white minds

第十六章 神‐5

 たくとコスミに説得されたサツバとサイゾウは、基地に戻ってきていた。それがたまたま昼食前だったのが幸いしたのか、誰も気づいてはいないよう。
 でも……。
「誰も何も言わないね、修行に行かなかったのに」
「うん」
 テーブルにつきながら、コスミとたくは耳打ちし合う。今は昼食中。みんなそれぞれ話をしながら食事を取っている。誰も何も言ってこない。よつきも。ジュリも。
 胸の中の良心がチクリと痛む。まるでもう一人の自分が責め立ててくるように。それは理性か、はたまた別の何かか。
「ねえ、これ。いつもよりずっとおいしくない?」
 チャーハンを一口食べると、コスミは小首を傾げてたくに尋ねた。たくもゆっくりと一口すくう。
「あ、ホントだ。おいしい」
「これ、レンカ先輩が作ったんだってよ」
 たくが声を上げると、隣のテーブルから北斗が首を突っ込んだ。彼は説明を続ける。
「シリウスさんたちが来るときに、適当に食料持ってきてくれたんだ。それをリンが運んでおいたから、早めに引き上げたレンカ先輩が料理してくれたんだ。すっごくうまいよな」
 北斗は笑いながら後ろを振り返った。たくとコスミがその方を見ると、違和感をかもし出しまくっている九人が、カウンターの辺りにたむろしている。その奥、調理室にはレンカの姿があった。
「てーか、食事の必要のないあんたたちが何でここにいるんだ?」
 カウンターに座っている滝が、迷惑そうな面もちで口を開いた。そのすぐ左隣にいたミケルダが、カップから口を話して振り向く。
「いやー、だってすぐ戻っちゃうのはもったいないし、疲れたからお仕事はしたくないしー」
 にやつきながらミケルダは、なー、と左側の仲間たちに同意を求める。いやにほがらかな笑顔をたたえたカルマラが、紅茶をすすりながら目でうなずいた。シリウスはいつもの通り、何事もない澄まし顔でコーヒーを飲む。カシュリーダは沈んだ顔で何か思案しているようであった。
「まあよいではないか。くつろぎの時間は精神回復の時間。お前たちで言えばお食事中というわけだ。一緒だろ?」
 レーナは楽しそうに笑って滝を見つめた。彼女にそう理屈を言われると、簡単には反論できなくなる。滝はあきらめて黙って食事を続けた。
「ねえ、レーナ。ついでに色々聞いてもいい? こんな時に尋ねるべきことじゃないとは思うんだけど」
 そんな中、カウンターの奥からレンカが顔を出してそう尋ねた。レーナはコーヒーカップを持ったまま、まあいいが、と答える。アースはほとほとあきれかえった目で、そんな彼女の横顔を一瞥した。
「あのね、神と人間との違いを具体的に教えて欲しいの」
 食事時には似合わない話題を投げかけるレンカに、滝は非難の眼差しを向ける。シリウスでさえも、吹き出しそうになって咳き込んでいる。レーナは少し困ったような仕草をして、ちらっと周りの様子を確認した。
「だってレーナはいつも忙しくて、なかなか話できないでしょ? 精神系と破壊系の違いとか、存在とか何とか言ってたんだけどよくわからなくて。気になってたら修行にも身が入らないし」
 滝の目を見て、それからカシュリーダ、シリウス、レーナ、アースの表情を目の端でとらえながら、レンカは言う。
「ああ、そうだな。いいか」
 少し間をおいて承諾の意を述べると、レーナはいつもの穏やかな微笑みを浮かべてうなずいた。
「まずは基本中の基本、『精神』の辺りから補足しておこう」
 彼女はそう言ってから話を進める。
「『精神』というのは言わばエネルギーだ。使えばその分減る。それから『気』というのは精神が発するもの。『気』があって、はじめてそこに精神があるのだと感知できる。だから、精神が形を変えたものとも言える技からも、気は感じられる。これらのことはお前もよくわかっているだろう。それで、精神は使えば減ると言ったが、それはどうやって元に戻るのか。それはご存じの通り、放っておけばいつの間にか戻っている。じゃあ、何故勝手に戻るのか? それは、精神を生み出す核になるものがあるからだ」
 そこで彼女はどこからともなく――おそらく謎のかんざしからだろう――ホワイトボードを取り出して、胸元にたてる。そして簡単な図を書いた。
「これが核。神や魔族の間では、普通これを『存在』と呼んでいる。個人によって大きさはまちまち。これが大きければ大きい程強く、生み出す精神も多い。精神量の限界はこれによって決まるし、気の性質なんかも全てこれに左右される。普通の人間の場合はこれがあまりにも小さい――ほぼ点のような状態なので、精神とか気とかいうのをほとんど感じないんだ。」
 彼女は一息ついて、再び周りを一瞥する。
「技使いは、体を作る程の精神を失った神が、人間に入り込んだものだと、前に説明したな? まあかなり簡単な説明だったんだが、その人間に入り込んだものってのがこの『存在』だ。神や魔族が肉体を得るにはある一定の精神量が必要となる。この精神量を下回れば肉体は消失――見た目では、光の粒子となり、そのまま消えていく。しかしそれが彼らにとっての完全な死ではない。まだ『存在』は残っている。が、大抵の場合は『存在』はかなり傷ついており、肉体を得るまでの精神を再び生み出すことはできず、いつかは消滅する。そういった、体はないがまだ消滅していない『存在』が人間の体に入り込み、本来は点であるはずの存在が大きくなった結果、技を行使できるようになったのが技使いだ」
 レンカはふーんとうなずいた。レーナはまた一息ついて、コーヒーに口をつける。同じようにコーヒーカップを持ち上げたシリウスは、感嘆ともあきれともとれないようなため息をもらし、カルマラは興味津々な様子で口を開いた。
「ホント、驚き通り越してあきれるぐらい、っていうか憎らしいぐらいよく知ってるわね。そんな論理的に考えるっていうか知ってる人、普通いないわよ? どこで学んだのよどこで?」
「それはまあ、アスファルトとユズの話を聞いてたから、基本的なことはそこで。後は各地で盗み見した古文書辺りからの考察だな」
「そのアスなんとかって誰?」
「……」
 レーナは眉をひそめて頭を抱えた。
 説明していけばいく程、尋ねられることも同じだけ増えていく気がする。いや、わかってはいた。神がいかに魔族を、魔族がいかに神のことを知らないかは嫌と言う程思い知っていた。魔族だったら誰でも知っているようなことを、神が知らなくても不思議はない。
「……我々を作った魔族の科学者と、神の名。詳しいことはアルティードにでも聞いてくれ」
 レーナが面倒そうに言い放つと、カルマラは目を丸くし、滝とレンカは顔を見合わせる。だが彼らの口から言葉が放たれるより早く、レーナは説明の続きを始めた。
「それで、先ほどの続きだが、つまり人間と神や魔族の違いはこの『存在』にある。人間は肉体を失えばそれで終わり。『存在』で長らえることはまずない。技使いがどうかは詳しくはわからないが、強さにもよるだろうな。それと、神や魔族は肉体を維持するのに人間のような――たとえば食事とか睡眠とかは必要としない。彼らはただある一定以上の精神を保持していればいい。先ほど、精神の回復は自然に起こると言ったな? でもそれにはかなり時間がかかるんだ。だが神と魔族にはもう一つずつ、精神の回復方法がある。技使いは神と同じだ。神は、自らの感情――楽しいとか嬉しいとかそういった正の感情により精神が増大し、また反対に負の感情によって減少する。魔族はそうではない。彼らは他人の強い感情を吸収して精神を増大させる。これには正負は関係ない。ただ強ければいい。明確な違いはこれぐらいかな? あ、いや、あった。後は子どもだな。新たな命の生みだし方」
 レーナはそう言うとホワイトボードの図を消して、また別の図を書き始める。アースは既に聞いた説明だったので、退屈そうに、食べなくてもいいにもかかわらずバカ食いしているイレイの様子を眺めた。イレイの向かいにいるネオンも似たような心境なのか、あきれかえった目でそれを見ている。
「人間の遺伝子にあたるものが、神にも魔族にもある。『存在』の中にあると言われているが、定かではない。と言うのも、見えないどころか、その情報をなんだかの形として表すこともできないからだ。しかし彼らはその情報を取り出すすすべは知っている。生まれながら感覚的に。神は取り出した情報を媒介となるものに注ぎ込んで新たな命を生み出す。その媒介は何でもいい。それに、媒介となるものに注ぎ込む情報も、いくつあってもいい。まあ、相性とか何とかがややこしいから普通は一人か二人ぐらいだが。ただ、情報を取り出すとは言っても、それが全てだとは限らない。おそらく、自らの情報の半分程度ではないかというのが、今のところの見解だ。そして、このことがより大きく魔族の方に響いている。というのも、魔族は取り出した情報そのものに精神を注ぐことで新たな命を生み出しているからだ。取り出した情報が半分だとなると、ほとんどの場合、その新しい生命の方が親よりも弱くなってしまう。その改善策として、取り出した情報に他のものの情報を直接付加させることが考えられたのだが、うまくいったのは一方が女の時だけだった。ならばそうすればいいと普通は思うが、しかしここには一つ大きな問題があった。『女魔族狩り』と呼ばれるもののせいで、そのほとんどがいなくなってしまっていたのだ」
 レーナが淡々と説明を続けていると、そこでシリウス、カルマラ、ミケルダ、カシュリーダが、ピクリと反応した。
「女魔族狩り?」
 彼女のすぐ隣だったシリウスが、その右腕をとらえて詰め寄る。顔をしかめたカルマラとミケルダは顔を見合わせている。
「ああ……そう呼ばれているものがある。魔族は……それが神の仕業であると決めつけているが――――」
「バカな! 我々はそんな事実があったことすら知らない」
「そうだ、神は知らない。しかしそんな理屈が魔族に通じるわけもない。その報復として彼らは……『女神狩り』を行った」
 シリウスは強く握った手を離し、前髪をかき上げる。きつく唇を結んだカシュリーダの横顔を滝は眺めて胸中で尋ねた。
 一体、何があったんだ?
 彼はどうしようもなくて、同じように困惑した表情のレンカと目を合わせる。レンカは静かに首を横に振った。
「と、まあ、違いってのはこれくらいだな」
 レーナは穏やかな微笑みを浮かべてレンカを見た。レンカは気まずそうに一度目を伏せる。
「こんな時に……変なこと言わせちゃったみたいね。ごめんなさい」
「いや、いつかは伝えなければならないことだ。ここで言うと決めたのはわれだ。お前は気にするな」
 いつもこうだとアースは思った。彼女は決して他人を責めない。外側だけでなく内でも。
 レーナはもう一度レンカに微笑みかけると、おもむろにホワイトボードをしまった。見た目には、消したとも言う。すると、ようやく食事を終えたイレイがカウンターの方の異変に気がついて首を傾げる。
「そうだ。ちなみに、精神系でダメージを与えられるのは精神の部分のみ。ダメージを与えるというか、切り落とすって感じだな。回復の時間を考えれば、長期的には有利だ。破壊系には、存在を傷つける効果がある。『存在』を削ることはできないが、その傷は放っておいても治らない。ただ、高度な治癒によってなら、治すことができないわけでもない」
 極めて快活な口調でレーナは付け加えた。彼女は説明している間もあちらこちらの様子を目の端で確認していたのだが、それに気づいた者はいないようだった。
 いや、梅花は気づいたか。われが周囲の反応を把握しようとしていることぐらい、彼女ならばわかるだろう。それが何のためかまでは理解できなくとも。
 誰が話を聞いているか、どう感じているか、それらによってどこまで話すべきかを考えなければならない。いずれは全てを話す必要がある。しかし混乱は最小限にくい止めたい。
そう思いながら、レーナは胸中で嘆息する。これだから、自分は疲れやすいのだ、と。
「ありがとうね、レーナ」
 レンカは静かにそう述べた。



 アルティードは空を見ていた。青く、透き通った冷たい空間を。一人、部屋で。
 こうやって黙していると、どうしても過去のことが思い出される。何気ない会話から、鮮烈な出来事まで。多くの神々が死んでいった。そんな戦いを、再び起こしてはならないと強く思う。あの悲惨さを、これ以上経験させたくない。
 自分たちがとてもとても大きな渦の前にいることを、彼は自覚していた。誤ったら大変なことになる。
 その重さを実感させられるたびに、体中が、まるで氷と業火に同時に触れたような、痛みであるとすら感じられない『感覚』におそわれる。
 しかしこの渦から逃げ続けて……その先に、一体何があるのだろうか?
 我々はただ、転生神の到来を、その記憶が戻るのを待ち続けるしかないのだろうか?
 すべのない自分たち。
 だが彼女は、レーナは、何かを握っている。閉ざされた、闇に包まれた記憶を探し出す鍵を。
 鍵を握る者。
 彼女はいつ、その鍵を掲げるのだろうか。
 彼は一人、部屋で思いふけっていた。

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