white minds

第十三章 始まり‐5

「いい眺めでしょ!」
 リンは意気揚々と腰に手を当てた。彼女の眼下には、広がる町、緑、奥には大河がある。
「だからオレ、ウィンには何度か来たことあるって」
 自慢げな様子の彼女に対して、シンはややあきれた顔でそう言った。
「いいのよ別に。ただ私が満足してるだけだから」
 リンはきっぱりと言い切る。するとジュリは、笑いを堪えようと頭を下げ……、結局堪えきれずにクスクス笑った。
「シン先輩もリンさんには敵いませんね。このままだと、ずっと振り回されることになりますよ?」
 ジュリはシンに忠告する。
「もうそんな感じ。今日だって荷物持ちだし」
 あきらめモードでシンは空を仰いだ。
 でもそれがかえってうれしいのかも……。
「いいじゃない! 戻る所ないないって言うんだから。お返しに何かご馳走するわよ」
 リンはそう言いながら人差し指をたてた。
 彼らが来ているのはウィンの町だ。ワープゲートを使って、東よりの地点にやってきた。山――と言っても小さいが、とにかくそこに近いため、若干高台になっている。
「シン先輩、ご両親は亡くなられてるんですか?」
 ジュリは声を低くして尋ねた。
「あ、まあ。奇病で」
 シンは答える。
「そうよね、あれはひどかったもの。特にウィンとかヤマトとかの方はね。私もお父さんがやられて……八年近く目を覚まさなかったわ」
 遠くを見つめながら、リンは言った。治る見込みがないとわかっていても、でも延命装置をはずせない母の姿が脳裏に浮かぶ。どんなに家計が苦しくなっても、彼女は決して首を縦には振らなかった。
「さっ、リンさん、シン先輩、早く行きましょう。遅くなるといけないですから」
 ジュリは柔和な微笑みを浮かべ、彼らを促した。 三人は緩やかな坂道を下っていった。左方には広い野原が広がっている。
「あ、お姉ちゃん!」
 しばらく行くと家が建ち並ぶようになり、その一番手前のものの庭から、一人の少女が飛び出してきた。
「メユリ!」
 ジュリがその名を呼ぶ。少女は駆け寄ってくると、がばっと彼女の腰に抱きついた。
「また戻ってこられたの!?」
 顔を上げ、メユリは聞く。
「はい。元気にしてましたか?」
 ジュリは彼女の頭を優しくなでた。
「メユリちゃんよ。ジュリの妹」
 二人の様子を見ながらリンが説明する。すると、ようやくメユリは知らない人がいることに気がついたのか、恥ずかしそうにそっと離れた。
「えっと、メユリです。初めまして」
 彼女はぺこりと頭を下げる。
「あ、オレはシン。よろしく」
 シンも軽く頭を下げた。
「リンさん」
 そしてメユリは今度はリンの方を向く。
「何?」
「家に行くんですか?」
「うん、まあね。必要な物があって」
 リンの返答を聞くと、メユリはポケットをごそごそと探り、小さな髪飾りを一つ取り出した。
「じゃあリンさん、これ、京華さんに返して欲しいの。この間借りたんだ」
「うん、いいわよ」
 リンはメユリからその髪飾りを受け取る。蝶の形をあしらった、かわいらしいデザインだ。
「……キョウカ?」
 聞き覚えのある名前に、思わずシンは聞き返した。
「そう、京華さん。リンさんのお兄さん――リュンクさんのパートナー」
 シンの顔を見上げながら、メユリがうなずく。シンは眉根を寄せて、リンの持つ髪飾りに顔を近づけた。
「確かに、京華が持ってた奴だ」
 彼はつぶやいた。
「京華さんを知ってるんですか?」
 ジュリが尋ねる。
「ああ。――――オレの妹」




「ホントだったのね」
 リンは呆然とした声を上げた。
「こんな偶然ってあるんですね」
 ジュリもただただ驚いている。
「いや、オレも驚いた」
 シンは棒読みの口調だ。
「いやいや、何、びっくりしたのはオレたちだって」
「そうそう。リンさんがこの前『シン』って言ってたから……もしやとは思ったんだけど」
 立ちつくす三人に対して、二人は、何を言ったらよいのかわからない、といった表情で答えた。二人――リュンクと京華。
「ほらほら。玄関で立ち話は何でしょ、さっ、早く中へ入って」
 突っ立ったまま動かない六人に、奥から出てきた女性が声をかける。リンの母、ミャンランだ。
「そ、そうね。話は中で」
 リンはやっとそれだけを口にした。
 シンから重大な事実を聞いた彼らは、真相を確かめるべく、リンの家へと向かった。成り行きで、ジュリとメユリも一緒だ。結果は大当たり。リンたちの言う『京華』とは、シンの妹のことであった。
「でも、どうしてシン先輩やリンさんは知らなかったんですか?」
 居間に通されると、至極当然なことをジュリは質問した。彼女にはぴったりとメユリがくっついている。
「京華にパートナーが決まったのは、前から聞いて知ってたんだけど……実際に会ったのは移る一週間ほど前だったんだ。で、そのとき『妹さん』は倒れて眠ったままだって聞いて」
「そう。一週間以上寝込んでたとき。ジュリも知ってるでしょ? あの件で。だから私がようやく目覚めたときには、もう京華ちゃんはこっちに来てたの。ってわけで、優しい『お兄さん』は話にしか聞いてないってわけ」
 二人は示し合わせたかのように説明した。ジュリはただ、はあ、とだけ口にする。
「そしてその後すぐ、神技隊としての招集がかかった」
 シンが付け加える。
「そうそう。慌ただしかったなーあのころは」
 話が一段落すると、リュンクは当時を思い出すかのような顔をして、口を開いた。
「大変そうでしたよね。回復しきらないうちに、リンさん、派遣されちゃったんですもん、みんなでずいぶん心配してたんですよ」
 ジュリも賛同する。
 そうだったのか。にしてはかなり元気いい、と言うより、ものすごくはつらつとしていたように思ったけど……。
 会った当初を振り返って、シンは独りごちる。だから、まさかその『妹さん』と同一人物だとは考えもしなかったのだ。
 強い技使いだってのは聞いてたんだけどなー。
「はいはい、お茶でーす」
 そこへミャンランがお茶を入れて持ってきた。
 素早くリンは、彼女の通り道にある物をどける。
「相変わらずだなー」
 リュンクはその様子を見て、あきれた眼差しを向けた。
「ふふふ。でもリンさんらしい。しっかりしてますもんね」
 京華は笑う。
「しっかりとちゃっかりだな」
 思わず付け足した一言で、シンはリンからきつーくにらまれた。
「それでリン、どうして戻ってこれたの? お仕事は?」
 皆にお茶を配り終え、ミャンランは不意にそう尋ねた。そうだ! と言わんばかりの表情で、リンはバッと立ち上がる。
「荷物! 私の私物。残ってるでしょ? 持っていける物は整理しなきゃ!」
 彼女はそう言って自分で納得する。が、ちゃんと説明も忘れない。
「神技隊、訳あってこっちで活動することになったの。宮殿のそばに巨大な基地が建って、そこで生活しながら仕事するって。だから私物持っていこうと思って」
 リンは言い終えると、パタパタと奥の方へ駆けていった。彼女の私物が残っているのは、ミャンランがそうしたいと言ったせいだ。もちろん、それがこんな時に役に立つとは誰も考えなかっただろうが。
「お兄ちゃん、リンさんと仲いいの?」
 リンがいなくなると、ここぞとばかりに、京華は尋ねた。
「え? まあ、同じスピリットの仲間だしな」
 シンは適当な答えを返す。あまり追求されたくはない。向かいに座るリュンクの目がやけに厳しい気がして、彼は視線を逸らした。
「へえ、お兄ちゃんがあんなに気楽に話すの、青葉さんと以外は初めてな気がするけどなー。滝さんにも気使ってるでしょ?」
「それは滝さんだから」
「滝さんはね」
 追いつめられて苦しそうにしているシンの姿を見、ついジュリは口を挟む。
「でもスピリット先輩たちはみんな仲良さそうですよ。二年半も一緒にいれば、仲もよくなりますよね?」
 ジュリの言葉で、シンはほっと胸をなで下ろす。少なくとも、ミャンランの探るような視線はなくなった。
 ま、リンさんとは特にですけどね。
 心の中でジュリは付け足す。
 二年半、本当に一緒だったのはリンだけなんだけどな。北斗とローラインは昼間いないし。サツバなんかは土日しか帰ってこないし。
 シンはシンで、胸中そうつぶやく。さすがに二人きりだったことは口が裂けても言えない。
「ねえ、お姉ちゃん。じゃあお姉ちゃんも、これからはずっとこっちにいるの?」
 会話が止んだのを見計らって、メユリはジュリの袖を引っ張った。ジュリは優しく微笑みかける。
「はい、そうですよ。それで、メユリのことを頼もうかと思ってるんです」
 そして考えを述べるジュリ。シンは驚いた顔で彼女を見た。
「あそこに住まわせる気か?」
 シンが問うと、彼女はうなずく。
「はい。もしだめなら、意地でも私こっちに住みます」
 彼女の決意の固さはその目が証明している。今まで見ていたジュリとは何かが違うな、とシンは思った。
「女手一つとか何とか言うけど、ジュリちゃんは姉一人でだもんな。オレすごく感心してるよ。思い入れ強いのも当たり前だよな」
 リュンクは頭の上で腕を組み、うんうんうなずく。先ほどのことはもう頭から抜けてしまっているらしい。
 するとどさっと、奥の方で何か音がした。皆を代表してリュンクが立ち上がり、奥の廊下をのぞき込む。部屋と廊下の間には、大きな荷物がどさりと置いてあった。
「これ、何?」
「荷物」
 リュンクが聞くとリンは即答した。荷物を下ろして楽になったのか、彼女は無造作に髪をかき上げる。シンは気になって、思わず立ち上がって二人の方に近づいていった。
「全部?」
「荷物」
 今度はシンが尋ねる。つまり、これを彼は持っていくことになるわけだ。
「もう、お母さん。こんなに残してると思わなかった。厳選したのにこんなにある」
 言って彼女はため息をつく。未練がましい性格は直ってないのね、と思うと彼女は気が重くなった。
「これ、オレが持ってくんだよな?」
 念のため、シンは問いかけてみる。
「そうよ。私が運べると思う?」
 リンに悪びれた様子はない。シンは、彼女とは違った理由で気が重くなった。
「そうそう、リン。クッキーの材料があるんだけど、作ってかない?」
 そこへいつの間にかミャンランがやってきていて、にこにこと笑っている。
「クッキーの材料? どうしてまた?」
「急に作りたくなってそろえたんだけどね」
「ま、いつものように。どうやったんだかわからないけど、フライパンが再起不能になった」
「何でフライパン……」
 親子三人のほのぼの会話。結局、リンは、クッキーを作ってご馳走する羽目になった。
 おやつを食べ終えるとすぐに彼らは立ち上がった。
「私は一度家に戻ってから、基地に向かいます」
 玄関でジュリは言った。そして彼女はメユリと一緒に足早にそこを出ていく。
「あ、そうそう、これこれ。髪飾り、メユリちゃんから」
 最後になってやっとリンはそのことを思い出した。重大事件ですっかり忘れてしまっていた。
「ああ、あのとき貸した」
 京華はにっこり笑って受け取る。
「それじゃあ、お、じゃ、ましました」
 肩から提げた荷物に顔をゆがめながらも、シンは一応挨拶する。
「じゃあね。あっちの方が片づいて方針決まったら、また来るかも」
 対してリンはさわやかだ。ほとんど手ぶらである。
「ああ、頑張れよ」
 リュンクは言った。二人は歩き出した。緩やかであるとはいえ、坂道はシンにはきつい。だからかなりゆっくりとしたペースである。そんな二人の背中を、京華は微笑んで、リュンクはやや複雑そうに見送った。




 多くの者がワープゲートを使って散り散りになる中、基地に残る者もいた。理由は様々だろうが、何となく寂しい気持ちにならざるを得ない。だからそういう者たちは、誰が誘うともなく、基地の周りでたむろしていた。
「どうしてサツバは戻らなかったんだ?」
 ホシワは尋ねた。サツバは、レーナが作業している場所から微妙に離れた所でうろついている。
「あ? いや、あんま危ないことしてるなんて言ったら、母さん心配すっから」
 サツバはちょっと照れたような顔でうつむく。ホシワは優しく笑いかけた。
「ああ、サツバ先輩もですか。わたくしも、母親にはあまり心配かけられなくて」
 そこへよつきが話に入ってきた。とらえどころのないその笑顔に、反射的にサツバは身を引く。言いようのない嫌悪感。
「それに兄の子供もいまして。いろんな意味で居づらくて」
 よつきはそう言って頭をかいた。ホシワが声をもらして笑う。そして彼らは、特に理由もなく、レーナがいる基地の先端付近を眺めた。
「そーうでぇーすねぇー」
「でしょでしょ!」
 彼女の周りでは、イレイとアサキが談笑している。少し離れてカイキとネオンもいる。何やら気むずかしい顔で相談しているようだが。
「何でアサキの奴、あんなに楽しそうにできるんだ? オレには理解できねえよ」
 サツバは口をとがらせた。
 ホントわっけわかんねー。今更あいつらと仲良くできるわけねえっての。
 ホシワとよつきは顔を見合わせる。彼の言うことはわかるが、アサキの気持ちもわからないわけではない。
「そう言えば、ローラインは? さっきまでいたよな?」
 そこでホシワはふと気がつき、辺りを見回した。先ほどまで意味もなくレーナたちの周りを徘徊していた、その彼の姿が見あたらない。
「ローライン先輩なら、ついさっき、宮殿の方から花を持ってくるとか何とか言って、出かけていきましたよ」
 よつきが言う。
 なるほど、あいつはジナル出身だったな、とサツバは思い返した。
 それにしても花なんてどうするんだ?
 そういったことに興味のないサツバは、ただ首を傾げる。彼にとってはそんなものは邪魔でしかない。
「わかりまぁーす! それでミーも困ってるんでぇーす!」
 会話がとぎれると、アサキたちの話し声がよく聞こえる。やけに意気投合しているようだ。そんな二人の様子を、レーナは時折見ては微笑んでいる。まるで子供を見守る母親といったところ。また、そういう彼女の様子を、少し離れて壁により掛かっているアースは、暇そうに観察していた。
「これからどうなるんですかねー。ビート軍団が仲間になったとか言われても……先行き不安ですね」
 よつきはそうこぼした。
 後一時間ほどで丁度お昼時だ。こんな状態でお昼はどうなるのかという、差し迫った問題もある。そう考えると、ホシワは急にお腹が空いてきた。
「あー、何か腹へってきたかも」
 同じことを考えていたのか、空を仰ぎながらサツバが口を開く。
「みんながそろう頃に、リューさんが差し入れしてくれるっていう話ですよ」
 するとよつきが笑顔でそう言った。
「誰から聞いたんだ?」
 サツバが尋ねるとよつきは即答する。
「イレイさんから」
 頭が痛くなってきた……とサツバは思い、そっぽを向いた。




 お昼時までには、皆は示し合わせたかのように帰ってきた。そして話どおりに、リューの持ってきた差し入れをもらう。お腹もふくれたところで、彼らは部屋の整理……ではなく、今後について聞こうと、レーナに迫った。
「話? ああ、それなら明日、神のお偉いさん方を招いてまとめてしようと思ってる」
 滝に真顔で詰問されると、レーナはそうあっさり答えた。
「明日?」
「そう。会議室で。明日には完成する」
 問い返すと彼女はうなずく。
「だから今日はゆっくり休んで欲しい。明日、方針は明確にするからな。今までのことも説明してやるよ」
 彼女はそう付け加えてにっこり微笑んだ。対峙するように固まっていた神技隊に、あきらめの雰囲気が漂う。今日、説明は聞けそうにない。
「わかった。明日、必ずな」
「ああ。明日、必ず」
 滝が確認すると、レーナは繰り返した。
 彼女は約束は破らないだろう。
 滝はそう思う。何より、この基地が、彼女の意思を表している。
 何も聞けなかったが、神技隊はこぼすことなく、基地の中へと入っていった。明日、話は聞けるであろう。そうすれば、今一体何が起きているのか、そしてこれから何が起きるのか、全てが明らかになるはずだ。
 それを信じて、彼らは明日を待った。

◆前のページ◆  目次  ◆次のページ◆



このページにしおりを挟む