white minds

第十三章 始まり‐3

 騒がしい音とともに、彼女は走っていた。
「ラウー! ちょっとちょっとちょっと――!」
 狭い廊下を走り抜けるせいで、通っている者は大迷惑だ。避けなければ彼女の餌食になる。実際餌食になった何人かが、床で伸びていたりもする。
「カール!?」
 呼ばれている当人――ラウジングは、大広間で立ち止まって轟音の方を向いた。
「本当、本当!? シリウス様が来てるって!」
 彼の目の前まで詰め寄って、カルマラはまくし立てた。かみつかんばかりだ。
「あ、ああ。お前、いつここに?」
 広間でくつろいでいる面々を気にしながら、ラウジングが尋ねる。
「ついさっき、アルティード様から呼ばれて。ねえ、来てるって、シリウス様どこ!?」
 答えながらも、辺りをキョロキョロ見回しながら落ち着かないカルマラ。彼女の肩を押さえつけるようにして、ラウジングは言った。
「下だ。神技隊の基地の方に――――」
 だが彼が言い終わらない内に、彼女はまた走り出す。もと来た道を。
「ぐぅおわあっ!」
 遠くで被害にあった者の声がした。
 このままだと『上』だけではなく『下』の人間にも犠牲者が出るかもしれない。
「まったく……あいつはしょうがない奴だ」
 ラウジングは肩をすぼめてため息をつく。そして、彼女の後を追って駆けだした。
「シリウス様――!」
 他人の迷惑も顧みずに爆走するカルマラは、宮殿の最上階――四階の廊下の窓から飛び出して、巨大な建造物の傍らに目的の人物を発見した。
 呼ばれた彼――シリウスは、目だけで声の主を確認する。しかしその次の瞬間に、彼の右腕は彼女によって拘束されていた。
「お久しぶりです! シリウス様!」
 腕にからみつきながら、甘えるような声でカルマラは言った。猛スピードで突っ込んできたにもかかわらず、何の問題もなく目的の場所に降り立つその能力には驚嘆させられる。
「カルマラか。ずいぶん騒がしいな、相変わらず」
 困ったような、あきれたような声音で、シリウスはそう言い放った。その近く、建造物の横で何やら機械いじりをしているレーナは、笑い声をもらす。
「なかなかの人気者だな」
 片を震わせて笑いをこらえようとする彼女に、シリウスは非難の眼差しを向けた。
「あ――――!? レーナ!?」
 そこでようやくカルマラは、重大なことに気がついた。あんな所で愉快そうにしているあの少女は、紛れもなくレーナである。敵であるはずの。
「何でレーナがこんな所にいるんですか!?」
 心底驚いた表情で、カルマラは声を上げた。
 レーナが、しかもシリウス様と、これまた仲良く一緒にいるとはどういうことだろう?
「交渉により、われは神技隊に協力することになったのだ」
 シリウスではなくレーナが、にっこり笑って答えた。彼女から少し離れたところでは、アースがおもしろくなさそうな顔で突っ立っている。彼にとっては、何の関係もないはずのシリウスがちょくちょくやってくることが、気に入らないのだ。
「……それと、この建物は?」
 あえてレーナのことは見ないようにして、カルマラはシリウスの顔を見上げる。彼女の言う『この建物』とはもちろん目の前の基地のこと。
「神技隊の基地だ。驚くのも無理はないな。あのおよそ基地とも呼べないような代物が、短期間でこのでかさだ。見かけだけじゃない、装甲だって大したものだ」
 同じように基地を見上げてシリウスは言った。
 原型からは想像も付かない巨大な建造物。前と変わらないところと言えば、外見の白さと、どことなく戦艦を思わせるそのフォルムぐらいだ。
「装甲……これ、何ですか?」
 やっとシリウスから離れ、壁に近寄るカルマラ。不思議そうな顔をしている。
 見た感じも感触も心当たりがない。珍しいものではあると、彼女は即座に判断する。
「エメラルド鉱石だ」
 シリウスは即答した。レーナは何気ない様子で作業を続行している。アースもやはりつまらなそうにしている。カルマラは、シリウスの言葉を飲み込んで、でも何かとてつもない違和感を覚えて、一瞬考え込んだ。
「――――えー!?」
 そして機械人形のように停止した後、彼女は突然大声を上げた。
「シ、シリウス様! エメラルド……って、そんな、こんな、たくさん、っていうか壁全部ですか!?」
 慌てた彼女は何度も声を詰まらせながら、シリウスと基地とを交互に振り返った。
 聞かれたシリウスはちょっと困った顔をして、レーナを見る。視線を感じたのか、レーナは顔を上げてシリウスを見、そしてにっこり笑ってカルマラに答えた。
「シリウスの返答はちょっと間違ってるな。外装自体に使ってあるエメラルド鉱石はそんなにはないよ。要所要所に使ってあるだけ。他の大部分はホワイトニング合金だ。ま、内装には結構使ってたりもするが」
 レーナの答えを聞いて、カルマラは落ち着きを取り戻し……はしなかった。彼女はもう一度上方を見上げて目を凝らす。
「マジ? 本当!? ホワイトニング合金!? ってそれだけでもすごくない! こんなに、一体どこから……?」
 少しずつ声のトーンを落としながら、カルマラはゆっくり首を後ろに向けた。
「察しの通り、そこにいる化け物少女さんのだ」
「化け物とは失礼だな」
 シリウスがどこかあきれた眼差しでレーナを見ると、彼女は傷ついたような表情を作って抗議した。
 そこへもう一人の神がやってくる。
「カール! シリウス殿!」
 そう叫んで駆け寄ってきたのはラウジングだ。いや、駆け寄ってきたという表現は正しくない。正確には、低空を駆け飛んできたのだ。
「ラウジングか。どうした? 慌てて」
 シリウスは意外そうな目で彼を見やった。ラウジングがこんな所へ急いでやってくるような理由は、シリウスには思い当たらなかった。緊急の事態というわけではなさそうである。
「いえ……カールが……」
 一息ついてからラウジングはそう口にして、ジトッとカルマラをにらみつけた。彼女はそっぽを向いて舌を出している。
「返ってきて早々、また何かやらかしたのか?」
 もはや諦念の声音でシリウスは言った。顔を背けていたカルマラは、スイマセン、とだけ言って苦笑いを浮かべる。そんな彼らの会話を聞いて、レーナは、クスッと笑い声をもらした。
「愉快な仲だな」
 聞き捨てならない言葉を聞いて、シリウスは眉根を寄せる。無意識にラウジングもその声の主を見てしまって、まともに目を合わせてしまう。彼は慌てて視線をそらし、ばつの悪そうな顔をした。
 ……?
 そんな彼の様子を目撃して、カールは首をかしげた。アースは不愉快だと言わんばかりの表情で、一部始終を黙って観察している。彼らが害になるか否かを見極めようとしているようにも見える。
「そう言えば、神技隊が来るのはもう少しだな」
 シリウスがふとつぶやいた。
「ああ。すぐに来るよ」
 小さな機械をいじりながらレーナが答える。いつになくその様子が嬉しそうだと、アースには感じられた。
「まともに会うのは、私、初めてなのよねー。楽しみー!」
 しぼんだのは一瞬だったのか、今度はウキウキと楽しそうにするカルマラ。シリウスはあきれるのにも疲れたのか、もうどうでもいいという顔であさっての方を向いた。すると、彼の視界にポツポツと黒い点のような集団が、突如として現れる。
「噂をすればだな。到着したみたいだ」
 彼はそう言った。ラウジングが、カルマラが、パッとその集団の方に顔を向ける。アースは目だけでそれらを確認すると、大して興味もなさそうに目を伏せ、後ろの壁によりかかった。
「あ! ラウジング!」
「それと、えーと、シリウスさん?」
「んでもってあの女の人は……誰?」
「カール――カルマラさんです」
「……それよりもあの白い建物と、そのすぐ下にいる二人の方が、オレ、気になるんだけど」
 その集団――もちろん神技隊――の面々も、同様に、シリウスたちの姿を発見していた。
 ミツバが指さして手を振り、北斗が目を凝らす。サイゾウが尋ねるとジュリが答える。ラフトは眉をひそめている。
「あれが、オレたちの基地?」
「はい。場所は変わってませんから。住居スペースはできたということで、オーケーが出たんですけど」
 ダンの疑問に、梅花が返答した。
 白い巨大な建物が、青空の下、その存在感を示している。遠くに見える深緑の森も、それらとのコントラストで、静かな美をたたえている。そんな光景は、雅やかな宮殿にも決して引けを取らなかった。
「お久しぶり、ラウジング」
 彼らがようやく基地の真ん前まで辿り着くと、レンカはすぐにそう言った。浮かべた微笑みのすがすがしさが、どこかの誰かさんとよく似ている。
「あ、ああ」
 ラウジングは少々とまどい気味な表情で、そう一言だけ口にした。カルマラは再び怪訝な顔をする。しかし彼女が聞く間もなく、彼はスッと歩き出した。
「私はこれで失礼させていただきます。まだ仕事があるんで。カールも行くぞ、今の内に謝っておけ」
 シリウスに軽く会釈をし、神技隊に向かってちょっと手を挙げてから、彼はさっさと駆けていった。その左手でカルマラの手首を掴んでいる。逃げるように去っていく二人を、滝たちは不思議そうに見送った。
「どうやらわれと、顔を合わせていたくないらしい」
 誰もが口を閉じている中で、ぽつりとレーナがつぶやいた。自然と皆の視線が彼女のもとへ集まる。それでも何でもないというような様子で、彼女は作業を続行した。
「マジでお前、こんな所にいるんだな」
 彼女の側まで歩み寄って、サツバが口を開いた。その声はトゲトゲしい。
「ああ、そうだよ」
 レーナは一度顔を上げて答えると、また作業に戻る。その表情からは、感情は読みとれない。相変わらず、つかみ所がない。
 険悪な雰囲気が漂いそうな気配を感じ、滝は急いで話を変えた。
「それで、ええーっと、オレたちの住居部分は完成したって聞いたんだけど」
 彼はサツバをさえぎるようにして話しかける。すると、レーナは少しだけ顔を上に傾けた。
「最低限の住居スペースは完成した。部屋は十分あるから好きに使っていい。ま、できるだけ、中央制御室って言うか司令室って言うか、とにかく、元モニタールームの近くから埋めてもらえるとありがたい。後は自由にしてくれ」
 彼女は言うだけ言うと、それ以上説明する気はなさそうであった。滝たちが困った顔で互いに見合ったので、仕方なくシリウスが口を開く。
「よし。中は私が案内しよう。ついてこい」
 やれやれ、といった口調の彼は、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。やっと取るべき行動が見つかって、神技隊はほっと一息つく。そしてシリウスの後を、ゾロゾロと追っていった。
「ここが出入り口だ」
 まずシリウスが立ち止まったのは、大きなドアの前だった。基地の最北端よりやや南側で、リシヤの森側にある。丁度宮殿からは死角だ。
「でっかいっすね」
「いざというとき、出口が混み合って立ち往生したら、シャレにならないだろう」
 サイゾウが感嘆の声をもらすと、シリウスは目を細めてそのように言う。そして、行くぞ、と声をかけて中へ入っていった。ドアは自動だ。
「右があいつが言ってた中央制御室だか何だかだ。まだ未完成らしい。現在は立ち入り禁止だそうだ」
 彼は入るとすぐにそう説明した。
 短いスロープの向こうに、出入り口と同じようなドアがある。小窓も付いてないので、中の様子は全くわからない。入ってすぐのホールの部分だけは吹き抜けとなっているのだが、その中も同じだろうか?
「進むぞ」
 シリウスは廊下の方へ歩き出す。
「一階は主に共同施設。この右側が食堂。まあ、見ればわかるな」
 彼は右手を指さした。ちょっと壁が続いた後に、窓が並んでいる。そこからはたくさんのテーブルとイスが見える。
「ずいぶんと用意周到だな」
 ゲイニがあまりの手際に声を上げる。
「でも食堂って……誰がやるんだよ?」
 続けてもっともな疑問をダンが口にした。皆は顔を見合わせて、その問題は後にしよう、とでも言うようにうなずき合う。本当に通じているかどうかは定かではないが。
「そしてここが一つ目の階段」
 食堂の横に、シリウスの言うとおり、階段があった。作りは大きめだ。ちゃんと手すりまで付いてある。
「何回まであるんですか?」
 たくが尋ねた。
「確か……四階までで、屋上付きとか言ってたな」
 一旦考え込んでから、シリウスは答える。何故か彼は逐一説明を受けているらしい。
「そしてこの奥が治療室だ」
 彼は階段を通りすぎて右手を見た。やはり出入り口と同じようなドアがある。やや小振りではあるが。デザインまで統一されているのだろうか。
「次に行くぞ」
 シリウスは後ろを振り返ってそう言った。
 治療室をすぎると、そこは大きなホールになっていた。廊下に沿って進んできた彼らからすると、左右に長い楕円形状である。ホールの右側にはまたもや階段がある。
「この先は大浴場だ。さらにその先はまだ作業中。そこにもまた階段ができるらしい。というわけで、二階に行くぞ」
 簡単な説明をすませて、シリウスは階段を上り始めた。と言うことは、その先にできるのは住居スペース以外のものであるらしい。何かはさっぱり予想できないが。
 神技隊も彼の後を追っていった。段差は緩やかで、その代わり段数が多い。全員がゾロゾロと集まっているにもかかわらず、それほど窮屈に感じないのは、天井が高めなせいであろう。
「二階はほとんど私室だ」
 皆が段を上りきると、シリウスはそう言った。そして彼は神技隊と向き合って、右手―― 一階部分で彼らが進まなかった方向――を指さす。「大浴場の上あたりまでは私室で、そこから先は一階のものの続きだそうだ。何かは知らないが、ずいぶんとばかでかいものを作る気らしい。三階も同じ作りだ」
 シリウスはあきれた声音だった。彼が指した方を見てみると、確かにある程度までは似たようなドアが並んでいる。そしてその途中に、ご丁寧にも、進入禁止の立て札が置いてある。立て札の向こうは床が途切れていた。
「部屋は全て同じ作りだ」
 シリウスは一番近くのドアまで近づいて、バッとそれを開けた。
『おおー!』
 皆は一斉に声を上げる。白っぽい壁は外と似たようなものだが、若干ベージュがかっている。広さは一人分としてはかなり大きめだ。
「ベットついてる」
「机も」
「棚も」
 彼らは口々につぶやいた。
「しかも収納もできる。気が利くというか何というか……」
 シリウスは、あまりの彼女の気遣いにもう何も言えない……と言うような顔で中へ入っていき、片手でベットを持ち上げようとする。
 パタン。
 予想外にかわいい音を立てて、ベットは壁の中に収まった。
「なるほど、これを使ってもいいし、他のを買ってもいいってことね」
 リンが勝手に納得してうんうんうなずく。
「説明はこれくらいにしよう。後は、できてから当人に聞く方がいい」
 シリウスは、ふう、と息を吐いた。まるで観光地のガイドである。こういうのは彼の不得意分野なのだ。
「わかった。ありがとう、シリウス。これからは勝手にやるさ」
 滝がそう言ってシリウスの横に立つ。シリウスは、お役ご免となってほっとしながら階段の方へ向かい、そこで気がついたように付け足した。
「それと、特に何か緊急事態が発生するまでは、自由にしてていいそうだ。部屋を決めて整理するなり何なりしていてくれ」
 彼は言ってから神技隊らの荷物に目を移した。彼にしてみるとすごい量だ。
 我々は物に対する執着はほとんどないからな。
 そう考えながらシリウスは一階へと下りていった。
「で、滝にい。部屋どうすんの?」
 シリウスの姿が見えなくなると、青葉は滝に向かって尋ねた。
「そうだな……ってその前に、一応部屋数の確認」
「じゃあ、とりあえず数えながら中央制御室の前まで行きましょう。ここじゃ狭いし。階段の先は私が数えてくるわ」
 レンカがそう提案する。確かに、ここでは横に広がりすぎて、話し合いにならない。皆は同意の声を上げるまでもなく、廊下を歩き始めた。
「二十三部屋ね」
 皆がいる吹き抜けのホールまでやってくると、レンカはそう報告した。
「三階も同じ作りって言ってましたから。合計四十六部屋ですか」
 よつきが続ける。
「四階は何でしょーう?」
 そこで、至極もっともな疑問をアサキが口にする。
「……何も言ってなかったけど、私室とかじゃなくて共同施設みたいなものじゃない?」
 しばし考え込んでから、ミツバが一応答えてみる。説明されなかったのだから、今すぐ必要なものではないはずだ。まだ未完成かもしれない。
「まあ、いいや。とにかく部屋決めて、早く荷物下ろそうぜ。肩凝っちまう」
 ラフトが肩を上下させながら、皆を促す。
「ですね。じゃっ、まず希望を取ろう」
 滝が話を進めた。




 部屋は難なく決定した。希望も少ないし、折れる人もいたからだ。やはり二階の方が人気で、そちらの方が若干多いが、それ以外はレーナのお願い通りになっている。
「二階。東側が順に、アサキ、サツバ、ジュリ、リン、梅花、コスミ、たく。西側が北斗、よう、コブシ、よつき、サイゾウ、シン、青葉。三階、東側はオレ、レンカ、カエリ先輩、ラフト先輩、ヒメワ先輩。西側は順に、ローライン、ホシワ、ダン、ミツバ、ミンヤ先輩、ゲイニ先輩っと」
 滝はとりあえず部屋割りをメモしておいた。
「これで荷物が下ろせる」
 ふはーっ、と息を吐くラフト。とっくのとうに荷物は床の上だが。
「で、これからはどうするんですか?」
 滝が顔を上げると、北斗が彼に尋ねた。滝はちょっと間を置いてから、口を開く。
「これからここで生活するわけだから、必要な物をそろえた方がいいよな。まだ実家に私物が残ってる奴は、取りに行ってもいいと思うし」
 彼の言葉を聞いて、皆はそれぞれ、ガッツポーズをするなど、思い思いに喜びを表現する。
「久しぶりの実家!」
「買い物!」
 テンションが高い高い。もちろん、そんな中でもいつもと変わらず冷静な人もいるが。
「じゃ、しばし解散、自由行動ってことですか?」
 たくは前者。目を輝かせながらそう聞いた。滝はうなずく。
 気持ちはわかるけどな。
 滝は皆の様子を眺めながらそう思った。でも、人によってはかなり複雑だということも、彼は知っていた。
「んじゃあ、解散、解散!」
 ラフトの陽気な声が辺りに響いた。

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