white minds

第十六章 神‐4

「暇だねー」
 のほほんとした顔のイレイは、体育座りをしながらつぶやいた。
「そりゃねー、オレたち用なしって感じだし」
 同意するネオン。壁に寄りかかって、放り投げた足を何となく眺める。周りのにぎやかな声が、右から入って左へと抜けていく。
「でも部屋にいる気もしねえしな」
 嘆息しながらカイキがぼやいた」
「こらこら、ずいぶん暗―い顔してるわね。そんな顔してると、幸せはどんどん逃げていっちゃうのよ」
 そんな彼らに向かってレンカは笑いかけた。
 レンカと梅花は人数上後回しにされてしまったので、こうして時間をもてあまし、同じように放っておかれているアースたちとともにいた。離れてポツンといるよりはましなのだろう。
「そうかもしれないけどさー、レーナは一人で行っちゃうし……。何かさー、やっぱり居づらいじゃん」
 レンカの方に向き直ってイレイは口をとがらせる。そして寂しそうにうつむいた。ネオンが彼の肩を叩き、そして頬をつねる。
「ひーひー、ひたいよヘオーン」
 そんな二人のやりとりを見て、梅花は苦笑した。アースは何気なく彼女の横顔を眺めて目を細める。
 まぶしい。どこかが、何かがまぶしい。透明で清らかで穏やかな……何か不思議なものが確かにそこにある。
「それにしても青葉はよく喋るのに、アースはほとんど黙ってるわよね」
 ふと気がついたようにレンカは言って、アースをちらりと見た。彼は何も答えない。ネオンは手を離し、彼が不機嫌にならないことを祈ってつばを飲み込んだ。
「そりゃねーアースは喋らねーよ。どっちかっつーと口より手の方が先に動く」
 しかしからかった口調でカイキは言い、思いっきりアースににらまれる。手を挙げながら彼は、じょ、冗談でーす、とから笑いを浮かべた。
「でも梅花も喋らないよねー。レーナはいっつも話聞いてくれるし笑ってるけど」
 イレイは言いながら梅花を見、そして入り口の近くにいるレーナに目を移した。彼女は今リンたちと何かを話している。相変わらずの微笑み。余裕綽々のといった態度。
「梅花は笑わないの?」
 イレイは梅花の顔をのぞき込んだ。彼女は少し困ったように眉根を寄せて、はにかみながら口元に微笑みを浮かべる。
「そういうわけじゃないけど……レーナ程いつでも笑ってはいられないわ。彼女の方が上手だから。私は……感情を表に出さないだけで精一杯。それに、彼女の方が抱えているものは重いしね」
 梅花は途切れそうな声でそう答えた。不思議そうにイレイは首を傾げる。アースは何か言おうとして、結局口をつぐんでうつむいた。
「どうして気持ちを表に出さないの?」
 イレイの問いに、梅花は伏し目がちに口を開く。
「周りを……ひどく重苦しくさせるから……。それが嫌だから」
 レンカはパンパンと手を叩いた。
「はいはい、質問はそこまでね。それで、あなたたちって結構近距離戦、っていうか武器使うの得意でしょ? 暇なら少しお手合わせ願いたいんだけど。技なしでね」
 にっこり笑ってレンカが頼むとカイキたちは互いに顔を見合わせる。
「確かに最近なまってる気がするし……アースいいよな?」
 ネオンはできるだけ気楽な口調で彼に尋ねた。イレイがバッと立ち上がる。
「ああ、異存はない」
 アースも体を起こした。背中にはまだひんやりとした壁の感触が残っている。くすぶった気持ちを振り払うように、彼は一度深く目を閉じた。
「あ、できるだけお手柔らかに」
 レンカはそう付け足した。



 中の様子を確認すると、サツバは大きくため息をついた。
「何でみんなそんなに真面目なんだよ!?」
 小声で毒づきながらドアを閉じ、彼は横の三人を見る。同じように修行室の前で立ち止まった三人。他のメンバーは全てもう中で修行中だ。複雑そうに眉をひそめたサイゾウと目が合い、サツバは口を開いた。
「何だよサイゾウ、入るならさっさと入れよ。オレは行かねえよ」
「……オレもいいっす。何か釈然としなくて」
 にらみつけるサツバに向かって、バツが悪そうな顔でサイゾウは答える。サツバは鼻をかいた。
「そりゃ確かに、今大変な状態だってことは聞かされたけど……あいつの話をそこまで信用していいんすかね? オレはまだ納得できません。いきなりあいつの言うことなんか聞けませんよ」
 ふてくされた声音のサイゾウ。サツバは力一杯うなずいた。
「そうそう! みんな簡単に信用しすぎだっての。おかしいぜ!」
 そして二人はおもむろに残りの二人を見る。
「で、お前たちは行くの?」
 サイゾウに聞かれると、困った表情でたくとコスミは目を合わせた。しばしの沈黙が彼らの体にしみいる。
「理解できない気持ちはわかりますけど……」
「でも隊長たちは修行してるし……」
 二人はまた互いに見合って眉根を寄せた。
 体の底から怒りにも似た何かが、苛立ちややるせなさがつまった何かがわき上がり、サツバはたくの胸元をつかみ上げる。
「どっちか決めろ!」
 たくは手を振りながらカクカクとうなずいた。
「ああーわかりましたわかりました。すいませんすいません」
 満足したサツバが手を離すと、苦しそうに息をするたくをコスミが心配する。サイゾウは長い髪をかき上げた。
「じゃあさ、ちょっと外行こうぜ、外。こっちに戻ってこられたわりに、あんまりゆっくりできなかったし。オレ、大河んとこ行きたかったんだ」
 サツバはサイゾウの袖を引っ張り走り出そうとする。
「ああ、ちょっと待ってくださいよ。行きますから行きますから」
 サイゾウもドアに背を向け駆け出そうとし、ちょっと後ろを振り返った。
「あっ、えっ、先輩!? 本気ですか!?」
「えっ、ええっ!?」
 慌てるたくとコスミ。何も言わずに勝手に出かけていいのかと不安になり、二人はまたもや顔を見合わせる。
 気持ちはわかる。こんな急な話についていける方がおかしい。適応できる方がおかしい。受け入れられる方がおかしい!
 でも……。
「あ、後で探したりなんかしたらどうしよう、たく」
「とにかく追いかけよう。外はダメ、外は」
 二人は急いで彼らを追いかけた。



「すごいですよね、すごいでございますよね!」
 陽気な声でレグルスははしゃいだ。
 ウキウキする。これだけすごい人たちがいるのだと思うだけで、心臓がドキドキしてくる。世の中の広さを初めて知ったみたいに。
「ほんまやなー。ミケルダはんもすごいと思ったんやけど、そんな人がゴロゴロいるもんなんやなー」
 そんなに至るところにいるわけではないが、とりあえず感心したようにすいはうなずいた。
 ほとんどの神技隊は修行室に集まっていた。さすがに全員一度に動き出すと狭いので、この二人は現在見学中。壁にもたれて座っている。他にも何人かはそうした者たちがいる。と言っても、見学以外がみんながみんな真面目に修行というわけではなく、半分はじゃれ合いのような、言わばチャンバラだ。それでも軽い運動ぐらいにはなるのだろうが。
 レグルスは嬉しそうに辺りを見回す。目下のメインイベントは、シン対青葉の戦いだ。当初の予定はどこへやら。すいはそれをほけーっとした顔で眺めていた。
「いやー、ほんますごい」
 思わず漏れるつぶやきは、周りの雑音にいとも簡単にかき消される。ひんやりと冷たい床の上を様々な音が流れていく。
 するとその彼の隣に一人座り込んだ人がいた。
「あっ、えーっと、ミツバ先輩」
 彼が記憶の中からその名前を見つけだすと、ミツバは前髪をかき上げながら振り向いた。
「んっと、すい、だったよね?」
 ミツバは軽く笑う。疲れているらしく、彼はだらんと足を伸ばして壁に寄りかかった。
「あーもう、疲れた。シリウス強すぎ、厳しすぎ。くたくただよ」
 口をとがらせながら彼は右前方あたりにいるシリウスたちを眺める。今はカエリが何やら助言を受けながら技を試している。二人の真剣さは目に見て取れた。
「焦っちゃうよね……」
 無意識のうちにミツバはぼやいていた。すいは不思議そうに彼を見つめる。彼の寂しそうな横顔にはどこか影がある。
「みんなさ……何だかんだ言ったって強いんだよね。滝はさ、いい武器さえあれば問題ないみたいなこと言われてたし、レンカは元々精神系だし、やっぱ取り柄があるっていいよね。僕は体力もないし武器だって目を見張る程使えるわけじゃないし……」
 ミツバがそう言葉を続けていると、すいは思いっきり彼の腕をつねった。
「いったー! な、何すんのさ!?」
 慌ててその手を振り払うミツバ。驚いたレグルスはすいの肩をつかんでブンブン揺さぶる。
「な、な、何してるんでございますか、すいさん!?」
 だがすいは気にするどころか憤然とした面もちで腕を組んでいる。ミツバが憮然とした表情でその心意をうかがうと、すいはビシッと人差し指を突きつけた。
「何言うてます、先輩! そんなこと言うたらわてらはどうなるんや!? わてらなんか初っぱなからお偉方に、『お前たちは言わば現神技隊を補うための部隊だ』とか何とか言われたんやで! そんなことでへこんでたらやってられへんわ!! わてらはわてらのベストを尽くすだけや!」
「う、うんうん」
 すいが怒号を浴びせかけると、目を丸くしたミツバはただただ相槌を打つ。レグルスは唖然としてその場で固まっている。
「わ、わ、わかったよ」
 そしてミツバがそう言うと、、満悦した笑みを浮かべてすいは再びシンたちの戦いに目を移した。
「す、すいさんがそんな風に考えていたなんて……驚きでございます」
 レグルスは夢心地のような表情でつぶやいた。その声は、運良くすいの耳までは届かなかった。そんな熱心なすいの横顔につられて、レグルスもその方を見る。
 華麗だ。ぶつかり合う剣の軌跡が光の筋を生み、放たれる赤い炎が空を舞う。一歩も譲らない互角の戦い。勘なのか慣れなのか。相手の動きを読み合い、しかしさらにそれを読み合っているかのごとく、なかなか致命的な一撃とならない。
 同じように二人の戦いを眺めている者がいた。
「すごい……」
 もう何度目かになるその言葉を、カシュリーダはもらした。
 人間の技使いでもこれだけ戦えるんだ……。それこそ戦の神ぐらいに。
 彼女は入り口の横に一人で立ちつくしていた。
 こんな姿を見るのは久しぶり……そう、あのとき以来。あれから私は、戦闘というものを見ることをできるだけ避けてきた。
 あのとき彼らが死んでから。
 親と呼ぶにはあまりに会わなさすぎた。その姿さえおぼろげにしか思い出されない。
 けれども最後の瞬間、あの瞬間だけは覚えている。幾筋もの拳大の光が、何人もの神を貫いたあの光景。そのほとんどが死んだ。自分が生きていたことが不思議だった。噂に聞いたところでは、かなりの重傷だったのを、あの転生神アユリ様が治してくださったらしい。全く記憶に残っていないが。
 そう、あのときから私は戦場に出ていない。
 そんなことを考えながら、突然彼女はハッとした。
 その戦場に、これから彼らは出ていかなければならないのだ。
 カシュリーダはうつむいた。
 もしかして自分たちは、とんでもないことをしようとしているのではないか? 自分たちの争いを、人間たちに任せるなど……。
 彼女は顔を上げることができなかった。

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