white minds

第十七章 白き空間‐4

 それから十分後、全ての組み合わせが決定した。
「まー、何とか決まったな。最後の方は無理矢理って気もしなくもないけど」
「そうですわねー」
「いや、かなり無茶苦茶だと思います」
 ラフトやヒメワは大して気にした様子もないが、滝は心中穏やかではない。
「これ、実戦にも使うんですよ?」
 滝はとりあえず決定したものとして書かれた組み合わせに目を通した。

 ラフト・カエリ……これは大丈夫そう。
 ゲイニ・ミンヤ……まあ何とかなるだろう。
 ヒメワ・ローライン……極めて心配だ。攻撃系の技がない。
 ホシワ・ミツバ……これは安心。
 ダン・すい……あいつら息合ってたっけ……?
 シン・リン……全く問題なし。
 北斗・サツバ……まあ大丈夫だろう。
 青葉・梅花……全く問題なし。
 サイゾウ・レグルス……面識あったか……?
 アサキ。よう……まあ何とかなるかな?
 よつき・ジュリ……遠距離専門か。
 コブシ・コスミ……何か心配だな……。
 たく・ときつ……んー性格のバランスはいいかも。
 アキセ・サホ……攻撃系の技がない。

 滝はうなった。今、大半の者は例の服に着替えに行っているのでいない。そのうちに全部なかったことにしておいた方がいいのではないか?
 そうやって真剣に悩んでいると、後ろから急にツンツンとつつかれて、彼は慌てて振り向いた。
「もう決まったのかな?」
「レ、レーナ!?」
 そこにいたのは小柄な少女、レーナだった。先ほどと変わらない微笑みで腕を組んでいる。
「ど、どっから来たんだ?」
「そこ。裏側の整備をしてたからな」
 彼女は後方の壁を指さした。よく見ると、確かにドアのようなものが見えはする。見えはするが、ノブなどはない。
「ちなみにこっちからは入れん」
 彼女はそう付け足した。
「で、これができあがった組というわけか」
 滝の持っていた紙をスッと引き抜いて、レーナは眺めた。滝は何を言われるかと内心ひやひやして彼女の反応を待つ。
 こんなに緊張したのは……どれくらいぶりだろうか?
 彼は自問する。
「なるほどな。武器系と補助系の組み合わせとはよく考えたな。攻撃力は欠けるかもしれないが、守りとしてはうまい。先陣切って攻撃するだけが能じゃないからな」
「え?」
「ちゃんと考えたんだろ?」
「あ……あ、ああ」
 あっけにとられた表情の滝。レーナはあきれた眼差しでため息をつく。
「……結果オーライか。まあいいけどな。われは悪くないと思うぞ、これ」
 レーナはポンとはじいてその紙を滝に返した。そして軽く手を振ってすたすたと歩き出す。
 滝はほっとするやら何やらで、大きく息を吐いた。
「オ・リ・ジ・ナ・ル」
「あ、レーナ」
 レーナは梅花の後ろからその腕を取って呼びかけた。修行の途中だろう。そのすぐ側にいる青葉は、複雑そうな顔で口を開きかけ、しかしやめる。
「何だか足下寒そうだな?」
「うん、まあね」
 二人は既に戦闘用着衣に着替え終わっていた。戦いには向いていないだろうと思われるその短いスカートが、確かに気にはなる。
「レーナだって大して変わらないじゃねえか」
「われはロングブーツだから平気。それにどうしようもない」
「はあ……」
 レーナはゆっくり梅花の腕を放した。彼女のスカートだって負けず劣らず短い。スパッツ着用とはいえ年中それでは寒そうだ。
「そうだ、オリジナル。お前にもブーツを作ってやろう。リンと同じ丈夫な奴」
「本当?」
「もちろん。梅花のためなら」
「……」
 青葉は頭を抱えたい気分だった。
 あーオレの台詞。何でこいつはオレの言いたいことをぬけぬけと、何の苦労もなくあっさり言うんだ!? せっかくの二人きりの時間が……。梅花は梅花でレーナが来た途端嬉しそうにするし……。
 うなだれた青葉が左に顔を向けると、視界にはやけに楽しそうなシンとリンの姿が飛び込んでくる。彼は頭を振った。
「ほら、青葉、お前も来い」
「……は?」
 彼が呼ばれてその方に目を向けると、レーナは何やらわけのわからない材料を床に広げ、手招きしている。
「どうせ靴や装備までは用意してもらえないんだろ? 最初から揃えてやるつもりだったからな。お前のもついでに今作る」
「靴? オレの?」
「そう、足は大事だ」
「よかったじゃない」
 青葉は材料の周りにしゃがみ込んだ。ちらりと彼が梅花の様子をうかがうと、彼女は興味津々にわけのわからない材料を手に取って見ている。
「どれくらいかかるんだ?」
「んー、二、三分かな」
「うおっ! 早!」
 口を開きながらもレーナは作業をしている。白っぽい切れ、黒っぽい板、細かい砂のようなものを容器に入れて混ぜる。
「どうして混ぜるだけでドロドロになるの?」
「精神を使ってるからだ。ここにあるのはほとんど技によってでしか加工できない。大半は魔族界にしかない」
「ふーん」
 レーナは容器の中身をこね続ける。見ただけでは水を入れた粘土のようだ。
「色は何がいい?」
「色? 何でもいいけど……」
「おい、少しはこだわれよ」
「うーん、じゃあ黒」
「わかった」
 相変わらずオシャレとかそういうことには興味ないのか!?
 青葉は少々あきれた。少しは気にしてくれてもいいのに、と思いながら彼はちらりとレーナの方を見るが、彼女は気にしていないようである。
 黒い粉をケースからつまんで、レーナは容器にかけた。そしてさらに練り込む。粘土は真っ黒になった。
「さあ仕上げだ」
 レーナはこねるのをやめて、固まりを取り出した。それをゆっくりなでつけながら、目を閉じる。
 固まりが白く光った。
「あ……!」
「すげぇ!」
 一瞬でその固まりはブーツの形に変化した。外見はただの一足のブーツ。つい先ほどまでこねられていた粘土とは思えない。
「まあこんなもんかな。履いてみろ」
「え、あ、うん」
「よーく伸びるから大丈夫だ」
 ファスナーも何もないが、ゴム以上によく伸びる。梅花もすぐに履けた。
「きつくないし緩くもない」
 彼女は立ち上がって足を動かしてみる。戦闘に差し支えはなさそうだった。普通、こんなにいい物は手に入らない。
「なかなかいいだろ? じゃ、次は青葉の分」
 レーナは満足そうに微笑んだ。



「あそこは何の列でぇーすか?」
「えーと靴屋」
 着替え終わったアサキが修行室にやってくると、奥の方には列ができていた。
「靴?」
「うん。レーナが丈夫なの作ってくれるんだって」
 入り口側、壁に寄りかかっているようは、ニコニコしながら答える。
「それにしてもアサキ、その恰好すごいね」
「そうでぇーすか? かっこいーでしょーう?」
 アサキは得意げな顔で腰に手を当てた。彼の服はまるで忍者……と言っても少し何か違うと思うが、それらしくはしてある。髪も結ってある。やる気満々だ。
「みんな忍者に揃えるでぇーす!」
 ようは首を傾げた。
 忍者……って聞いたことあるような気もするけど……。こんなんだったかな? まあいいや。
 彼はその疑問を胸にしまっておく。
「ミーも忍者の靴作ってもらうでぇーす!」
「あ、うん、いってらっしゃい」
 パタパタとようは手を振った。アサキが戻ってくるまでは、相棒である彼は修行ができない。仕方なく周りを見る。
 あー結構みんな派手な格好。
 彼は目を丸くした。真っ白な修行室の中には様々な色がちりばめられている。何かショーでも見てるような気分で、彼は一人一人を観察してみた。
 リン先輩のは、あれはチャイナドレスっていうのかな……?
 彼は記憶の中の写真と見比べてみる。が、そんな気もするし違う気もする。
 ミンヤ先輩は黒い柔道着みたいなもの。北斗先輩は……拳法着とか言うのかな? あれ。あ、たくのもだ。みんなこだわりすぎだよー。
 そういった、彼らの服装イメージの根底には、魔光弾兄弟や、ちらちら見かけた神々の服装があるのだが、ようはそのことには気がつかない。
 そう言えばイレイたちはみんな何か黒かったっけ。レーナは白って感じだけど。あっ、考えてみれば、今日はイレイたちにまだ会ってないや。
 ようはふとそう思った。いつもはレーナが来ればついてくるのに今日はいない。アースが一度来ただけだ。
 まあ別にいっか。今までがたまたまそうだっただけかもしれないし。
 彼は深く気にしないことにする。そういう風に細かいところまで考えるのは好きじゃないし、得意でもない。
「ちょっとは体動かしとこうかな」
 そうつぶやいて、彼は大きくのびをした。



 カイキは大きなため息をついた。
「やっぱり無理じゃねえか? これ以上は」
「決めつけちゃダメだよ!」
「お前がんな弱気だからうまくいかないんじゃない? ひょっとして」
「な……!?」
 先ほどから似たような会話が続いている。アースはいい加減三人を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。しかしそこは何とか抑える。
 彼ら四人は外にいた。あの巨大な基地から少し離れたところにある山、その近く。その山はヤマトのものなのだが、彼らは知らない。人気がない、ただそれだけの理由でここを選んだのだ。
「お前ら、やる気ないなら帰れ」
 アースは小さな声で言った。しかし、三人がそれを聞き逃すはずはなかった。
「あ、いや、アース。悪い。別にやる気ないとかそういうわけじゃなくて――」
「そうそう! カイキがすぐぼやくからさ」
「って、な、オレだけの責任か!?」
 彼らは修行をしていた。主に『ブルー』の訓練だ。いまだにその原理も何もわからないが、とりあえず使える能力。しかし彼らだけではいまいち安定度が足りない。それを何とかしたいわけだが……。
「無理か」
 またアースはつぶやく。
 こいつらに強さを求めるのは間違いなのだろうか?
「え、無理って何が? ねえ、アース」
「ア、アース、お前もそんなことを……」
「だろ?」
 アースは三人の言葉を完全に無視した。一人、山の方へ歩いていく。
「あ、ちょっと! アース! どこ行くの!?」
 イレイの声に、ちらりとアースは振り返った。彼は険しい表情のまま一言だけ言う。
「修行する。ただそれだけだ。お前らは邪魔だ」
 イレイは口をつぐんだ。悲しそうな目を伏せて、唇をギュッと結ぶ。
「アース、んな言い方はねえだろ?」
 カイキが駆けよった。彼はイレイの肩をポンと叩きながらアースを責めるようににらむ。
「われは、強くならねばならぬ。あいつは、何が何でも神技隊を守るつもりだ。そのうち、とんでもない無茶をする。絶対に。その時われが助けなくて誰が助ける? お前たちか? 神か? 誰も当てにはできない」
 ネオンもやってきた。カイキは言葉を探して視線をさまよわせるが、適当なものは見つからない。
「……アースって、本当にレーナが好きなんだね」
「な……」
 イレイから発せられた唐突な一言に、アースは閉口した。
「僕も好きだけどさ、でももっとずっと好きなんでしょ? わかるよ、僕にだって。でもさ、僕らだって好きなんだから、できることぐらいは手伝わせてよ! 確かにアースの方がずっと強いし、レーナは頼りにしてると思うけど。でもさ、僕らだって何かしたいんだよ!」
 カイキやネオンも口をぽかんと開けていた。ふっと表情をゆるめてアースは苦笑する。
「大した奴だな、お前も」
「え? 何が?」
「いや」
「えー! どういうこと!?」
 アースは深呼吸し、はちまきを締め直す。
「とっとと続きを始めるぞ。次こそは成功させる。いいな」
「え、あ、うん! わかった!」
「了解了解!」
「いいとこ見せなきゃな!」
 冬間近の山に、再び白い光が輝いた。

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