white minds

第十七章 白き空間‐5

 青い空には雲がはるか彼方に浮かんでいた。紅葉した木々も日の光に照らされ、風に揺れている。
「はいはい、立ち止まらない立ち止まらない。これからどっと人来るわよ」
 廊下でふと窓に目をやり、立ち止まったコブシにカエリはそう言った。
「あ、カエリ先輩。すいません」
 コブシはすぐに謝り歩き出す。
 司令室へ来いとの放送が入ったのだ。カエリには何となくその理由に察しが付いた。おそらく、司令室が完成したのだろう、と。
 確かに人は次々とやってくるようだった。廊下の奥でざわめきが聞こえる。ほとんどの者は修行室にいたため渋滞も避けられない。コブシやカエリを含め、着替え無しで直行する者は早いのだが。
 司令室には案の定レーナがいた。つい先ほどまで修行室で靴屋をやっていたはずだ、とカエリは記憶していた。
 いつこっちに来たのだろうか? 
 そう思った次の瞬間、いや、聞かない方がいいこともある、と彼女は自らに言い聞かせた。どうせろくな答えは返ってこない。こういうのを神出鬼没と言うのだろう。
「結構広いのね」
 カエリの第一声はそれだった。レーナは笑顔でうなずく。
「だろ? まあ四十人ぐらいなら入れる」
 司令室は二階部分までつながっていた。階段があり、その上のフロアにもいくつか席がある。見るからに複雑そうなパネルやモニターとセットだ。
「うわー、すっげー」
 二人の後にも次々と人が入ってきた。まずサイゾウが声を上げる。広さもそうだが、何よりも真正面の巨大モニターが印象的だ。今そこに見えるのは基地の真ん前にある海。外の映像を映しだしているのだろう。
「これなら全員入れるな」
 滝が言った。全員来いとの放送――喋ったのはリンだが――に首を傾げていたのだろう。でもこれなら安心だ。
 それから数分で全てのメンバーが揃った。リンの有無を言わさぬ命令が功を奏した。
「まあ大体予想は付くけどさ、要するに司令室の使い方講義だろう?」
 いつもの気楽な口調でダンが言う。レーナはうなずく。
「そうだ。一応全ての機能がここに集まっているからな。使いこなしてもらわねば」
 それを聞いて、ラフトを含め数人がげっそりとした表情を見せた。
「それってひょっとしてめちゃめちゃ大変なんじゃない? オレ、難しいのは苦手だぜ」
 ラフトがうめく。しかし、やはりレーナは微笑んだ。
「基本の操作は簡単だ。全員にマスターして欲しいのはその基本だけ。残りの難しい操作はできる奴だけに覚えてもらう。とんでもなく機能が多いからな」
「それってつまり、司令室精鋭人とそうでない人ができるってことよね?」
 彼女の説明にカエリが聞いた。放っておいても生まれかけていたひずみを大きくするようで、カエリは気になった。
 それってひょっとしてやっぱりまた『しっかりした人』が苦労するってことよね……。
 レーナはそんな彼女の気持ちを知ってか知らでか、満面の笑みで答える。
「適材適所だろ? 苦手な奴に任せられる程、ここの中枢は甘くはない。まあ、その代わり、楽した奴には積極的に戦闘に参加してもらわねばならないが」
 予想通りの答えに、カエリは思わずため息をつく。
「ひょっとしてひょっとすると、これから交代でこの司令室に待機なんかしちゃったりするの?」
 全員にマスター、という言葉から考えたのだろう。北斗が声を上げた。神技隊らがざわめき始める。
「そりゃもちろん。いつ何が起こるのかわからないのだぞ? いつでも身動きが取れるようにしなくてはな。まさか、誰か数人――意識の高い奴に、任せっきりにするつもりじゃないだろ?」
 カエリら数人が激しくうなずいた。
 そんなことされては困る、と。
「じゃあ、使い方覚えた後は待機のシフトを決めるってことだな?」
 滝が尋ねた。レーナは彼の方を見て相槌を打つ。
「まあそうなるだろうな。司令室待機は四人。それとすぐ戦闘に駆けつけられるのが六人ってところか。戦闘の方は各組の特徴も考えろよ。そいつらが何かあったとき第一陣として出撃することになるんだから」
「あ、ああ。そう言われるとなかなか骨が折れそうな作業だな」
 彼はうめいた。組決めの時の不安な気持ちが再びよぎる。こういう相性とかを考慮しなければならないものは、どうやら自分たちは相当苦手らしいと、彼は感じ始めていた。時間がかかりすぎる。
「じゃあ、まずは使い方だな」
 レーナはそう言って微笑んだ。



 全員が操作を覚えるのに数時間。シフトを決めるのに数十分かかった。
 朝六時から昼二時が滝・レンカ組を中心とする第一班。メンバーは、ラフト・カエリ、ダン・すい、サイゾウ・レグルス、アキセ・サホ。
 昼二時から夜十時がシン・リンを中心とする第二班。メンバーは、ヒメワ・ローライン、ホシワ・ミツバ、北斗・サツバ、コブシ・コスミ。
 夜十時から朝六時が青葉・梅花を中心とする第三班。メンバーは、ゲイニ・ミンヤ、アサキ・よう、よつき・ジュリ、たく・ときつ。
「後から駆けつけてくれるとはいうものの、最初が六人ってのはきつくないか?」
 決まったシフトを見ながら、改めて滝は尋ねた。
「人数上、朝晩の交代は無理だろ? それに、何かあればわれはすぐ駆けつけられる」
 レーナはそう言う。確かに組のことを考えると十五ずつは無理だ。これは仕方がない。
「にしても今後は超すれ違い生活ってことだよな、これ」
 青葉がぼそりとつぶやいた。彼らのような真夜中組は間違いなく夜型生活になるだろう。ほとんど顔を合わせない人さえ出てくるかもしれない。
「でもお前、どうせ大して寝ないだろ?」
「そうそう」
 すると滝とシンがすかさず口を開いた。あきれた響きを含んだその言葉に、青葉は顔をしかめる。
「まあまあ。で、班ごとに司令室待機は決めるってことでいいのね?」
 レンカはなだめながら、後ろで手持ちぶさたにしている面々にそう聞いた。彼らは軽くうなずく。
「じゃ、それは後ってことで。レーナ、後何か決めることとかはないの?」
 そしてレンカは微笑んで尋ねた。レーナは小首を傾げる。
「われが必要とすることはこれだけだが……。って、お前たちが決めなきゃならないことはまだあるだろ? たとえば食事とか掃除とか、それらはどうする気だ?」
 彼女は前髪をかき上げながらそう言った。
 言われてみれば……全然考えてなかったな……。
 滝は少々自分にあきれながらそう思う。
 これからここで生活するという感覚が、まだないのだ。いや、そもそも、『普通の生活』という感覚が抜け落ちたままなのかもしれない。
「ああ、わかった。その辺のことはオレらで勝手に決めるから、あんたは戻っててくれ。どうせずっと休んでないんだろ?」
 彼がそう言うと、レーナはいつもの通り微笑んだ。
「それはつまり、我々は日常のことは何もしなくていい、と解釈できるのだが」
「……」
 滝は言葉に詰まる。
 一応生活するのだから、それは不公平、と他の奴らは騒ぐだろう。ただでさえ反発してる者が多いのだ。だが……
 レーナたちが掃除するなんて、そんな光景浮かばん……。と言うより、想像したくない。
 彼は心中で嘆息する。
「……日常のことはな。裏のメンテとかはお前がするんだろ? この基地を正常に働かせるのがあんたたちの仕事、ってのはどうだ?」
「ご理解感謝する♪」
 滝が仕方なくそう言うと、レーナは満面の笑みでそう返した。
「ってちょっと、滝にい。アースたちも免除なわけ? 確かにレーナは仕事してるかもしんないけど、あいつらは何もやってないじゃん」
 すると青葉が不満そうに口を開く。
「いや、まあ、そうだが……」
「あいつらの仕事はわれのメンテだ」
『……』
 かばうつもりなのか何なのか、レーナから発せられた意味深な言葉に、二人は固まった。
「それじゃあ、問題ないわね」
「だろ? というわけで、われはこの辺で」
 しかし意に介した様子もなく、レンカは笑顔でうなずき、レーナに軽く手を振った。レーナはそのまま部屋を出ていく。
「さあさあ、滝。ぼーっとしてないで話を進めなきゃ。みんな待ってるわよ」
 このとき、滝は心底今後を案じた。

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