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第十四章 課せられた使命‐2

 白い巨大な建物。近くの町の者から見れば、ほんの数日でできあがったそれは、噂の的だった。最近続いた騒ぎを静めるための軍事施設だとか、巨大な娯楽施設、宮殿直属の運動場、と根拠のない憶測が飛び交う。どれも当たっていなくもないが……。
 そして中には、思い切って様子を見に行く者までが現れた。
「あれ! 青葉くんとシンくんじゃない!?」
 そういう者たちの一人、二十歳前後の女性が、見知った姿を見つけて声を上げた。
「あ、本当だ、シンさんたち! でも何とか隊に招集されたんじゃなかったっけ?」
 するともう一人。その隣で身を潜める少女が口を開く。
「ねえ、もうちょっと近づいてみない?」
 そして二人の後ろから、また別の女性が声をかけた。
 シンたちは外に出ていた。修行といっても専用の部屋がまだ未完成なので、基礎トレーニングだ。会議が終わると、ほらさっさと修行! とレーナに言われたので、みんなは渋々と出てきたのである。中には反発してどこかへ行った者もいる。
 三人は、場所を移動して近くの茂みに隠れた。とは言っても、『気』が感じられる技使いにしてみれば、気を隠せない彼女らは丸見え同然だが。
「……誰だ、そこにいるの?」
 案の定、彼女らはすぐに見つかった。声をかけたのはサイゾウだ。
「あ、いや、あははははは……」
 立ち上がった三人は、そろって恥ずかしそうに笑みを浮かべた。どうやら普通の女の子らしいとわかって、サイゾウは安堵の息をもらす。
「お? スイレンたちじゃないか?」
 気づいた青葉は驚きの声を上げた。名前を呼ばれて、パッと一人は頬を赤らめる。
「あ、青葉くんにシン君。何してるの? こんなところで」
 その呼ばれた一人が、パタパタと二人の側に駆け寄って尋ねた。ウェーブのかかった短い髪、背の高い女性だ。
「ええと、今は修行中。わけあってこっちで仕事することになったんだ」
 シンが答える。すると残りの二人もいそいそとやってきた。一人は線の細そうなショートカットの少女。もう一人は、肩ほどに伸ばしたくせっけの女性だ。
「あらあら、シンも青葉もモテモテね」
 そんな二人を見てリンがちゃかした。今は動きやすくするためか、髪を頭の上でまとめている。
「からかうなよ」
 シンはむっとして答えた。青葉は既に指摘されていることなので、とりあえずあさっての方を向いてごまかす。
「リン先輩、修行、付き合わなくてもいいんですか?」
 すると梅花がややあきれた顔でそう言った。組み手もどきをして欲しいと彼女に頼んだのはリンである。
「あー、ごめんごめん、今行くから。ね、梅花、そんな顔しないで」
 リンは答えてにっこり笑う。あの話を聞いた後でもこんなに明るくいられるとは、彼女もある意味すごい。
「青葉くん、この人たちは?」
 くせっけの女性が尋ねた。
「神技隊の仲間。最初に声かけたのがオレと同じシークレットのサイゾウ。長髪の奴ね。後ろにいるのが、右がリン先輩で左が梅花。リン先輩はシンにいの、梅花はオレの恋人」
 そう言った途端、彼は思いっきりリンに叩かれた。ずいぶん痛いと思って彼女の方を見ると、どこから取ってきたのか、太い木の棒がその手には握られている。
「何するんすか!」
「何じゃないでしょ! 青葉こそ、何でそんな冗談が出てくるのよ! 私は初対面なんだから、少しは状況ってものを考えてよね! ……っていうか、梅花、何であんたは無反応なの?」
 リンは一通り文句を言うと、全く意に介していない様子の梅花に向かってそう聞いた。
「別に。嘘だってことはすぐにばれますから」
 彼女は淡々と言った。青葉はつまらなそうにそんな彼女を眺める。と、次の瞬間、彼はシンに羽交い締めにされた。
「イタタ……、シンにい、何するんすか!?」
「お前こそ、余計なことすんな!」
 シンはジトーっとした目でにらむ。だが青葉がすぐに謝ったので、シンは彼を解放してやった。
「クスクスクス……、二人とも、変わってないのね」
 彼らの行動を見て、背の高い女性――スイレンが笑った。シンと青葉は顔を見合わせる。
「滝さんもいるの?」
 ショートカットの少女が聞いた。どうやら彼女たちは、ヤマト族三人組――もちろん、滝、シン、青葉のことだが――のご近所らしい。
「えっと、滝にいならランニングしてる」
「レンカ先輩と一緒にな」
 二人は答えた。
「滝先輩たちこそ恋人よ。七つも離れてるけど」
 リンは機嫌を取り戻したのか、元の明るさで口を挟んだ。
「マジ!?」
「ダン先輩たちの証言付き」
 遠くでサイゾウが叫ぶと、リンは自慢げに断言する。
「おっ、シン。油なんて売ってどうしたんだ?」
 そこへ北斗が駆けてきた。首にタオルをかけて汗をぬぐっている。ランニング中だ。
「あ、いや別に」
 シンは曖昧に答える。北斗は見知らぬ三人に気がついて、軽く頭を下げた。
「えっと、北斗。オレの仲間」
 シンが簡単に紹介する。
 このままランニング集団が来たら、何か大変なことになりそうな気がする。
 彼が頭の片隅でそう考えると同時に、スイレンが口を開いた。
「ところで、この白い建物は何なの?」
 自然と皆は基地を見上げる。突然できあがった強大な建造物は、さも自分の姿を誇示するかのように、光を浴びて輝いている。
「あー、何て言うか、オレたちの基地」
「基地?」
「そう」
 青葉が答えた。そうとしか表現のしようがない。少なくとも彼には、それ以外の言葉が浮かばなかった。
「ここに通うの?」
「いや、住む」
 端的に青葉は言う。知り合いならもっと親切に答えればいいのに、とリンは思った。
「あんまりここには近寄らないようにって、他の人に言ってくれないか?」
 シンが頼んだ。三人は驚いた表情で顔を見合わせる。
「まあ、その、これからこの辺何があるかわからないし。好奇心でやってこられると困るんだ。だから、な、近くの人には特に、そう忠告して欲しい」
 優しく微笑みながら、シンはさとす。スイレンはうなずいた。
「うん、わかった。ごめんね、修行の邪魔しちゃって」
 そしてそそくさと彼女はもう二人を促す。
「ほら、帰ろう」
「あ、うん。そうだね」
「じゃあね、青葉君、シン君。お仕事、がんばってね」
 三人は手を振りながら足早に立ち去る。シンたちはその姿を見送った。
「出た、シンにいのやんわり攻撃」
「何だそりゃ」
 シンは青葉を小突く。
「知り合い?」
「ん、まあ、近所の」
 北斗が尋ねると、シンは適当に答えを返した。
「やっぱりここの建物は気になるんじゃない? ヤマトはここから近いし」
 サイゾウが話に参加してくる。そうかも、と青葉は同意した。
「他にも気になった人たちが、やってくるのかしら?」
 ストレッチしながらリンは問いかける。
「さあ、来るかもな」
 シンも体をほぐし始める。
「上が長を集めて話を伝えれば、ここが何であるかは皆に伝わります。でも、興味だけで来る人はいるでしょう。危険という意識は、さほどありませんから」
 梅花は付け加えた。彼女は先ほどからずっと、リンが準備できるのを待っている。が、特に苛ついているという様子でもない。
「はあー、やんなっちゃうなー。オレたちゃ見せ物じゃないっての」
 サイゾウがため息をつく。先ほどの会議で心はもうくたくたなのだ。これ以上嫌な思いはさせないで欲しい、と彼は願った。
「そう言えば、先輩たちは戦闘用着衣は持ってるんですか?」
 ふと気がついて、梅花は聞いた。
「戦闘用着衣?」
「うん、そう。その名の通り戦闘用に作られた服よ。例の超高い糸と秘密とされる製造方法によってできる万能衣服。多少の技をくらったくらいじゃ破れないし、動きやすいと言う優れもの」
 青葉が尋ねると、梅花はすぐ答えた。皆は、あーあれね、と言わんばかりの顔でうなずく。
「持ってるわけないでしょ!」
「どこにそんな金がある!」
 リンとサイゾウが首を横に振りながら声を上げた。そんな余裕はないし、第一、必要としない。
「オレだってない」
「右に同じく」
「同じく」
 シンと青葉、北斗もそう言う。
「やっぱり」
 梅花はため息をついた。
「たぶんこれから必要になります。上に掛け合って何とかしてもらうから、そしたら買ってください」
 梅花はそう言って頭を押さえた。青葉が彼女の顔をのぞき込むようにする。
「それって絶対必要? 何とかならないのか?」
 青葉は聞く。梅花は首を振った。
「本格的な技使いの戦いでさえ、その服じゃなきゃ話にならないの。私死にかけたし。それが魔族となったら……」
 彼女の言葉を聞いて、青葉はあきらめた。もしかしたら手痛い出費になるかもしれない。
「掛け合って安くしてもらえるの?」
 リンが問いかける。
「はい。できるだけタダになるようにがんばりますけど」
 『タダ』という響きを聞いて、皆は目を輝かせた。駆け寄ってガシッとその手を握ったり何かする。
「マジ? タダ!? ガンバだ梅花!」
「お願い梅花! その差は大きいわよ!」
「給料ゼロに近いんだ。出費なんてほとんどできないからな!」
「頼む梅花! オレほぼ文無し。」
「全てはお前にかかっている!」
 青葉、リン、シン、サイゾウ、北斗は口々に思いを語った。
「……わかりました。最善を尽くしますから、他の人にも言っておいてください」
 彼女の胸中は重かった。




「それでオリジナルはいないのか?」
 レーナは聞き返した。
「そうらしいでぇーす」
 アサキが答える。彼女たちは今、基地の中にいる。それも未完成部分。一階で、神技隊たちが行かなかった奥のところだ。
「ここが修行室になるんだよね?」
 ようが尋ねる。レーナは静かにうなずいた。
「それにしてもひれぇなあー」
 カイキは感嘆の声をもらした。確かにものすごく広い。高さは四階分ほどある。何もないだけに、その広さが誇張して感じられる。
「まあな。そしてここの壁全てがエメラルド鉱石製となる」
 レーナは自慢げに言った。その『エメラルド鉱石』がどんなものかを知ったアースは、驚きのあまり咳き込む。黄金の城どころの話じゃない。
「何でぇーすかぁー、それは?」
 アサキは不思議そうに聞いた。レーナは適当に、とにかくすごいものだ、と答えておく。何度も説明するのが面倒なだけだ。
「どのくらいかかるの?」
 ようが真上を見上げて尋ねた。
「明日にはできる」
 断言するレーナ。
「加工が特別だからまとめてやれば早くできる。だからそれまではお前たちも外で修行」
 レーナがそう言うと、ようたちはあからさまに嫌な顔をした。そんなことしたって急に強くなんかなんないよー、と顔が主張している。
「何にでも基礎は大事だ。体力がないと話にもならない、ってわれが言えることじゃないが。でも本当に基礎は大切。体を動かすのが嫌なら精神集中でもいい。とにかく、できることをしておいて欲しいんだ。後で後悔しないように」
 彼女にそう言われると、アサキたちに反論のすべはなかった。彼女の言葉は自分本位ではないから。ただ彼らの今後を心配してるだけ。それを彼らは知ってしまったから、だから何も言えない。
「わーかりました。行ってきまぁーす!」
 アサキは声を上げた。レーナは微笑み、うなずき、走り去る彼らの姿を眺める。
「それにしてもオリジナル、無理してなければいいが」
 そして大切な者を案じて、彼女はぽつりとつぶやいた。




 梅花が掛け合ってるのは宮殿の総事務局だ。宮殿内のお金に関することなら何でもお見通し、のところである。他にも色々と面倒な雑務が集中するので、誰もが配属されたくないと思うワースト一の職務である。
「ダメです」
 その総事務局の一人はきっぱりと言い切った。
「そんな話は上から聞いておりません」
 冷たい視線を局員は向ける。でもそんなことで簡単には梅花は引き下がらない。
「他世界戦局専門長官の了解は得ました。これが証書です」
 彼女はそう言って、バンと紙を取り出してカウンターに広げた。局員は眉をひそめる。
「それでもダメです。今までそちらにどれだけの金額を割いたと思ってるんですか。これ以上の無駄な出費はできないと、上からも言われているんです」
「無駄ではありません」
 局員と梅花の戦いは、双方なかなか譲らない。さらに話はエスカレートしていく。
「必要ありません。安くしろと言うならまだしも、タダというのは虫がよすぎます。譲歩の余地はありません!」
「絶対に必要です。あれがあるのとないのでどれだけの被害の差が出るか、わからないんですか? 治療および戦力増強など、一体どれだけの負担が生じることか」
「譲歩の余地はありません」
 二人はにらみ合った。今後の出世や宮殿の財政を考えると、局員も引き下がるわけにはいかない。そして梅花は、何としてもタダにしてもらわなければならなかった。
「じゃあ、例の保管庫の書類、全てまとめてデータ化します。それならいいですよね?」
 梅花が一歩譲った。局員は大きく目を見開く。あの保管庫全ての書類を!?
 彼は耳を疑った。が、しかし次の瞬間、納得する。
 目の前にいるのは、あの『梅花』なのだ。天才と言うよりはもはや化け物。考察、統計、整理、全てのことを一瞬にして判断し、しかもそれを間違えることなく精神データ化して入力できる。怪物。こいつならば、そんなことは大したことのうちには入らない。
「……それでもタダには」
 局員は粘った。梅花は奥歯をかみしめる。
「では今までそちらが滞納していた私の給料、全部なかったことにしてください。大した額じゃありませんけど、ないよりはましでしょう?」
 彼女の言葉に、今度こそ本当に局員は度肝を抜かれた。保身のためなら何でもするようなこの宮殿で、他人のためにそれだけの金を投げ出す者がいるとは考えられなかった。
「……いいでしょう、わかりました。アールの方にある直属の店に連絡しておきます。そこに行って注文しなさい。ただし、一人五千ケントまでです」
 局員はついにそう言った。そしてすぐにそれらのことを書き表した証書を手渡す。梅花は静かにそれを受け取った。




「あ、梅花!」
 青葉は彼女の姿を遠くに見つけて駆けだした。彼女は背中に大きな鞄を背負って、両手には大量の袋を抱えている。
「……どうしたんだ、これ?」
 駆け寄った彼は、彼女から荷物を奪い取るようにして尋ねた。袋が大きすぎて、前が見えないような状態だったのだ。
「交換条件」
 梅花は即答した。すると彼女の到着に気づいたらしく、リンたちも駆けてくる。
「何、何? これはどうしたの?」
 聞きながらリンは大きな鞄をのぞくようにした。もちろん中身は見えないが。
「ばっかでかい荷物」
 青葉たちのグループに加わっていたらしく、やってきたダンが大きな声を出す。
「重要資料ですからあまり見ないでくださいね。ま、本当はどうでもいいものなんですけど」
 梅花は一応忠告した。すると資料と聞いて青葉が顔をしかめる。
「まさか、これ全部まとめるのか?」
 彼は尋ねた。梅花はコクリとうなずく。
「そう。まとめてデータ化。だからあっちじゃ集中できないから持ってきたの。部屋にこもるから呼ばないでね」
 彼女はあっさりと言った。
 精神データ化って、確か技の一つだったよな。しかも割と高度な。
 青葉はそう考えてハッと気がついた。そして彼女の前に立ちはだかる。
「お前、まさか、すっごく面倒で大変な仕事引き受けて、それでタダにしてもらったのか!?」
 彼は彼女の肩を揺さぶった。
「え!? ウソ!? 本当、梅花!?」
「そんなに無理したのか!?」
 リンとシンも慌てて尋ねる。彼らは今になって、自分たちの言った言葉を後悔した。
「いえ、大したことじゃないですから。集中すればすぐできます。それで、アールにある直属の店の方に連絡がいっているはずなんで、持ってない人全員で行ってください。あ、これ、証書です」
 平然とした口調で述べて、梅花はリンに証書を手渡した。でもって、書類返して、と青葉に頼む。
「部屋まで持ってくって。ったく、お前はつくづく自分のことを考えないお人好しだ。無理ばっかして」
 青葉はあきれた声音で彼女の頭に手を乗せた。梅花は嫌そうにその手を払おうとする。
「じゃあオレたちは他のみんなに知らせてくる」
 シンが申し出た。彼はリンを誘って基地の方へ駆けていく。ぐるりとその周りを回れば、全員に伝えられるだろう。
「まーまーみなさん、仲がよろしいことで」
 独りダンは醒めた口振りで、つまらなそうにつぶやいた。

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