white minds

第十七章 白き空間‐1

 昼食が終わる頃に、ミケルダとカシュリーダは宮殿へと戻った。当人たち曰く、どうやら仕事があるらしい。だがシリウスは、それがいいわけにすぎないとわかっていた。
 今日は一日暇を与えられているはずなのだ。少なくとも内仕事はない。
 神技隊は修行の続き――と言ってもほとんどの者が、基礎トレーニングと武器の訓練だ。その方が人手がかからない。
「それにしてもシリウス様、こんな調子で本当に強くなるんですかね」
 修行室の片隅でカルマラは、彼らの訓練の様子を眺めながらぼやいた。長い髪を結い直していたシリウスは、彼女の方を見る。
「さあな。しかし、だからといって何もしないままではいかないだろう」
 彼はそう答えた。それから視線を中央へ移す。確かに、無駄にも思える。気休めかもしれない。でも、だからといって、何もしなかったらその分だけ不安が増すことになる。不安は弱さを生む。それは防がねばならない。
 シリウスは今度は右に目を移す。レーナはずっと武器を作り続けている。それぞれに適した物を、少しずつ調整を重ねながら。
 お人好しにも程があるな。
 シリウスは独りごちた。
 彼女はおそらく、自分に素直になろうとする一方で、嘘をついている。その矛盾が、彼女の体に『謎』をまとわせている。しかしそれだけならこのような『光』は生まれない。彼女の最も恐るべきところは、それらが全て、自覚のもとに行われていることだ。
 それが怖い。
「シリウス様、どうしたんですか?」
 心配そうにカルマラは尋ねた。シリウスは、いや、と短く答える。
 ここに戻ってくると余計なことまで考えてしまうな。暇があるからか……。
 彼は自嘲気味にそう思い、苦笑いを浮かべた。



「明日ですね」
 梅花は再度確認を取った。基地の入り口でのことである。リュー長官の正式な補佐――と言っても雑用をしているところしか梅花は見たことがなかったが――の者が連絡をしにやってきたのだ。
「そうです。すいません、届けることもできなくて。明日は忙しいもので」
 あどけない顔をしたその青年は、恐縮そうに肩を縮めて曖昧な微笑みを浮かべた。
「それは別にいいんですけど」
 梅花はいつもの調子。彼が普段仕事に追われていることを、彼女はよく知っている。
 誰の言うことでも素直に聞いて真面目にやるからね。加えて能力も問題ないんだから、どこもかしこも借りたがるわけよ。
 でもあくまでそれは雑用のみ。関係者以外に重要な『中身』を教えるようなことは、あそこでは御法度になっているから。
「いや、そんな、梅花さんに運ばせるなんて滅相もないことを……本当にすいません」
「そこまで言われても」
 ただ『服』を運ぶだけである。昨日頼んだあの戦闘服が明日にはもう届くらしい。
 早すぎよね……。本当は大した労力いらないんだわ、きっと。
 梅花は苦い気持ちになった。
 あのときは、あれだけ働いてようやっと買えたというのに。
「それでは失礼します」
 うやうやしく頭を下げると、彼は宮殿に向かって走っていった。
「何、何? 梅花、何の話してたの?」
 そこへにこにこした顔のリンがやってくる。
「あ、リン先輩。いえ、明日例の戦闘着衣が届くっていう連絡です」
「え? うそ!? 早!」
 梅花がそう言うと、間髪入れずにリンは声を上げた。そして何やら不満そうに考え込む姿を見て、梅花ははたと気づく。
「そう言えばリン先輩。修行室にいたんじゃないんですか? 私が出たときは確かにいましたよね?」
 するとリンは打って変わったように得意げな顔をし、腰に手を当てて低く笑い始めた。
「よくぞ聞いてくれました! 実はね――」
 ビシッとリンは足下を指さす。
「特別な靴をねー、レーナに作ってもらったのよ! で、ちょっと試しに歩いてたところ」
 足首を覆う程の長さの、光沢のある靴である。ちょっとした飾りの他は何も変わったところはない。
「……技でもはじけるんですか?」
「正解! と言ってもごくごく弱いものだけどね。まあ熱にも強いらしいし、簡単には破れないってさ」
 つまり、戦闘用着衣と同じようなもの、ということだろう。
 よくそんな物を軽々と作るわよね、レーナは。
 梅花はあきれかえった。
 彼女には損得感覚というものはないのだろうか? ここにいることでどれだけ彼女に利益があるかは知らないが、それにしてもこの労力は大きすぎではないのか?
「あー、そろそろ戻ろうかな? 梅花も戻るでしょ? ほら、行こ行こ」
 梅花がそう思いめぐらし始めると、リンは意気揚々と彼女の腕を取る。
「私たちができることっていったら、強くなることだけだからね」
 リンの声は力強かった。



 こうして不安の残る修行に費やされて、一日は終わった。いや、正確には夜中になった。
「こんな時間に呼び出しとは、気が利かないな」
「こんな時間でもなければ不都合なのでな」
 帰ったのがつい数時間程前だったシリウスが、再びやってきていた。もうほとんどの神技隊は寝静まっている。明かりの消えた廊下は影を帯び、蒼い月光がかすかにだが差し込む。
「まあ別にいいが……」
 レーナはそう口にしてから肩越しに部屋の中を見た。彼女の部屋には、それぞれ複雑そうな顔をした四人が入り口の二人を見ている。
 明らかに険悪な表情のアース。カイキはおもしろ半分、心配半分。残念そうなイレイは不安げに眉をひそめ、何かを察知しているネオンは、まずいぞー、というオーラをびんびんに発している。
「一人で来いとは強制しない」
 シリウスは微笑んだ。
「神の巣に行くわけだからな」
「……まあ既に一度潜り込んではいるがな」
 レーナは顔をしかめ、それからまた笑顔に戻した。彼女はそのまま後ろを振り向き、いつもの調子で尋ねる。
「というわけだけど、一緒に神の界の見物に行くか?」
 イレイはぶんぶんと首を横に振った。
「いいや、つまんなそうだし。後でこの実験の続き見せてね」
「オレは行く! 何か面白そう」
 カイキは全く反対だ。好奇心一杯の顔でそう言う。ネオンは口を開きかけて、思いとどまって横目でアースを見やる。
「ん……われは行く」
 アースはそう一言。
「オレは……やめとくわ」
 ネオンは作り笑いを浮かべて答えた。
「ではすぐ行くぞ。気の短い奴らがいるからな」
 もとの冷静な顔つきになったシリウスは、奥の四人を一瞥する。カイキが立ち上がってアースの肩を叩いた。
 こりゃまた妙な組み合わせだな。行くって言わなくて正解正解。
 四人を適当に見送りながら、ネオンは心中でつぶやいた。

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