white minds
第十六章 神‐3
土系。
とりあえず武器を持った三人はカルマラの前に整列した。修行室の奥の方である。
「これを……自由に操るんですよね? 何かイメージわかないな。北斗先輩、本当にオレたちできるんでしょうか?」
じーっとその武器を見つめながら、コブシが不安そうに声をもらす。
「さあな。なんつーか実感わかないし。カルマラさん、どう思います?」
同じように武器をねめ回し、北斗はカルマラに尋ねた。彼女は頬に指を当てる。
「私もそんなことやってみたことないしねー。あ、それと、私のことはカールって呼んでね。さん付けとかよそよそしくてやなの」
カルマラがキャピキャピした声で言うと、北斗とコブシは苦笑いを浮かべながら顔を見合わせた。しかしアサキはいつもの調子で口を開く。
「はあーい。わっかりまぁーした! それでカール、もしよかったらミーたちにお手本を見せてくれませーんか?」
そう頼まれたカルマラは額にしわを寄せて考える。
「そりゃー確かに私は普通攻撃だけど……やってみたことないしなー。急にできるかなー?」
彼女がうつむいたままちらりと前を見ると、アサキが満面の笑みで待っていた。北斗は頬をかきながら目線をそらし、コブシはまだ心配そうに顔をゆがめている。
「あーもうーここは大サービス! 挑戦してみましょ!」
カルマラは力強く拳を突き出した。
「頑張ってくださぁーい!」
手を叩くアサキ。
アサキから槍を受け取ると、カルマラは一度深呼吸する。そして右手を前に出して、左手を胸に当てて目を閉じた。
彼女の周りから不思議な『気』が広がる。波打つようにゆっくり、しかし確実に強くなるその気を感じて、北斗はつばを飲み込んだ。
ブワアッ――――――
それはさらに大きくなり――――
浮いた。
槍が。
「おおーっ! 一発とはさっすがでぇーす!!」
アサキが目を見開いて力一杯拍手する。北斗は、ほーっ、と感嘆の声をもらす。コブシはただただ口を開けている。
カルマラは真っ直ぐその槍を見つめ、イメージした。
槍はかなりゆっくりと、そのまま前へ進んでいく。
カラン。
そして落下した。
「ああーん、もう、イメージってすっごい疲れる! もしかして私、こういうのって苦手なのかな?」
座り込んだカルマラは、不満そうに叫ぶ。アサキは首を横に振りながら彼女の肩に手を置いた。
「そんなことないでぇーす! 言ってすぐにできるなんて、すっごいことでぇーす!」
そう言う彼の顔をカルマラは見上げる。彼女は瞳を潤ませていた。
「私……こんな風に慰められるのって初めてかも。失敗するたびに、いつもみんなに罵声浴びせられて……戦の神なのに! って。あー、やっぱり人間ってやっさしいー!」
カルマラはムクッと立ち上がる。
「こうなったら、ぜーったいにあなたたちを強くしてあげる! 何となくはわかったし。力の使い方がわかれば後はイメージ次第ってこと! よーし、張り切っていくわよ!!」
彼女はグッと拳を握った。そして三人の顔を順に見つめる。
「ってことで、やってみることが重要!」
そう言いながらカルマラはアサキに槍を返す。アサキは微笑んだ。
「そうでぇーすね。とにかくやりましょーう! さあ、北斗先輩もコブシも!」
彼が二人を見ると、北斗は苦笑しながら、コブシは小さく笑いながらうなずく。
「頑張れ!」
嬉しそうなカルマラの声が修行室に響いた。
炎系、雷系。
「しっかし、まあー、何でオレのところによりによって男しかこないかなー? せっかく可愛い女の子と仲良くなれるチャンスだったのに」
ものすごく残念そうにミケルダは嘆息した。苦笑いを浮かべながら滝、シン、青葉は顔を見合わせる。
「大体、何でこういう組み合わせになるんだ!? 何故シーさんたちが勝手に決めちゃうんだ!? おかしい! 不条理だ!!」
天を仰ぐようにして絶叫し、ミケルダはコブシをグッと握った。中央あたりに陣取っているのだから目立ってもおかしくはないのだが、誰もこちらを見てはいない。
「そりゃさー、やっぱ人数とか相性とかじゃない?」
白けた目で彼を見ながら青葉は推測する。ミケルダは恨めしげな顔でジトーっと青葉を見た。
「確かに……シーさんは特に水系と補助系が得意だ。カールやオレは普通攻撃だし、リーダはそもそも戦の神じゃない。リーダが武器の方を受けるのは納得できるけど、でも何故風まで!? しかも精神系が保留ってどういうこと!?」
手をわなわなとさせて、それから青葉に詰め寄ってブンブン肩を揺さぶりながら、ミケルダは声を上げる。怒った青葉はその手を力一杯振り払った。
「だー、もういいだろ!? そういうことは後にしろよ!」
「後って言っても……オレたちそうちょくちょくこっちに来られるわけじゃないし」
怒号する青葉に向かって口をとがらせるミケルダ。今にも殴らんばかりの青葉をシンが止める。
「まあまあ、青葉。とにかく修行だろ? そんなに怒ったってどうにもなんないし」
なだめられた青葉はとりあえず落ち着こうと深呼吸した。ミケルダも仕方がないとあきらめたのか、真顔に戻る。
「んじゃあ、ここはさっさと実戦ってことにするか」
ミケルダは肩を回した。
「実戦? すぐにですか?」
「マジ?」
「どうしてですか?」
三人はほぼ同時に疑問の声を上げる。ミケルダは大仰にうなずいた。
「だってさ、何かあんたたちって単発の技を見るよりも、実戦での使い方を見る方がいい気がするじゃん。そっちの方が強そう」
人差し指をたてるミケルダ。
ほめられてるんだかそうじゃないんだか……と思いながら、滝は曖昧な笑みを浮かべる。
「んじゃあー剣士である皆さんの一撃をくらっちゃうとさすがに痛そうなので、これを使ってもらうってことで――――」
ミケルダはどこからともなく取り出した木刀を一本、滝に手渡した。
「……こんな物、どこに持ってたんですか?」
「いんや、置いてあったから借りてきた。入り口の方に。こいつがオレに呼びかけてたんだ。『自分を使え!』って」
三人は顔を見合わせる。
神ってこんなひとばっか……?
いや、むしろ、そんなところに木刀が置いてあること自体が不思議だ。
何にしろ、いちいち深く考えない方が身のためですね……。
無言の会話がなされた後、彼らは取り繕った笑みを浮かべた。
「じゃあ、始めようかミケルダ」
滝が先に口を開く。
「オッケーオッケー。あんたは雷系だよな? お手柔らかに頼むぜ」
答えるミケルダ。
そしてその場はようやく緊張した空気に包まれた。
風系、武器系。
彼ら四人が陣取ったのは入り口のすぐ横の辺りであった。先ほどからため息ばかりついているカシュリーダを、リンは不愉快そうに見る。
「どうしよう……私、武器だってうまく使えないし、風も得意ってわけじゃないし……」
またもやつぶやかれるその言葉に、三人は飽き飽きしていた。
「あーあー、カシュリーダさんってもっと大人っぽい人かと思ったのに、こんなだったなんて……」
リンが思わずボソッとつぶやくと、カシュリーダは彼女をにらみつけた。
「あなたには私の気持ちなんてわからないわよ! いくら戦の神じゃないとはいえ、人間の技使いに負けたなんてことが知れたら……一体何と言われるか――――」
言葉とともに沈んでいったカシュリーダは、最後にはガクッとうなだれる。アキセが気の毒げに彼女の肩を叩いた。
「まあ、リーダさん。そうなったとしてもばらす人なんていませんし、大丈夫ですよ」
彼の励ましも彼女には効果がない。
「絶対お兄さまが口を滑らせる……」
彼女はそう言ってからもう一度息を吐いた。
そこへ――――
「兄弟揃って暗い顔してるな。どうかしたのか?」
いつも通り、微笑んだレーナが声をかけた。カシュリーダはその姿を見ると、何も答えずにまた頭を垂れる。
「あ、レーナ、お暇?」
「いやいや、これはこれはレーナさん」
リンとよつきはレーナの方を見る。
「一応フリーなのでな。一番大変そうなところに来てみた。武器とかはそれだけだときついからなー」
レーナはそう言ってそれぞれの目を順に見つめた。穏やかな瞳。
「そう言われましても……いきなり実戦で使えるような技なんてありませんよ」
よつきは困った顔をして頭をかき、後ろを振り向いた。顔を上げたアキセが適当な笑いを浮かべてコクコクとうなずく。
「いや、意外にそう思いこんでるだけで実は結構できる、ってこともあるんだぞ。ああ、別に強制するつもりもないが」
そんなことを言いながらレーナはパタパタと手を振り、リンを一瞥する。
「ほら、彼女なんてすぐにでも精神系使えそうだし」
よつきとアキセ、それに頭をもたげたカシュリーダが、同時にリンを見た。
「え、私?」
リンは自分の胸を指さす。レーナはうなずいた。
「あれだけ広範囲に、しかも自由自在に動く風を作ることができるなら、わけないと思うぞ」
リンは照れるやら困るやらで、苦笑いを浮かべながら、そんなことないって、と否定する。カシュリーダは何とも言えぬ複雑そうな表情でその横顔を眺めた。
そんなに簡単にいくものかしら……?
自分の周りにいた神々たちのことを思い浮かべ、カシュリーダは疑念を抱く。いくつもの系統の技を使いこなそうと思ったらそれ相応の努力が必要だった。とりわけ得意――相性のよい――なものでない限り、かなり時間がかかるはず。
「われの見たところ、お前は精神系と相性がよさそうだ」
そんな彼女の心中はおかまいなしに、それとも知っててわざとか、レーナはほがらかに口を開く。
「何で?」
「わかるんですか?」
リンとよつきは不思議そうに尋ねた。アキセは心配そうに一度カシュリーダを見てから、それでも気になり、話の輪の中に加わる。
「感情、気の察知に優れ、かつ技の安定度が高い。精神系が得意な奴は大抵そうだ。と言うか、そうでもない限り、なかなか使えるようにはならない。他の系統よりもイメージしにくい分、結構繊細な面があるからな」
レーナの答えを聞き、よつきは顔をしかめた。
「あれ? それってリン先輩に当てはまりますか?」
言ってからよつきはハッとし、おそるおそるリンの顔をうかがう。
「ちょっとよつき! それって何? 私が鈍感だとか感受性がないとでも言いたいの? 失礼ね」
リンは憮然とした様子で言い放ち、嘆息した。アキセはあきれた目でよつきを見る。
「いえいえ。冗談ですよ、リン先輩。あんまり怒らないでください」
いけしゃあしゃあとした笑顔で弁明してから、よつきは彼女の肩を叩いた。レーナはいつもの通り、何をどう思っているのかわからない微笑みをたたえている。
「そうだな。まあーとりあえずは武器系の奴らのために効率のよい物を作っておくか」
すると突然、レーナはそう言って手を打った。キョトンとした顔で、リン、よつき、アキセが動きを止める。カシュリーダは眉をひそめている。
「誰からのでもいいな。じゃあ、まずはお前のだ」
そのままのペースでレーナはよつきに手のひらを向ける。よつきは自分を指さした。
「うん、そう。ちょっとお時間拝借してもいいかな? すぐそこで作るけど。ぴったりの奴をこしらえてやるよ」
彼女の誘いに、しかしよつきは躊躇した。リンはそんな彼の背中をポンと押す。
「せっかく作ってくれるって言ってるんだから、甘えちゃいなさいよ。こっちはこっちで色々とやるから。その代わり、使いこなさないと承知しないわよ」
リンはそう言ってウインク一つ。よつきは苦笑した。
どうしてこんなわけのわかんない人と仲良くやれるのかしら。人間だから? それとも――――
四人のやりとりを眺めながら、胸中でカシュリーダは反芻した。
水系、補助系。
入り口から見て右側。ダン、ミツバ、ジュリ、サホは我知らずシリウスを凝視していた。
「何だ? さっきから。何かおかしいか?」
耐えかねた彼はそう尋ねる。ミツバとサホはブンブン首を振った。
「な、何でもないよ」
「す、すいません」
ジュリはごまかしの笑みをたたえている。ダンは依然として気の抜けた顔をしている。
す、すごい気……何というか、澄んでいて柔らかくて、それでいて凛としているような……。
間近で感じる彼の『気』に四人は驚愕していた。何かが違うと感じさせる強大な気。
そう言えば、初めてレーナに会ったときもこんな感じだったっけ……。
ダンは思い出す。彼女の気は、透き通っていて暖かく、心地よい。そう感じたのに、どうして忘れていたのだろう?
「まあ、いい」
答えようとしない四人を追及するのはあきらめて、シリウスはそう言った。大したことではなさそうだ、と。
「お前が水系だな」
シリウスはダンの目を見て確認する。ダンはカクカクうなずいた。
「それで残りが――――」
「全員補助です」
そして彼が三人の方に目を移すと、ジュリがにこやかに即答した。シリウスは小さくうなる。
「やっぱり補助だけだときつい?」
不安そうな声音でミツバは尋ねた。
役立たずになったらどうしよう……と思うと不安で拳に力が入る。
「いや、まあ、個人で戦うときには多様性には欠けるが……それを補うだけの体術、身体能力があり、加えて優れた武器があれば問題はない」
静かな口調でシリウスは答えた。なかなか困難な条件を示されて、ミツバは悲痛な表情で息を吐く。サホも沈んだ様子で目を背けた。
「要するに、補助しか使えないんなら武器で戦えってことですね」
しかしそんな中、ジュリは一人あっさりと恐ろしいまとめかたをする。
「まあ、極論を言ってしまえばな」
シリウスはそう答えながら、前の会議でとんでもない事態を聞かされたにもかかわらず、いやに冷静だった者たちのことを思い出す。神技隊の女性は恐ろしい。
「しかしそれはあくまで個人戦の場合だ。お前たちの場合ならまずそういう風にはならないだろう。補助はあらゆる系統の技と合わせることができるからな。主にサポート役として戦闘に参加するのが普通だ」
そして彼は縮んでいる二人に向かってそう励ました。本当? と言ってミツバが顔を上げる。サホは目だけで彼を見る。
「これだけ人数がいるんだ。適材適所だろ? 一人で戦うことなどまずないだろうが、心構えはしておけ、ってことだな。最後に自分を守れるのは自分だからな」
シリウスはつぶやくような小さな声で言い、目線をそらした。
彼らはこれから命をかけた戦いをしていくことができるのだろうか……? あの、極限なる戦いを。いや、できないと言ってもしなければならない日がいずれ来るだろうから、こんなものは愚問だ。それに、他の神々とてそれほどの状況下での戦闘を経験した者は、今はあまりいない。
彼は歯がゆかった。
こんな状態を、自分は、アルティードや、彼らや、そして彼女に任せていかなければならないのだ。
シリウスはもう一度目の前の四人を見据えた。
「……先に、どれだけお前たちが戦えるかを拝見させていただこう。四人同時にかかってこい」
彼は真顔で言い放った。