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第十二章 絡み合う歯車‐2

 応援に駆けつけた神技隊はほぼ全員そろい、戦いは激化していた。
 魔獣弾の放った光弾を滝は剣で弾き返した。弾かれた光弾は、魔獣弾のすぐ側を通り過ぎて地面に着弾する。
「行け! 白き矢!!」
 続けて、隙をつくようにレンカの弓矢が魔獣弾を狙う。
 しかし彼女の矢は彼のその腕に当たる寸前に、防御結界によって阻まれた。
「こしゃくな! まとめて動けなくしてあげましょう!」
 鋭い光を宿した目で、魔獣弾は全員を一瞥する。
「爆発――!!」
 彼が叫ぶと、掲げた両手の上にくすんだ黄色の光球が現れた。そしてそれは破裂したようにまたたく間に消える。同時に強力な爆風が生まれた。
「結界を!!」
 それらが起こる一歩手前でレンカが叫んだ。
「できるだけ相殺します!」
 リンが進んで前方に出て、両手を突き出す。
「あっ――!」
 誰かが小さく声をもらした。彼女の生み出す風は、魔獣弾のものと真っ向から対立する。
 グゥゴォォォォォォ――――!
 奇妙な轟音が耳をつんざく。感覚が次第に麻痺していくのを自覚しながらも、リンは両足に力を込めた。少しでも油断すれば体ごと吹っ飛ばされそうだ。
「リン、しっかりしてくれよ」
 そんな彼女を後ろからシンが支える。
「うん。任せて」
 リンは答えた。
 威力ならば圧倒的に魔獣弾の起こしたものの方が上だった。しかしリンは、無理をせず、かつ効率よくそれを相殺していた。彼女の風はうまく爆風を上空へ逃がしていたのである。魔獣弾の爆風は、どういう理屈かはわからないが、神技隊に向かってのみ吹いていたので、彼女の判断は正しかった。それは徐々に力を弱めていった。
 ゴォォォォ……。
 しばらくして、ようやく風はやんだ。結界を張る必要すらなく、周りの住居にも被害はなかった。最小限の労力で、彼らは攻撃を防いだのである。嵐が過ぎ去った後の静けさのような中、巻き上がった土煙が公園一帯を覆った。
「人間ごときが……、ずいぶんと抵抗してくれますね」
 やや焦燥感の込められた声を出す魔獣弾。ここまでてこずるなんて、彼には計算外だったのだろう。
「技使いを甘く見ていたようです。つつしんで、全力でいかせてもらいます」
 そう言うと、魔獣弾の気がブワッと大きくなった。威圧感のようなものがビリビリと伝わってくる。土煙のため、神技隊からは彼の表情はよく見えなかった。おそらく、鋭い眼差しで皆を見据えていることだろう。
「今の私には、これだけ一度に精神を消費するのは応えるのですが……仕方がありません」
 魔獣弾はガッと地を蹴った。まず目指すのは一人目のターゲット。一番捕まえやすそうな者。
「よう――――!」
 彼が誰に向かったのか気づいたサイゾウは、そう叫んだ。呼ばれて、ようははっとし、すぐさま防御結界を張ろうとする。彼のスピードでは魔獣弾の攻撃は避けられない。
 ガシッ!!
 が、技が発動するその直前に、彼の右腕は魔獣弾に捕らえられる。近くにいたサツバが拳を振るって引き離そうとするが、吹っ飛ばされる。
「まずは一人目」
 魔獣弾はようの体に小瓶を押しつけた。
「あ――――!」
 すると小さくうめいた後、ようの体は重力に引かれるまま地面に伏す。そしてそのまま彼は全く動かなくなった。
「よう!?」
 アサキが叫ぶ。
「何が起きたんだ!?」
「エネルギー……を吸収した?」
 その後に、ほぼ同時に北斗とコブシが声を上げた。
「そう。これは精神力そのものを集められるんです。あの腐れ魔族とは違う、別の優秀な科学者が作ってくれたのですよ。小さいですけれども、人間ならば、数百人分の精神力を溜められます」
 フフフ、と笑いながら魔獣弾は瓶を揺らした。瓶は、淡く群青色に光っている。それがようから奪った精神力なのだろうか。
「次いきますよ」
 魔獣弾は口元をゆがめた。彼はすぐ側にいたサツバに狙いを定める。
「くぅおんのぉ!」
 サツバは力任せにもう一度拳を突きつけた。が、やはりあっさりと魔獣弾に受け止められる。焦ったときにはもう遅かった。
「二人目」
 小瓶がサツバの腕に触れる。そのとたん、紙切れのように力なく彼は地面に倒れた。瓶の色が少し濃くなる。妖艶な笑みを浮かべた魔獣弾は、うれしそうにそれを見つめた。
「どんどんいきましょうか」
 そしてさらに魔獣弾が次のターゲットを定めようとしたときだった。
 彼の丁度真後ろに巨大な岩石が落下する。それはどう考えても自然の産物ではあり得なかった。だとすると――――
『魔神弾――!?』
 神技隊、魔獣弾、ともにその名を叫んだ。陥没している岩石の上にふわりと舞い降りたのは、あの魔神弾である。今まで全く音沙汰なしだったのだが、どうやらこの前のケガはもう完治してしまったようである。
「何をしに来たのですか? 魔神弾」
 魔獣弾は顔をしかめ、疑るような目で弟を見据えた。兄の手伝いというわけではなさそうである。しかし攻撃しようという様子もない。ただ彼は、首をゆっくり動かして、辺りを探っている。
 何を探しているのかしら?
 レンカは気になって辺りの気配に神経を集中させてみる。しかし彼女にすら、特別変わった気配は感じられなかった。少なくとも目の前の二人以外は。
「まあいいでしょう。邪魔をしないのであれば、誰がいようと関係ありません」
 魔獣弾はそう判断して、再び神技隊に意識を戻す。
 できるだけ短時間の内に集めなければ……。
 彼は次のターゲットを求めて神技隊の面々を見回した。
「では次!」
 そして目星をつける。自分が狙われていることに、すぐにコブシは気がついた。気がついたと同時に彼は技を放つ。
「岩石!」
 コブシと魔獣弾を結ぶ直線上に、人の頭ほどの岩石がいくつも浮遊する。通用しないのはわかっているが、足かせ程度にはなる。
「こしゃくな!」
 それらを魔獣弾は拳で破壊する。しかしそれを神技隊らも黙って見てはいない。
「させるか!」
「雷撃!」
「水鉄砲!」
 ここは数に任せて一斉射撃である。狙うは足下。あの瓶の能力がわからない以上、迂闊には近寄れない。
 魔獣弾は一度立ち止まって結界を張った。
 バボバボバボボボボ――――!
 系統もまちまちなため、何がどう作用しているのか予想もできない。奇妙な音だけが響き渡る。その隙に、シンはコブシの元へと駆けつけた。
「ちっ」
 魔獣弾は舌打ちする。近くの者から手当たり次第、片をつけていった方が早い、と彼が思った瞬間であった。
 ドフウッ!
 魔獣弾は突然体当たりされ、片膝をついた。
「な、何ですか!?」
 彼は胸を押さえながら、体当たりをしてきた張本人――走っていく魔神弾の背中を見る。どうやら攻撃したのではなく、ただ突然走り出しただけのようである。それにしても唐突である。それまでは全くその場を動かなかったのに。
 真っ直ぐ飛びながら魔神弾は、何やら技を放とうとする。しかしその直前に彼の腕は止められた。
『レーナ――!?』
 神技隊は叫んだ。彼女は彼の腕から手を離すと誘うようにひらりと舞い上がり、巨大な岩石の横に降り立つ。そしてついでと言わんばかりの動作で――右手をちょいと触れさせただけで、その岩石を粉々にする。
「……来ていたのですね、小娘」
 魔獣弾が苦虫を噛みつぶしたような顔で言い放った。対してレーナはほがらかに微笑んでみせたりなどする。
「まあな。気を隠して潜むのはわれの十八番なので」
 レーナがそう言うと、魔神弾もその場に戻ってくる。少し離れたところに立って、彼は苦しそうに目を細めた。
「……多い……もう持たない……」
 ボソリボソリと文にならない言葉をつぶやく魔神弾。魔獣弾は気味悪そうに眉根を寄せたが、レーナはどこか重い表情で彼を見据えた。
「われの体をやるわけにもいかないし……お前の有り余る精神を消してやることもできない……。助ける方法はないんだ」
 まるで聞かれたかのように彼女が言うと、魔神弾はカッと目を見開いた。思わずビクッと体をこわばらせる神技隊。
「い、一体あいつは何がしたいんだ……?」
 サイゾウが立ちつくしたままの状態でそう口を開く。だが彼に答えを与えてくれる者は神技隊の中には誰もいなかった。
「何故そんなことが言える!? この苦しみを抜け出す方法がないと……どうして言い切れる!? お前はそんなことを言って、オレを殺す気なのだろう!!」
 魔神弾が吠えた。怒りをあらわにした目でレーナをにらみつけ、窮鼠のごとく力任せに地を蹴った。
「魔神弾――――!?」
 毒気を抜かれたような顔で弟の名を呼ぶ魔獣弾。
「お前えを喰らう! そうすればこの苦しみはきっと和らぐ!!」
 両手から鎌のような刃を生み出して、魔神弾はレーナに斬りかかる。レーナはどこからともなく取り出した剣で、それらを受け止めながら後退していった。
「誰を喰らったところで意味はない。精神力が増えるだけ……逆効果だ!」
 何とかなだめようとしているのか、そうレーナは言うが彼は聞かなかった。
 彼女の顔が悲しそうに、辛そうに見える――そう青葉は思った。そしてそれは、梅花が自分の気持ちを振り切って何かを強行する時のと似ている。彼女は何を感じているのだろう?
「魔神弾……?」
 魔獣弾はただ突っ立っていた。彼ならばここぞとばかりに攻撃に出るかと思いきや、そうはしなかった。彼は考えていた、弟の言う『苦しみ』が何なのかを。
 この苦しみ……とは? 一体何が魔神弾をこんな風にしてしまっているのですか?
 魔獣弾は自問した。
「レーナ――!」
 そこへアースの声が響く。
 レーナは何とか降り注ぐ刃の雨を弾き返して後ろへ大きく飛んだ。その彼女の右腕を、アースはぐいっと強く引っ張り込む。
「アース!」
「まったく、お前は独りで出歩くのが相当好きなようだな」
 驚くような非難するような顔でレーナが振り仰ぐと、アースはそう言い放った。しかも、さらに攻撃を続けようとする魔神弾の刃を右手の剣で受け――いや、はるかに優勢な状態でカウンターさえくらわせている。左手は彼女を捕らえたままだ。
「ちっ!」
 剣技の差を悟ったのか、舌を鳴らして魔神弾は一旦後退した。
 魔獣弾、魔神弾、神技隊、アースとレーナ。それぞれが一定の距離を保ったまま、しばし相手方の様子をうかがう。
 魔獣弾は瓶を片手に立ちつくしていた。
 魔神弾は、額に汗を浮かべつつ苦しそうにあえぎながらも、目には妖しい光を宿している。
 神技隊はというと、倒れたようとサツバをホシワとコブシが運んだところだった。他のメンバーは二人を庇うようにして警戒している。
 アースは体勢こそ不利なものの、すぐにでも攻撃に移れるのは先ほど証明済みである。その手を放せばいいのにとも思うが。加えて、彼の瞳は攻撃的としか表現しようのないものでもある。そこに隙はない。が、それに反してレーナの表情は冴えなかった。
 誰もが何という言葉を発したわけではなかったが、動き出す者はいない。神技隊や魔獣弾からすれば、意図のわからない者との戦闘はやりにくいのだろうが。
 そんな中、その均衡を破ったのはまたまた加わった乱入者たちだった。
「神技隊――――!」
 レンカの隣に着地するラウジング。すぐに行くと言ったわりには遅かったが、それはいつものこと、誰も何も言わない。あの例の剣は今日は持ってはいない。
「――――!?」
 ラウジングが到着すると、間を置かずにもう一人の乱入者が加わる。魔獣弾は息を呑んだ。
「どうやら混戦のようで……様子を見に来たのだが」
 魔光弾が首を動かしながらそう言った。立場は微妙である。彼はその場の誰とも近づかずに距離をとった。
「まあ、混戦と言われればそうかもな」
 レーナがアースの手を除けてそう答えた。
 誰が敵で誰が味方なのか区別できないのだからそうなのだろう。無論、敵意を発しまくる者がいるからそうなるわけなのだが。
 ねとっとした……妖しい光をたたえた瞳を、魔神弾は四方八方へ向けた。何を考えているのかわからない。視点が定まっていないようにも見える。
「兄上は何のためにここへ? まさか私の邪魔をしに来たのですか?」
 その状態を最初に打破しようとしたのは魔獣弾であった。彼はまず兄にその意志を問う。
「私は……もうこれ以上争いはしたくない」
 魔光弾はひどく曖昧な答えを返した。うつむく彼の目には悲しみと後悔がある。だが、魔獣弾にはそれが見えない。迷いを隠さない兄の姿は、彼にはただ不甲斐ないようにしか感じられなかった。
「ならば兄上はそこで黙って見ていてください。私が甲斐性のない兄上の分まで任務をこなしてあげます」
 あざけるような表情で――右の口の端を釣り上げて、魔獣弾は言い放った。そして魔神弾の様子をうかがう。彼の行動は全く予測がつかない。運良くレーナの足を止めてくれればいいが、と魔獣弾は願った。
「またくるか!?」
 神技隊は構える。これ以上あの瓶の犠牲者を出すわけにはいかない。彼らの先頭にはラウジングが立った。
「レーナ、お前はどうする?」
「魔獣弾も魔神弾も止める。それしかないだろ」
 アースが尋ねるとレーナは即答した。彼は眉をひそめ、それから嘆息する。無駄だとわかっていても、それでもやめさせたかった。彼女の無理は目に見えているから。
 レーナは魔光弾を見つめて小さくうなずいた。魔光弾も、返事をするように一度目を深く閉じる。それが何を意味するのかわからず、アースは不愉快そうに顔をしかめた。
「行きます!」
 魔獣弾が先に動き出した。彼は真っ直ぐ神技隊の方へ飛ぶ。ラウジングは気を集中させて風の剣を生み出した。
「はあああああっ!」
「退きなさい!」
 魔獣弾とラウジングが切り結ぶ。剣技では若干ラウジングの方が上だった。が、剣の質は劣る。魔獣弾はうまく体をひねって彼をかわした。
「白き矢!」
 そこへレンカの攻撃が迫る。精神系だとすぐに判断すると、魔獣弾は一旦地に降りてそれらをやり過ごした。
「隙あり!!」
 すると今度はラウジング。水の針のような物を幾つも飛ばす。しかし魔獣弾はそれらを手ではたき落とした。
 あちらは大丈夫そうだ。しばらく形勢は変わらない。
 レーナは彼らの戦いを眺めてそう判断した。少なくとも加勢する必要はなさそうである。となると――――
 彼女はやや離れた所に立つ魔神弾を見据えた。彼は苦しそうに顔をゆがめながら、でも何かしきりに考えている。
 嫌な予感がする。
 彼女は体の奥がすうーっと寒くなる様な感覚を覚え、また、どうにもならない漠然とした不安――体中に染み入ってくる第六感の危険信号を感知して、目を細めた。同時に彼女の精神は研ぎ澄まされる。
「レーナ……?」
「……?」
 それに気がついてアースと魔光弾は怪訝そうな顔をする。レーナは何も言わない。アースはそれでも何故かを探ろうとしたが、魔光弾はすぐにあきらめてうつむいた。そして、ふと視線を感じてその方を見る。
 魔神弾が彼をじっと見つめていた。妖艶な瞳。ややくせっけの柔らかい髪が風に揺れている。
 彼は眉根を寄せた。魔神弾が不意にニヤリと口元をゆがめたからだ。
 が、次の瞬間――――その彼の口からは悲鳴がもれていた。
「ぐうはああぁぁ――――!?」
「魔光弾!」
 魔光弾の悲鳴とレーナの叫びが重なる。戦闘中だった魔獣弾たちも思わず立ち止まり、息を呑む。
 魔光弾の胸板を魔神弾の手が貫いていた。その手は鋭く変形させてある。突き刺した辺りからは強い光が放たれ、大きく気が流れている。
「魔光弾の気が……魔神弾の中に流れ込んでいる……?」
 神技隊の中の誰かがつぶやいた。彼らの目にはその様子がはっきりと映っている。常人には見えない気の流動が。
「魔神弾……兄上を喰らう気ですか――――!?」
 抑揚のない口調で魔獣弾は口を開いて――しかし、すぐにはっとして彼は駆けだした。
「それはなりません魔神弾! 我らのような半魔族が――それも同じ半魔族を喰らうなど――!」
 叫んで彼は止めようと近寄る。レーナはそれを制止した。
「危険だ! 近づくな!!」
 無論、魔獣弾が彼女の言葉など聞くはずはない。だが、彼はすんでの所で立ち止まった。
「まさか……兄上を、全て喰らったのですか……?」
 魔光弾の姿はもうなかった。
 呆然とする魔獣弾。
『喰らう』とは言わば精神を奪うこと。確かに半魔族程度の精神なら、あっという間に喰らうこともできるだろう。が、そのためには喰らう側自身も多くの精神力を使うし、何より半魔族――存在すること自体が不安定な者、には大きなリスクがつく。体、つまり存在そのものが分散、消滅するという強大なリスク。
 ドックン。
 心臓の鼓動のようなものが聞こえた。静かに……けれども妙に響く音。
「まずい、アース、ビートブルーだ」
 低く構えてレーナはそうささやいた。
「何をする気だ?」
「あいつ、おそらく、このまま暴走する。ひどい惨事が起こる、止めなければ」
 アースが問うと、レーナは答えて彼を仰ぎ見る。アースは、仕方がない、というようにため息混じりにうなずいて、彼女の手を取った。
「神技隊、気をつけろ。魔神弾の気が異様に膨らんでいる。何が起こるかわからない」
 ラウジングも警戒して神技隊の側に寄る。
「い、一体何が起こってるんですか?」
「ま、魔光弾は?」
 動揺は神技隊の中に広がっていく。それは明らかに彼らの戦闘能力を落とす。
 彼らを庇いきれるか?
 ラウジングは自問した。その自信はない。『喰らう』というものを見たのは彼も初めてだった。何がどうなっていくのか全然わからない。それでもやらなくてはならないのだと、彼は自らに言い聞かせた。
『ビートブルー!』
 すると不意に声がした。
 神技隊がそちらの方を見ると、そこには青い髪の男――おそらくビートブルー、が昂然と立っている。
「クククククク……」
 とたんに、魔神弾が笑い出した。狂った笑いとでも言うべきだろうか。
「少し楽になったような気がする。やはりあいつの言うことは嘘だ」
 天を仰ぎながら魔神弾はつぶやいた。その間にも彼の気はどんどん膨らんでいる。
 痛みすら感じていない? これだけの精神力があふれながら辛くないはずはない。『爆発』も近いか……。
 レーナは奥歯をかみしめた。一気に恐るべき量の精神があふれ出すこと、彼女はそれを『爆発』と呼んでいるが、文字通り爆発である。『気』だからといって侮ってはいけない。本来、存在するだけでは物理的影響力はないが、制御が利かなくなって放出されたそれはものすごい威力を持つ。彼女にはそれに関する苦い経験があった。
 あのときは星が丸ごと一個荒野と化した。こいつにそれほどの精神力があるとは思えないが、場合によってはここら一帯が焼け野原となるかもしれない。
「魔神弾……平気なのですか?」
 信じられないという顔で魔獣弾は尋ねた。いまだに彼には、目の前の出来事が理解はできても受け入れられないようだ。
 確かに兄上は役立たず……しかしだからといって……。喰らうことはあくまで最終手段、五腹心様の了解が必要であるはず。魔神弾は一体どうしてしまったんだ?
 すると答えるつもりではないだろうが、再び魔神弾は笑みを浮かべた。魔獣弾に向けて。その不気味さに彼ははっとする。
「まさか!?」
 ガッと彼は構えた。背筋に冷たい汗が流れ、鼓動が早くなる。彼はあまりの悪寒に身震いした。
「まさか、魔獣弾をも喰らうつもりか――――!?」
 ラウジングもそのことに気がついた。そうなってはますます収拾がつかなくなる。
 魔神弾はただ妖艶な笑みをたたえたままであったが、それはラウジングの言葉を肯定しているかのようにも見えた。
「魔神弾――――」
 その名をつぶやく魔獣弾の目には次第に怒りが宿ってきた。
 あなたにも魔族の誇りはないのですね、魔神弾。どうして我らの高位様たちの復活に力を注げないのですか? 何故愚劣な神々のようなことを……!?
「喰らわれなどしません、あなたには。こんな魔族の面汚し、私が葬ってさしあげましょう!」
 そう魔獣弾は言い放った。そしてすぐに攻撃に入る。彼は精神を集中させて幾つもの黄色い光弾を生み出した。
「くらいなさい!」
「無理だ――!」
 魔獣弾とレーナが同時に叫ぶ。その声が消えるとともに、光弾はそのまま真っ直ぐ魔神弾の方へと向かった。が、しかしそれらはごみくずのようにあっさりと払われた。魔神弾の右腕が触手のように伸びている。
「き、気持ち悪い……」
 誰かがつぶやいた。奇妙な動きをするその触手は、光弾を払い落とした後、何か目的のものを探すかのように地面を這いずり回っている。いつそれが自分の所にやってくるかと思うと、普通であれば恐怖で固まってしまいそうだ。
「ならば!」
 攻撃を続ける魔獣弾。彼が両手を高く掲げると、空から幾筋かの雷光が魔神弾めがけて落下した。
 身の毛がよだつような、思わず耳を塞ぎたくなるような音が響き渡る。しかしそれらの雷光が直撃していないことが、レーナにはわかった。あれは結界に阻まれた音だ。
「どうです!?」
 土煙でやや濁った空気の中に立つ魔神弾を、魔獣弾は見据えた。うつむいたままの魔神弾。だが彼の触手は依然として土の上をのたうち回っている。
 まだですね。
 これだけではだめだと判断した魔獣弾は、さらに打撃を加えようとする。
「風よ!」
 彼の指先から鋭い風が生まれた。それは分散して魔神弾を狙おうとする。魔神弾は先ほどと同じように触手でそれらを弾こうとした。
 けれどもダメージを受けたのは触手の方だった。風は魔神弾自身には届かなかったものの、何本もの触手を切り落とした。ニヤリと笑う魔獣弾。
「――――!?」
 だが彼の優位は一瞬であった。
 切り落とされた触手があっという間に再生してしまったのである。しかもそれらは、その勢いのまま魔獣弾へと向かう。
「なっ――――!?」
 彼の腕は触手に絡み取られた。引きちぎろうとするが、逆に締められて彼は苦悶の声を上げる。
 まずい!!
 レーナは焦った。本当ならば精神消費は渋りたいところなのだがそうも言ってはいられない。
「アース!」
「わかっている!」
 レーナが彼の名を呼ぶと、アースは右手を前に突き出す。しかし神技隊たちの目には、その動きはビートブルーのものとして映った。ビートブルーの右手から複数の風の矢が生まれる。
 が、それも残っていた左手――やはり触手が伸びてできた壁――に阻まれて、魔獣弾を解き放つことはできなかった。舌打ちしたビートブルーがそれらを蹴散らして進もうとしたその時――――
「ぐうおおおっ――――!」
 彼女が恐れていたことが起こってしまった。
 右手の触手の一本が魔獣弾の体を突き抜けた。おびただしい出血と同時に再び大きな気の流れが生まれる。魔光弾の時と同じ。
「ま、魔獣弾まで消えた……」
 つぶやく北斗の目には明らかに恐怖が宿っている。自分たちの理解を超えた何かが、目の前で起こった。その恐れが彼の体を凍らせている。
「どうする? レーナ」
 アースは尋ねた。といってもビートブルーの中――、一種の異空間内でのことなので、その声は外にはもれない。そうしたいと思わなければ。
「なるべく早く、被害が広がらない内に滅ぼす」
 レーナは言い切った。そうしなければならないことはわかっていた。でもどこかでためらっていた。そんな自分がいたことに気づきながらも、こうなるまで結局は何もしなかったことを、彼女は悔いた。やはり神技隊にあまり衝撃を与えたくないという意識が働いたのだろう。それが裏目に出てしまった。
「フハハハハハハ――――!」
 魔神弾は、哄笑しながら両手を高く突き上げる。
「ラウジング!」
「大丈夫なんですか!?」
 神技隊の数人が不安そうにラウジングを見つめた。ラウジングは彼らを見ずにただゴクリと唾を飲み込み、魔神弾を見据える。
 先ほどでさえも異常に膨らんでいると思われていた魔神弾の気は、さらに大きくなっていた。ビリビリとした嫌な威圧感がたちこめ、空気を震わせる。
『行くぞ!!』
 そんな中、ビートブルーが飛び出した。いつの間にやら取り出した細身の刀を構えて、魔神弾に接近する。
 その刀を、魔神弾は手で受け止めた。今は触手ではなく、細長い円錐のように変形させている。
「思ったより硬いな」
 一旦後ろへ下がってアースが舌打ちする。こちらはエメラルド鉱石の刀だというのに。
「技で常に強化しているみたいだ。それにしても、これだけ丈夫にするにはかなりの精度が必要だが」
 レーナはそう答えた。答えながら彼女は、それが技でも何でもなく、ただ単に精神を放出し続けているせいなのだと気づいていた。しかしそんな理屈を述べている余裕はない。
 はっと気がついたようにラウジングも走り出した。
「ラウジング――!?」
 ミツバが叫ぶ。
「とにかくあいつを倒すのが先だ。最悪の展開にならない内に片をつける!」
 ラウジングは振り向かずにそう言い放った。
「よっしゃ! じゃあとにかくオレたちも加勢するぞ!」
 拳を握るダン。
 魔神弾の『手』とビートの刃は何度もぶつかり合いながら火花を散らしていた。だが、少しずつ魔神弾の方が押してきている。それは剣技の差というより、魔神弾から放たれる鋭い『気』のせいであった。
 そんな中、ラウジングが後方から技を放つ。
「ぼやぼやしてると巻き込むぞ!!」
 叫ぶラウジングの方をアースは一瞥し、一度大きく右に飛んだ。
 その横を青く透明な筋が通りすぎる。
 水系の技だ。水と言っても侮るなかれ。技によっては相当な威力を持つものもある。しかしそれは魔神弾の手で一刀両断されただけで終わった。
「ちっ! この程度では話にならんか……」
 ラウジングは舌打ちする。すると今度は反撃とばかりに魔神弾の左手が再び伸びた。真っ直ぐラウジングの方へ向かう。
「この――――!」
 ラウジングは懸命に払いのける。だがその触手はグニャリと器用に避けて、彼の両腕に巻き付いた。
「ラウジングさん――!」
 とっさに繰り出したシンの剣が、その触手を薙ぎ払った。難を逃れたラウジングは彼に一礼する。
 油断する暇はない。切られた魔神弾の腕は一瞬で再生してしまう。
「まったく、きりがない」
 両腕を抱えるようにしながら、ラウジングは魔神弾をにらみつけた。ただ巻き付かれただけなのに、ジンジンと痛む腕が思うように動かない。
「神技隊! 真上から来る!!」
 すると突然レーナが叫んだ。ミツバが上を見上げる暇もなく巨大な傘のような結界を張る。
 バリバリバリバリ――――!!
 奇妙な音を聞いて神技隊らが上を見上げると、幾つもの鋭い触手が結界に弾かれて飛び散っているところだった。
『なっ――――!?』
 言葉に詰まって皆が魔神弾の方を見やると、彼の背中の一部が天高く――肉眼では見えない所まで伸びている。
「バケモンだ……」
 サイゾウがつぶやいた。魔族と自分たちとは違いすぎる。どんな攻撃をしてくるのか全く予想できない。
「違う! 魔族は普通あんなことはしない。あいつが……完全ではない状態だからだ」
 思わず反論するレーナ。そんなことを言っても今の彼らには届かない。
 うつろな目で周りを捉えながら、魔神弾は一歩一歩、神技隊の方へと近づいてきた。その口元は不気味な感じにゆがんでいる。
 あふれる気の量がどんどん増している。暴走も近い。
 レーナは最も早く、かつ少ない精神量で彼を倒せる方法を探した。が、そう簡単には見つからない。
 ドクンドクンと心臓が血液を送り出すがごとく、『気』が彼から同心円状に広がっている。彼自身はそのことに気がつかないのだろうか? いや、気づくはずはなかった。彼にはもう痛みさえ感じることができないのだから……。
「あ、あいつ、オレたちを殺すつもりなのか?」
 ラウジングの後ろ姿に向かって、ダンがそう声をもらした。
「わからない。あいつはもう、正気ではない」
 少し後ろに下がって、ラウジングは苦虫を噛みつぶしたような顔で答えた。彼は自分がまともに戦えないことをひしひしと感じている。
「下がれ、神技隊! 横からだ!!」
 そこへ再びレーナの忠告。彼女の言葉の真偽を考えることもなく、彼らは忠告通りに後ろへ引いた。無我夢中に。
 疾風が通り過ぎるかのような音がし、砂埃が上がった。神技隊の前を通過した触手の大群は、そのままの勢いで茂みに突っ込み、さらにそれを突き抜けて民家の幾つかを破壊する。
「ど、どっから……?」
「すげえ破壊力……」
 数人が呆然とした表情でそれらの過ぎ去った方向を眺めた。もし、避けていなかったら……。そう思うと青くなる。
「あの触手すら制御できなくなっている……。迷っている時間はないか」
 レーナはそう言って目を細めた。彼女がまた無駄遣いしようとしていることを知って、アースは内心憤る。彼女は皆を傷つけまいとして、また無理をするつもりだ。
「どうするつもりだ? あの触手が邪魔で簡単には近づけんぞ」
 アースは苛立ちの声を上げた。そしてレーナが答えようとしたその時、それより先に魔神弾が突然大きな叫び声を発した。
「うごぉぉぁぁぁ――――!」
 その悲鳴が何を意味するのか瞬時に悟ると、レーナ――ビートブルーは精神を一気に集中させる。
「爆発する。すぐ構えてくれ! 抑え込む!!」
 レーナが言い放つとアース――ビートブルーはバッと右手を強く突き出した。
 奇声のようにも聞こえる爆音が、耳をつんざかんばかりに響く。
 魔神弾が元いた場所を中心に、赤い煙が充満した。だがそれは全て結界の中のことだ。
「かなりの威力だな……」
 レーナはかすれた声をもらした。彼女が――ビートブルーが張った結界が、その爆風を封じていた。恐ろしい轟音、地響きが鳴り続け、じりじりと焦げ付くような熱気がもれてくる。とんでもない強さだ。だがそれが防がれている。
「もつのか……?」
 ラウジングがすがるような目をしてビートブルーを見つめた。もしこの結界で抑えきれなかったら、ディーンの町、いや、もっと多くの被害が出る。無論、神技隊は即死だ。
 爆音は続く。辺りの温度は徐々に上昇している。神技隊は『もしも』の時のために精神を集中させた。自分たちの力で何とかできる自信などこれっぽっちもないが、何もせずにはいられなかった。見えない圧力に押されているかのように、ビートブルーは片膝をつく。結界の外なのだから、単に『爆発』の中心に近いがために地面の揺れが激しく、足場が悪くなっただけだろうが……。
「このままでは……我慢比べ大会だな」
 額に汗を浮かべながらレーナはつぶやいた。冗談が言えるのだからまだ余裕はあるらしい。いや、彼女なら、どんな切羽詰まった状況でもそんなことが言えるかもしれない。
「もつのか……?」
 今度はアースが尋ねた。彼は今は、言わば技を放つための媒介となっているような状態だ。最後まで防ぎきれるかどうかはレーナ次第である。
「お願い……もって……」
 リンが祈った。と、その時――――
 軽い身のこなしで、どこからともなく一人の男が降り立った。
 深い藍色で長い髪、それを後ろで緩くまとめたその男は、ビートブルーのすぐ隣に飛び、短剣――彼が持つにはかなり細い剣を真っ直ぐ結界へ突き出す。
「シリウス殿――!?」
 ラウジングが叫んだ。彼や神技隊らが見守る中で、シリウスの持つ短剣はうっすらと青白く光る。
「結界を……強化してる……?」
 レンカがつぶやいた。
 シリウスがそうする前と後では、明らかに結界の『気』の大きさが違っている。
「本当だ……強くなってる!」
「これなら!!」
 コブシ、青葉が声を上げた。彼らの中に次第に安堵の空気が広がっていく。
 アースは目だけでちらりと隣の男を見た。ただ前を向き、何でもないかのような顔で剣を突きだしている。あまり虫の好かない男。
 結界は小さくなっていった。壊れたわけではない。反対に、結界の力の方が上回ったせいだ。狭い器の中で行き場を失ったエネルギーは、互いにぶつかり合いながら嫌な音を連発している。
 シュゥゥゥゥゥッ――――。
 そして最後は、空気の抜けた風船のような音を発しながら、結界は消え去った。
 そこに魔神弾の姿はなかった。
「魔神弾がいない……」
 シンが声をもらす。
「まさか……精神を放出しきったというのか……?」
 ラウジングも同じように呆然とした声を出した。
 スチャッ。
 皆が静まりかえる中で、シリウスが平然と、短剣を鞘に収める。大した飾りもない平凡な鞘。
「ふう」
 そしてビートブルーは合体を解いた。アースとレーナが――アースはさほど疲れた様子は見えないが、レーナは大分顔色の悪い状態で姿を現す。ラウジングははっと気がついたようにシリウスの方へと駆け寄った。
「シリウス殿、助かりました。私が不甲斐ないばかりに」
 頭を下げるラウジングの肩をシリウスはポンと叩く。その後彼はくいっとレーナたちの方を向いた。
「それにしてもご苦労だったな。わざわざ我々の代わりに働いてもらって」
 不敵な笑みを浮かべてシリウスはそう言い放った。アースは憮然とする。しかしレーナは、ゆっくり顔を上げてさわやかに微笑み返した。
「いやいや。われってすっごくお人好しだから、放っておけなくてな、オリジナルたちを」
 そこで繰り広げられる静かな戦いに、思わずラウジングは息を吐く。
「しかしまったく。いつの間にその剣がお前の手に渡ったんだ? それはわれが彼女にあげた物のはずだ」
 だがそこでレーナは急に顔つきを変えて彼を問いただした。その剣というのは今シリウスが持っている短剣のことだろう。
「これは彼女が死に際に渡してくれた物だ。文句はなかろう?」
 シリウスは目を細めて答えた。何の話かラウジングやアースにはわからない。ラウジングは怪訝そうにシリウスの横顔を見る。アースは不機嫌な顔で彼らをねめ回した。
「それならばいいのだが……」
 レーナは一度眉根を寄せた後、すぐに元の、感情の読めない表情に戻ってそう答えた。
「シリウス殿――」
 ラウジングが呼びかけようとすると、それをさえぎる形で――もっとも当人にその気はないだろうが――シリウスが口を開く。しかしそれは、その場の者が誰一人として予想しなかったものであった。
「レーナ、取引をしよう」
 背中を向けかけていた彼女は、不意に浴びせられた言葉を聞いて振り向いた。その顔からは何ら特別な感情は読みとれない。いや、全てを含んでいるようにも見える。
「取引?」
「そうだ」
 ラウジングは慌ててシリウスに詰め寄る。
「シリウス殿――!?」
「わかっている。口を挟むな。もうアルティードたちの承諾は得ている」
 その言葉を聞いてひとまずラウジングは落ち着いた。シリウスの言葉に唖然としていた神技隊も、とりあえずは取引の内容を聞こうと耳をそばだてる。近寄る者もいる。
「で、取引の内容は?」
 レーナが促すと、アースは非難の眼差しを彼女に向けた。彼女は気づくがあえて無視する。
「神技隊のバックアップをしてほしい」
 シリウスは一言そう放った。それが取引……? とラウジングは首をかしげる。一方的すぎる気がする。だがシリウスは平然としていた。レーナはじっと彼の目を見つめる。
「つまり、攻撃を加えないから仲間になれってことか。安全を保証する代わりに力を貸せってことだな?」
 レーナはそう言って不敵に笑った。
「飲み込みが早くて助かる」
 シリウスも笑う。
 しばしレーナはうーんと考え込む振りをしてあさっての方を向いた。そしてその傍ら、はらはらしながら神技隊は話を聞いている。どう考えても自分たちはその交渉の中心にいるはずなのに、話に入れない。口を挟める雰囲気ではない。
 突然くるっとレーナはシリウスの方に向き直った。
「その取引、呑もう」
 レーナはにっこり微笑んだ。アースは耳を疑って彼女をじっと見る。
「そうか。交渉成立だな」
 シリウスは静かにうなずくと、もう一度ラウジングの肩をポンと叩いて歩き出した。
「しかし言っておくが、われはあくまでお前たちの味方じゃないからな。われが協力するのは神技隊だ」
 遠ざかる背中に向かってレーナは叫んだ。わかっている、とでも言うようにシリウスは片手を挙げる。
「シリウス殿は、何を考えているんだ……?」
 ラウジングはつぶやいた。レーナはう〜んとのびをして、何気なくアースを見上げて微笑む。そしてしばし目が合った後、彼が口を開くよりも早く歩き出した。仕方なく、ゆっくりと追うアース。残された神技隊とラウジングは、どうしようもなく、顔を見合わせた。
 


 
「じゃあ、レーナはそれで神技隊たちの所に行くの!?」
 話を聞いたイレイは大声を上げた。レーナとアースが戻ってきたと思ったら急にそんな話だ、普通は驚く。しかしレーナは軽く微笑んでうなずくだけだった。次にネオンがぐいっと寄って詰問する。
「お前正気かよー!? 神だぜ、神! お前、確か……前の代は神の奴に殺されたんだろ!? いいのかよーそれで!?」
 今にもつかみかからんばかりのネオンを手で押し戻しすレーナ。彼女はなだめるようにして答えた。
「いいんだよ。別に神の仲間になるわけじゃないし。それにこれも目的の一つだったからな」
 彼女の言葉を聞いてカイキが眉をひそめる。
「それってなんだ……神に守ってもらうってこと?」
 疑問を口にしたカイキに、レーナは言葉を選びながら答えた。
「守ってもらうというか……われが神の守りを強化する代わりにその守りの内側に入れてもらう、みたいな感じだな。現在戦力不足で悩んでいる神にしてみれば悪くはない話だ。われも、まあ色々あって以前よりはずっと弱くて心許ないからな」
 それでもカイキはまだ疑問が残っているような声でうなる。
「じゃあ、僕たちどうするの?」
 イレイは率直に尋ねた。それと同時に他の三人の視線も彼女の方に集中する。彼女は一人一人を一瞥した。
「どうするって……それはお前たちの自由だろ?」
 もはやお決まりとなってしまったパターン。さすがにカイキやネオンは閉口する。だがイレイは違った。
「……一緒に、行ってもいいの?」
 小さな声で彼は言った。
「一緒に来てくれるのか?」
 同じようにレーナが問う。
「……うん!」
 イレイは満面の笑みで答えた。そして彼は隣――ネオンの方に顔を向ける。
「だから言ってるだろ? お前に付いてくって、これ何度目だよ。あんまり言わせんなよ」
 ネオンはイレイの顔を見て、それからレーナの目を見てそう言った。そして照れくさそうに頭をかくと、すぐに横のカイキの方を見やる。
「それはオレだって同じだって。離れてどこ行けってんだよ」
 苦笑するカイキ。それを見て同じくレーナも苦笑する。それもそうかもしれないが、それでも彼女は確かめずにはいられなかった。自分の歩もうとしている道がどんなものかわかっているから。
「……アースは?」
 一瞬の空白を置いてイレイが尋ねた。少し離れた所で腕組みしていたアースは、あきれたような顔をして口を開く。
「無論、こんな無茶ばかりする女、放っておけると思うか?」
 それを聞いてイレイは笑った。ネオンは親指を立てる。何言ってんだか、とでも言いたそうにカイキは頬をかいた。
 レーナは、やはり静かに笑った。彼女にはそれしかできなかった。
 この気持ちがそのまま表情に出たら、それは一体どんな顔になるだろう? 彼女は想像できなかった。たぶん、一番近いのは泣き笑いだ。嬉しくもあり悲しくもある。苦しみも、切なさも。どんなときでも笑っていようとしたから、微笑みに逃げる癖ができてしまった。ごまかすときも笑う。
 そう思いながらも彼女は笑っていた。

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