white minds

第十四章 課せられた使命‐4

「ありがとうございました。できあがりましたらお送りいたします」
 少女が頭を下げた。
 とりあえず全員注文を終えたのだ。大分時間はかかってしまった。そして彼らは今、入り口のすぐ側に立っている。
「わかりました。長い時間、どうもすみませんでした」
 滝も会釈する。いえいえ、と中年の女性は首を振った。
「またお越しください」
 男性が微笑む。もう来ることなどないとわかってはいるだろうが、それでも言うのが商売なのだろう。ここ神魔世界ではあちらほど商売争いが激しくないため、そういった理解は少ない。しかし彼らにはその苦労がわかった。
「じゃあ、これで」
 そう言って彼らはその店を後にした。帰りがけに遠くから眺めると、三人はまだ外に立って見送っている。
「宮殿専属といっても大変なんでしょうね」
 思わずよつきはそうつぶやいた。あの奇病のせいで親のいない子どもが多いせいもあり、売れ行きはかんばしくないのだろう。それに、神技隊が派遣されるようになるまでは、神魔世界最大のイベント、武闘大会があった。昔はそのために買う人が多かったと聞くが、今はそれもない。
「意識したことなんてなかったけど、オレたちが物心ついた辺りから、色々と変わってきてたんだな……」
 ホシワが声をもらす。ここ二十年だけで、神魔世界の中では数々の『異変』が起こっていた。そう、確実に何かが動き出していたのだ。
「でもってこれからはもっと変化する」
 ラフトは重い気持ちでそう口にした。その変化の中心に、彼らはいる。
 これから起こるであろう出来事を予感して、彼らの気持ちは暗くなった。




 かみ合った歯車が、今まさにその速さを増している。
 世界は、次第に動いていく。
 ゆっくりとした、しかし確実な変化が、既に世の中を覆っている。それは誰にも止めることなどできない。
 いずれ闇は照らされる。全ての闇が明らかになる。
 でも、そのとき、一体どれだけの者が、それを見届けられるのだろう? 願わくば、皆が……。
 そう、そのためにも、生きて、彼らを生かさねばならない。何としても生き抜いてもらわねばならない。
 これは課せられた使命ではない。義務でもない。けれども自分は選び取るのだ、この道を。最も辛い道を。
 かみ合った歯車。そうさせたのは自分。
 今はただ、それが回っていくのを見守るだけ。
 時が流れる。皆の思いが重なった時が。その流れる先に、終わりがないことを祈らん。




 店に行ったメンバーが戻ってくる頃には、もうお昼を過ぎていた。彼らが入り口から中へ入ると、そこにはレンカが立っている。
「あ、丁度いいときに帰ってきたわね。もうすぐお昼が届くわよ」
 彼女は彼らの姿を見るなりそう言った。
「そっか。他の人は?」
 ミツバがキョロキョロと辺りを見回す。
「ようとコスミは外で修行してるわ。ローラインは掃除してる。梅花は今資料を届けに行ったところ。私も手伝ったし、早く終わったの。ついでにお昼持ってくるって」
 レンカはにっこり微笑んだ。青葉は梅花が一人でなかったと知って、胸をなで下ろす。
「いつまでご飯届けてもらえるの?」
「ここができあがるまで、だそうです」
 カエリが尋ね、レンカが答える。大したことじゃないとはいえ、宮殿の方もなかなか気を回してくれる。いや、単にリューあたりががんばって頼み込んでくれたのかもしれないが。
「一人で運べんの?」
「異次元ケースだから大丈夫だって」
 ダンが問うと、またもやレンカは即答した。
 こんなとこでそんなもん使っていいのか?
 ダンは首を傾げる。上の考えることはよくわからない。
「じゃっ、このまま食堂にレッツゴーだな」
 ラフトが拳を突き上げた。彼に続いて、皆はゾロゾロと廊下を進む。彼らが食堂の中に入ると、入り口の方からコスミたちが駆けてきた。
「みんな戻ってきたんですね」
 息を切らせながらコスミが口を開く。彼女はたくの傍らによった。
「もうすぐお昼届くって。お、よう。お前のお待ちかねの食事の時間だぜ」
 かなりお疲れ気味の、よう。そんな彼にサイゾウは声をかける。ようはキラッと目を輝かせた。
 そして誰もが彼女の帰りを待った。
 が――――
「お、遅い……」
 それから一時間近くたっても、彼女は戻ってこなかった。空腹も手伝って、彼らはかなり疲れた顔をしている。
「な、何かあったのか……?」
 青葉は段々と不安になっていた。ようは、テーブルに突っ伏して死んだようになっている。
「本当、遅いですわねえ。事件でもあったんでしょうか?」
 のほほんとした表情でヒメワは言った。
「ま、まさかね」
「そうそう、まさか」
 皆はそう言うが、思わず青葉の顔は引きつる。
「様子、見に行った方がいいんじゃないですか?」
 ジュリも心配そうだ。だがあそこは相当なことがない限り、簡単には入れない。門前払いをくらうだろうし、許可されても、その後にはやっかいな手続きが待っている。
「ではわたくしが行きましょう」
 そう言ってローラインが立ち上がった。彼はジナル族出身である。
「た、頼みます」
 青葉は懇願する。
「はい、わかりました。美しい」
 ローラインはにっこり微笑んだ。本当に彼に頼んで大丈夫なのかと、皆は心配するが、当の本人はそんなことに気づきもしない。
 彼は食堂の出入り口へと向かった。そしてドアを開けようとする。
 その時――――
「すいません、遅くなりました」
 そこへ梅花が駆け込んできた。ローラインと鉢合わせになって、彼女は一歩退く。青葉はダッと彼女に駆け寄った。
「な、梅花、お前、どうしたんだよ!? なかなか帰ってこないから、心配したんだぞ!」
 彼はローラインをはねのけるようにして、彼女の肩をがっちりつかむ。ローラインは、美しい、と小さくつぶやいた。
「きゅ、急な話が出てきて、その確認とこれからの予定を聞き出すのに時間かかっちゃって」
 彼女はそう答えてから、彼の手をのける。
「急な話?」
「うん、まあ。あ、とりあえずこれ、昼食ね」
 彼女は左手に持っていた異次元ケースを彼に手渡す。青葉は滝の方を振り返った。
「ま、そうだな。昼を食べたら話を聞こう」
 滝はそう言った。




 彼らは素早く昼食を終えた。
「で、梅花。急な話ってのは何なんだ?」
 カウンターの席に腰掛けたまま、滝が尋ねる。
「はい。前に新たな神技隊が既に招集されている、って話は聞いてましたよね? その神技隊の一つを、今日、こちらによこすって言うんです」
『は!?』
 梅花の報告を聞き、皆は一斉に声を上げた。
「何!? 新しい神技隊を? しかも今日!?」
 ダンが素っ頓狂な声を出す。彼女はうなずいた。
「そうです。今日の夕方にはここに来ます。別に、こちらの見張りの役割とか、そういうことではないらしいです。たぶんですけど、アルティードさんたちが何とか説得してくれたんだと思います」
 彼女はそう続けた。
「それで、誰が来るとかそういうのはわかってるのか?」
 滝が問う。
「はい、調べてきましたから。第20隊ゲット。ナンバー1がアキセ。ナンバー2がレグルス。ナンバー3、すい。ナンバー4、ときつ。最後に、ナンバー5がサホです」
 彼女が名前を挙げると、あちらこちらから驚きの声が上がる。
「え、サホって、あのウィンの?」
「ええと、はい、そうです。ウィン出身って書いてありました」
「え、サホさんですか?」
 まず、リンが確かめる。彼女はジュリと顔を見合わせて、複雑そうな顔をする。
「それじゃあ、まさか、ときつってのはディーン出身?」
 次にカエリが聞く。梅花は、はい、と答えた。
「な、な、じゃあ、まさか。すいってのはザンのあのすいか!?」
「確かにザンだったわね」
 サイゾウが頭を抱えると、梅花は首を縦に振る。彼はうめいた。
「と言うことは、アキセはあのアールのアキセですね」
「うん。確かにアール出身だったわよ」
 何が『と言うことは』なのか定かじゃないが、よつきは妙に納得した顔で相槌を打つ。
「こ、このパターンでいくと、レグルスってのは、バイン出身ってことだよな……?」
 サツバは、否定されることを願いながら、梅花の顔を見た。
「はい、そうです」
 その願いは無惨にも砕かれる。この瞬間、ずっと悪かった彼の機嫌は、もうどうでもいいという気分に取ってかわった。
「何か、全員誰かかれかの知り合いみたいだが、まあ仲良くしてやれよ」
 滝はそう言う。カエリは彼の方をキッと見た。
「その五人を受け入れるって、もう決めたってこと?」
「決めたって言うか、上がそう言うなら、オレたちにそれを拒否することはできませんから」
 滝は眉根を寄せる。責められても、彼にだってどうしようもない。
「結局そういうことになるのよね。上って勝手だわ!」
「いや、まあ、たぶん、こちらの戦力増強のためによこしてくれてるんだと思うんですけど。あんな話の後だし」
 カエリは口をとがらせるが、滝は困って頭をかいた。
 彼女の言うこともわからなくもない。上のやり方が一方的なのは前からそうだ。けれども、今はどうしようもないことも事実である。
「んな怒るなって、カエリ。いいじゃんか、人数増えた方が楽しいって。部屋はまだあるんだろ?」
「あと二十一あります」
 ラフトが陽気な顔でカエリをなだめた。梅花がすかさずフォローをするが、そんな細かいところまで覚えているのにはやはり驚かされる。まあ、部屋数さえ知っていれば、マイナス二十五すればいい話なのだが。
「人数増えた方がって、増えすぎても大変じゃない! このメンバーだって、ようやく慣れてきたばっかりなのに」
 カエリはまだ不満そうだ。
 ただでさえ、あのわけのわからないレーナたちと仲良くしろ、という無茶苦茶な指令――実際はそんな命令はされていないが――があるのに、それに加えて後五人。一人は知っていても、残りは赤の他人じゃない! 魔族と戦わなきゃならないってときに、私生活でも苦労してちゃ、身が持たないわよ!
 彼女は心の中でそう叫んだ。
「人間関係で疲れることは理解しますけど。カエリ先輩、他の人にはあたらないでください。上への文句はとりあえず私が中継役になります。不満を他人にばらまくと、またその人にも不満がたまりますから、それだけはやめてください」
 そんな彼女に向かって、梅花は淡々と言った。カエリは言葉を失って、ただ梅花の顔を見つめる。
 出た、梅花のきつい冷静なピンポイント攻撃!
 青葉は胸中でつぶやく。彼はこういった変な命名が好きなようだ。
 カエリはまだ固まっている。梅花はもうことが済んだという顔で、あさっての方を向く。
 滝が口を開いた。
「と、とにかく、オレたちにはどうしようもないですから、彼らが来るのを待ちましょう。それまでは修行でもして」
 彼は必死に取り持つ。それでなくともギスギスした重苦しい気分になりがちなのだ。
「あ、そう言えば、忘れてました滝先輩」
 梅花はくるりと向き直って彼に言った。
「明日の朝、備品とか何とかを届けに来るみたいです。どうやら神メンバーが。おそらくアルティードさん側だとは思うんですけど」
 滝は目を丸くする。
 神が、ただ備品を届けに?
「ですから、詳しいことはそのときにでも聞いてください。機会があれば、の話ですけど」
 付け加える梅花。滝は適当な声を返した。
「じゃあ修行再開ってことだね、滝」
「腹もふくれたことだしな。ま、オレらはお先に行ってるぜ」
 空気を和ますためだろうが、やけに明るい声でミツバとダンは声をかけた。
「あ、ああ」
 滝は軽く笑顔を返す。
 難題は減るどころか増える一方だな。あー困ったもんだ。
 彼は今後を案じる。小さい頃からの性分というか何というか、集団を引っ張ろうと奮闘するのはひどく大変なことだ。特に、これだけ個性豊かなメンバーがそろっているときは。
「苦労は理解します。でもまあ、集団では役割ってものがありますから」
 彼の心を見透かしたように、梅花は言った。彼女は自分の役割を知っているのだろうか?
「ま、そうね。滝、これからが本番よ。私たちの未来、どうなるかは私たちにかかっているんだから。がんばらないとね」
 レンカはそう言って微笑みかける。
 滝はゆっくりとうなずいた。




「準備よし!」
 一人の男が勢いよく目の前の男の肩を叩いた。
「これでまあ、この味気ない部屋とはお別れだぞ。いや、まあ長かったねー。オレもここは嫌い。いやーよかったよかった」
「今までありがとうございました、ミケルダさん。おかげで大分強くなりました」
 垂れ目の男――ミケルダと呼ばれたその男性は、盛んに手を叩いた。彼の前には、肩ほどの髪の青年、妙なマントを着た男、背の高い凛とした女性と、銀髪の少女、気のよさそうな少年がいる。
「まーそんぐらいの強さがあれば何とかなるだろうさ」
 ミケルダはにんまり笑った。
「それもこれもミケルダさんのおかげですから」
「そうやで。あんたのきっつーい修行のせいや」
「おいおい、何か恨みこもってないか? オレはお前たちにはちゃんと気を遣ったつもりだぜ。そりゃまー、こんな部屋で生活しなきゃならないお前たちへの配慮、ってのが理由だけど」
「何言ってんや。あんさんがいないことが拷問なんや。辛かったでー、あの静かな空間」
 彼らがいるのはただ白い部屋。広さは中程の、しかし何もないせいか、ずいぶんと広く感じられる。
「神技隊、ミケルダさんは会ったことがあるんですか?」
「残念だけどないんだな、これが。オレも早く会いたいよ。上玉がいっぱいって話だし」
「またそれかいな」
 彼らはそうやって談笑した後、真顔に戻った。
「んじゃあ、ゲット。これからは厳しい戦いが待ってる。くじけずにがんばれよ」
「はい、もちろんです」
「がんばります」
「合点や!」
「任せてください!」
「わかったでございます」
 五人は口々に答えた。


 時は動き出している。

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