white minds

第十五章 集いし仲間‐1

 夕刻。
 チャイムが鳴った。
「とうとう来たってわけか」
 滝がつぶやく。十月半ばもすぎれば外はもう寒い。彼らは基地の中で休憩中である。
「私が行ってくるわ」
 レンカが言った。彼女は食堂を出て玄関の方へと歩いていく。入り口前のホールに、その五人は立っていた。出入り口は自動で開くため誰でも入ることができる。
「えーと、ゲットのメンバーね」
 レンカは微笑んだ。
「はい、そうです。すいません、これからお世話になります」
 一番手前にいた青年が頭を下げた。
「とりあえずは、まあ、食堂でいいかしら。会議室で自己紹介ってのも何だし、あそこが一番落ち着くから。みんなを紹介するわ」
 そう言ってレンカは歩き出した。ゲットの五人は黙ってついていく。
「滝、ゲットのみなさんの到着よ」
 食堂に入るなり、彼女は言った。
「ああ。そうだな、その辺にでも座ってもらうか」
 滝はカウンター近くの席を指さす。
「じゃあ僕がみんなを呼んでくるね。前みたいに基地内放送、ってわけにもいかないし」
 するとジュースを飲んでいたミツバが立ち上がった。彼はすぐに食堂を飛び出していく。
「それにしてもすごいでございます。こんなに大きな基地、いつの間に建ったでございますか?」
 席に着くと同時に、髪の短い少年が、キョロキョロと見回しながら声を上げた。
「ほんまやな。宮殿出て、えろうびっくりしたで」
 マントを羽織った男も賛同する。
「オレたちが来たのは昨日だからな。いつできたかはわからないけど。でもレーナが仲間になるって言ったのが、あれは確か十月十日のことだったから……それ以後ではあるな」
 滝が一応答える。
 すると――――
「あ! 本当にいた! サホ!」
 食堂の入り口から甲高い声が響いた。
「リンさん!」
「あー、もう心配したのよ。神技隊に招集されたって聞いて。よかったー、会えて」
 リンは彼女の元まで駆け寄って、その肩をがっちりとつかむ。
「す、すいません。心配かけちゃって」
「もう、いいのいいの。無事だったんだから」
 ぎゅーっと抱きしめるリン。サホは人目を気にしてあたふたとする。
「神技隊に招集って、派遣されなきゃ危ないことはないだろ?」
 そんなリンの背中に、あきれ顔のシンがやってきて声をかける。彼女は手を離してくるりと向き直った。
「異例の招集よ。しかもあの『上』の管理となれば、何させるかわからないでしょ!?」
「う、そう言われれば確かに」
 シンは妙に納得する。
「本当にアキセですねー」
 そこへやたらと笑顔のよつきがやってきた。彼の後ろには、コブシとジュリがいる。
「な、そ、あ、よ、よ、よ、よつきさん……」
 アキセと呼ばれたその青年は、明らかに動揺しながら、それでも何とか平静を保とうと、無理矢理笑顔を作った。
「いやー、久しぶりですねー。まさかまた会えるとは思いませんでしたよ」
「ま、まだ半年です。できればオレは一生会えない方がよかったんですけど」
「またまたそんな冗談を」
 アキセは立ち上がって、さりげなく少しずつだが後退する。
「隊長、ピークスはあっちの奥の方の席にしましょう」
「え? いや、わたくしは――――」
「行きましょう」
 見かねたジュリが、よつきの腕を取って引っ張っていった。もちろんコブシもついていく。
「大丈夫ですか? アキさん」
「あ? ああ、まあな」
 サホが心配して彼の方を見上げると、アキセは何度も首を縦に振った。
 それからはどやどやと人が入ってきた。奇声を上げる者もいたが、つもる話は後、である。後ろからどんどん人が押し寄せてくるのだから、それも仕方がない。
「よし、ようやく全員集まったな」
 皆が適当な席に着くのを見計らって、滝が立ち上がった。
「昼間の話の通り、ゲットが加わった。彼らがその五人だ」
 滝はそう言ってアキセたちを見る。五人は一斉に立ち上がった。
「えっと、オレがゲットのナンバー1、アキセです。出身はアール。よろしくお願いします」
 アキセは丁寧にお辞儀をする。頭を上げると、彼は目で隣に合図した。
「あ、は、はい」
 ガチガチと固まった動きで、茶髪の少年が前に出る。
「わ、わ、わたくしはレグルスといいます。あ、あの、ゲットのナンバー2です。その、よ、よろしくお願いしますです」
 レグルスは深く礼をした。相当緊張しているらしく、顔が真っ赤だ。彼の近くにいるのが、サツバやゲイニなど、威圧的な面々だというせいもあるが。
「次はわてやな」
 おどおどするレグルスを脇によけて、マントの男が前へ一歩出た。
「ナンバー3のすいや。出身はザン族。これからよろしく頼むで」
 そう言ってすいはニカッと笑った。どうしても皆の目はその大きなマント――体をすっぽり覆っている――にいってしまうが、彼はちっとも気にしていない様子だ。彼が後ろに下がると、隣の背の高い女性がサッと前に出た。
「ナンバー4のときつです。ディーン族出身。よろしくお願いします!」
 ときつはハキハキと言った。彼女はすぐに元の位置に戻り、すぐ横の銀髪の少女、サホを一瞥する。
「私はゲットナンバー5のサホです。ウィン出身。どうぞよろしくお願いします」
 彼女は深々と頭を下げた。
「で、滝にい。ひょっとしてオレたちも自己紹介するの?」
 すると窓際に座っている青葉が尋ねた。
「まあ、常識的にはな」
 滝はそう答える。
「んじゃあ、トップバッターはオレだよな、オレ! 何てったって一番上のリーダーだし」
 勢いよく、ラフトが声を上げて立ち上がった。彼は得意満面の顔で口を開く。
「オレはラフト。フライングのナンバー1! ジンガー族出身で、もっちろん強い!」
「自称してるだけ」
 彼がそう豪語すると、すかさずカエリがつっこんだ。彼が怒る間もなく、ゲイニが立ち上がって彼を押しのける。
「ゲイニ、フライングナンバー2だ。あんまりこいつの言うことは聞かない方がいいぞ」
 ゲイニは言いながらラフトを指さした。またもや彼に反撃の隙を与えず、ミンヤが割ってはいる。
「ミンヤ、ガイ族出身。よろしくしてくれだんべ」
 訳のわからない方言、はないはずだが、でミンヤが会釈する。カエリはすぐに立ち上がった。
「私はカエリ。フライング、ナンバー4よ。ま、よろしく」
 昼の不満顔は見せずに、はつらつとカエリは言った。
「わたくしはナンバー5、ヒメワですわ」
 カエリが席に着く前に、ヒメワが立って自己紹介する。これで完全にラフトの反撃の機会はなくなった。
「じゃ、次はオレたちか」
 滝が壁際から前へ出る。
「オレは滝。第16隊のリーダー。よろしくな」
 彼は片手を軽く挙げる。
「実質上、神技隊のリーダだろ?」
「そうそう」
 ダンとミツバが付け足した。滝は顔をしかめて二人を見返す。
「オレはホシワ。ナンバー2だ。これからよろしく」
 ホシワが奥の席から立ち上がってそう言った。高い身長のため、邪魔にならないようにと気を遣ったらしい。
「次オレオレ」
 ダンが笑顔で手を挙げる。
「ナンバー3、ダンだ。なんつーか、ムードメーカーって奴? ま、よろしくよろしく」
「別名お笑い担当だね」
 ダンが気分良く自己紹介すると、ミツバが笑顔で訂正した。無論のこと、彼は羽交い締めの刑に合う。
「え、えっと、僕はミツバ。ザン族出身。よろしく!」
 何とかダンの手を逃れて、ミツバはそう言った。
「次は私ね」
 彼が再び席に着くと、レンカがカウンター席から立ち上がる。
「私はレンカ。ナンバー5よ。よろしく」
 レンカはにこりと微笑んだ。
「次はオレたちか」
 言いながら席を立ったのはシンだ。彼はイスに手をかけて口を開く。
「オレはシン。スピリットナンバー1で、ヤマト出身。よろしくな」
 紹介を終えると、茶々入れられるのを恐れて、彼はすぐにイスに座った。
「じゃあ次はオレか。オレは北斗。イダー族出身だ。まっ、よろしく」
 同じく口早に紹介を終える北斗。そしてすぐに席に着く。
「何だよ、せっかちな奴ら」
 文句を言いながらサツバは立ち上がった。軽く髪を整えて、彼は口を開く。
「オレはサツバ。バイン出身でナンバー3。とりあえずはよろしく」
 愛想笑いを浮かべてサツバは一礼した。
「あー、いい人に見られたいって意識が丸見えだな」
「何だと!? 北斗!」
「そういうのは後にしてよね。恥ずかしい恥ずかしい」
 サツバと北斗がにらみ合うと、リンは眉をひそめて彼らの裾を引っ張った。
「まったくです。美しくない」
 顔をしかめながらローラインが立ち上がる。
「わたくしはローライン。スピリットナンバー4で、ジナル出身です。これからよろしくお願いいたします」
 彼はゆっくりとお辞儀をした。いつも通りのことなので、彼は誰にも何ともけちはつけられない。
「それじゃ、次、私ね」
 リンは元気よく立ち上がった。
「私はリン。スピリットナンバー5、ウィン出身。ま、一緒にがんばりましょ」
 彼女はそう言ってウインク一つ。
「こいつぁ、あの『旋風』だからな。あんま逆らわない方が身のためだと思うぞ」
 そこにサツバがちょっかいを出した。
「旋風って、あの『旋風』かいな!?」
「す、すごいでございますね!」
「ちょっとそれはどういう意味? 大体どういう風に伝わってるのよ、そのあだ名?」
「まあ、色々とすごいぞ」
 すると、すいとレグルスは目を輝かせるが、リンは浮かない顔だ。シンにまでそう言われて、彼女は不満そうに頬をかく。
「そ、そんな、リンさんはすっごくいい人ですよ、本当に。面倒見がよくて、私ずいぶん助かりました」
 サホが慌てて立ち上がる。
「そうですね。ウィンの技使い、東側の人ほとんどがリンさんの手中です」
「ちょっとジュリ。それはフォローになってないわ」
「あ、すいません。そういうつもりじゃないんですけど。つまり、カリスマがあるってことです」
 座ったままのジュリはにっこり微笑んだ。
「リン先輩、もういいっすか?」
 会話がとぎれたのを見計らって、青葉が声を上げる。
「ん? あ、いいわよ。ごめんね、青葉」
 彼女はそう言ってイスに腰掛けた。
「よし、ようやくオレたちだな。オレは青葉。シークレットナンバー1でヤマト出身だ。よろしく!」
 青葉はさわやかに笑って言う。
「シークレット先輩って、確か、何か似た人がいるとかって話、聞いたんですけど」
 すると挙手してアキセが尋ねた。
「あー、ビート軍団のことね。んーと、それは後で話す。な、滝にい」
「そうだな。後でまとめてな」
 青葉と滝はそう告げる。今話すには少々ややこしい問題だ。アキセは、はい、とだけ返事した。場が静まったのを確認して、サイゾウが立ち上がった。
「オレはサイゾウ。ザン族出身でシークレットナンバー2。これからよろしく」
 彼はそう言い、すぐに席に着く。するとアサキが勢いよく手を挙げた。
「はぁーい! ミーがアサキでぇーす! シークレットナンバー3でぇーす! よろしくでぇーす!」
 彼は、これでもかという程の明るい声で、元気よく名乗った。変わり者ぞろいのゲットも、さすがにびっくりした様子。アサキはペコリと礼をして座った。
「次、僕ね」
 重そうな体を持ち上げて、ようが立ち上がる。
「僕はよう。ガイ族出身で、ナンバー4だよ。これからよろしく」
 彼は微笑みかけた。
 ようがイスに腰掛けると、音もなく梅花は席を立った。
「私は梅花。シークレットナンバー5よ。よろしく」
 いつものように素っ気なく、彼女は自己紹介をすませる。が、サイゾウがそれだけでは終わらせなかった。
「で、お前は青葉の従姉妹だろ? そういうことは言っとけって、後で知ってびっくりすんだから」
 青葉は慌てて止めようとするが、梅花の方は無反応である。
「は!? ってちょっと、梅花! そんな話聞いてないわよ!」
「言ってませんから」
「そうそう。オレらが聞いたのもついこないだ」
 リンなどが立ち上がって文句を言うが、やはり梅花は淡々としている。しかし最も驚いたのは滝とシンである。
「おい、青葉。従姉妹ってホントか!? そんなこと、お前、今まで一言も言ってなかったじゃないか!」
「んなこと言われても、シンにい。オレがそれ知ったの神技隊になってからだし。それからは機会がなかったし」
 シンに責められて、青葉はたじろぐ。
 すると――――
「それじゃあ、ひょっとして、梅花の父さんって乱雲さんか?」
 滝の口から思わぬ言葉が飛び出した。
「え? 滝にい、何でそのことを」
「滝先輩、父を知ってるんですか?」
 青葉と梅花は聞き返す。
「ああ。青葉は覚えてないかもしれないが、オレが五歳くらいのときまで、お前んところにいたんだ。そのときは乱雲さんがいっつもお前の面倒見てた。どこに行ったか聞けなかったからずっと黙ってたが、そうか、ジナルにいたのか」
 妙に滝は納得している。それ以上のことは言えず、青葉は梅花の方を見た。
「その話はここまでにしましょう。まだピークスが控えてますから」
 彼女はそう言って話を終わらせ、席につく。シンはちらりと青葉と梅花、両方を見比べた。
 似、てはいないが、確かに何か同じものは持っている。何とも表現できないけど。
 彼がそう思っていると、その後ろでゆっくりとよつきが立ち上がった。
「わたくしはピークス、ナンバー1のよつきです。出身はアール族。これからよろしくお願いします」
 よつきは穏やかな笑みを浮かべてそう言った。それだけでは、とてつもなく『いい人』にしか見えないような、そんな笑顔。
 おそろしい。
 心中でアキセはそうつぶやく。
「次はオレですね」
 よつきと入れ替わりに、コブシが席を立った。
「オレはコブシ、ピークスのナンバー2。これからよろしく」
 彼は丁寧に頭を下げ、座る。すぐにたくが立ち上がった。
「オレはピークス、ナンバー3のたく。出身はイダー族。まあ、これからよろしく」
 彼は愛想よく微笑んだ。そして何気なくダンと目を合わせ、そのニタニタとした笑いに気がついて、慌ててイスに座る。
 あ、危なかった。あの顔、からかう気満々だった。
 たくはほっとため息をつく。
「私はピークス、ナンバー4のジュリです。よろしくお願いします」
 ジュリは席を立ち、にっこり微笑んで、そう自己紹介した。彼女もよつきと張り合うぐらいの、『いい人』スマイルである。すぐに彼女は席につき、隣のコスミに目をやった。コスミがはにかみながら立ち上がる。
「えっと、私はピークスナンバー5のコスミです。それで、ディーン族出身。これからよろしくお願いします」
 彼女はやや早口にそう述べて、イスに座った。
「まーこんな人数、一度に覚えられないとは思うが、とにかくよろしく頼む。それで、細かい説明のことだが、それは後でいいか?」
 すると滝が立ち上がり、ゲットの方を向いてそう聞いた。
「え? あ、はい。いいですけど」
「悪いな。大分長くなるだろうし、これから夕食だからな。話はその後にしたい。ってわけだから、先にお前たちの部屋を決めたいんだが」
「部屋、ですか」
 アキセは無意識に仲間たちと目を合わせる。
「わてらの分もあるんか?」
「うれしいでございます!」
「真っ白な部屋じゃないですよね?」
 すい、レグルス、ときつは次々に声を上げた。
「部屋は、確か二十一余ってるわ。結構広いし、悪くないと思うわよ」
 そんな彼らにレンカが笑顔で答える。
「それに、確か部屋割りの紙あったわよね」
「はい、持ってきてます」
 レンカの問いに、梅花が答えて紙を差し出した。準備がいいというか何というか。
「できれば司令室側から入ってね。決まったらこの紙に書いて、食堂に持ってきて。ここにいるから」
 レンカはそう言ってその紙をアキセに手渡す。アキセはただうなずいて受け取った。
「それじゃあ、とりあえず話は終わり! 夕食まで各自休憩だ」
 滝は皆に向かってそう告げた。




「それでわれの所にこさせるってとこが、なかなかかわいらしいな」
 依然として作業中であったレーナは、急な訪問に対しても、いつもの微笑みを向けてそう口を開いた。
 丁度夕食を終えた後である。
「……お前にかわいいとか言われるのも、何か微妙だな」
 ゲットの五人を連れてきた滝は、複雑そうな顔でつぶやく。彼女は床に座っているので、見下ろしてるのは彼の方なのだが、どうもそんな気がしない。
 アキセたちは何を言っていいかわからず、辺りを目だけで見回している。もうほとんど完成してしまったらしい、そこ、修行室は、広大な空間を占有している。真っ白でただ広い部屋。
「まーそう言うな。別にわれはかまわん。何人増えようとも。ここはお前たちの物だし、それにわれ、人間大好きだからな」
 レーナはフフフ……と笑った。
 ずいぶんと楽しそうだな、と滝は思う。いまだに彼女の性格はつかみ所がない。一体何がそんなに楽しいんだろう?
「人間大好き……って、それじゃあ神は?」
「もちろん神も」
「魔族は?」
「魔族も」
 滝が冗談交じりに尋ねると、レーナはあっさりとそう答えてしまった。遠くの方で、これまた相変わらず不機嫌そうなアースが、怪訝な顔をする。アキセたちはそれに気がついて、目を合わせぬようにと慌ててうつむいた。
「とにかく、彼らがここに住むのはいっこうにかまわないし、何でも好きに使っていい。けれども気になるのは、その明日届くとかいう備品とかだな」
 彼女はさわやかに微笑みかけてから、急に真顔になって首を傾げた。その仕草が妙にかわいらしい。
「確かミケルダさん……あっ、オレたちの修行を見てくれた人ですけど、その人たちが届けるって言ってました」
「えーと、梅花曰く『神』メンバーだそうだ」
 そのときの状況を思い出しながら言うアキセに、続く滝。レーナは頬に手を当てて、困ったような顔をする。
「またまた何かたくらんでるなー、あいつら。どうも何とかしてこっちにちょっかいを出したいらしい。物好きな奴らで困ったもんだ」
 大して迷惑してないような言いぐさで――というのも困った振りをしているようにしか見えないからだが――ぼやくレーナ。滝たちは顔を見合わせる。
「珍しいよ、あんな神は。シリウスなんてしょっちゅう様子見にきてたからな。毛嫌いされるのならともかく、あんなにかまわれると対応が疲れる」
 そうにはとても見えないレーナ。やたらと喋る彼女に、今度は滝が首を傾げる。
 彼女の様子に、滝は疑問を感じたが、しかしゲットの五人は何となく好感を持ったようだった。
「話じゃ、もっとつんけんしとる人かと思っとったけど、レーナはん、あんた結構楽しい人やな」
 初体面にもかかわらず、アサキ並みの親しさで、すいは話しかける。それはどうも、と返すレーナ。
「そうでございます。それにこの建物、一人で作ったんですか!? すごいでございます!」
「本当、すごい。これとかどうやって作ってるの?」
 レグルス、ときつも次々と口を開く。ときつが指さしてるのは修行室の壁だ。白っぽい光沢のある質感だが、一つの継ぎ目もなしに全体を覆っている。
「全部作り替えたようなもんだから、ほとんど一人と言っても過言じゃないが……。使っているのは全部精神加工のできる金属。だから、イメージと精神力でどんな大きいものでも作ることはできる。その壁もそうだ」
 詰め寄られたレーナは、淡々とした口調で説明した。理解半分で、二人はふんふんうなずく。つられたアキセたちもふーん、と言いながら天井近くを仰いだ。
 遠近感を失いそうな白い世界。時という感覚すら薄れていきそうな、そんな空間。
「ってことはずっと精神使ってるのか? 十日以上も。そりゃ疲れるだろう」
 ふと考えて、滝は声を上げた。苦笑するレーナ。一回ごとにどれだけ消費するかは知らないが、それでもまともではいられないはずだ。こんな巨大な建物を造るのだから。
 あきれて滝はため息をつく。
「性格まで梅花と一緒なんだな。無理が過ぎるって言うか。一体何でそこまでするんだ? オレたちなんかのために」
 彼もしゃがみ込んで片膝をついた。
 彼女の考えがわからない。敵であったはずなのに、シリウスの取引にあっさりと応じる。そしてここまで尽くす。何のために? 何がしたい? 魔族と神の因縁、少しはわかった。けれども、それだけでは彼女の思いが見えてこない。その行動の意義が見いだせない。
 静かに、落ち着いた笑顔で、レーナは息を吐いた。
「みんな好きなんだ。ただ、それだけ。愛する者を、失いたくはないだろ?」
 彼女は滝を真っ直ぐ見つめた。見つめて、それから天を仰ぐ。
 その横顔は悲しかった。悲しく、美しく、透明だった。
 滝は見ていられなくなって、顔をそむける。すると、腕を組んだままのアースと目が合った。彼もまた、憂鬱な目をしていた。
「え、えっと滝先輩。あんまりお邪魔になると悪いので、そろそろ戻りませんか?」
 しばし重い沈黙の後、サホがそう提案した。滝は立ち上がる。レーナは微笑んだまま、彼を見上げた。
「じゃあな。その……あんまり無理はするなよ」
 滝はそんな言葉を投げかける。レーナはうなずいた。
「それじゃあレーナはん、これからよろしくたのむでー」
「ありがとうございました」
 ゲットの五人も適当に声をかける。彼らはそのまま修行室を出て、個々の部屋へと戻っていった。

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