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第十四章 課せられた使命‐1

 十月二十二日。その時はやってきた。レーナが話をすると約束した『明日』。四階にできた大会議室に、神技隊は集合していた。
「ずいぶん広いだんべ」
 思い思いの場所に座った後、部屋を見渡しながら、ミンヤはそう言う。確かに相当な広さはある。神技隊が全員座ってもあまり窮屈には感じない。間もなくすると、リューが、アルティード、ケイル、シリウスを連れてきた。三人が入ると、彼女は部屋を出てドアを閉める。真剣な、特にケイルの場合は重々しい表情だ。神技隊は無意識に息を呑む。
「みなさんお揃いで」
 その後すぐにレーナはやってきた。相変わらずの余裕の笑み。彼女の後に続いてきたアースたちは、部屋の様子を目で確認すると、横の壁に張り付くように陣取る。レーナは部屋の前方、真ん中辺りで立ち止まった。
「すぐに始めようか?」
 彼女は右――アルティードの方から、神技隊の端までぐるりと見回した。
 特に反応はない。
 無言を肯定と受け取り、レーナは話を始めた。
「まず、取引の条件だが。われが神技隊のバックアップをすれば、お前たちは我々に危害を加えない、ということでいいんだな?」
 彼女はまず、アルティードたちの方を向いてそう問いかけた。
「そうだ」
 ケイルが短く答え、うなずく。レーナは再び口を開いた。
「そこで問題になるのは、神技隊の行動目的。お前たちは彼らに何を課す気だ?」
 そう言って彼女はフフフと笑った。ケイルは眉をひそめる。
「わかっていて言わせる気だな、嫌な奴だ。そう、神技隊には、今後の神魔世界の治安を守ってもらう。……平たく言うと『魔族退治』だな」
 口ごもるケイルの代わりにシリウスが答えた。苦笑混じりではあるが。
「魔族退治?」
 誰ともなくつぶやき、顔をしかめる神技隊。課せられる内容よりも、何故それをさせる気になるのかという疑問の方が、強くわいてくる。今まで自分たちが、魔族と呼ばれるような者たちと、まともに渡り合ったことがあっただろうか。
「フフフ……、神技隊、顔に出てるぞ。魔族退治なんて無理だって、しっかり顔に書いてある」
 するとレーナは彼らの方を向いて、そうちゃかした。皆はそれぞれ目をそらす。
「そう、確かに、今のままじゃ全然お話にならないだろうな。でも、お前たちならそれができるようになると、われは確信してるよ」
 レーナは言い切った。彼女が言うと、急にそんな気がしてくるから不思議である。もっとも、これっぽっちでも彼女を認めていなければ、うさんくさく思えるだけだが。
 ケイルが小さくため息をつく。
 この女、一体何を考えているんだ? この人間たちに、我々が、かなり無茶なことを要求しているのはわかっている。しかしそれは仕方がなくだ。それしか方法がないからだ。うまくいけば少しの間は持ってくれるか、という程度の期待でだ。それなのに何故この女は……。
 彼には理解できなかった。
 彼女の自信は一体どこから来るのか? 無論、それを知っているのは彼女ただ一人。
「それで、レーナ。イーストの封印が解けた、とシリウスから聞いたのだが」
 今度はアルティードが尋ねる。
「――――!?」
 そんなことは聞いていないぞ、と言いたかったが、驚きのあまり、ケイルは声にならない叫びを発した。その様子を見て、ただ事ではない何かを感じて、神技隊は顔を見合わせる。
「ああ、その通り。イーストが戻ってきた気配を感じた。間違いないだろう。すぐに大軍を引き連れてやってくるとは考えにくいが……活気づいた下級魔族が暴れ出すのは時間の問題だろう。特に、ここの守りが弱いと気づかれてしまった以上は」
 レーナは真顔で肯定した。
「ふむ、それで、封印が解けたのは一体いつ頃のことだ?」
 ケイルとは対照的に、アルティードは落ち着き払った態度で聞く。
「うーん、アスファルトがここにやってきた頃、その前後には間違いないんだが、詳しくはな。何せその一週間前から、われ、緊急体制に入って、かなり情報収集が局部的になってたから」
「いや、それだけで十分だ」
 彼女の返答を聞き、アルティードは吐息をもらした。
 アスファルト――あの魔族の科学者の襲撃からもう一ヶ月はたつ。余裕はない。
「不幸中の幸いだったのは、復活したのがイーストだったってことだな。あいつは極めて慎重派。かつ合理主義。今の魔族側の戦力を考えると、すぐに乗り込んでくるとは考えられないからな。もしもこれがラグナだったら、今頃ここらは火の海だ」
 レーナはそう言ってフフフと笑った。
 笑い事じゃあない。
 アルティードはゴクリとつばを飲み込む。
「なるほど、お前の余裕の態度はそういう理由なわけか」
「余裕とは失敬な。そんなはずはないだろう。ただ焦ってないだけだ」
 シリウスが口を挟むと、レーナは心外そうな顔をして、すぐに言い返した。
 同じことじゃないのか……?
 会話に入れない神技隊。滝はそう自問しながら、隣にいるレンカと目を合わせる。
「ここを乗り切らせる自信が、お前にはあるのか?」
 ケイルは尋ねた。レーナは彼の顔を見て、真剣な表情をしてこう答える。
「乗り切らせるしかないだろ? 何が何でも。自信の問題ではない。しかし案ずるな。われには彼らを守らねばならない理由がある。われは彼らを死なせはしない、絶対に」
 彼女の言葉は皆にとって予想外だった。
 神技隊を、守らなければならない……?
 その真意がまったくもって理解できなかった。アルティードたちはもちろんのこと、神技隊自身も。
 だがアースたちだけは、半ばそのことを予感していた。
 あいつが奴らを守ろうとしていたのは、それは前々からわかっている。
『神技隊だけは殺さないでくれ。お願いだから』
 彼女は何度となくそう言った。もちろん、誰であれむやみに殺すのはダメ、とも言っていたが。けれども――――
 守らねばならない理由。
 これは彼らとて、予想していない言葉だった。
 まさか、こんなところにも理由があるのか?
 そんな皆の困惑にも気づかず――いや、正確には、気づいていても知らない振りをして――レーナはまた微笑んだ。
「さて、神さんたちとのお話はこれくらいでいいかな?」
 有無を言わせぬような問いかけ。諦念の笑みを浮かべて、アルティードは立ち上がった。
「アルティード――!」
 ケイルは非難の眼差しを彼へと向ける。
「ケイル。少なくとも今は、彼女はこれ以上話す気はない。粘っていても無駄だ。ならば、どっさりと溜まっている仕事を片づける方が、頭のいい時間の使い方ではないか?」
 アルティードにさとされるものの、釈然としないケイル。だが渋々と、彼も席を立った。
「で、お前は動かないわけか」
 二人が部屋を出てもなお、立ち上がる気配のないシリウスに向かって、レーナはあきれた声を上げた。
「当然だ。お前がこれから繰り広げる、神技隊への説明ショーを見物してやろうと思ってな。私は以前の経過は知らないし、運良くこれといった仕事もない」
 シリウスは悪びれた様子もなく、ぬけぬけとそう言い放つ。アースがあからさまに嫌な顔をして彼の方を見ているが、それも無視である。
「ま、いいか」
 レーナは嘆息する。
 別に聞かれてまずいことを話すつもりはない。
 彼女は心中でそうつぶやく。
「では、シリウス殿もお楽しみの説明ショーといこうか。と言っても話は長いし、われは、お前たちがどこまで知っているかは、わからないからな。まず最初から、お前たちが知っていることを話してくれ。わからない部分をわれが付け足す」
 彼女はそう言って手近なイスに腰掛けた。神技隊らは顔を見合わせる。何となく滝の方に視線が集中したので、彼は仕方なく口を開いた。
「元々オレたち神技隊の仕事は、この神魔世界を抜け出した技使いたちを、連れ戻すことだった。ところが、オレたち第16隊が結成される直前に、『奴ら』の封印が解けたって情報が、上に入ったらしい。そして詳しい意図はわからないが、その後の神技隊は戦力アップを図られた。そして第19隊結成を目の前にして、事態が悪化したようだってことがわかって……。ってまあ、オレたちが知ってるのはホントこれくらい。後は、その情報を提供したのが、お前――レーナだってことを聞いただけで」
 滝はできるだけゆっくり喋った。まるで品定めでもされているような気がして、彼は堅く拳を握る。
「そう、確かに神に忠告したのはわれだ」
 彼女はそう言って皆の顔を見回した。
「その『奴ら』というのは魔族のこと。まあ、主に半魔族だが。それらが大勢封印されていたものが、解かれた」
 彼女はもう一度神技隊の顔を見回した。彼らの表情は、先ほどとは明らかに違っている。何言ってるのかわからない、という顔だ。
「……そうか。その根本から説明しなきゃいけないか」
 彼女はふうと息を吐いて立ち上がった。
「神とか魔族とかってわかるか?」
 人差し指をたてて、単刀直入にレーナは尋ねた。
「いるってことと技が使えて強いってことだけ」
 一番前にいたダンが答える。
「ついでに、他の星では魔族が暴れてるってこともね」
 その隣のミツバが付け足した。彼女はうなずく。
「その通り。実際のところ、神も魔族も自分たちについてはそう大して知らない。お前たちぐらいと言ったら言い過ぎだろうが、ほとんど知らないことに変わりはない」
 レーナはそこで間をおいた。次に口にする言葉を慎重に選び、彼女は口を開く。
「それは、歴史を知る者がいなくなってしまったからだ。過去の事情を知る者――神、魔族の上位が。それが一体いつのことだったのかは、誰も知らない。おそらくは今から三億年ほど前、神の頂点にいる者が、突然消えた。何の痕跡もなくいなくなった。そしてそれを境にして、残った神の上位の者たちも、次々と消えた。消えなくとも、以前の記憶をすっかり失った。残されたのは、事情を全く知らない者たちだけ」
 彼女はゆっくりと皆の様子を確認した。最後にシリウスと目が合うと、彼は静かに唇を動かす。
「私は記憶を失った者の一人だ」
 彼がそう告げると、彼女は珍しく、弱々しく微笑んだ。何とも言えずに目を伏せるシリウスの姿を見て、神技隊も言葉を失う。
「そういうわけで、神の中に歴史を知るものはいなくなった。では魔族はどうか? 実は彼らも似たような状況だった。神の上位が消え始めた頃、魔族の上位も、何者かによって封印され始めていたのだ。それも徐々に徐々に。だから気づいたときには、事情を理解する者は誰もいなくなっていた」
 レーナはそう続けた。淡々とした口調ではあるが、どこか重みを感じる。それが話の内容のせいなのか、彼女のせいなのかは、彼らにはわからなかった。
「神も魔族も、誰も過去の事情を知らない。知らないけれど、お互いが自分たちの生存を脅かす者だと信じ切っている。お互いがそう思っているから、それがまた現実となってしまう」
 言いながら、彼女の表情は少しだけ沈んでいった。でもそれはごくごくわずかな変化だったから、ほとんどの者は気がつかない。
「そして両者は、どうやって生き残るかを考えた。それを先に見つけたのは魔族だ。彼らは、封印された上位の者たちを解放しようと考えた。そして彼らは、ここ地球に、封印を解くための『鍵』となる場所があることを知った。その時からここは既に神の本拠地だったが、彼らはかまわなかった。『鍵』の場所に一発大技をぶち込めば、封印はすぐに解ける。『鍵』なしでは持続した大量の精神が必要となる。しかもそういった技が使える者はわずかしかいない。結果、ここは神と魔族の『鍵』を巡る争いの場と化した」
 神技隊のほとんどが、神妙な顔で聞き入っていた。まだまだ現状に至る話ではないものの、地球が舞台では人事とは言ってられない。
「この戦い、『鍵』を守る側の神は、どうしても劣勢にならざるを得なかった。だがそこに、言わば救世主が現れる。転生神てんせいしん――消えた上位の神々の生まれ変わりと言われている者たちだ。以前の記憶はないものの、強い。彼ら転生神、今のところ確認されているのは六人、の力によって、神は勝利を収めた。リシヤが多くの魔族を封印し、残った者は追い出した。そしてアユリが巨大な結界を張った。地球を全て覆い、異世界との行き来も封じるような強力な結界だ。それを神は今でも守り続けている。じゃあ魔族はと言うと、彼らは計画を変更し、人間から精神エネルギー奪い始めた。それらのエネルギーを利用して、封印を解こうとしたんだ。かなり地道な作業だが、神から奪おうとするよりはリスクが少ないと判断したのだろう。神もそのことにはすぐに気がついた。もちろん防ぎたい。だが転生神は先の戦いで力つき、あまり戦力は残っていない。魔族側も痛手が大きかったため、これ以上被害が出ないようにと、陰でこそこそと活動するのみ。というわけで、地球の中は神の結界に守られて平和だが、その外は、魔族や神の暗躍が満ち、人間がそれに巻き込まれるという現状ができあがったわけだ」
 彼女がそこまで言うと、神技隊はようやく合点がいった。
 宇宙に出てはいけないのも、異世界に行くのを禁じられているのも、それは巨大結界のせいなのだ。結界に隙を作ってはいけないから。
 だがそこで何人かは疑問に引っかかった。
「おい、レーナ。じゃあ、その魔族が簡単には入れないような結界を、何で違法者は抜け出せたんだ?」
 そういった者を代表するかのように、ラフトが声を上げる。カエリは、あんたよく気づいたわね、とでも言いたそうに、彼を見つめた。
「ああ、そのことか。それは今から約十九年ほど前に、巨大結界が弱まったからだ。弱まって、小さな穴がいくつかあいた。おそらくその者たちはそれに気づいたのだろう。だが魔族は、ここを恐れて近づかなかったために気がつかなかった」
 彼女はそう述べた。シリウスが何も言わないところを見ると、嘘はないようである。しかしまあ、神についてもずいぶんな言われ方をしている割に、彼もよく反論しないものである。
「それじゃあ、最初に言った、魔族の封印が解けたっていうのは、そのリシヤがやったものなの?」
 そこでカエリが話を元に戻した。
「ああ。と言っても、他の星に封印したものだし、そういったものはごまんとある。それに規模もかなり小さい」
 レーナはうなずく。
「じゃ、大したことないじゃん」
 ほっとした顔でサイゾウが口を挟んだ。しかしレーナは、静かに目を閉じ、ゆっくりと首を左右に振る。
「いいや。確かに解けたのは一つだし、それも大半は半魔族。現に彼らは間接的にしか行動を起こしていない。それ自体の被害は少ない。だけど、それが何を意味するのかが重要なんだ。リシヤの封印の一つが解けた。つまり、他のもじきに解けてしまうってこと。魔光弾たちも復活しただろ?」
 そう言われて、サイゾウはハッと口をつぐんだ。
 魔光弾、続けて魔獣弾、魔神弾。彼らの封印もリシヤによるものだとすると……。
「やばいな」
 ボソリとゲイニがつぶやいた。その途端、辺りの空気が一瞬にして暗くなり、重い空気が肩にのしかかる。
「しかも、アスファルトが結界の中に入ってしまった。魔族は気づいたはずだ、結界が弱まっていることにも、ここの神の戦力があまりに乏しいことにも」
 そして彼女の言葉が拍車をかける。今までを振り返って、何故『上』があんなにもうろたえ焦っていたのかが、このときになってようやく彼らにもわかってきた。
「それで、イーストってのは……?」
 おそるおそる北斗は尋ねた。この調子でいくと、最悪な答えが返ってきそうで、彼は息を呑む。
「魔族で五腹心と呼ばれている者の一人。何者かに封印された上位を除けば、最も高位な者の一人だ。地球での戦いの際に、五腹心は皆リシヤに封印された。その中で、今イーストが復活した」
 ゾッとした感覚を、北斗は感じた。そしてその後、どれだけ重い使命が自分たちに課せられたのかを悟り、さらに震え上がる。
「つまり、そのイーストの復活によって統率のとれた魔族が、いつかはここに攻め入ってくるってこと?」
 考えるだけで恐ろしいことを、レンカはひょうひょうと聞いた。レーナは大きくうなずく。
「ああ、いつかは。ただ彼はかなりの慎重派だからそう簡単には動かないだろう。けれども、活気づいた下級の魔族の中には、先走って攻めてくる者もいるかもしれない。お前たちはそれを何とかするんだ」
 断言されて、神技隊のほとんどはパニック寸前だった。予想以上に、大変な事態が起ころうとしている。常識を越えている。
「さっきから気になってたんだけど、半魔族っていうのは何なの?」
 そんな中、梅花は平然と尋ねた。さすがはレーナのオリジナル、と言ったところか。
「ああ、半魔族というのは、死にかけた魔族に他の魔族が精神を注ぎ込み、復活させた者をそう呼ぶんだ。注ぎ込んだ方と死にかけた方の気の相性によって、強さは変わってくる。――魔神弾のように、強すぎる者が精神を与えすぎると、耐えきれずに暴走してしまうこともある。割と難しいんだ」
 レーナは目を伏せた。
 安易な蘇生はまずい。自分たちの都合のみで、ちゃんとした調べもなしに行うのは、あまりにも自分勝手で残酷だ。
「ふーむ」
 するとシリウスが考え込むようにうなった。自然と皆は彼の方を向く。レーナも同じだった。
「私からも一つ、質問させてもらってもいいか?」
 ダメだと言われても下がらない、と言わんばかりの顔で、シリウスは聞いた。彼女は仕方なそうにパタパタと手を振る。
「お前たちビート軍団についてだ。『未成生物物体』という呼称は前に聞いたが、一体どういうものなのだ? それと、二十五代目、という言葉の意味。加えて、なんとかブルーという奴のこともだ」
 彼の問いかけで、神技隊はハッとしてレーナを見た。
 それは彼らが最も知りたかったことの一つだ。シークレットとの関係。レーナの謎の死。わからないことだらけ。
 そりゃ一つとは言わんだろう。
 レーナは心の中でつっこんだ。と、同時に、どこまでなら話していいかを、彼女は念入りに考える。
「あー、そっち方面か。嫌なとこを聞くなあ。まあいいか、どっちみちいつかは喋らなきゃならないんだし」
 彼女は眉根を寄せて頬をかいた。とりあえずは説明が得られることに安堵し、シリウスは座り直す。
「我々は、その、何だ、遺伝子、オリジナルたちの遺伝子を用いて体をつくり、そこに精神を注ぎ込んで生まれたものだ。精神と言っても、正確に言えば、魔族の遺伝子にあたるものだがな。まあ、そういうわけで、我々は神でも魔族でも人間でもない。どちらかと言えば技使いの方に近いか」
 彼女は、説明すると言うよりはつぶやくような口調で述べた。続きはあるのだろうが、彼女よりも早く、聞き捨てならない言葉に反応したサツバが、声を上げる。
「技使いに近いって、そりゃどういう意味だ!? お前何か知ってんのかよ!?」
 そんなわけのわからん奴と一緒にされてたまるか、というのが彼の本音だろう。レーナは不思議そうな顔で、首を傾げる。
「ほとんど同じだろ? 神と魔族の違いはあれど」
 彼女のせりふを聞き、今度は神技隊が首を傾げる。
「まさか、知らないのか? ……仕方がないか、神はほとんど情報を提示していなかったようだしな」
 彼女は一瞬驚いて、だが考え直して、相槌を打った。話がそれる気配を感じて、シリウスは吐息をもらす。
「この地球で神と魔族との戦いがあった、と、さっきわれは話したな? それによって、多くの者が死んだ。死んだとは言っても、彼らの本体は精神。『エネルギー』といった感じだな。だから、体を作れるほどの精神が残っていなくとも、何とか生き延びようと、ふよふよ浮いていたりもする。それがたまたま人間の中に入り込み、でも結局は意識を保つことはできず、力のみが残ったもの。それが技使いだ。ほとんどの場合は神だと思うがな。ま、そういうわけだから、より多くの神が死んだここで、たくさんの技使いが生まれるのは、当たり前ってことだ」
 彼女は軽快に人差し指を振った。彼らは皆唖然とし、言葉を失っている。
「神とか魔族とかっていうのは、本体である精神によって、それに合った体の特徴っていうのが決まっているんだ。体型だけでなく、髪型、服装までも。そしてその特徴が違っている分だけ、能力が落ちる。だから、入り込んだ精神と入られた人間が似ていれば似ているほど、より大きな力が発揮できる。つまり、強い技使いになる」
 彼女はそう付け加えた。
 今までずっと謎とされてきた、技使いの条件。それがあっという間に解明されてしまった。遺伝と関係、があるはずがない。精神が入り込むか込まないかは、それこそ偶然、彼らの気まぐれだ。
 これ以上、驚けと言われても驚けない。
 ラフトは心底そう思った。どんなことにも動じないと思われていたヒメワでさえ、目を見開いている。
 今日は驚きのオンパレード!
 それでも少し余裕があるのか、青葉は心中でそう叫んだ。
 今までわけわかんねえことだらけだったのが、一気に説明されたんだ。そりゃあ、びっくりすることもあるさ。
 彼は自分にそう言い聞かせる。一気に説明、とはいっても、レーナに言わせればまだまだ序の口ではあるが。
「で、私の質問の方は忘れてはいないだろうな?」
 このまま有耶無耶にされては困ると思ったのだろうか。仏頂面で、シリウスはそう言った。まあ待て、とでも言いたそうに、レーナは彼の方を仰ぐ。
「そろそろいいかな? 神技隊」
 彼女は問いかけた。全然よくないのだが、それでも彼らは話を聞く体制に持っていこうとする。それを確認して、彼女は口を開いた。
「で、シリウスリクエストの話のことだが。実は、どちらについても詳しいことはわかっていないんだ。偶然ついた、と言うか、何故かできた能力」
 そこまで話すと彼女は顔をしかめる。
「その顔は疑ってるな? 本当だ。聞かれたって答えられない。何故できるかなんて、われもアスファルトも誰も知らない」
 彼女はため息をつく。疑いの空気、が、特にシリウスの方から伝わってくる。
「だからとりあえず、現実にどうなってるかだけを言う。二十五代目、っていうのはそのまんまの意味だ。つまり、その、『レーナ』は二十四回死んだってこと。で、死ぬ前にある方法によって『次の代』を生み出しておけば、たとえ前の代のわれが死んでも、『レーナ』は死なない。普通に考えれば、姿と能力が同じだけで別人ってことになるんだが……不思議なことに、『レーナ』だけは前の代の記憶がある。だから、レーナは確かに死んだんだが、それでもやっぱり生きている、ってことになるわけだ」
 彼女は先ほどよりはやや早口でそう述べた。
 信じられない。
 ほとんどの者の感想がこれだ。にわかには信じがたい。特に、『何故かはわからない』というところが。
「それで、ビートブルーとかのことも、やっぱりよくはわかっていない。これは偶然発見された能力なんだ。神や魔族の中には、時折、これと似た性質を持つ者がいるが。何というか、存在が分化するというか、複数の存在が一つになると言うか、その辺は曖昧だ。まあ、我々の場合は今の姿が基本で、『ブルー』には『合体する』って感じだがな。と言うのも、あの状態をそれほど長くは続けられないのだ。とにかく、何故この能力がついているのかも謎。精神力の発揮具合で姿が変わる理由も謎。本当に、何もわかってはいない」
 レーナは力一杯そう言ったが、大半の者はまだ疑っているようだった。
「まだ半信半疑だな? お前たちは何か勘違いしている。われが何でも知っていると思ったら、大間違いだ。確かに、神側と魔族側両方の事情に通じてはいるが、全てを知っているわけではない。と言うよりも、自分のことはさっぱりわかっていない」
「本当に知らないのか?」
 彼女の言葉をさえぎるように、ネオンが尋ねた。仲間にも疑われては、さすがのレーナも不服そうである。そう見せかけているだけの可能性もあるが……。
「本当だ」
 レーナは言った。そして彼女は神技隊の様子を確かめる。
 パニック、だけは避けられたようだな。
 彼女は心の中でつぶやいた。
「説明はこれくらいでいいかな?」
 神技隊に向かって彼女は問いかけた。すると滝が声を上げる。
「大体の状況はわかったけど、それで一体どうやって魔族に対抗するんだ?」
 問題はそこである。あんな大事を聞かされてだけでは、彼らには為すすべがない。レーナは静かに答える。
「もちろん、修行をしてもらう。もっと強くなってもらわねば困る。特に、オリジナルたちには。色々とサポートはするつもりだが、なんせ我々はお前たちのバックアップ担当だからな。策は講ずる。だからお前たちは、みっちり修行してくれ。命が惜しければ。そこにいる優しいシリウス殿もきっと手伝ってくれるはずだ」
 レーナは微笑んだ。つられるようにシリウスも苦笑する。
 ひとをいいように利用してくれる。こちらが断らないのはわかっているのに。
 こうして、ますます波乱が予想される彼らの生活はスタートした。

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