white minds

第十五章 集いし仲間‐2

 その後は各々に適当な休憩を取る者が多かった。この暗さでは修行を迫られることはないだろうという思いから。また、特にどうという娯楽があるわけでもない。さっさと眠りについた者もいるだろう。しかしそうではない者たちもいた。
「これって要するに、ゲットへの説明会ってことっすよね?」
 青葉が手を頭の上で組みながら口を開いた。
 彼らがいるのは食堂。本格的に会議室で、といきたいところだが、肩がこるし、この人数では広すぎる。食堂も広いには広いが、全部のテーブルを使うわけではないし、まあそこは気持ちの問題である。
「それもあるし、オレたちも一度整理した方がいいだろ? ちゃんと理解してるか確かめるには丁度いいし、わからないところが見つかれば早めに聞くべきだからな」
 滝はそう答えた。少し恐縮そうに背中をかがめていたアキセも顔を上げる。ゲットは強制参加だが、その他のメンバーは自主的に集まっている。
「何から話すの?」
 レンかが尋ねた。悩んで滝は頭をかく。彼はちらりと横の梅花の方を見た。
 私が説明役ですか……?
 そう思って梅花は眉根を寄せる。しかし気を取り直して彼女は口を開いた。
「とりあえず、起こったことを順に話していきましょうよ。といってもレーナが言ってた通り、神と魔族の根本から説明しなきゃいけないんでしょうけど。神とか魔族とかってわかる?」
 彼女は皆の顔を一瞥して、それから最後にゲットの五人に向かって問いかけた。彼らは首を横に振る。この前の会議よりも、さらに忌むべき事態が起こっているような気がして梅花は頭を押さえた。気が重い。
「神とは言っても、別に、宗教の世界で呼ばれているような全知全能とかそういうわけじゃなくて、何というか、単に人間よりも技の能力が高くて、要するに強い。そういう人たち。たぶん、あなたたちも誰か彼かには会ってると思うんだけど。宮殿の中には結構いるから」
「ひょっとして……ミケルダさんとかのことですか?」
 梅花がそう説明し始めると、アキセが驚いた顔でつぶやいた。
「ミケルダさんを知ってるの?」
「あ、はい。オレたちの修行を見てくれた人ですから」
「あ、そうか。ミケルダさん、あなたたちの修行も担当してたのね。あ、っていうのは、ミケルダさんは、主に宮殿内の技使い育成を担ってるの」
「そうだったんですか」
 梅花とゲットが妙に納得してると、滝が口を挟む。
「その、ミケルダって奴、誰だ? 明日来るみたいだが」
 梅花は滝の方を向く。
「アルティードさん側の神の一人です。つまり、ラウジングさんたちと同じ。たぶん、立場もラウジングさんたちと同じくらいなんじゃないかと思います」
「アルティードさん側ってどういうことや……?」
 すると今度はすいの方から疑問の声が上がる。梅花はまたもやくるりと彼らの方へ向き直った。
「ええーと、単に上の勢力分布をそう呼んでいるだけ。どうやら上は、アルティードさんを中心とする人間に親しい側と、ケイルさんを中心とする保守派に分けられるらしいの。だから、私たちが会ってるのはほとんどアルティードさん側の神って考えていいんだけど」
 彼女はそう言ってから、ようやく一息つく。
「何かお前……大変な立ち回りだな」
「そうかも」
 青葉がそう言うと、梅花はちょっと疲れた声でそう返した。
「それで、魔族っていうのは神とほとんど同じ。違いを述べろと言われても、私にはできないわ。当人たちは色々言うでしょうけど」
 彼女はそう続けた。
 そう、彼女たちはよく知らないのだ。と言うより、レーナによれば、当人たちすらよくわかってないらしい。それにもかかわらず、彼らは自分たちを神、魔族と認識し、お互い敵だとして憎んでいる。その辺りはもっと聞いてみるべきだと梅花は考え、心にとめた。
「言ってみれば、やたらと強い技使い集団って感じ?」
 ちゃかすように青葉が付け足す。理解半分といった様子でゲットは相槌を打った。
 しかしそれでも話は進めなければならない。梅花はできるだけレーナの話を一句一句ずつ思い出していった。
「神や魔族には位があるらしいの。と言っても単に能力順、つまり強い方が上ってことね」
 彼女はそう説明を続けていく。
 ゲットは静まりかえって聞いていた。滝は何となく、おとぎ話を聞く子どもたちを連想する。そこに興味はあっても実感はない。
「――その結果、ここ地球は神と魔族の『鍵』を巡る争いの場となったの」
 梅花はそこまで言うと、一旦言葉を止め、目を伏せた。
「でもこの戦いは神の方が不利だった。『鍵』を守る側である神は――」
 話を続けながら、梅花は、レーナの表情を思い出していた。それはごくごくわずかな変化だったけど、彼女の顔は悲しみに沈んでいた。いや、悲しみという一言では言い表せない、哀れみ、憂い、諦観、様々な感情の入り交じった、重い表情。表情というのすら間違っている。それらを宿していたのは瞳だけだったのだから。
「それが大まかないきさつだよな」
 一通り話が終わると、青葉はそう口を挟んだ。梅花は軽くうなずいて、ゲットの様子を見る。まあまあな状態だと梅花は思った。わかっているような気になっているだけ。まあ、それで十分だとも言える。
「そしてこれからが私たちに関係してくること」
 彼女はそう言った。ゲットの表情が少し変わる。おとぎ話は、もう終わりだ。
「今から約十九年前に、地球を覆う巨大結界が弱まったらしいの。弱まって、小さな穴がいくつか空いた。そして何人かの技使いがそれに気づいてしまった。それが、言わば最初の違法者ね。彼らはそのことに気がついた、けれど、上には言わずに抜け出した……全員ジナル族出身。その彼らの噂はたちまち広がったわ。異世界へ出ていったのが一体何人なのか、それはいまだにわからない。もちろん慌てた神は対策を練るわよね。魔族に気づかれたら大変なことになるもの。それが神技隊。初めはジナル族から、後に全ての族から、神技隊は招集された。違法者を取り締まり、何事もなかったかのようにするのがつまるところ私たちの仕事。その時はわからなかったけど、それもこれもあの巨大結界が弱まってることを魔族に知られないようにするためにね」
 梅花はゲットの顔を順に見回した。彼らは、なるほど、といった様子で、お互い顔を見合わせてうなずいている。
「で、さらに事態が悪化したのは、第15隊――フライング先輩が派遣された後のこと。何の前触れもなく、何者かが上に忠告してきたの。『奴らの封印が解けた』ってね。その人物がレーナだってわかったのは後のことなんだけど、その忠告で上の緊張はグッと高まったわ。『奴ら』というのは魔族の一部。『鍵』を巡る戦いで、転生神の一人、リシヤが封印した者たちの一部だそうよ。それ自体の影響はさほどではないけど、それが何を意味するかが重要なの。つまり、その他リシヤによって封印された者たちも、近いうちに出てくるだろうということ。その中には、対地球戦の指揮を執っていた魔族も含まれているし。そして焦った神は……神技隊の戦力アップを図った」
「何でや? 神技隊は異世界に派遣するためのものやろ?」
 そこですいは疑問の声を上げた。梅花は滝とレンカの顔を一瞥してから一息つく。
「こうだとははっきり言えないんだけれど、その時から既に、神技隊を対魔族戦に参戦させるつもりだったのよ、きっと。それまでは、言わば、ごまかしのための部隊だったわけなんだけど。それはストロング先輩のメンバー選考の際の注文にも表れてるわ」
 梅花の言葉を聞き、滝とレンカは揃って彼女の方を見た。
 自分たちのことなのだから当然だ。言おうか言うまいか迷って、梅花は目線をそらす。
「いいじゃん、話しても。オレも聞きたいし」
 青葉が気楽な態度で彼女を見つめて笑った。
 ま、いいか。
 彼女もそう思い、イスに深く座り直す。
「上からの注文は、結構厳しかったです。近距離戦に最も強い者を入れること。全員個々に戦闘ができること。技の系統のバランスを保つこと。補助系を入れること。リーダーには統率力のある者を起用すること。武器も遠距離、近距離、バランスを取ること。ムードメーカーを入れること。最後に一番きつかったのが、精神系の使い手を入れること、です。」
 皆は思い思いに息を吐いた。滝、レンカ、青葉の三人は、それをちゃんとクリアしてるかどうか、考えてみたりする。
「近距離戦に最も強い、って滝にいでしょ?」
「個々の戦闘は、まあ大丈夫と言えば大丈夫だな」
「技も武器も一応バランスは取れてるわよね。補助はミツバで私が精神」
「ムードメーカーって、やっぱダン先輩?」
 三人は口々に言ってうなずき合った。そして、何という理由もなく梅花の方を見る。
「大変だったんですよ。特に、レンカ先輩は偶然でしたからね。じゃなきゃ私になるところでしたし」
 彼女は当時の苦労を思い出したのか、大きなため息をついた。何が偶然なのかわからず、青葉は首をひねる。
「レンカ先輩は、滝先輩が連れてきたの。私たちが困ってるのを聞いて。レンカ先輩はリシヤ族の唯一の生き残りらしいから、こっちに情報が来てなかったの」
 青葉の顔色を見て、梅花は付け加えた。マジ!? と叫んで彼はレンカたちの方を見る。レンカは気まずそうな表情で小さくうなずいた。
「まあ、このことはおいておきましょう。長くなりますから。話を元に戻しますよ」
 梅花は騒がしくなりかけたその場を静め、説明を再開する。
「そういうわけで、神技隊は戦力アップしたわけなんだけれども、第19隊、ピークス結成直前にさらに事態は悪化したらしいの。その具体的内容は聞かされていないんだけどね。でも上が、公で技を使うことを許可する、って言ったぐらいなんだから、相当焦ってたんだと思うわ。それで私たちは疑問を持ったわけなんだけど」
 ゲットは真剣な顔で聞いていた。そうでなければ、今後の事態に対応するのは難しい。これから一体何が起こりうるのか。さっぱり予想ができないから。
「そんな時に、レーナたち、『ビート軍団』が私たちの前に現れた。『標的』だか何だか言ってたけど……結局、その目的も聞いてないわね。ま、それは後。その対応策という名目で、私たちはわけのわかんない異空間に武器を取りに行ったわ」
 梅花は細かいところは省きながら説明した。特にこの辺りからは事態がポンポン進んでいき、当時の彼女らは、ただそれらに振り回されながら生きていくのが精一杯だった。魔光弾たちのことだって、いまだにわからないことが多い。
 それにしても、ゲットは真剣、かつ興味津々な様子のままであった。上は本当に何も彼らに教えていなかったのだろうか。『気』だけ感じてたのだとしたら、相当気になって仕方がないのに、何が起こってるかさっぱり、という状況だったと思われる。その様子を想像して、梅花は心底彼らを気の毒に思った。
「そして、九月十八日、ミリカに魔獣弾が現れて、私たちは駆けつけた。そこにビート軍団も参戦してきて、そして――――、一人の魔族が降り立ったの。アスファルト――ビート軍団を作った魔族の科学者。彼は結界を抜けた。アスファルトの方はレーナたちが何とか追い返したみたいだし、魔獣弾の方も、シリウスさん――神の中ではかなり強い人――が加勢してくれたおかげで何とかなったわ。彼からすると、取り逃がしたってとこだろうけど」
 話も終わりに近づき、再び梅花は言葉を切った。滝やレンカは当時を思い出しているのか、少し重い表情である。
「途中までだけど、何だかすごいことになってたんですねー」
 放心したようにときつは言った。すごいでございますー、とレグルスも声を上げる。
「途中と言ってもほとんどもう最後。その後は魔光弾兄弟がディーンに現れて、暴走した魔神弾が魔光弾たちを……喰らうって言ってたけど、どういうことなのかしら? とにかく、吸収みたいなことをして……でも、暴走した魔神弾も、ビート軍団とシリウスさんの力で倒すことができたの。そしてシリウスさんとレーナが取引をして、ビート軍団が私たちのバックアップをすることが決まって、今に至るってわけ」
 ようやくあらかたを言い終えて、ほっと息を吐く梅花。青葉は彼女の頭を軽く叩いて笑顔を向ける。
「ご苦労さん、ご苦労さん」
 気安い態度にも慣れたのか、彼女は何も言わずにコクリとうなずいた。
「本当、ご苦労さん。ゲットは、大体わかった?」
 レンカが尋ねて微笑む。彼らは曖昧な表情――わかったようなわからないような顔で、適当な答えを返した。
「あ、それともう一つ」
 梅花が声を上げた。
「今言ったのも十分大事なんだけど、さらにもう一つ。あんまり言いたくない現実があるの。魔族で五腹心と呼ばれている者の一人、イーストの封印が解けてしまったらしいの。五腹心っていうのは、何者かに封印された上位を除くと最も高位の魔族。転生神リシヤに封印されてたらしいわ。不幸中の幸いなのは、その彼が五人の中では慎重派だってこと。彼がすぐに動き出すことは考えられないけど、活気づいた下級の魔族が先走って攻めてくる可能性はある、ってレーナは言ってた。私たちの任務は、そういう魔族を何とかすること」
 彼女の言葉を聞いて、明らかにゲットの様子は変化した。表情が硬い。
 自分たちの置かれた状況が、とんでもないものだと自覚してしまったようである。魔族自体を見たことのない彼らにとっては、漠然とした恐怖がのしかかっているのだろう。
「ま、そうは言ってもそれがいつかは全くわからないからな。明日かもしれないし、二、三年後のことかもしれない。オレたちの感覚とは違うわけだし」
 滝は元気づけるようにそう言う。しかし効果がないことは彼自身もよくわかっていた。自分たちの力が通用することを実感できなければ、不安がぬぐいさられることはない。
「ま、それでしばらくは修行の日々になるってこと。一緒にがんばろうぜ」
 青葉はニッと笑う。その彼の言葉で、ゲットへの説明会はお開きとなった。



 夜がおとずれる。十月も終わりに近づくと風は突き刺さるように冷たい。薄雲の隙間から見える星は、その存在を主張するがごとく煌めいている。
 レーナはふと顔を上げて、その空を仰いだ。
「ふう」
 ため息をついてしまってから、ハッと気づいて彼女は眉根を寄せた。
 疲れを声には出さないと決めていたのに、またため息をついてしまった。声は意識を増幅させるのに。
 彼女は屋上にいた。そこ自体は既に完成しており、単に作業場として選んだだけのことである。
 冷たい空気にでも触れていないと、そろそろ頭が回らなくなってしまう。
 細かい構成を練りだし、具現化させる。この工程をどれだけ繰り返したのか数える気も起こらない。ミクロとマクロ、そして精神集中。さすがの彼女も疲労困憊だ。
「後もう少し、後もう少し。今後を楽にするためなのだから」
 言い聞かせる声のトーンが落ちていることも自覚している。彼女は無造作に前髪をかき上げて目を細めた。
 基本回路は既にできている。後は細かいところを補うだけ。非常時設定は……大丈夫。司令室さえ守られれば、後は何とかなる。もう少し装備は増やすべきか?
 頬をつたう汗を、彼女はぬぐう。冷たい風が吹き抜け、彼女は深く目を閉じた。記憶の中から必要な事柄を抜き取っていく。しかし雑念のように、様々な過去までも一緒に引き出されてくる。鮮明すぎる記憶。
「……」
 彼女は声にならない声を発した。ずっと同じ。音にできないその名前。いつも呼んでいるけど、本当には呼べないその名前。かすれた吐息が唇から漏れる。
 音は、意識を増幅させるから、呼んではいけない。
 彼女はもう一度空を仰いだ。降るような星空も今は雲の向こう。
 冷たい風が吹く。長い髪が揺れる。彼女は目を落として、並べてあるいくつもの金属の板を眺めた。
 さっさと仕上げてしまおう。本当に、早く。
 彼女は下で待っているであろう仲間たちのことを思って、再び目を閉じた。

◆前のページ◆  目次  ◆次のページ◆



このページにしおりを挟む