white minds

第十二章 絡み合う歯車‐1

 神妙な面もちでケイルは目の前の人物を見た。
「アルティードから聞いたが、この提案は本気なのか?」
 できれば信じたくないという気持ちが、彼の声からはにじみ出ている。
「ああ。冗談でこんなことは言えないだろう。本気だ」
 それに対してシリウスは期待を裏切るように、真剣な眼差しでそう答えた。
「しかし……あまりにも無謀すぎないか? 信用できん。リスクが大きすぎる」
 こんなことを提案すること自体がおかしい、とでも言いたげなケイルの様子に、シリウスは苦笑した。
 頭の固い奴だ。先入観が強すぎる。
 まあ、アルティードから自分の提案を聞き、それで大慌てで駆けつけてきたのだから相当驚いているのだろう。そうシリウスは考える。彼にとっては『夢にも思わなかった事態』だったということだ。
「いつ裏切るかわからん奴を仲間にするなど危険だ! わかっているのか!? レーナだぞ!? あの女を利用するなど無理に決まっている!!」
 シリウスの態度が気に入らなかったのか、罵声にも近い口調で語るケイル。シリウスは冷静な表情のままだ。家具一つない、という表現が適切なほど、さっぱりとした彼――シリウスの部屋。使われないからそうなるわけだが、それ以上にもっと冷たい空気がその中を漂い始める。シリウスは説得を始めた。
「ケイル、そう熱くなるな。確かにレーナの行動の目的は謎だ。だが全く利用できないというわけではない。現に私は過去に一度、彼女を利用している。使いようによっては彼女は最も強力な武器になる」
 シリウスになだめられて、とりあえずケイルは落ち着きを取り戻す。
「では、お前はどうやってレーナを説得するというのだ?」
 尋ねるケイルに、シリウスは自分の考えを述べ始めた。
「レーナの行動の目的は謎だ。が、その行動のパターンは大体わかる。まず一つ。彼女は人間を攻撃はしない。それどころかかばうぐらいだ。どうやら魔族と神の戦いに人間が巻き込まれるのを嫌っているらしい。その辺を考えれば、この星で彼女が無益な争いをするとは考えにくい。今までもそうだっただろう? 次に、彼女はむやみに神を殺したりはしない。今のところ我々が受けた被害というものは、資料関係を読まれたことと、魔族に関する資料を持ち去られたことだけだ。勝手にこちら側が敵視しているだけで、彼女は大してこちらに悪意を持ってはいない」
「リスクは少ない、と言いたいのか?」
 途中でケイルが口を挟む。シリウスは目でうなずいた。
「それに、我々には切り札がある。彼女たちの『オリジナル』は我々の指揮下にある。彼女は彼らを見捨てることはできない」
 シリウスの言葉を聞いて、うーむと悩むケイル。
「これから魔族が攻めてくる可能性がある以上、彼女を味方につけることより他はない。いや、味方につけるというよりは取引だが」
 さらに追い打ちをかけるシリウス。
「……わかった。私もその提案に賛成しよう」
 ケイルはとうとう承諾した。
「他の神は私が説得する。その代わり、レーナの説得はお前がしろ」
「もとよりそのつもりだ」
 二人はフッと笑って別れを告げた。
 
 
 
「ミリカの町の復興の方は私たちで手配する。現在は対策を練りつつ戦力を増強中だ。お前たちは体力を回復しつつ、魔獣弾たちの出現に備えていてほしい。とりあえずは以上だ」
 珍しく次の日にアルティードからの指示が入った。通信を切ってモニターが暗くなると、滝は深くため息をつく。指示といっても要するに、今までと一緒、ということだ。
「じゃあ、皆さん休めますのね?」
 ヒメワがうれしそうにする。
「まあ……今まで通りってことです」
 滝が答えた。
「その間に右手の腕慣らししとかなきゃな」
 ボキボキ指を鳴らしながらゲイニが言う。今は彼らがモニタールームの見張りである。
「それはいいですけど……敵待ちってことは、つまり、一時間後に出動かもしれないし、一ヶ月程放られるかもしれないってことですよ」
 滝は今後の展開を予想して浮かない顔をする。どこで何をしているかは知らないが、魔獣弾たちがちょうど良い頃合いにやってくるとは考えにくかった。今までだって、大分期間をおいてから、何の予告もなしに現れる。それまで神技隊はこの何もない基地でただ時間が過ぎるのを待つしかないのである。
「そう暗い顔するなって。何とかなるだろう」
「そうですわ」
 滝とは反対に気楽な様子のゲイニとヒメワ。その言葉に根拠はない。そんな二人の顔を見てから、滝はふう、ともう一度息を吐いた。
 命かかってるってわかってるんだろうか、先輩たちは?
 滝は胸中そう思う。しかも自分の、だけではない。どこかの町にでも彼らが現れれば、自分たちはその町の人々までも守らなければいけないのだ。
 いや、そりゃあ、そんなこと強制はされてないけど……。だからといって壊れていく町や傷ついていく人々を放っておくこともできない。自分たちにはそれを救えるかもしれない手だてがあるのに、黙って見ていることなどできない。そんな後ろめたいことは……。
 滝はうつむいた。この義務感が自分を苦しめているのかもしれない。
 目の前の二人が、滝にとってはうらやましく感じてならなかった。




 滝の予想通り、彼が現れらのは約三週間後だった。
「魔獣弾が現れた。場所はディーン。町ですでに魔獣弾は攻撃を開始している。現場にいた技使いが抗戦し、重体だ。私もすぐに向かう。先に駆けつけてくれ」
 ラウジングがモニターのなかで叫ぶ。その通信を聞いたサイゾウが基地内に緊急放送をかけた。
「魔獣弾がディーンの町に出現。至急、各自向かってください!」
 サイレンの様な音が流れた後、サイゾウの声がこだまする。戦力の出し惜しみは必要ないため全員出動だ。相手のことはわかっている。
「サイゾウ! オレたちも行くぞ! ローライン先輩も早く!」
 サイゾウが通信のスイッチを切ると同時に青葉が叫ぶ。
「おう! ちょっと待てって」
「わかりました。美しい!」
 走り出す青葉を追って二人も急ぐ。
「ディーンだよな!?」
 彼らがモニタールームを出ると、サツバと出くわした。慌てていたのかぶつかりそうになって足をもたつかせている。
「そうっす。早く行かないと、先走りメンバー現場に着いちゃいますよ!」
 一応青葉が答える。その間にも基地を出ていくメンバーがいる。
「いくら何でもそれは大袈裟だろー?」
 走りながら笑うサツバに青葉は首を横に振る。
「あいつなら有り得ます」
 そう言うと青葉はスピードを上げた。
「おいおい、青葉ってめちゃ足速くない?」
 彼の背中を見ながらサツバが声を上げる。サイゾウはやれやれといった様子で、つぶやくように答えた。
「ま、うちの素早い組のひとりですから」
 は〜ん、とサツバはうなる。
「わたくしたちも急ぎましょう! 美しい!!」
 意味もなくローラインは声を張り上げる。何がうれしいのかよくわからないが、顔がきらきら輝いているように見える。気のせい、ということにして、サツバとサイゾウはあえて聞かなかった。世の中、聞かない方がいいということはごまんとあるのだ。これはその代表例ということにしておく。
 そして二人は目でうなずきあった。




 青葉の言う『あいつ』は確かに彼が基地を出るのとほぼ同時に現場に到着した。
「現状は最悪……」
 屋根の上で梅花はつぶやいた。町の入り口まで空中を飛び、そこからは地上を移動したのでおそらく気づかれてはいないはずだ。地理的に詳しい者でなければできないことだ。よって、他の者が到着するにはしばらく時間がかかるはずであった。
 少し前までは町と町をつなぐ『ワープゲート』と呼ばれている移動装置が普及していた。そのため、一般の人は地図上ならともかく、実際に町と町の間がどのようになっているかは詳しくは知らないはずである。技使いでさえも、町と町の間を飛んで移動することはまずしない。『ワープゲート』を利用する方が効率よく手っ取り早いからだ。それが機能しなくなる――というよりもただ単に人材不足ゆえ、『上』が装置を起動させる番人を置かなくなっただけだが――とにかくそうなってからは、確かにその可能性を否定できるわけではなくなった。しかしその装置は技使いがいれば使える物でもある。番人がいなくなってからは、一般人は知り合いの技使いを頼って移動していたようであった。
 事態は一刻を争う……。
 梅花は決心した。
「魔獣弾――!!」
 彼女は叫んだ。技使い二人が重傷。一人が現在も戦闘……いや、いたぶられているところだ。
「ん? あなたは確か……神技隊の一人。その顔は、あの小娘の『もと』ですね?」
 梅花が二人の技使いの前に降り立つ。すると魔獣弾は微笑みながらそう言った。口は笑っていても目は笑っていない。
「大したエネルギーが集まらなくて困っていたところです。あなたが来てくれて幸いです」
 そのままの表情で魔獣弾は左手の瓶をゆっくり揺らした。どうやら『エネルギー』とやらはその瓶に溜めるらしい。しかし今のところその中には何も入っていないようであった。
 二人の技使いを後ろに庇いながら梅花は彼をにらみつけた。一人は出血がひどい。早く傷を塞がねば命も危うい。もう一人は傷は大したことはないが、気を失っている。先ほど放られた人の方は意識はあるようだ。が、まともには動けそうもない。
 ここで三人を守りきることは不可能。ならば――――!
 彼女はそのまま真っ直ぐ魔獣弾の方へ突っ込んだ。右手には透明な剣――精神系のもの――を生み出して、切っ先をかすめるようにして彼の横を通りすぎる。
「――――!? 逃がしません!」
 案の定、魔獣弾は追ってきた。場所を移動する分、仲間との合流は遅れるが、それは仕方ない。
 梅花は東の方へと向かった。その方が、周りへの被害が最も少なくて済むからである。もっとも、住民はすでにどこかへ避難しているようだが。
 ビシュッ!!
 梅花の髪を数本切り裂いて、水の矢が通り過ぎた。低空からの攻撃だ。彼女はそこで一度地を蹴って左へ飛ぶ。そしてそのまま回転し、茂みの中へと潜り込む。そこは広い公園だった。
「それで逃げたつもりですか!?」
 飛んでいた魔獣弾は空中で制止し、降り立った。公園のほぼ中央。彼は右手を突き出して無数の小炎球を生み出す。それらは茂み一帯に向かって放たれた。
 地面に、草木に、着弾した炎球は煙を上げる。
「結界ですか」
 魔獣弾は舌を鳴らしてそう言った。煙が晴れる前に梅花はダッと跳躍し、そのまま地面すれすれを飛ぶ。
 一人で戦っても勝てないことは前回でわかっている。ならば、捕まらないように逃げつつも、注意を引きつけておくしかない。
 誰でもいいから早く来てくれればいいのに……。
 そう考えて、ふと、そう感じたのは初めてかもしれないと彼女は思った。
 と、その時――――
「何――!?」
 魔獣弾は声を上げて横に体をそらした。彼女を追いかけようと構えたところである。梅花も立ち止まる。
「梅花!!」
「レンカ先輩!?」
 彼女の目に空から降り立つレンカの姿が映った。どうやら弓矢を放ったらしい。左手の弓が淡い光を発している。
「あなたの気を目指して飛んできたのよ。よかった、間にあって……。すぐに青葉も来るわよ」
 レンカは梅花の側に駆け寄って言った。
「少し時間をかけすぎましたか……。神が来ない内にさっさと片をつけた方がよさそうですね」
 魔獣弾はギロリとレンカを凝視する。強い決意というか、意志がみなぎっている。
「梅花――!!」
 するとレンカの予告通り、青葉が猛スピードで飛んできた。ガガッ! っと土煙を上げて二人の前で急ブレーキをかける。そして彼は左手の剣を梅花の手に押しつけて、キッと前を向いた。
「ったく、いっつも単独行動するんだもんな」
 ぼやくように非難しながら青葉は魔獣弾をにらみつける。
「みんなが来るまではとにかく時間稼ぎよ!」
 気が立っている青葉にくぎを差すレンカ。わかっているとは思うが、一応である。
「わかってますって!」
 青葉のかけ声で再び戦闘が始まった。




「呼吸が浅い……重傷です」
 ジュリは最もけがが重い者を診てそう言った。
「そうですか。こちらの人たちは命には関わりそうにないですね」
 他の二人の様子を見てよつきが答える。
「まずこの人の傷を癒しますから、他の二人の方はお願いします」
 一度よつきを見てからジュリが頼む。よつきはうなずいて、包帯を持ってくるようコスミに言った。
 神技隊らはディーンの町に到着していた。飛んでいったレンカと青葉の気を追って滝が先導したので、思っていたよりは早く着けた。が、もちろんすでにレンカたちの姿はなかった。その代わりに、彼らが発見したのは倒れている技使い三名であった。そこで彼らは治癒のできるジュリたちを含め、数名を残して魔獣弾がいる方へと向かったのである。
「ケガをしたのは他には見あたらなかったぜ!」
 ラフトが駆け寄りながらそう報告した。後ろにはゲイニ、ミンヤ、カエリがいる。
「どうやらトップバッターさんは相当早く着いたみたい。ここ以外では戦闘が行われた形跡はなかった」
 よつきの前まで行くとカエリが付け足す。よつきは、そうですか、と小さく答えた。
 建物の損傷は激しくはないが、至る所に焦げ目が付いていた。おそらく、威力を押さえた光弾の様なものまき散らしたのだろう。一帯の住民はひどく驚き混乱したはずだ。
「たまたま近くにいたこの人たちが抵抗したから、被害が広がるのを防げたんですね。そのせいで、ずいぶんやられてしまったみたいですけど」
 よつきは複雑そうな顔でつぶやいた。
 ただ技使いというだけで彼らは皆のために戦いを挑んだのだろうか?
「水を汲んできましたわ」
 そこにヒメワが中くらいのたるを持って現れる。
「包帯ありました!」
 続けてコスミが駆けてきた。
 誰とも知らない人の家から勝手に拝借したことになるが、非常事態だ、仕方がないだろう。
「とりあえず傷の手当てをしましょう」
 よつきはそう言って皆を促した。この際、無駄な思考は止めておく。そんなこと、彼らに聞かない限りはわからないのだ。もしかしたら自分たちと同じように、理由のわからない義務感に駆られてたからかもしれないが、そうでないかもしれない。
「隊長、どうかしたんですか?」
 少しぼーっとしていたのだろうか? コスミが心配そうによつきの顔をのぞき込む。
「いえ、何でもありません。包帯巻くのを手伝ってください」
 何か得体の知れない違和感を感じながら、よつきはそう答えていた。

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