white minds
第十六章 神‐1
朝食を終えたアサキが廊下に出ると、奥の方が何やら騒がしかった。ほとんどの人は、寝ているか朝食をまだ食べているか、そのどちらかのはずだったので、彼は気になって声の方へ歩いていく。少し行くと、楕円形のホールの端の方にビート軍団の姿があった。
「じゃあ、何、本当に全部完成したの!?」
「全部というか、残すところは我々の部屋の分」
「え、何? オレたち部屋付き!?」
楽しそうにしているのはイレイとカイキ。二人に囲まれているのはもちろんレーナだ。アースはけだるそうに壁に寄りかかって腕を組んでいる。そんな様子をおそるおそるうかがいながら、ネオンは話を聞いている。
「もちろん。注文つけてもいいぞ、できる限りやってやる」
「やったー! 僕部屋に食料庫欲しいー!!」
「せめて冷蔵庫にしろ……」
そこでレーナはアサキに気づいてにっこり微笑んだ。つられてカイキたちも彼の方を見る。
「早いね、アサキ」
「よっ!」
イレイとネオンが軽く挨拶した。カイキは、以前からそうなのだが、どうもこの関係に慣れなくて、どう接していいのやらと曖昧な表情をしている。アースがぶっきらぼうなのはいつものこと。
「ずいぶん楽しそーうでぇーすねぇー」
アサキはにこにこしながらそう言った。
「うん、だって部屋できるんだよ、部屋!」
「オレ一度でいいからふかふかのベッドにダイブしたい」
「あ、僕もー!」
「……相当丈夫にしなきゃな」
イレイ、ネオンがはしゃぐ中、レーナはボソリとつぶやく。イレイは頬をふくらませる。アサキはそんな様子がおかしくて、クスクスと笑った。話のパターンは自分たちとそっくりだ。違いと言えば、青葉のつっこみがない分、梅花よりもレーナの方が気軽に喋ってるというところぐらいか。
「オレもベッド欲しいかも。と言うかそれさえあればいい」
「……何だか貧乏人の会話みたいだな」
カイキが夢見るようにつぶやくと、レーナは哀れむように言った。アサキはもう一度ククク……と笑った。
「そう言うレーナは何が欲しいんだよ」
ネオンがからかい混じりに尋ねる。彼はニーッと笑ってから、ハッとして目の端でアースを確認した。大丈夫、大した変化はない。
レーナは上目づかいで頬に指を当てながら少し考える。
「そうだなー。作業場と研究場所と倒れ込むところ」
『……』
彼女の答えに五人は目を丸くして黙り込んだ。ん? とレーナは小首を傾げる。
「……何に使うの? それ」
「作業場は武器整備とか何とか。研究場所は、薬品作るのに。作り置きも切れそうだからな。倒れ込むところは単なる疲労回復」
イレイが尋ねると、彼女はさらりと答えた。生活感ないなー、とカイキが声をもらす。彼も言える立場ではないが。
「そりゃ仕方がないだろう。神や魔族と同じく、我々には寝食すら必要ないんだから。着替えも必要ないし。……しちゃダメだってわけでもないがな」
彼女はそう言いながらパタパタと手を振った。そうでぇーすかぁー、とアサキはうなずく。
どうりでラウジングたちが真夜中であっても元気に活動しているわけだ。しかしそれはそれで寂しいような気もする。
「で、アースは?」
レーナは振り返って彼に尋ねた。努めてほがらかな笑顔。
「ん……刀が研げるならいい……」
アースは一言だけ口にした。
「えー、他にはないの?」
「いつになく慎み深くないか? アース」
するとイレイとカイキが驚きの声を上げる。アースはきつくカイキをにらみつけた。
……言いたいことは、本当はたくさんある。彼女に対する願いなら、いくらでもわき出てくる。……しかし結局は一つのところに収束する願い。でも口にはできない。
「本当にそれだけでいいのか?」
再度レーナは尋ねた。やや傾けた顔。流れるような前髪が頬にかかる。その瞳からは、彼女の心は見えてこない。
「……なら、お前が見張れる場所がいい」
アースはしばし黙った後、そう追加注文をした。思わず咳き込むネオン。レーナは眉をひそめる。
「そりゃ、どういう意味だ?」
「そのまんま」
即答されたレーナは困って苦笑いを浮かべた。アースはそんな彼女を探るように目を細める。
「えー、じゃあどうすんの? レーナ。まさかのぞき穴でも作るの?」
「そりゃーまずいと思う。ってか、こえーよ」
イレイは好奇心いっぱいの様子で声を上げる。突っ込むカイキも楽しそう。アサキはから笑いしながら、どうなることかとハラハラしていた。
ドキドキさせられるところまで一緒でぇーす!
彼は心の中で涙する。
「ねーねー、じゃあドア、ドアつけるのはドア! それならいいんじゃない!」
「そうか?」
二人はなおはしゃいでいる。イレイが、ねえ、とレーナの顔を見ると、彼女は曖昧な表情で口を開いた。
「いや、別に、われは何だっていいんだけど」
彼女がそう言うと、アサキとカイキは同時に目を丸くした。しかしアサキは梅花のことを思い浮かべて考え直す。少なくとも自分の常識は通用しない。
「マジかよ?」
「だって今まで洞窟暮らしだし。元々神や魔族に部屋なんて感覚ないし。それに倒れても早期発見してもらえるしな」
「倒れる予定ありかよ!?」
「いや、可能性の問題」
彼女はあっさりと答えてしまった。本当に何も思ってないのだろうか?
ネオンがカイキをなだめると、彼女はアースの方に顔を向けた。アースは、彼女の言葉をどう判断していいのかわからず、目をそらす。
「それでいいか? アース」
彼女が微笑んで聞くと、彼は目を背けたまま静かにうなずいた。
「それにしてぇーも、神の常識はミーたちのとは違うーんでぇーすねぇー」
アサキはその場を取り繕うように話を変える。んだなあー、とネオンも同意する。
「そうだな。だから、朝っぱらから奴ら、やってくるかもしれないぞ。時間感覚薄いし」
レーナは笑いながらそう言ったが、しかし次の瞬間、それは現実のものとなってしまった。
「レーナ!」
叫びながらリンが走ってくる。彼女は六人の前まで辿り着くと、まくし立てるように用件を伝えた。
「もう、どこにいるかと思っちゃった。あのね、レーナ、入り口のところにシリウスさんたちが来て呼んでるの。何かわけわかんないものいっぱい持って」
彼女が言い終えると、レーナ、ネオン、カイキ、アサキは顔を見合わせる。
やはり口にすべきではなかったか……噂をすれば何とやらだな……。
レーナはそう思って後悔した。このままでは休む間がない。
「わかった、行くよ」
「うん、梅花が一人かまわれて大変そうなの」
レーナが了解すると、リンは振り向きざまにそう言い残して走っていった。その状態が想像できて、レーナは哀情をもよおす。彼女はアースの顔を一瞥してから出入り口の方へと歩いていった。
彼女が基地を出ると、そこには数人の神がたむろしていた。ずいぶんとにぎやかである。
「あ、レーナ」
梅花はレーナの方を振り返って名前を呼ぶ。安心したかのような顔つき。彼女以外には神技隊メンバーはリンしかいない。まだ朝食中か、寝ているのだろう。
「装備品だか何だかのお届けじゃなかったのか? にしては人数が多い気がするが」
レーナはあきれながら尋ねた。後ろからはネオンたちが、好奇心に駆られたのか、様子を見にやってきている。シリウスは怪しみたくなるような微笑みを浮かべて口を開いた。
「それもあるが。この間修行を手伝えみたいなことを言ってただろう? それを話したら、是非参加したいという者がいてな」
それを聞いたレーナはあからさまに面倒そうな顔をした。
楽しそうだから来たんだろ、お前ら。相当あっちはつまらないとみえる。
「ああー、君がレーナ? 本当だ本当、梅花ちゃんそっくり。いやー、かっわいいねー!」
すると一人の男――くせ毛に垂れ目、だが愛きょうのある男性――が、彼女に近づいて馴れ馴れしく声をかける。彼はにこにこしながら彼女の両手を取ってぎゅっと握った。
「ちょっとお兄さまー! そういうことはやめてって言ってるでしょー!?」
その彼を引き離すようにして、長身の女性が叫ぶ。彼女は肩を過ぎる程の髪をかき上げながら、キッと兄をにらみつけた。
「いいじゃないか、オレの少ない楽しみなんだし。オレ、こういう娘好きなんだよねー」
それでも気にせず彼はからから笑う。見かねたシリウスがあきれた顔で助け船を出した。
「そのくらいにしておけ、ミケルダ。そいつに手を出しすぎると、そのうち半殺しの目に遭うぞ」
レーナは顔をしかめる。シリウスの後ろ辺りにいたカルマラは、彼が誰を指して言っているのかすぐにわかってお腹を抱える。
「そういうことです、ミケルダさん。いい加減その癖はやめた方がいいと思いますよ。カシュリーダさんもかわいそうです」
梅花はちらりと入り口、アースたちの方を見てからそう言った。ミケルダはつまらなそうにそっぽを向く。オレの少ない精神補給装置なのにー、とかつぶやいている。
「で、そこのどう見ても雑な作りの武器が、装備って奴か?」
レーナが尋ねると、シリウスは大仰にうなずいて腕を組んだ。まず、その辺に放ってあるという時点でその重要さがうかがえる。しかし、まさかそれらを手で持ってきたわけでもあるまいし、何かに入れてきたならそのままにしておけばいいのに……とレーナは思った。わざわざ見せつけたいかのようだ。
「実戦には使えないような奴、倉庫とかにいっぱいあったのよねー。面倒くさいし疲れるーって言って誰も作り直さなくて。でも、いいものは使ってるのよ! 何か話によるとあなたがもんのすごく面倒なことやっちゃうって聞いたから、持ってきたの。ホコリかぶってるよりはいいでしょう?」
カルマラは何も悪気はなさそうな笑顔で言った。レーナは脱力する。リンは不思議そうな顔をしてシリウスを見た。
「作り直すって、どうするんですか? これ」
彼女が尋ねると、シリウスは真面目な顔に戻って口を開く。
「それらの武器に使われているのは特殊な金属、と言うか金属かどうかすら怪しいものだ。それらは精神――つまり技だな――で加工することができる。それがやたらと難しくてな……。たとえば、銃の構造にうまく精神を注ぎ込めるようにした装置、その細かい仕組みを精確にイメージし、精神を集中させる。そういったことによって作り替えるのだ。私なんかはやれと言われてもやりたくないな」
その言葉を聞いて、リンはひきつった笑みを浮かべた。もろにその作業を想像した梅花は青い顔をしている。
「っていうか、それをレーナに押しつけるの?」
リンはそしった。シリウスは少しバツが悪そうに頭をかく。しかし横から顔を出したカルマラはいかにも陽気な様子でリンの肩をパタパタはたいた。
「別にすぐやれとかそういうわけじゃないのよー。必要だったら使ってってこと。決して倉庫整理でも廃棄物処理でもないんだからねっ」
リンはほとほとあきれた顔で梅花と目を合わせる。梅花は、あきらめてください、と言わんばかりに首を横に振った。
「まあ、それはいいが……こんな朝早くに来ても、ほとんどの神技隊は準備できてないぞ?」
レーナはとりあえず自分のことはおいといて、神メンバーにそう忠告する。カルマラは残念そうに肩を落とした。
「だったらそれまで基地の中見せてよ、梅花ちゃん。できるなら他の娘にも会いたいなー」
すると急に頭をもたげてミケルダが声を上げる。カシュリーダが再び彼をにらむが効果はない。しょうがない兄だと思っていることだろう。梅花はため息をついた。
「いい? レーナ」
「われはかまわないよ、オリジナル。ここはわれの所有物じゃないし。それにどうせこいつら、何とかして居座るつもりだろうからな。ま、われはまだ仕事があるから」
梅花が聞くと、レーナはそう答える。そしてにっこり微笑んでから、彼女はつかつかと武器の山に近寄り、手をかざしてあっという間にそれらを消した。
「妙なまねをするな……」
シリウスが感心したように、と言うか驚くのはもう飽きた、と言う風な表情で口を開く。リンは目を丸くしている。
「まあな。このかんざし……? まあ、何でもいいや。とにかくこれ、にかなり入るからな。別空間の利用だとは思うが……その類ではわれの知っている限り、一番の品だな。簡単に入れられるし自由に取り出せる。実はこれも七不思議の一つ」
レーナは自分の髪に挿している飾り――くの字形の物を二つ重ねたような奴――を指さしてそう説明した。今まで何となく気になっていただけに、妙に納得する梅花。シリウスは曖昧な声を発してミケルダたちの方を見た。
「じゃっ、われはこの辺で」
レーナはアースたちの方を一瞥してから神メンバーに笑顔を向けた。やたらに愛想がいい。いや、いつものことと言えばそれまでだが、それにしてもかわいさを振りまいている。遠目からでもわかる、とアースはいぶかった。
何て言うか……幸せモード……?
そんなことを彼が考えている間に、梅花とレーナは互いに目を合わせて何かを伝え合う。それからレーナは彼女に背を向けて基地の中へと向かった。
「それじゃあ、梅花ちゃん、もっちろん案内してくれるよね?」
「はい、ミケルダさんが害を与えないように見張らないといけませんから」
「あ、私も行く行く! 他の神技隊の人にも会いたい! まだ全員には会ってないのよね、楽しみー! 絶対、かっこいい人いるわよ、声かけちゃおー」
「あ、ちょ、ちょっとカールずるい! 私も会いに行く!」
「カシュリーダまでもか……」
レーナがいなくなると、ミケルダは気安く梅花の肩に手をかけた。彼女は慣れた手つきでその手を払いのけるが、盛り上がったカルマラとカシュリーダが今度は彼女の体をぶんぶん揺さぶる。あきらめの目でそれらを見据えるシリウスの横から、哀れんだリンが止めに入った。
「あーもう、そこまでそこまで! 梅花がかわいそうでしょ!? ほら、何か青い顔してる。とにかく、まず食堂行ってみんながどうしてるか見に行きましょう。それからそれから」
梅花を奪い取るようにしてそう言うリン。三人は適当に返事する。
そして彼らはガヤガヤ喋りながら基地の中へと入っていった。
リンが食堂の中をのぞくと、そこには半分程の人数が集まっていた。彼女がどうしようか思案して梅花の方を見ると、二人を押しのけるようにしてミケルダが中に入り込む。
「ちょっとミケルダさん!」
「いいのいいの。あ、サホちゃんー! 久しぶり、元気?」
「あ、ミケルダさん。お久しぶりです」
ミケルダはすぐ側の席についていたサホに話しかけた。サホは丁寧にお辞儀をする。彼女のすぐ隣にいるアキセは、自分が無視されたことに少し不満顔だ。
「アキセくーん、お元気? こっちにも慣れた?」
そんな彼を目ざとく見つけてカシュリーダが駆けよる。先ほどまでの態度との変わりように、リンはあきれて嘆息した。
「リーダ、ちょっと何よー。一人で勝手に知り合いつくってるわけー? 私が宇宙で頑張ってお仕事してたってときにー」
カルマラも二人を脇によけて入っていく。もう知らない、という顔でシリウスは廊下の壁に寄りかかっていた。
『あ――――――!!』
その時、一斉に声がした。それまで食事をしていた人も、ドアの側でそっぽを向いていたリンや梅花も、みんな声の方を向く。滝とシンと青葉が揃ってカルマラを指さしていた。
「え? え、えっ? 何? 私そんなに有名人?」
慌てて周りをキョロキョロ見回すカルマラ。照れて頬をかいたりなどしている。
「あのときオレたちを散々邪魔した人!」
「そうそう、からかった奴!」
シンと青葉が怒気を含んだ声を張り上げる。カルマラは首を傾げる。
「しかもようやく見つけて問いつめたら逃げたよな」
滝はジト目だ。それでもまだわからずカルマラはうーんとうなる。
「もしかして、昔っから何かやってたんですか? カルマラさん。宮殿内でのいたずらは常習犯ですからね」
そこで梅花は助け船を……この場合は何の助けにもならないが、を出す。カシュリーダが、へえー、っとつぶやきながらカルマラの顔をのぞき込んだ。
「あ、えっと、何のことかなー」
あさっての方向を向きながら彼女はうわずった声を発した。梅花は一つため息をついてから滝たちの方を見る。
「何か昔にあったみたいですけど……それっていつのことですか?」
彼女が尋ねると、三人は顔を見合わせる。
「オレが十二歳の時だから……今から十六年ほど前の話だな」
そう滝が答えた。梅花は肩をすぼめて首を横に振る。
「それじゃあさすがに私にもわかりませんね。まだ二才のときですから。六、七才ぐらいからだったら宮殿内のいたずらは大体把握してるんですけど」
彼女がそう言うと、今度はカルマラが大声を上げた。
「あーっ――! 思い出した!!」
先ほどされたように、ビシッと三人を指さすカルマラ。側にいたカシュリーダは耳をふさいでいる。
「あのときの少年三人組!? 技使いみたいだったし見慣れない顔だったからちょっとからかってやろーって思ったら、問いつめてきた子ども! あー、もう、何でこんなとこで会うかなー」
わめくカルマラに、滝たち三人は白けた視線を送った。
初めての宮殿。わけわからん技のせいで散々迷わされたあの思い出。その元凶が今目の前にいる。しかも神。
「まあー、まー、そ、そういうことは水に流してー、ねっ、ねっ」
笑顔を振りまくカルマラ。
「それで、ミケルダさんたちはどうしてここに? あ、もしかして装備品の支給ですか?」
そこで、今度こそ本当に彼女に助け船が出された。アキセがさわやかに笑って問いかける。
「それならもう渡してきた、レーナに。それでさー、ついでに特訓の手伝いをしようと思って。でもちょっと早く来すぎたみたいだったから、様子を見に来たってわけ」
色々とオーバーなアクションをしながらミケルダは答えた。そしてくせのある髪をかき上げる。
「そ、そーそうそう、そのために来たのよ。お手伝いするから、ね、ね、許して」
するとそそくさとミケルダの後ろに隠れて、カルマラは、あははは……、と笑った。滝は仕方ないとあきらめて食事を続ける。もうほとんど過去の記憶として封印していたものだ。今さらどうというわけでもない。
だがシンと青葉はまだ不満そうだった。『上』への不満が蓄積されていたのも原因だろう。
「まーまー、シン。いつまでも根に持ったってしょうがないじゃない。許してあげたら?」
そんな様子を見て、パタパタとリンはシンの元に駆けよった。彼女になだめられてシンは軽くうなずく。逆に青葉の気分は最悪だ。怒る気も失せて、今度はいじけてでもやりたくなる。
どうせオレはなだめてももらえませんよーだ。
青葉は残っていたご飯を一気に掻き込んだ。
「もうすぐみんな食事も終わりますから、先に修行室に行ってもらった方がいいんじゃないですか?」
そこで奥の方からジュリが歩いてやってきた。後かたづけをしていたようだ。ほがらかに微笑む彼女に、ミケルダが近寄る。
「やーやーやーどうもどうも。オレ、ミケルダね、よろしく」
満面の笑みを浮かべて彼は彼女の手を握る。ジュリは困った顔で曖昧に返事すると、梅花の方を見た。
「ミケルダさん、その手を離してください。ジュリがかわいそうです」
「あ、ジュリちゃんていうんだ。可愛い名前だね」
梅花は忠告しても聞かないミケルダの元へすたすたと歩いていくと、ジュリと引き離した。青葉は目を見張る。それと同時に先ほどの不満は吹っ飛んでしまった。
「お前、いつになく世話焼き……っていうか行動的だな」
ほうけた顔で青葉が言うと、梅花は眉をひそめてけだるそうな目で言い放つ。
「……対処してくれる人がいないから。いちいちやってると疲れるんだけど、放っておくと困ってるオーラがじりじり伝わるのよね。それはそれでもっと疲れるし」
いっつも疲れてる気がするんだけど……。
青葉はそう言おうとしてすんでのところで飲み込んだ。過去に似たようなことを言って、『あなたといると余計にね』と返されてしまったことがある。仲間になって間もなくのことだったとはいえ、思い出すと痛い。
そりゃあ、あのときオレ、あいつに不満オーラ出しまくってたと思うけどさ……。
彼女言わく、『不快な気持ち』の発する『気』には敏感らしい。
「あー、それわかるかも。本当、嫌―な気ほどびんびん伝わってくるのよね。他の人に言ってもあんんまりわかってもらえなかったけど」
するとリンが同意を示してそう言った。彼女はおもむろに歩き出すと、梅花の背中にピタリとくっついて軽く押す。
「ま、とにかく出ましょう。まだもうちょっとかかりそうだし。この人たちうるさいから迷惑かけそうだし。先に修行室に行ってましょ」
「……つまり、私たちが餌食になって時間稼ぎってことですね」
リンと梅花の掛け合いに、さすがのミケルダも顔をしかめた。カルマラは不服そうに口をとがらせ、カシュリーダは眉を跳ね上げている。シリウスは、離れていても聞こえていたのか、忍び笑いをもらしていた。
「確かにずいぶんとにぎやかな面々だな。こんなのは久しぶりだ」
そう彼がつぶやいている一方、ミケルダたちは反論を開始する。
「そりゃないでしょ? 梅花ちゃん、それにリンちゃんも。確かにオレたちにぎやかだとは思うけど、そんな歩く公害みたいな言い方はないんじゃない?」
「オレたちじゃないわよ! 一番迷惑なのはミケでしょー!? 誰彼かまわず女の子なら声かけるんだから!」
「んなことない。ちゃんと選んでるって」
「お兄さま――!」
これじゃ、漫才ね。
リンは白けた目で彼らを見つめた。もう慣れているのか単にあきらめただけなのか、梅花はあさっての方を向いている。
「とにかく、オレたちもすぐに向かうから先に行っててください。わざわざ来てもらって悪いけど」
そこで、横道にそれてしまった話を滝が元に戻した。カシュリーダが笑顔でコクコクとうなずく。
「はい、はーい! わかりました、先に行ってます。ほら、お兄さま急いで」
「おいおいリーダ」
やはりにぎやかな『愉快な仲間たち』を遠目で見て、シリウスは苦笑した。