white minds

第十一章 再会‐2

「ずいぶんと派手にやられたな」
 ラウジングは神技隊全員を見回しながらそう言った。
「すいませんねー力不足で」
 ダンがすねたように答える。そんな彼の頭をホシワがぽんぽんと叩いた。
「とりあえず重傷の者はここで傷を治そう。誰か、基地に戻って治癒専門のチームを呼んでくれ。アルティード殿に頼めば手配してくれるはずだ」
 ラウジングが声をかけるとカエリが立ち上がった。すぐさま基地の方へと駆けていく。
「治療中以外の者は基地に戻った方がいい。動けない者は手を貸してやれ」
 てきぱきと指示するラウジング。滝は彼に話しかけた。
「皆あちこちケガしてるけど……どれくらいで回復するだろうか?」
 尋ねられたラウジングは顔をしかめて、一人うーんとうなる。
「傷ならすぐに治る。だが戦えるようになるには……個人差はあるが、少しかかる者もいるだろう。それより問題は精神の回復。ヘタをすれば一ヶ月程かかるかもしれない」
 それを聞いて滝は深くため息をついた。その一ヶ月組の中にレンカも含まれているのだ。
「まあ、そう暗い顔をするな。シリウス殿なら何かいい方法を知っているかもしれない」
『シリウス』と聞いて滝はムクッと頭をもたげた。
「シリウスって……あの男のことだよな? 知り合いか?」
 ラウジングはうなずいた。
「アルティード殿とほぼ同期。我々の中ではトップレベルの強さを誇る人だ。私もよく修行をしてもらった」
 ラウジングの言葉に、へー、と滝は声を上げる。やはり相当の強さらしい。
「とにかくお前も一度基地へ戻れ。話は後でだ。報告は近々にする」
 そう言っていっつも待たせる……というつっこみは心に留めておいて、滝はとりあえずラウジングと別れた。




 無理矢理カイキたちを引き連れて彼は適当な洞穴へと入った。この星には洞穴が無数に存在する。レーナの話によると、それは昔に神と魔族が戦った際に空いた穴が風化したものらしい。町と町の間にある小さな山から海岸沿いまで……至る所にあるそれらは、彼らにとっては格好の休憩場所だった。
「ああ……疲れた!」
 イレイが倒れ込むように地べたに座り込む。続けてネオンも彼の隣にしゃがみ込んだ。
「本当、今回のはハードだったよな……。体がガクガク」
 カイキもそう言いながら適当な岩の上に腰を下ろす。アースはその側でただ突っ立っているだけだ。
「あれ? レーナは?」
 イレイが気づいてキョロキョロと辺りを見回した。
「ん?」
 顔をしかめた後、アースはつかつかと歩いて表の方を見る。レーナは入り口の側でしゃがみ込んでいた。
「お前、こんな所で何やってるんだ?」
 尋ねるアース。しかしレーナは膝を抱えたまま顔を上げない。そしてしばらくしてから、ようやくゆっくりとした動きで頭をもたげた。
「……全く動けなくなってしまった」
「は?」
 レーナは軽く笑いながら口を開いた。アースは眉をひそめる。
「動けない? さっきまで普通に歩いていたではないか」
 片膝ついてアースは彼女の顔をのぞき込む様にする。レーナはそのままの状態で微動だにすらしていない。
「まあ……あいつがいたからな」
『あいつ』と聞いてしばし考えた後、それがあの男――シリウスという奴を指しているのだとアースは気づいた。苦笑する。
「ずいぶんとした意地っ張りというか見栄っ張りだな。弱みは見せたくない、ということか?」
 そう言ってアースはひょいと彼女を抱きかかえた。一瞬苦しそうに顔をゆがめ、それでもおとなしくレーナはなされるままにする。
「あ! レーナ! どうしたの!?」
 アースが洞穴に入っていくと、パッとイレイが立ち上がって駆け寄ってきた。先ほどまでの疲労はどこへいったやら。
「全く動けないそうだ」
 レーナの代わりにアースが答えた。それとほぼ同時にカイキとネオンも近寄ってくる。
「いや、まー、全身が痛くて動けないのだが……無理な技を使ったのが体に応えてるんだ。直に治るよ」
 レーナは困ったような笑みを浮かべた。つくづく『微笑む』ことしかしない奴だとアースは思う。
「本当? 大丈夫? 無理しないでね」
 子供のような顔でイレイが言った。レーナはやはり、微笑みかけることしかしなかった。




「久しぶりだな、アルティード」
「シリウスか」
 中央司令室で二人は再会した。
「ここでずいぶん彼女が暴れて困ってると聞いてやってきたが……思ったよりは被害がでていないようだな」
 シリウスがそう口を開くと、アルティードは疑問の表情を浮かべた。
「被害?」
「もっとド派手に活動しているかと思った。あいつが現れた場所は、その場所の規模と同じだけ『彼女色』に染められるからな」
 愉快そうな顔のシリウスに、アルティードは言葉がない。もとよりそれ以外の神――任務中の者――は口を挟む気は全くなく、モニターとにらめっこをしている。
「カイキ連合の中心の星――その中心にいた『家』のもとへ現れたら、カイキ連合中が彼女の話で持ち切りになった。いまだにあそこでは『レーナ』は救世主扱いだ。また、どこか小さな星、貧しい村の少女の家にでも行けば、その家族だけが彼女色に染まる。彼らの胸だけに彼女は刻まれる。だから、ここにあいつが現れたと聞いたときは、地球中が混乱しているか人間の聖人様扱いになってるか……とにかくもっとすごいことになってると思った」
 アルティードは大きくため息をついた。
「ではお前の話によると、我々はまだ助かってる方ということだな」
 シリウスは苦笑する。
「しかしお前がそれほどレーナのことを知っているというのに、何故カルマラはほとんど情報を集められなかったのだろう?」
 アルティードは不思議そうにシリウスに尋ねた。
「それは多分……彼女が人間の間でしか噂になっていないからだろう。現に、今の話も人間がしているもの。神の中では大した話にはなっていない。というのも、彼女は神界ではそれほど活動していないからだ。他の星では、ここのように人間の活動を神が把握している、というわけではないしな」
 そう答えるシリウス。そして彼は急に真顔になった。
「ところでアルティード。魔獣弾たちが復活し、その上魔族が外から結界の中へ入ってきた。一体どうなっているんだ?」
 アルティードも真剣な目で眉根を寄せる。
「ついここ二十年ほどのことだ。次第にリシヤの封印が弱まり始めた。それにつられるようにアユリの張った巨大結界までも弱まり始め……そのせいで人間の技使いが他世界へ出ていってしまうようになった。また『気』の乱れも激しくなり、自然災害も多発している。そしてこの間、ついに魔光弾たちが復活してしまった。彼らのことは一応人間の技使いたち――神技隊に力を貸してもらって何とかしているのだが……いや、正確に言えば、かなりビート軍団の力を借りている。ある意味では彼らの存在が魔光弾たちを牽制している。どうやら魔光弾はレーナと部分的に提携しているようだが、魔獣弾は完全に敵視している。魔神弾は全くの謎だ。そして今日、ついに魔族が結界の割れ目から中に入ってしまった」
 一通り話し終えると再びアルティードは大きく息を吐いた。
「……」
 しばし沈黙が続く。カタカタという機械音だけが部屋の中に響いた。
「今まで外の魔族は、結界の弱まりに気づいていなかったのか……はたまた気づいてはいたが警戒していたのか……。どちらにしろ、今回の件で魔族側はこちらの戦力不足に気づいた可能性が高いな」
 考え込んだ後、シリウスはそう断定した。そして腕を組み直す。現状はどう考えてもかんばしくない。
「アルティード……。思い切って、一つ提案があるのだが……」
 シリウスは決心してパッとアルティードの目を見つめた。
「提案?」
「ああ」
 聞き返すアルティードに、シリウスは大きくうなずいた。




 治癒専門チームが帰り、ようやく基地は平穏を取り戻した。
「しかしあっという間にくっついちまったな」
 自分の右手を見つめながらゲイニが口を開く。
「だからってあんま動かすなよ。しばらくは安静にしろって言われてるんだから。ま、オレはお前の右手が動かなくなっても関係ねえーけど」
 そんなゲイニを肩越しに振り返ってラフトが憎まれ口を叩く。いつもならそこで殴り合いが始まるところだが、さすがにゲイニも今回ばかりは遠慮したようだ。その代わり思いっきりラフトをにらみつける。
「まあまあ、先輩。そんなこと言わずに」
 中に割って入ったのはコブシだ。自分の部屋の前で口げんかが始まってはたまらない、と思ったのだろう。大抵の者は廊下に立っているか誰かの部屋に行っているかのどちらかだ。コブシはたまたまどちらでもなく自分の部屋にいたのだが。
「そういやコブシはケガとかしてねえのか?」
 ラフトは今度はコブシに話を振った。
「いや、オレは大丈夫です。途中からけが人のサポートに回ったし」
 言いながらコブシはブンブン手を振る。
「そっか。そういやピークスは援護だったしな。仲間はどうした?」
 気楽そうな声のラフト。彼の後ろでゲイニはグルグル肩を回す。
「ジュリはいまだに大忙しで、あっちこっち駆け回っています。大まかな傷は治してもらってもまだ完全じゃないですから。隊長は今も元気にモニタールームに居ると思いますよ。たくとコスミは、どっちかの部屋でいちゃいちゃしてるんじゃないでしょうか?」
 コブシが笑いながら答えると、ラフトは、フーン、とうなずいた。
「あの二人ってそういう仲だったのか?」
「ええ、まあ、何というか、そんな感じのようなそうでもないような……」
 ラフトに聞かれてコブシは曖昧な答えを返す。確かに彼はそういう話題には疎そうだ。
「あ! ラフト先輩! 何話してるんですか?」
 そこへサツバがやってきた。頭にはグルグルと包帯を巻いている。
「別に大したことじゃねえけど。サツバこそ、こんな所に何しに来たんだ?」
 サツバの部屋は一階だ。彼はえへへと笑いながら持っていた袋から何かを取り出す。
「ちょっとした差し入れを頼まれて。みんな疲れてるだろうからって甘い物を。はい、先輩達にも」
 サツバから順に白い丸い物体を受け取るラフトたち。
「何故まんじゅう……」
 つぶやきながらも食べるゲイニ。お腹は空いていることだろう。サツバは、それじゃあ、と言って彼らの横を通り過ぎた。
「それにしても魔獣弾は強かったな。それともオレたちが弱すぎるのか?」
 まんじゅうをくわえながらぼやくように言うラフト。コブシもうーんとうなる。
「かもな。もっと強くなりてえ」
 ゲイニも同意して拳を握った。
「もっと強くかあ……」
 複雑そうな表情で、コブシはその言葉を繰り返した。
 



 アスファルト――魔族の科学者。科学者と言っても、『技』以外のことを研究する魔族は皆そう呼ばれるので、ピンからキリまでいる。その中でも彼は一流の科学者だった。
 彼が専門的に研究していたのは強力な生命を生み出すことであった。あらゆるものをを利用して、である。そんな彼が目をつけていたのは『人間』という存在であった。
 未来に何度か出入りしていた彼は、人間の中に技が使える者が現れることを知っていた。
 人間にも技が使える――!
 彼の研究は着々と進んだ。
 とは言ったものの、彼の研究がずっとうまくいっていたわけではなかった。何度も壁にぶつかった。特に一番大きな壁だったのは、どうやって人間の遺伝子に魔族の情報を送り込むかであった。
「何で?」
 レーナの説明をそこまで聞いたところで、イレイは尋ねた。動けないレーナはその代わりといっては何だが、アスファルトについて話をしてくれていた。彼らを作り上げた異端の科学者のことを。
「魔族は、自分の体の情報を部分的に取り出し、それに精神を与えることによって、自分の一部を切り離すように数を増やしていたからだ。実際は、色々と複雑なやり方で強い魔族を作り出すこともできたけど。とにかく、もともとあるものに情報を加える方法は知らなかったわけだ」
 レーナはすらすらと説明したが、イレイは目を白黒させるだけだった。ネオンなんかも同じような顔をしている。
「少しわかりにくいかもしれないが……例えば、人間でいう『遺伝子』にあたるものを魔族も何だかの形で持ってはいる。が、それがどこにあるのかも、どのようにして存在するのかも実際はよくわかってはいないのだ。しかし彼らはその情報を取り出すすべは生まれながらに持っている。感覚的なものだ。それがさっき言った、まるでアメーバか何かのように、自らの存在を分けるということ。ま、全く同じ者は生まれないのだがな。つまりそれ以外の方法は全く知らない。突き詰めて言ってしまえば、その時点でアスファルトは、何故人間が技を使えるのかということもわからなかったわけだ。それだけではなく、神がどうやって生命を生み出すかも。他の魔族と同様に」
 付け加えるようにレーナは述べた。
 行き詰まった彼の研究を助けたのは、一人の神だった。名はユズ。未来からやってきていた女神。神と魔族でありながら二人が惹かれ合ったのは、お互いはみ出し者であったというのが理由であろう。神も魔族も何だかんだ言いながら、やっていることは同じ、と言うのが彼らの考えであった。
 ユズによって彼は神の知識を手に入れた。それが壁を取り除くカギにもつながった。
 神は生命を生み出す際、何か媒体になるものに自らの情報を注ぎ込んでいたのである。その媒体が、人間の体でもいいのではないかと彼は考えた。
 研究は結果的には成功した。加えようとしてはいたがうまくいかなかった能力もある。だが、魔族でも神でもない強い生命を生み出す、という意味では大成功だった。
「じゃあ何で、その……オレたちを手放したんだ? 成功してたんだろ?」
 あらかたの説明が終わったところでカイキが質問する。レーナは一度目を閉じてから、答え始めた。
「それは……初代のお前たちが五腹心のうち、二人に気に入られなかったからだ。五腹心というのは、魔族の中で、対地球戦の指揮を執っている五人。ラグナ、イースト、レシガ、ブラスト、プレインのこと。その当時の動ける魔族の中では最高位の魔族だった。もともとアスファルトの立場は複雑だったため、とてもじゃないが、お前たちをかばえる状況ではなかった」
「それで逃がしたの?」
 間髪入れずにイレイが首を突っ込む。
「ああ。イーストとレシガがそう勧めた。アスファルトはそれを呑んだ」
 レーナの声は静かだ。
「あのさ、今の話を聞いてる限りじゃ、あのアスファルトって奴はそう悪い奴には思えないんだけど……、何でお前、あいつから逃げてんだ?」
 誰もが聞きたかった『核心』とも言えるところをネオンは尋ねた。少なくとも今まで聞いていた話だけではそのことは判明していない。
「それは……言えない」
 彼女は小さく、しかしはっきりと言い切った。
「オレたちにもか?」
 驚いたようにカイキが聞き返す。なかば予感していたアースは何も言わなかった。
「すまないが、言えない。一つ言えることがあるとすれば、それはわれの問題で、アスファルト自身には関係ないということだけだ」
 レーナはどこか遠くを見つめた。このことを問われると彼女はいつも遠い目をする、とアースは思った。まるで過去の思い出に心をはせているかのように。
「話は……これくらいでいいか?」
 レーナは尋ねた。アスファルトについての話をせがんだのはイレイだ。もちろん、他の者も聞きたかっただろうが。
「う、うん。ありがとう。疲れた? レーナ」
 一応うなずいて彼女の顔をのぞき込むイレイ。
「ん? 大丈夫だ、これくらいは」
 レーナは微笑む。いつものように。その表情がどこか痛々しく感じられたのは気のせいだっただろうか? アースは胸中思う。
 彼女を苦しめているのは体の痛みだけではない、心の痛み。それが彼女の顔に暗い影を落としているような気がして彼はならなかった。
 彼女を……守らなくては……。
 アースは強く思った。自分が支えてやらなければ、彼女はどんどん無茶をするように思えてならなかった。彼女は他の誰にも任せられない、いや、任せたくない。
「少し休んだ方がいいぜ」
 カイキが心配そうに言う。
「ああ」
 小さくうなずき、レーナはうつむいた。

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