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第十章 魔なる科学者‐3

「ラウジング!」
「わかっています!」
 名前を呼ばれて彼――ラウジングは即答した。
「まずはあの魔族を倒すか、少なくとも追い払います。それからすぐに魔獣弾を何とかします。このままでは神技隊の身が持たない」
 ラウジングはアルティードの横を擦り抜けながらそう言う。
「そうではない! もう少しだけ待て、ラウジング! 後少しでシリウスが到着する。あいつが来るまで待て! お前一人ではあの魔族には勝てない」
 そんな彼を制止させるようにアルティードは叫ぶ。ラウジングは振り返った。
「しかし……このままあの魔族を放っておいて何かが起こっては――! 無理だとしても私は向かいます。うまくビート軍団を利用すればできるやもしれません」
 同じことを彼女が考えているなどとはつゆ知らず、ラウジングは言い放った。彼の目には決意が見て取れる。死を恐れぬほどの決意。
「……わかった、お前に任せよう」
 アルティードは諦念の声で了承を告げた。ラウジングはうなずき、再び歩き出す。
「だが死へは急ぐな! 死して残るのは負の心のみしかない! 決して死に急ぐな!」
 張りつめた背中に、アルティードはやりきれない思いを投げかけた。ラウジングが振り返ることはなかった。




 それはビートブルーの主導権が再びレーナに戻った、そのときだった。
 アスファルトの放った巨大な炎球に彼らは吹っ飛ばされ、壁にもろに激突する。一瞬の隙をつかれたといった状態だったが、それは彼らに痛い一撃となった。
 合体が解けてしまったのである。
 どうやら衝撃でレーナが意識を失いかけた際、精神力の集中が途切れて、合体維持に必要な最低限の精神量を下回ったようである。
『レーナ――――!』
 四人の声が重なる。レーナは第六感とも言うべき直感で、右に体を反らす。打ちつけられた頭が痛み、そのとき彼女の意識は明白ではなかった。
「くっ」
 鈍い痛みが走り、彼女は小さくうめいた。
 刺された。
 アスファルトに殺意がなかったため、傷は深くはなかった。が、より不利になったのにはかわりない。しかし刺されたのが左腕だったことを彼女は幸運に思う。治すまでの間、利き腕なしではつらい。そして彼女にとって気にかかることは出血量だ。
 この傷なら治せる。だが早く治さなければ出血により精神が大量に失われる。とにかく傷を塞がねば!
 この間の彼女の判断は一秒とかからなかった。レーナはすぐにそのまま体を回転させ、地を蹴った。アスファルトと目が合う。
「逃がしはしない――!」
 アスファルトも同じように地を蹴った。レーナを捕らえようとする彼に、横からネオンが攻撃を仕掛ける。
「そうはさせないぜ――!」
 ネオンの振りかざした水の剣にアスファルトも剣で対抗する。
「そんなものは効かんっ」
 剣の攻撃に次いで生み出された多数の小炎球をまともに食らうネオン。
「ぐうわぁぁーっ!」
 ネオンが悲鳴を上げたそのとき――――
 「!?」
 奇妙な衝撃音がミリカの町に広がった。
「神か――――!?」
 剣を交えながらアスファルトが叫ぶ。
「そうだ!」
 答えたのはラウジング。乱入してきたのは彼だった。その手にはやはり『エメラルド鉱石』の剣。二つの剣が重なるたびに、それらは奇怪な音を発する。
 突然現れたラウジングによって、二人のにらみ合いが始まった。レーナにとってはまたとないチャンスだ。
「レーナ! お前は一旦傷を癒せ! アース! レーナに付いてろ! こいつにはオレたちが加勢して時間を稼ぐ! オレたちはまだ少しも戦ってないからな!」
 カイキはレーナ、アースに向かって叫んだ。そしてイレイの背中を押す。
「ネオンと合流してあの神に加勢する。きっとあいつだけじゃあの男には勝てない」
 耳打ちするカイキ。イレイはうんとうなずく。
「とにかく一度離れるぞ」
 アースはレーナの腕を取って言う。
「わ、わかった」
 レーナは小さく答えた。




 じわじわと体力が削られていることに、神技隊は気がついていた。一気に殺そうとはしない。少しずつダメージを重ねていく。しかしそれが何故であるかまではわからなかった。
「やはり人間などたやすい。どんなに数をそろえようとも私の足下にも及ばない!」
 魔獣弾は含み笑いをもらした。
「オレたちの攻撃がちっとも効いちゃいねぇー。一体どうなってるんだ――!?」
 ゲイニが歯ぎしりする。神技隊が全員そろったにもかかわらず、魔獣弾には大したダメージを与えられなかった。当たっても効かないのだ。結界を張っている様子もない。唯一彼が避けているのはレンカや梅花の攻撃だ。つまり――――
 精神系。
 おそらくは当人たちだって気づいているはずである。精神系の攻撃なら効くかもしれない、と。無論、当たらなければ意味がないので苦労を強いられているわけだが。
 よって彼らは攻撃方法を変えた。
「ミツバ!」
「わかった!」
 滝のかけ声でミツバは景気よくそれを投げた。
 すちゃっと右手に収まった剣を構えて、滝は魔獣弾と対峙する。
「これなら!」
 滝の一刀をすれすれのところでかわす魔獣弾。やはり『この武器』なら少しは効果がありそうだ、と滝は内心思う。
 彼ら『魔族』と敵対している『神』から与えられた武器だ。
 まさか、こういう事態を予想して――――?
 彼の疑問はすぐに頭から消えた。そんな余裕はない。ひたすら意識を集中させる。
 そうでなければ鋭い攻撃は生み出されない。
「今なら当てられる!」
 レンカは背後の方で構えた。滝の動きならよくわかっている。次第にうっすらと光る透明な弓矢が現れた。
 行け!
 矢は放たれた。ものすごいスピードで――と言っても風を切る音はしないが――それは飛んでいく。そして見事に魔獣弾の右腕に突き刺さった。
「ぐっ――――――!?」
 彼は苦痛のうめきをもらして膝をついた。油断していたところへのこの攻撃は効いたようだ。
 攻撃した本人は、精神系の攻撃がどれほど魔族に効果があるのか知っていたわけではないが、とりあえず、魔獣弾がかなり苦しんでいることは見て取れた。
「滝! 今よ!」
 レンカは叫んだ。滝はすぐさま剣を振るう。
「ぐぅあぁぁっ――うぐっ!」
 何とか体を起こして後ろへ飛ぼうとした魔獣弾は、避けきれずに悲鳴を上げた。深手でこそなかったもののダメージは大きいようだ。
「ちょっと……油断してしまいましたね。もう手加減はしませんよ。一人ずつ殺してさしあげます――!」
 ギトギトした目でそう言って、魔獣弾はバッと後ろへ飛ぶ。傷は動けないほどではないらしいし、精神力もまだまだ残っているといった様子。傷を塞ぎながら右手を掲げる魔獣弾。
「一度には殺しませんよ。一人ずつ……一人ずつ殺していきます。そしてあなたたちは恐怖の中に身を埋めるのです――!」
 叫んでから彼の体はフワッと宙に浮く。飛ぶ気だ。
 空中戦――!?
 滝は横に飛んでレンカのもとに着地する。
「滝にい! 空中戦ならオレが行く!」
 その横をかすめる青葉。
「一人でか――――!?」
「青葉! 無茶だ――――!」
 滝とシンの声が重なる。レンカがその気配に気づいて振り返るのと、梅花が同じように横を擦り抜けるのとは同時であった。
「シークレット、行きます! 援護お願いします!」
 梅花は振り向かなかった。レンカはため息混じりに承諾すると、回復中であったピークスに呼びかける。
「ピークス。銃で援護を! 青葉たちをフォローして!」
 ピークスが動いたのを確認して、レンカは小声で滝に耳打ちする。
「滝、魔獣弾はかなり本気みたい。私も援護に回るから、滝は他のメンバーと一緒に町への被害を防いで!」
 彼らが苦戦を強いられるもう一つの理由はそれでもあった。町中での戦闘では大技も思うように使えない。それどころか、相手の攻撃を身を挺して防がねばならない時もある。もっとも、すぐに殺すのはもったいないと思っていたのか、致命傷となりうるような技は使ってはこなかったが。
「……ああ、わかった。気をつけろよ」
 滝は仕方なくうなずいた。彼は接近戦向きなので、コンビネーションができない限りは青葉たちに加勢することはできない。
「うん、大丈夫。私が簡単にやられると思う?」
 レンカは答えてにっこりと微笑んだ。




「傷は?」
「今塞いでる」
 レーナの鋭い即答にアースは口をつぐんだ。彼女は左腕に手のひらを当てて目を閉じている。治癒の技だ。白い上着が赤く染まっているのが痛々しくて彼は目をそむけた。
 カイキたちは大丈夫だろうか? それにオリジナルたちは……?
 気は焦るばかりで、傷が癒えないのをじれったく思いながら、彼女はぼんやりと前方を見つめた。住人が逃げ去ったためにもぬけの殻になった家が映る。寄りかかった壁の残骸が妙に冷たく背中に染み入るようで、レーナは身を縮めた。
「後、どれくらいで治りそうだ?」
 再びアースが尋ねた。その質問が本当に聞きたいことではないと知りつつも、彼はそれを口にしていた。
「わからない。そんなに早くはなさそうだ」
 レーナは伏し目がちに答えた。そして隣にしゃがみ込んでいる彼を見つめる。見慣れてしまった、どこか不愉快そうな表情。
「アスファルトのこと、気になるか?」
 聞き返した彼女の方をアースは振り向いた。
「……」
 しばし黙り込むアース。どうしてこうも本心を悟られるのか、彼にはわからなかった。
 もし何でもわかっているのだとしたら……彼女は常にポーカーフェイスをしていることになる。そう考えるとどうも気分はよくない。たとえ普段はわかっていなかったとしても……結局、どうしてこんなときばかり読まれてしまうのかと思い、不愉快になる。どっちにしろ真相を聞かない限りは気が晴れることはないのだと、彼は悟った。
「まあな」
 彼は小声で答えた。
「何故あいつはお前だけを連れ戻そうとしているんだ?」
 そして続けて尋ねる。あの異様な執着ぶりは理由が想像できない。何しろ彼らは自分たちがその男――アスファルトに作り出されたという事実以外何も知らない。
「一緒にいるのに慣れてしまうと――、一人とは寂しいものだからな」
 レーナは複雑な笑みを浮かべながらそう言った。アースはそんな彼女の表情を目を細めて見つめる。彼女が、本当は言いたくないと思う話は、大体が核心とは全く離れたところから始まるか、もしくは説明を省いていきなり結論に達するかのどちらかだ。どちらにしろ、最後まで話を聞かないことには判断できない。
「本当に、とうに昔のことだが、あいつはすでにおまえたちを手放している。自分のそばに置いてはおけないともうはっきりわかっているのだ。だからってわれなら安全かというと現状からすればその辺は疑問だが……少なくとも、牽制はできる。だからわれを連れ戻そうとする。本当なら……いや、これはいいだろう。それに、加えてわれは理由を何一つ言わずに出てきてしまったからな。納得いかんのだろう。例えて言うなら家出少女を捜しているお兄さんみたいな感じだな」
 彼女の笑みは苦笑に変わった。何かを思いだしているのか、遠くを見つめたまま口をつぐむ。彼女の横顔をアースはじっと見つめた。
 レーナは自分たちの関係を『家族』に例えた。何となく自分が考えていたものとは違うなと、アースは感じていた。過去においての自分たちの姿が想像できない。その時の自分はどのようにして見ていたのだろう。アスファルトを、レーナを。
「アース? そろそろ行こう」
 レーナは不意に立ち上がった。
「傷は癒えた。そう長いことあいつらに任せておくわけにはいかない」
 彼女は真っ直ぐ前方を見つめた。
「……わかった」
 アースは答えた。彼女が何故アスファルトの元を離れたのかはわからない。しかし、こうまでしてかたくなに逃げようとするには何かわけがあるのだろう。今までの行動を見た限りでは、彼女は彼に敵意は持っていないようだった。アスファルトが問いただそうとし、彼女が『言えない』といったそのわけ。
「さっさと片をつけないと、オリジナルたちも危ないしな」
 自分に言い聞かせるような彼女の様子を、彼はただ黙って見守ることしかできなかった。




 大切な者を傷つけた。
 大切な者を敵に回した。
 大切な者の命を奪った。
 それでもやはり『大切』なのだと言い切ることはおかしいのだろうか?
 何が『一番』かは決められない。それぞれが大切だから。でも、どれを優先するべきかははっきりとしている。
 だから傷つく。
 大切な者と気にかける者が多すぎるから……。
 何かを選び取るたびに何かを失う。欲張りなのだろうか? 全てを傷つけたくないなど。不可能なのだろうか? 皆が幸せになることなど……。
 時は刻々と過ぎていく。歯車はもう回り始めているのだから。
 タイムリミットは近い。

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