巨大な岩石を幾つも作り出した。所々地面が深くえぐられる。そしてそれらの岩石は一直線にビートブルーの方へ向かった。
 なるほど。岩石ならば跳ね返して粉々になっても視界が利きにくくなる。運が良ければ足場が崩せる。長期戦に持ち込んで有利にしようとしているのか
 それならば! とレーナは精神を高め、
「炎竜!」
 そう叫ぶと、アースの構えに従ってビートブルーは技を繰り出す。うねるような炎が次々と岩石を砕いていく。魔獣弾とビートブルーの丁度真ん中の辺りで。
 思うようにはさせてくれないってことですか。
 魔獣弾は唇をかんだ。その時――――
「何!?」
 大きな爆裂音とともに、巨大な火の柱が地上に突き刺さった。火の柱と言うよりは、それは何か雷のようにも見えただろう。真っ白な雷。
 場所は丁度ビートブルーの後ろ、二百メートル程だ。唖然としてその光景を神技隊は見つめていた。つい何分か前にスピリットも到着していたので、その場に居合わせたのはスピリット、シークレットとラフト、カエリ、ヒメワの合わせて十三人となる。
 魔獣弾も、あまりに予想外なことにしばし呆然として立ちつくす。
 皆を圧倒した火柱が消えたとき、そのさらに後ろには一匹の獣がいた。銀色の毛をした狼のようなもの。しかしそれよりは若干大きい。毛並みは細かく美しかった。
 レーナは四人に合図してビートブルーの合体を解いた。そしてその銀狼をじっと見つめる。
 すぐにその銀狼は姿を変えた。あのラビュエダと同じように、獣から人の形へと。
「ようやく会えたな、レーナ」
 その男は第一声でそう言った。深い緑色の髪を後ろで軽くまとめており、ゆったりとした服の上には白衣のようなものを着ている。一見奇妙な気もするが、しかしそれが妙に彼には似合っていた。着慣れてるとでも言うべきか。背は高く、百九十はなくともその辺りではある。ひょろっとした印象はなく、体つきは意外にもしっかりしていそうだ。
「ああ、そうだな。しかしずいぶん力押しで入ってきたもんだな。真上の結界にぼっこり穴が開いている」
 レーナは落ち着いた声音でそう答えた。
「もともと開いていた穴だ。広がっただけだろう」
 同じようにその男も答えた。
「お前はアスファルト! どうしてここに!?」
 その男に向かって魔獣弾は驚愕の声を上げた。アスファルトと呼ばれたその男は、今気がついたとばかりに魔獣弾の方を見る。
「封印が解けていたのか、魔獣弾。久しぶりだな」
 取って付けたようにアスファルトは言った。しかしすぐに彼の視線は一点に注がれる。
「……オリジナル? そうか、今は丁度その時期か。なるほど、お前がわざわざここに来るわけだ」
 アスファルトは梅花たちを凝視した後、再び視線をレーナに戻した。その表情には余裕が見られるのだが、しかしどこか悲しげでもある。
「しかし噂は本当だったようだな。お前のみに記憶があって、アースたちにはないという話は」
 彼はレーナとその周りにいるアースたちを交互に見る。アースたちの顔色からすれば知り合いではないようである。
「ああ、そうだ。われには全ての記憶がある。彼らにはない。もともと失敗していたはずの能力を行使した結果がこれだ。今は二十五代目。ずいぶん無駄にしてしまった」
 レーナの声は次第に冷静さを欠いていった。だからと言って熱くなっていったわけではない。機械的な口調になっていったのだ。
「何故そうまでして私から逃げる?」
 結局、アスファルトの問いはそこにきた。彼が一番知りたかったこと。そのために彼は魔族であるのにもかかわらず、神の本拠地に乗り込んできたのだ。
「言えない。それは言えない。もう誰にも言えない」
 レーナは静かに自分の意を示した。
「言えない?」
 アスファルトが繰り返すとレーナはうなずく。
 そう、言えない。それは二億七千年あまり心に誓ってきたこと。あの時を除いてもう言うことはできない。
 アスファルトは唇をかみしめた。
「お前が帰ってこないと言うのなら――――力ずくでも連れ戻すっ」
 彼の叫びがミリカの町に響きわたった。




「何故魔族が外からこの星に入ってきているのだ!」
 ケイルは憤慨の声で怒鳴り散らした。慌てているのは他の神も同様だ。
「まさか――――この男がアスファルト!?」
 そんな中で一人冷静に事態を把握しようとしているのはアルティードである。
「アスファルト? あのビート軍団を作り出したという魔族の科学者?」
 彼の側についていたラウジングがそう言ってモニターをのぞき込む。モニターにはその科学者がアップに映し出される。顔立ちから判断してもかなり強力な魔族ではあるだろう。基本的に神や魔族はより美しい方が強いことが多い。詳しい理由はわからないが。
「おそらく。しかし何故彼がこんなところに来ているのか――?」
 うなずいてアルティードはモニターの男を見つめる。連れ戻す? レーナを? そう言えば、前に彼女はわけあって彼の元を出たと言っていた。まさか、そのわけをこの科学者も知らないのか――?
 アルティードはレーナという少女の姿を思い浮かべる。自分を作った科学者にさえ理由も言わずに飛び出した。そして神も魔族をも敵に回して何かをつらぬこうとしている。彼女は何を求めているのだ?
 ――全てを知ること。
 彼女は言った。歴史の全てを知るためだと。もしそうだとしたら――彼女は神も魔族も知らないあの『闇暦』を探ろうとしていることになる。
「アルティード殿? 大丈夫ですか――?」
 ラウジングの声でアルティードは我に返った。そうだ。今はそのことよりもあの科学者――アスファルトのことの方が重要だ。リシヤが地球の魔族のそのほとんどを封印し、残った者も追い払った。そして地球全体を覆うように巨大な結界が張られた。そのとき以来この世界には魔族は出入りさせていないはずだった。ラビュエダの件は誤算だったとしても――――。
「これは我々神の界にも大きな混乱を呼ぶな……」
 アルティードは苦渋のうめきをもらした。




 アスファルトの繰り出すいくつもの風の矢が、ビートブルーを襲った。
 軽い動きでビートブルーは風の矢をあっさりとかわした。だがそんなことはアスファルトには予想済みのはずである。では何故そんなことを――?
 我々の力を試している――――!
 レーナには思い当たる節があった。自分やアースたちの能力が格段に落ちているという噂は彼も知っているに違いない。だから――彼はそれを確かめているのだ。
 アスファルトは今度は右手から炎を繰り出した。青白い炎の竜。
「アース! 避けるのは無理だ! 剣で弾き返す!」
 レーナが叫ぶとビートブルーは構えをとった。するとその手から青白い不定の刃が生まれる。
 その剣で炎竜を切り裂くビートブルー。真っ二つになった炎は彼の後ろで空気へと帰る。
「ふむ……」
 考えるような仕草でアスファルトは止まった。宙に浮いたまま。
「動きはまあまあ鋭い。では、こうするとしよう」
 アスファルトはそう言って一直線にビートブルーの方へ突っ込んできた。
 接近戦か――!
 ビートブルーも構える。
 アスファルトの持つ炎の剣とビートブルーの持つ剣――不定の剣同士が激しくぶつかり合い、音を立てる。
「この――!」
 時々アスファルトは小細工を仕掛ける。小さな炎球だったり拳ほどの岩石だったり。だがそれらはじわじわと彼らを追いつめていた。
 アスファルトはアースの戦法を覚えている。それで隙をつくように攻撃しているのだ。今の実力ではこの戦い方じゃアスファルトには勝てない!
 レーナはすぐさまそう判断すると外には漏れないように四人だけに話しかけた。
「このままではダメだ! アース、われと代わってくれ! あいつはお前の戦法を知っている。だがわれのは知らない。しかしだからといってわれだけではそう持たない。タイミングを見計らって交代する方がいい!」
 彼女の叫びにアースは眉根を寄せた。
 どうしてあの男がわれの戦法を知っているというのだ? そもそも、あの男のことなどほとんどわれは知らないというのに。――わかっていることと言えば、あの男がアスファルトといい、アスファルトといえば前にレーナが口にした魔族の科学者――自分たちを作り出した男、ということだけ。では何故戦うのか? それは単にあの男にレーナを奪われたくないだけ。
 あの男――アスファルトはレーナを連れ戻すと言った。彼女がそれを拒否している以上、彼らには手加減をする理由はない。それが彼女のためならば。
「あちらはあちらで楽しんでいるようなので、私は私で仕事をまっとうしましょうか」
 アスファルトとブートブルーの戦いを眺めながら、魔獣弾は楽しんでいるような口振りで言った。そして攻撃を始める。
「とにかくエネルギーを集める! それが私の仕事!!」
 魔獣弾の攻撃はかなりめちゃくちゃだ。誰かを狙うともなく技を放つ。もちろん周りの建物なんかも相当な被害を受けている。
「くっそー、好き勝手しやがって!」
 ラフトは魔獣弾をにらみつけて怒りをあらわにする。
「何とか被害を最小限に食い止めましょう! すぐに他の神技隊も来るわ!」
 リンは他のメンバーに呼びかける。
「そうだな。このままじゃミリカの町がめちゃくちゃだ」
 シンがそう言うと皆はそれぞれうなずいた。
「フフフフフ……」
 魔獣弾は薄気味悪い笑みを浮かべている。攻撃は止むことなく、ミリカの町に降り注ぎ続ける。彼のそんな行動はレーナはもちろんアスファルトの気にも障っていた。
 ビートブルーの行動権はすでにレーナのものだった。主に技を放つための『精神』の主導権もすでに彼女のものだったため、アスファルト対ビートブルーの戦いは、実質、アスファルト対レーナの戦いであった。
「やっかいな!」
 アスファルトの剣をビートはうまく受け流す。反撃をする気がないのかできないのか……とにかく受け流すのみであった。
 レーナはと言うと、必死で対策を練っていた。
 魔獣弾も何とかしなくてはいけないが、まず優先させるのはアスファルトを追い返すこと。直に神もやってくるだろうが、彼を死なせてはならない。――もっとも、相当の数の神がやってこない限り、それはないだろうとは思うが。とにかく、追い返すためには何としても彼に深手を負わせなければ。焦ってもいけないし時間をかけすぎてもいけない。一撃。たった一撃でいい――彼を戦闘続行不可能にするための強力な一撃。
 しかしそれが極めて困難であることを彼女は理解していた。
 今の我々ではアスファルトには到底実力は適わない。神、魔獣弾……誰を利用してでもいいから、うまく事を進めなければ……。
 ビートブルーはひたすら攻撃を受け流し続ける。無論のこと、アスファルトもそのことには気がついていた。そして彼女の狙いに。
 レーナは一撃で決めようとしている。ならばその渾身の一撃さえうまくかわすことができれば……精神をほとんど使い切った彼女を捕らえることはたやすい。
 二人の思惑が交差する中、アスファルト対ビートブルーの戦いは続く。

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